真珠湾攻撃から所沢市「芙蓉会 富士見産婦人科病院事件」まで パート36

真珠湾攻撃から所沢市「芙蓉会 富士見産婦人科病院事件」まで パート36

目 次
第48章 “奥さん”に宜しくパート2

第48章 “奥さん”に宜しくパート2
 第47章を11月19日にサイトアップしたら、21日に山本太郎参院議員宛の封筒に<散弾銃の実弾とみられるものが入っており、「近日中に射殺します。天誅(てんちゅう)」などと手書きされた脅迫文が同封されていた>と云うのである。石井紘基議員の場合には脅迫状なしで「刺殺」だったのは、天皇に対する発言が無かったからなのだろうか?園遊会を中止にすれば税金の無駄使い第1位が無くなるのに、園遊会が「象徴天皇制」なのだろうか?宮内庁の存在意義を国民にアピールしたいだけでしょ。19日に米国のキャロライン・ケネディ駐日米大使(55)が【影武者の明仁天皇】にオバマ大統領の信任状を手渡し訳だが、『宮内庁差し回しの2頭立て儀装馬車』とは伝統的ですね。確か?「偽装馬車」は警備の問題で使用したかった大使も居た筈だから、キャロライン・ケネディ駐日米大使に脅迫状が送られたという事はないのだろう。それなら、今後は山本太郎は防弾ガラスで装甲車並みの自動車を使用する訳だね。
さて、大日本帝国の生物・化学兵器の開発研究史と実戦使用については、「悪魔の飽食」や「15年戦争史」「登戸研究所」等の書籍が有名であるが、現在の日本のおける官庁や民間企業が開発研究している生物・化学兵器に転用可能な技術に関する情報はない。しかし、オウム真理教団事件を見る限り、日本は国家レベルで短期間に生物・化学兵器を開発できる技術組織を保持している筈だが、それらの危険性については、誰も語ろうとはしない訳である。それが問題だと思う訳である。日本の核兵器製造と使用については、人類史上第1号の広島(ウラン型)と長崎(プルトニウム型)における人体実験使用に始まり、米国・仏国のマーシャル諸島における500回を越える起爆実験の基礎を築き、中国の四川省「核兵器製造と貯蔵施設」での全弾起爆と、北朝鮮での核兵器開発に指導的な役割を果たしている訳で、【日本は世界第1位の原爆・水爆と云った核兵器保有国】である。一枚目の舌では「原子爆弾被害国」を唱え。二枚目の舌では小泉純也(旧姓:鮫島)元防衛庁長官が日本政府を代表して勲章を「カーチス・ルメイに原爆をB29から投下してくれて有り難う(日米海軍の原爆使用密約)」と唱えて授与する。三枚目の舌では「核兵器の独占的特許権こそが、世界を支配できる武器」だと唱えている。これが、日本・南北朝鮮結合双生児国家機構の三枚舌外交政策である。日本国民に対しても虚偽し、外国に対しても虚偽しているのである。
 さて、ABC兵器の問題から、現在発生している「食品表示問題」について考える必要が出て来たので、今回はこの問題について書く事にする。
先に<真珠湾攻撃から所沢市「芙蓉会 富士見産婦人科病院事件」まで パート25の『第36章 “奥さん”に宜しく』>を書いた訳である。この問題が「食品表示問題」に繋がっているので、ここでは、『第48章 “奥さん”に宜しくパート2』として出来るだけ手短かに述べたいと思う。
前にも書きましたが、食品(食べ物)に毒物を入れる手口は「皇帝を暗殺」するとか?継母が子供を虐待する手口である。つまり、韓流ドラマ「大長令(チャングムの誓い)」の十八番である。いわば韓国人の手口である。だから、韓人と漢人(満人)が歴史的に政府を支配する日本ほど商品に毒を混入する手口の事件が多発する国家と成っている訳である。中国を巻き込んだ『毒餃子(「餃子の王将」は標的から外れていた)』事件。『雪印の賞味期限切れ牛乳販売』『雪印の牛肉偽装』事件。『菓子パンに縫い針を混入』『和歌山ヒ素カレー』『グリコ・森永事件のヒ素入菓子』『京浜急行  青山横町駅 青酸コーラー』『地下鉄の青酸チョコレート』『帝銀事件』『名張ぶどう酒事件』『森永ヒ素ミルク事件』『水俣事件=漁貝類の有機水銀汚染』。そして、『阪急阪神ホテルズのメニューの表示偽装』『回転寿司の死魚』『コンビニ弁当などの弁当では鮭を使用していないが鮭弁当と表示している』。日本では、年に2~3件は事件としてニュースに成っているのが、「食品への毒混入や偽装問題」が配信されている勘定である。“2020年東京五輪”でも毒入食品が流通する訳だから、<世界一危険な都市でオリンピックが開催される>のに、IOC委員は日本が世界一「安全」だと云う幻想に取り憑かれている訳である。上記に列記した、野中広務議員の「毒饅頭を食わされた発言」と云う政治歌舞伎を除く、【毒入食品事件】に加えるべき最大のボッリヌス菌混入による患者31(36)名、死者9(11)名に達する大事件【辛子蓮根食中毒事件(熊本県三香株式会社製造の真空パック製された贈答用の辛子蓮根)】が1984年(昭和59)6月14日(9日:疑いの患者発生日)から6月28日わたって発生しているのである。この“ボッリヌス菌はA型”であり、1976年(昭和51)に東京都で2名の患者発生があったものと同じとされている訳である。
この同じ年「1984年(昭和59)2月」にオウム真理教団(オウム神仙の会)は宗教法人登録され、1990年(平成2)には「熊本県阿蘇郡波野村に15万㎡の土地を購入(後に国土利用法違反)」する訳である。大阪府や岡山県(特に清音村)に多くの被害者を出し、全国的な詐欺事件となった「豊田商事事件(金のペーパー商法、ゴルフ場の会員権販売など)」が発覚する2年前の1981年(昭和56)頃に脱兎の如くに逃げ出して、東照寺国際参禅道場に逃げ込んで、ほとぼりが冷める3~4年程度の腰掛けのつもりだった「出口鉄城(本名:充彦)・由美子(旧姓:横田)」夫婦は、1985年(昭和60)4月に主犯の“永野一男”の暗殺司令を出して、6月18日に殺害計画を実行してからは、死人に口なしで、今日まで東照寺国際参禅道場の法務担当兼住職として、イタリアからベラルーシ共和国まで「禅の指導者」として名声を欲しいままにしている訳だが?出口鉄城は「豊田商事事件」を遣りながら、同郷の麻原彰晃(本名:松本智津夫)と組んで、行者系の密教「阿含宗」等から宗教法人の手口を学び、オウム真理教団の母体を形成していた事になる。此所で問題となるのは、オウム真理教団の教祖である“麻原彰晃(本名:松本智津夫)”が、弱視と云う事で、鍼灸の学校に通っていたのであろう。又、そこには出口鉄城も同窓であるのである。この創価学会SGI会長 池田大作(既に死去)の非嫡出子である「麻原彰晃と出口鉄城と八代亜紀」の3名は、東京に出て出世街道を目指すのである。ここで、麻原彰晃は出口鉄城が“お手伝いさ泥棒”として住込んでいた“東照寺国際参禅道場”のある「品川区の戸越公園」に移り住む訳である。横田由美子(後に出口姓)は早稲田大学の学生運動から過激な思想と行動を持つ「連合赤軍」の運動家となって重信房子や永田洋子らと、男共をけしかけて無差別大量殺戮へと向うのだが、浅間山荘事件に至って、いちはやく京都の伯父の所へ逃げ込んで、「一灯園」に隠れ込んだのである。出口充彦(鉄城)は東照寺の台所で、山内の人に対して、これ見よがしに、出口由美子(旧姓:横田)が「国立岡山大学の卒業だといって、同窓会の手紙を朗読していた」が、岡山大学の卒業者名簿には、横田由美子の名前は存在するが、20歳以上の差があるのである。つまり同姓同名の別人である。従って、岡山大学卒業ではなく、早稲田大学の学費未納に中退である。その理由は、俳優北大路欣也に対して親近感をもって常に語っているからである。“あの人は馬鹿かと思った。台詞が覚えられないのよ”と云う会話である。同じく中央大学法学部(夜間部)の活動家だった出口充彦(鉄城)も司法警察から逃れて、京都「一灯園や大徳寺」に潜伏していたのである。ここで、出口充彦(鉄城)と横田由美子は意気投合して、影から「連合赤軍と狼など」と共闘して破壊活動に勤しむ訳である。この時に「手製爆弾や細菌・化学兵器の使用や銃器に関する知識を取得する」訳である。この出口充彦(鉄城)の知識を弱視の麻原彰晃は脳髄に染み込ませる訳である。麻原彰晃の履歴から「手製爆弾や細菌・化学兵器・銃器製造など」をどこで取得したのか?と云う疑問に対する謎が残るのは、出口充彦(鉄城)と麻原彰晃がいわば一卵性双生児的な関係であることが隠されているからである。と云うか!若しかしたら、一卵性双生児か?二卵性双生児だったから、創価学会SGI会長“池田大作”の相手だった女性(生母)は、出口充彦(鉄城)も松本智津夫(麻原彰晃)と同じ、鍼灸(整体師)学校へ通わせたとしか考えられない訳である。出口鉄城の学歴で、中央大学法学部(夜間)卒の卒業証明書は、裏口から入って裏口から出たという証明書である。それにしても、中学卒で英語が書けるとして、会話が自然に出て来るのだから、やはり学歴詐称の外交官“寺崎英成(西郷隆盛の非嫡出子から)”の血筋であることは確かである。それは、伴鉄牛老古佛が出口充彦に提婆堂の手摺工事を命じた理由が、寺崎英成がフランスで同じ外交官を殺害した手口が手摺への細工であり、山梨県の大工の娘と寺崎英成の間に出来た子供が池田大作だからである。そこから、大田区の海苔屋に預けられることになるのである。そして、連続婦女暴行魔“池田大作”の乱行が司法の庇護の下で、無軌道な暴走を始める訳である。
出口充彦(鉄城)の母校『真和高校(熊本県熊本市中央区九品寺、鎮西学園の創設、親鸞系)』の友人であり、東照寺を旅館代わりに使っていた「中野(勝目)」と云う現在、北九州大学の医学部教授がいる筈であるが、出口充彦(鉄城)の細菌兵器(毒)の知識はこの人物から得たものかもしれない。麻原彰晃(松本智津夫)が細菌兵器を製造を信者に命じた出発点についての供述を司法警察職員は無視しているが、出口充彦(鉄城)と横田由美子の出発点である「京浜安保共闘/狼/連合赤軍」の武装闘争から、オウム真理教団の母体ができているのである。そして、それは「陸軍登戸研究所/関東軍防疫給水部隊=731部隊/100防疫部隊」の京都人脈が繋がっているのである。つまり、現日本政府の内閣官房そのものなのである。
そこで、先の1984年(昭和59)6月14日【辛子蓮根食中毒事件(熊本県三香株式会社製造の真空パック製された贈答用の辛子蓮根)】の問題であるが、< “からしれんこんによるボツリヌス中毒事件の概要”. 国立感染症研究所感染症情報センター. 2010年8月3日閲覧>では、【辛子蓮根によるボツリヌス菌の集団食中毒事件が発生し、36名が中毒症状に陥りうち11名が死亡した。その後の調査で工場で使用途中の生からし粉から毒素が検出され、また、同一ロットの未開封2袋からも毒素と菌が検出された。何らかの原因でからし粉に微量汚染がおこり、これを使用した辛子蓮根が常温に相当期間置かれたために有毒化が進んだものとされている】と報告されているが、他では【蓮根の中空部分にボッリヌス菌があった】と云うのもある。まるで黒澤明の映画「羅生門」の世界である。真実は何も分からないにの、「科学的な証明が厚生労働省の機関によって証明された式」である。福島原発にしても大本営発表の『連戦連勝で最後に、大本営参謀本部が国民に“お年玉”として原爆を2発もくれた』訳である。今は原発54基だかの連続臨界事故で、日本列島は放射能汚染地帯で閉鎖国家が始まっているのに、“2020年東京五輪開催”だと誇大妄想騒ぎである。
さて、【1984年(昭和59)熊本県の辛子蓮根ボッリヌス菌A型死亡事件】は、粉辛子に偶然に混入した少量のボッリヌス菌A型が真空密封後に常温だった為に繁殖したのか?蓮根にボッリヌス菌A型が繁殖していたのか?どちらにしても<蓮根を熱湯に15分浸し、油で揚げても、ボッリヌス菌A型が死滅しないのだろうか?>和歌山のヒ素カレー混入事件の時も、当初はカレーの香辛料だった筈である。Oー157大腸菌事件の時の原因は“カイワレ大根”だと云う考えられない原因を菅直人元首相がマスコミ発表している。Oー157の発生原因は明らかに「牛の肉」である。等々政府の虚言癖は続く訳である。それでは、【1984年(昭和59)熊本県の辛子蓮根ボッリヌス菌A型死亡事件】では、ボッリヌス菌A型はどういった経路で混入したのか?と云うか誰が混入させたのか?である。
ここに、オウム真理教団の生物兵器テロの原点がある訳である。つまり、無差別大量殺戮の動機とボッリヌス菌A型を入手できる立場の人間と云えば“出口鉄城(充彦)”しかいないのである。
犯行動機について、出口鉄城は2010年12月11日 16時36分の“Twitter=つぶやき”で次の如くに云っている。
>2010.12.11 16:36
>弟子からの誕生祝は、好物の辛子蓮根だ。小学校時代、親しかった
>友人の家はこの辛子蓮根の老舗だった。彼は物静かで優秀だったが、
>友達はさして多くなかった。
>私は仏教系、彼はキリスト系の進学校に進んだが、若くしてその命
>を絶った。辛子のせいか、想い出すと少し泣ける。 via web
>tetsujyo
時系列で云うと、
1981年(昭和56)に、出口鉄城・由美子夫婦が東照寺に逃げ込んで来て。
1984年(昭和59)2月に、麻原彰晃を教祖にしていた「オウム神仙の会(真理教団)」が宗教法人として認可される。
1984年(昭和59)6月に、【1984年(昭和59)熊本県の辛子蓮根ボッリヌス菌A型死亡事件】発生。
1985年(昭和60)6月に、豊田商事事件の看板だった主犯の“永野一男”を殺害。
1990年(平成2)に、オウム真理教団は「熊本県阿蘇郡波野村に15万㎡の土地を購入(後に国土利用法違反)」
以上の様になる。
出口鉄城・由美子夫婦が東照寺に来て、29年間の間(2010ー1981)、好物の辛子蓮根を絶対に食べなかったのは、熊本県民(細川護煕)が復讐として、自分の食べる辛子蓮根のボッリヌス菌を混入されているのではないか?と不安を抱いているからである。1990年のオウム真理教団が購入した「熊本県阿蘇郡波野村 15万㎡の土地」の所有者には借財があったと云うのだが、それが、「辛子蓮根事件の被害者」かもしれないね。出口鉄城はアメリカの連続殺人鬼(冷血)の様に『握手(挨拶)する様に、人を殺しても良心の痛みを感じない=氷のように冷たい』だから、辛子蓮根店の友人の死に対して涙を流すことはないのである。出口鉄城の云う「辛子蓮根店の友人(出口鉄城の自己申告としての友人。出口鉄城には一人の兄弟 麻原彰晃だけが友人と呼べる存在)」が亡くなるのは、この1984年6月の「辛子蓮根ボッリヌス菌A型死亡事件」の後である。つまり、友人を殺したのは、今では友人面をしている出口鉄城だから、ここに動機がある。それは、出口充彦(鉄城)の幼年期から抱き続けてきた「友人に対する妬みと嫉妬」が動機である。ボッリヌス菌A型を“出口鉄城(充彦)”は何処から入手したのか?と云う疑問に対する答えは、“出口鉄城(充彦)”曰く、東照寺に出入りする様になったのは、<真和高校の友人「中野盛夫(旧姓:勝目)、中野診断病理研究所」君が、東照寺国際参禅道場の同愛寮を、旅館かわりに利用していると聞いた。>と云う事に起因しているのである。つまり、熊本県熊本市中央区九品寺3ー1ー1の「真和中・高校同窓会 杏葉会々長“勝目康裕”」の親族に当たる“中野盛夫”が、熊本から再上京して医学研究の為に慶応大学医学部に通う為に、東照寺の同愛寮を旅館代わりに利用していた時期に、中野盛夫に慶應大学医学部か?北里大学から、研究用に保管されていた“ボッリヌス菌A型”を持ち出させて、それを、『出口鉄城は友人ぶった顔をして、同級生の辛子蓮根店に行って、従業員の隙をみて包装機器自体に混入したから、熱処理後の商品は、包装パック内で繁殖した』訳である。だから、東京のボッリヌス菌A型と合致するのである。これが、浄土宗・浄土真宗“親鸞”に帰依する真和高校(鎮西学園)の宗教教育の成果であり、豊田商事事件の“永野一男の親鸞会への帰依”と云う訳である。熊本県人は世界的な犯罪者ばかりである。そして、創価学会SGI会長“池田大作”が欲しがっていたノーベル平和賞を非嫡出子の“出口鉄城と麻原彰晃”が製造したサリンプラントのお陰で、自衛官“秋山一郎”が池田大作に成り代わって授与された訳である。
この話しは此所迄として、問題は「和食は世界遺産」というのだが、この「食」に毒を混入したり、表示を偽るなどがニュースに登る問題である。
「食」とは、【奥三郎兵衛】である。
日本では、ロックフェラー財団やロスチャイルドやスペイン財閥に関しては非常に詳しく、その卑俗性が書かれているが、日本の財閥の「山梨県の甲州財閥/岩手県の金田一財閥・宮澤財閥/四国の川崎・宇田財閥」の守銭奴行為については、詳しくないのは何故か?それは、日本の財閥を論じることが、タブー視されているから、自己規制をしているのである。
この日本の財閥は、<三井/住友は、全てが直系天皇家を自認じているし、三菱は川崎・宇田財閥の海賊系統になる。どちらにしても、天皇家につながり、世界最大の卑俗であり守銭奴>である。
この【奥三郎兵衛】は、皇女和宮の婚姻と披露宴の食事一切を取り仕切り、江戸時代から徳川家(江戸城)と京都の皇室・皇族の食糧を一手に牛耳り、明治期からは、日本の『米の流通や相場を独占支配している』その事が、2・26事件の政治歌舞伎の題目(シナリオ)となった『東北地方の農家が、娘を身売りしたと云う原因』をつくっている訳である。つまり、東北地方の農家から強制的に米を搾取して、それを韓国(今の北朝鮮)に流して、現北朝鮮地域の飢餓を救い、逆に日本の農民を飢餓に追い込み、2・26事件から本格的な大陸進出と米英への戦争と云うシナリオを書いたのが、【奥三郎兵衛。奥一族】なのである。其の支配構造は今現在も続いている訳である。江戸時代の前から、その支配構造は存在していたと見るべきである。そう云った意味で【京都府下の奥繁三郎・奥三郎兵衛一族】は、菊と葵の紋所を支配し、チエコスロバキアからナチス政権を生み出したて、世界中の人々を塗炭の苦しみに追い込み、自分達一族は今日も栄耀栄華(えいようえいが)の限りを楽しんでいる訳である。ロックフェラー財団やロスチャイルドやスペイン財閥など【奥一族の資産】から見たら、足下にも及ばない訳である。世界第1位の大富豪一家である。

百家高評伝・第3編
著 者:久保田高三(潜竜)編
出版者:文寿堂書林等
出版年月日:明治26ー28
【奥三郎兵衛君】
学者は時務に疎く実業家は書を読ます故に相互嘲罵して以て一を俗流と誹り一
を迂闊と笑ひ二者氷炭相容れさるは我国の通弊なり況んや自ら稱して実業家と
呼ふ者にして其實眞の實業家にあらず權門に出入りして其保庇を假り之れにより
僅かに其体面を保つ所謂偽商人なる者多し此時流の間に立ち独立独行俯仰天地
に恥ちさる純乎たる實業家にして而して亦学問該博才識群に絶する者を求めば
奥三郎兵衛君の如きは盖し其の人たるべし
其歴史
君の遠祖は和泉国日根郡嘉祥村奥右近に出つ二代を奥治郎右エ門氏と云ふ
治郎右エ門貞享元年始めて其三男三郎兵衛氏をして江戸に出て本材木町に支店
を開かしめ生魚及干鰯問屋を創め爾来世々其家業を継き家道年々盛んに以て茲
に250年余年に上ると云ふ蓋し稀有の老舗と云ふへきたり君は天保7年12
月3日を以て和泉国日根郡中之庄湊村に生る父平松九左エ門と云ふ君は其四
男にして幼名を久吉と稱し後ち廣太郎と改む幼にして頴牾特達奇才群に卓れ
嶄然として頭角を顕はす故を以て同郡嘉祥寺村奥氏主人の眼に入り請はれて其
養子と爲る13歳の年同国堺町河邊徹三郎の塾に入り漢学を修め後に名を三
十郎と改む安政5年江戸本木材町の支店に送られ三郎兵衛氏の家を相続す時に
年23歳なり是れより君奥三郎兵衛と稱ふ名を玄賓字を素養と稱す蘭田獨飛
は其號なり
王政維新前は君か家柳栄の鮮魚調進御用を勤めしも時世の変遷に従ひ維新の後
に至り生魚問屋の業を廃して深川堀町に移り干鰯業と米穀及ひ糖業とを栄め
り明治元年民部者通商司商社の創立あるや君は其頭取に擧けらる君能く其職を
奉し施設する所甚多し因て同年東京商法集議所議員に擧げらる翌2年又開拓使
御用掛開墾会社頭取に任せらる同年会計官出納司付属を命せられ且御為替方御
用を兼ぬ帯ひ和宮京都還興供奉を務む同年10月東京府應より貿易商社大元方年
番役を命せらる同年12月通商司より北海道物産係頭取を命せらる翌3年開墾
局御用を命せられ又同年5月開拓使より御用達兼物産取扱を命せらる此の如く
維新創業の当初に於て最も頼りに緒官應より重要なる任務を命せらるる所以の
ものは君か家の名望高きに由ると雖も亦君か在幹機畧の群に卓れ事に当りて着
々功を奏せさる奈(な)きに由るなり蓋し従来閥素封を以て名ある商家殊に幕府若
しくは緒藩邸の用を奉したる徒は大抵維新の大変革を経て家計を失ひ東西に離
散する者多りしにも君は家か巧み難局に処せるか為め毫も家道を堕ささる
のみならず却て之れか為めに大に富み名声益々振ふ明治8年陸前国石巻に支店
を開き大に業を張れり同13年東京府会議員及深川区会議員に選はる同17年
渋沢喜作氏等と謀りて東京廻米問屋組合を組織し正米市場を開設す此年東京肥
料問屋組合の為めに推されて東京商工会議員となる此頃より君は東京の米穀問
屋及肥料問屋海産物問屋の間に於て牛耳を執るのみならず東京の全市商業家中
に在りて最も着実に商事に従ふ所の豪商中に於て甚た聲望を有したり明治20年
清国に漫遊して海産物其他貿易に関する実際の商況を視察し大に海産物輸出
の為めに謀る所あり帰朝の後ち其事の為めに画すと多し故に翌年2月大日本水
産会理事長に専任せらる同年5月廻米問屋組合と相謀りて玄米品評会を開き全
国各地の玄米を集蒐して品等を審査し大に米穀の改良を助長す当時君は其審査
委員長に擧げらる同22年日本水産会会頭小松宮殿下より水産伝習所参事員
を嘱託せらる而して我邦水産物出の首要なるは北海道にあり故に君は北海道
の水産を興隆せんか為めに同年10月支店を函館に設く又品川忠道氏と謀り日本
製 会社及び日本紐会社を起し又更らに製糸場を陸前国本吉郡横山村に設け専
ら製糸改良に力を尽くず同23年再び深川区会議員に選ばれ同年第3回内国
勧業博覧会に於て内閣より審査官を命せらる会終り勤勉の賞として銀牌及銀盃
を下賜せられたり同27年重ねて東京廻米問屋組合第2玄米品評会の審査委
員長に推され同年大日本水産会議員に撰はれ君亦愛国慈善を以て聞ゆ曾て海防
費金を献納し或は商法講習所其他の学校及区役所建築費等を寄附し或は悪疫予
防費火災予防費等を義損し罹災者又は貧 者に金米を施興したるにより賞牌賞
盃等を下賜せられたるもの實に枚挙に遑あらず明治24年東京商業会議所議
員選挙に際し君は之を避くるかの如く当時行旅に京地を遠かると謂も実業家の衆
望虚しからず遂に会員に当選し尋て副会頭に擧けらる
君曾て我国商業上内外の形勢を考ひ且つ自己当業前途の設計上に就き海外漫遊
の意あり昨明治26年遂に欧米漫遊の途に上る発するに臨み大日本水産会々頭
小松宮殿下より殊に君に嘱託するに欧米濠三洲の水産取調を以てせらる其調査
の各項は1欧米濠に於て需用の最も多き水産物、2欧米濠各州人の嗜好する水産
物の化製法、3外洋にて用る網具及釣具、4現行の漁業制度、5盥歳魚の種類価格、
6本邦の水産物中将来最も輸出あるもの及販路、7水産肥料の種類及価格、等の数項
目なり君右等の要件を帯ひ各遊歴地の実況を見聞し緻密的に之れを調整せり而
して到る所歓迎を受け或は大臣の招 に預り或は紳士の饗宴に招かれ る好遇
せらる殊にオッタワ水産副大臣ウイルャムスミス氏の如きは君の為め十有九通
の紹介状を自書して以て其幹施の労を執りたる如きは實に君の栄誉なりと謂ふ
へし君か夫れ此の如く欧米の天地を漫遊視察せる折柄衆議院解散せられ今春の
総選挙に深川本所の選挙区より推されて衆議院議員に撰はる海外萬里に在る孤
客にして衆議院議員は撰はる實に亦異数の栄なり然れども君は て之れを喜は
ず否 寧ろ其帰朝するに及ひ之れを辞任せんとを撰挙者に求む然れとも衆之れ
を聞かず強て其留任を請ふに因り不得巳其職に就けり余は茲に於て君か多年抱
負する所の大経 を議政壇上に策立せんとを 望せしに図らさりき議会は解散
の不幸に遭遇し遂に君をして其技術を試むるに由なからしめてたるは余は深く撰
学者の為たに遺憾とするのみならず又大に国家の為めに之れを悲めり既にして
本年8月臨時総撰擧の事あるや同区の撰擧者再ひ君を奉戴し候補者たらしめん
とすると も君は強ひて之れを辞し一意商業場 にに熱心  す本年9月帝国
商業銀行創立せらるるに当り君は推されて其取締役と為る夫れ東京は日本の大
首都實業俊傑の叢淵なり然れとも若し其れ是れか主動者たり主権者たり以て帝
国の商権を左右すへき材幹伎倆を有せる者を求めは頗る僅少なり し奥君其人
の如きは此僅少中の最も 々たる者なりと謂ふへきなり

  其 性行、文藻
君資性英建にして明識着實沈重にして直亮端正たり而して識見最も高く宏量亦
海の如し眞に君其人の如きは其天然に於て人の首領たるへき資格を有せり、若し
夫れ該博 聞才藻富 詩を能くし文を能くするものあるに至りては實業社会固
より君と比すへきものあるなし著す所の茗壺圓録2巻鹽渓紀勝4巻皆な世に行
はる而して其文章簡潔能鹽渓の奇を尽し之れに加ふるに居民生活の状生産の
事を以てせし等尋紀行の比にあらさるなり
君又明清名家の書簡を藏すると多く頗る鑑識に富み傍ら能く古人の書簡を学ぶ
往年鹽原に遊ふの時中山二位局の嘱に依り不老瀑の名を命し且つ其眞景を為し
て呈す当時賞として花瓶一対を賜はるの栄を蒙れりと云う君の詩歌誦すへきも
の甚た多し左に其2、3を収録す
  扇をよめる
白雪の色なるあふぎ手にとれば
     枢とろかれぬる風のすすしさ

     挽松菊木戸公2首
海内興誰論帝猷。平生忠義死而休。莫疑積慮結為病。始信至誠凝風憂。半楊香残
新翰墨。名園夢断舊春秋。斯公遊矣今何在。飛鶴雲霄不可求
忍歌薤露向霊前。棒讀遺書思悄然。仙鶴失群哀曠野。神龍歛跡入⤴重淵。鼎彜品賞
王家癖。松菊風流陶令賢。憶昔屢陪琴酒宴。回頭閣鎖雲畑。

     鹽原妙雲寺甘露山鐘
平家興廃説当年、甘露山頭春寺前。蕉葉緑心柔情雨。桃庵紅意嬾吹烟。慈雲深閉
優尼跡。老佛應知内府賢。却恨栄華鐘打尽。浄公頃又為誰圓。
     君今春還自海外、卜6月24日邀故奮開雅宴於柳島橋下亭、席上同緒彦、次
     明人馮克容僧元升帰日本韻
乗槎超絶海。8月風濤涼。滿目文物改。山川非吾郷。雲閉機峯月。羈夢伝冥茫。巴龍
是名都。伯府也亞光。魯疆馬蹴雪。印洋熱日長。萬里帰去來。置酒会賢良。唱酬有高
什。玉振響浪々。游勝難説尽。把手共彷徨。荷花媚晩水。碧筒宜代觴。興酣各高歌。滿
堂意気揚。

君か世才に長するのみならす兼て文筆の才に富むと此等の什を讀まば以て知る
へきなり

 其 功績
君か維新以来或は朝に或は野に商海の樞機に參し画策設計以て我邦實業の
発達進歩を計りたる偉動功労素より少々にあらす殊に其米穀市場を開き府下百
萬の民人をして其7分強之れか用途に充てしめたる如きは最も著しきものなる
へし将たる玄米品評会を開設し茲に始めて眞正奈(な)る全国各地玄米の品等を判する
を得たる如き農事を奨励し其家国を益せる少々にあらさるなり若しくは夫の鹽渓
奇勝を著はし種々の命名を附し以て彼の鹽原勝景を始めて世上の耳目に上らし
め間接的に同地方民の生産上に著し効果を與へたる如きは其効果に偉とする
に足る若し夫れ自ら数千金を擲ち兼て智力と勢力とを費し以て日本水産会嘱托
の項目を欧米の各地に調査し頗る緻密的の一大報告書を調製し之れ同会に寄
附せる如きに至りては其功労偉励眞に天下に絶す当局者たるもの須からく之れ
を世上に旌表し以て深く君の功労を感謝せさるへからさるなり盖し該報告復申
書は此道の参考に供し併せて大に世を裨すへきものあるを以て左に其中の概略
を掲く
   欧米各国水産取調復申書の概略抜華
第1項目欧米2洲に於て需用の最も多き水産物
答 鮭、鱈、鰊、鰯、鯖、鯵、鯛、比目魚等にして之れに次くは、蝦、蟹、牡蠣、鱧、ウグイ、太刀魚、魚賁(海鷂魚)、等奈(な)り又ハリバット・バトック、ホワイト・フィッシュ等は各国に於て日常調理に用ゆる
もの奈(な)り
第2項目欧米2洲の嗜好する水産物の化製法
答 罐詰、乾製、燻製、鹽藏、氷藏等の緒種あり就中鮭及鰯は罐詰を主とし鱈は乾製
最盛なり其他鰊鮭の燻製鹽藏及ひ各種の氷藏等も行はれたり(其罐詰法乾製及
藏法は之れを畧す)
第3項目外洋にて用る網具及釣具
答 甲、網具、1加奈陀東部マルベー漁村にて使用せる鰊網は刺網にして長20
尋幅4尋なり木の筌(ヴケ)を付したるも別に沈子を付せす水中ニ自然に直立するも
のなりと、
2葡萄牙国リスボン港に於て目撃せし鰯網は幅3尺長不定上部には
木の筌あり下部には焼物の沈子を付す、
乙、釣具、1加奈陀東岸マルベー漁村コーラス氏に乞ふて得たる烏賊釣具及鱈釣具1組宛別に添付す
2米国シカゴ博覧会場にて購買せし玻璃製生餌入釣魚具(専売特許に係る)1個(價1弗)参考の為め
添付す三釣糸見本 1、(其他之れを畧す)
第4項現行漁業制度
答 同各国規定する處の漁業制度は概ね官府統計報告書中に詳記して明白な
り乃ち各所に於て得たる所の書籍を添付す
第5項鹽藏魚の種類價格
答 鮭の鹽藏(1樽12弗)鰊の鹽藏(1樽4弗50仙)鯖鹽藏(1樽14弗)エールワ
イブス鹽藏(1樽4弗50仙)スキル鹽藏(1樽12弗)
第6項本邦の水産物中將來最も輸出あるもの及販路
答 |鮭の罐詰、|鮭の氷藏|鰯の罐詰、|鱈の乾製、|鰊魚の燻製及鹽藏其他牡
蠣の罐詰、鯖の罐詰及鹽藏、鱶の鹽漬及燻製
第7項水産肥料の種類及價格
答 欧米2洲に於て専ら水産物を肥料とするもの稀なり然れとも間々製造用
に於ける魚類の腹腸部其他の廃物を利用するものなきにあらす而して本邦の
如く或は鰊粕又は干鰯等とし特に肥料に供するの目的を以て漁獲するものあ
るを聞かす之れ一は漁村より各地都会へ運送の便利宜しきと又其化製法の備
はれるとによるものなるへしと雖も大に彼地魚類の貴重高價格なるに帰せすん
はあらす而して地質の関係上欧米2洲に於ける肥料は専ら燐酸石灰質成分を
要するか故に之れを牧場肥料及人造肥料に仰くもの多く彼外国人は本邦にて
魚屬を肥料に用るの不経済なるに驚けりと云えへり是れを以て肥料價格の如き
は之れを調査するに由なかりし云々

白雪の色なるあふぎ手にとれば
     枢とろかれぬる風のすすしさ
○白雪ーしらゆき、枕詞
○枢(樞)ーしかけ、扉の丁番、中心となる重要なもの、かなめ、
*⤴は、返り点。
*鼎彜:テイイ=礼式用の器、人の功績をこれにきざんだ。
*半楊:ハンタフ=こしかけの半分。又は臺の半分。又は単にこしかけや臺をいふ。
 (大漢和辞典 巻2の545頁ー1627ー)
*桃庵:タヴアン=北山皓の号、北海7僧
*中山二位局=中山慶子
*和泉国日根(ひね)郡嘉祥寺村=現在の大阪府泉南郡(日根郡から96年4月1日変更)田尻町(田尻村から53年5月3日変更)
松浦守(まつうらのかみ)=松浦執行
日根=日根野は同じ
【中野盛夫(旧姓:勝目】
○中野盛夫(旧姓:勝目)熊本の真和高校を卒業。慶応大学医学部/九州大学病院/産業医科大学第二病理学教室/中野病理診断研究所/北九州総合病院理検査科
熊本県宇土郡(現宇城)市三角町大字三角浦348ー6「勝目耳鼻咽喉科/眼科」に勤務後、大学病院の研究室に戻る。
日本医師会“武見太郎”の遺体解剖に立会ったと云う経緯から、麻生太郎副総理との面識が深いのである。それが、出口鉄城との繋がりである。
○勝目康裕(東洋医学学会)ー医療法人邦仁会勝目眼科(熊本県宇城市(うきし)三角町三角浦348ー6、電話:0964523688)
真和中・高校同窓会 杏葉会会長 勝目康裕。
○勝目愛子(眼科医、東邦医大、昭和11年卒)

2013年11月23日 ニュース。
◉徳洲会に1億円頂戴とおねだりした猪瀬直樹知事へ、
長男“猪瀬夢人”の詩を。 

うちのパパ 猪瀬夢人
 うちのぱぱは、いばっている。
ママがいるからくらしていける
のに、いつもママに、
「ママは、しあわせだなぁ、こん
ないいおっとをもって。」と、じしんにあふれた顔で言う。
自分が、作家だからっていばる
のはよくない。でも、ぼくたちは、
はんげきする。ママは
「パパは、しあわせだなぁ、こん
なにいいつまをもって。」
と言ってパパのたいどをへこま
せる。ついでにぼくたちも横で
「そーよ、そーよ。」
とがっしょうする。するとパ
パは、ワッハッハと大わらいする。
さいきん気づいたが、パパの頭
は、ライオンのたてがみみたいだ。
パパは、ニュースキャスターに出
るときは、ぜったいにおしゃれを
していく。パパは、そういう時、
せびろをきていく。
ぼくたちには、ふつうに思うせ
びろも、パパにとっては、おしゃ
れみたいだ。パパは自分がカッコ
イイと思っているらしい。
パパは、空手の時もいばっている。
1年前からはじめた空手で、
みどりおびをとったからって、
「みどりおびは、暗いところでは、
黒おびに見えるんだぞ。」
なんて言っている。くらやみで
パパにからもうとしたヤクザが、
パパのおびをみてにげていくだろ
う。
パパは、出かける時、
「おーい、みんな来い。」
と、大ごえで家ぞくをよんでげ
んかんにせいれつさせる。
口うるさいパパがでかけていく
と、みんな、ホッとしてあんしん
する。しかしまた1週間すると、
パパのあらしが、帰ってくるのだ
った。   (おわり)
猪瀬直樹(41)
猪瀬ゆり子(40)
長女 美樹(13)中学1年
長男 夢人(9)小学3年
文芸春秋 1988年2月号
記事タイトル「猪瀬直樹/猪瀬夢人」 p41~43
立木義浩 写真館
猪瀬直樹一家ーノンフィクション作家

2013年11月23日(土) 榎本 東州 記

【追加資料】
以下に掲げる資料は、パート35で書いた「アラル海の炭疽菌・放射能汚染問題」と、1939年(昭和14)5月にソ連の最新鋭戦闘機「ポリカルポフI(イー)ー16」を関東軍が無傷で手に入れた問題から見た、40年後の1976年(昭和54)9月6日に函館空港に着陸した、ソ連の最新鋭戦闘機「ミヤコン・ミグ25P戦闘機」を、日本が再び無傷で手に入れたと云う不可視な世界。つまり「日露の秘密外交」の裏舞台を考えて為に掲載する。
<地球水環境と国際紛争の光と影 第2章 アラル海と中央アジア問題 p79>から。
2.3環境衛生問題と人の健康
 社会の成熟度を測る指標に乳児死亡率がある。これは新生児1,000人当りの誕生1年後の死亡数である。ソ連の乳児死亡率は国家機密であったが、グラスノスチで1985年度分から発表されるようになった。データの質は悪い、1988年の乳児死亡率は24.7であったが、この値は米(10.0)、英(9.0)、仏(7.8)、独(7.5)、日(4.8)などの2.4~5倍である。最も高い値はトルクメニスタン(53.3)、タジク(48.9)、ウズベク(43.3)、キルギス(36.8)、カザフ(29.2)と中央アジアに集中している。ウズベク各州の経年変化を表2.3に示す。しかし、これらの値が真実を伝えることはない。アムダリアの下流に位置するカラルパクが中央アジアで最高の値を示している。10人のうち1人以上が死亡する地区もある。83%の子供は重病である。奇形児出産も多い。この地域では住民の2/3が肝炎、腸チフス、咽喉ガン罹っている。全年齢で感染型肝炎、黄疸、胃腸病が増加している。栄養不良、貧血、クル病が頻発し、癩病の話しもある。カザフも同じである。アラル海周辺の環境悪化に伴い、感染症その他の罹患率は1960年代後半からの20年で3~29倍に増加した。子供と母親の死亡率は顕著に増加した。ソ連医学アカデミー地方栄養問題研究所の調査によれば、農薬、過剰な化学肥料、および各種微生物とその代謝物(毒物)がカザフ全域の食品汚染物である。窒素化合物による発ガン作用も栄養状態に重要な役割を果たしている。トルクメンの状況は悪い、1989年には125,054人が誕生し、1歳未満で6,846人が死んだ。アムダリア左岸タフタ地区ではこの10年、バターも肉も鶏も店に出たためしはない。この地区の85%の家は家畜をもたず、いくつかの大家族の子供は餓えで死に至る。この国は特異的に独裁体制が続き、農村でも集団農場の長のかなり多くが王族のように振る舞い、彼らの同意なしに結婚することもできない。トルクメンの1人当り綿花生産量、耕地面積当り綿花生産量は中央アジア最大である。これが、食糧不足、社会緊張、慢性的餓え、高い死亡率の基である。
母親はしばしば感染原のキャリアーであり、乳児は子宮内敗血症で死亡する。これを医師は「肺炎」と診断しながちである。誤診を証明するのも難しい。人々は何年も、子供はみな肺炎で死んだと思っていた。これは主として予防可能な腸内感染など感染病によって起きたものである。コックサッキーウイルスなど腸内ウィルス汚染は深刻である。しかし、もし「肺炎」での死亡なら誰にも責任がなく、新たな施設も必要がない。共和国人口の40%だけが水道水を利用し、残りは灌漑水路から水をとっている。水道水はない。村だけでなく、州都でも下水道はない。
高い乳児死亡率には染色体劣性遺伝子による遺伝病もかかわっている。トルクメンでは平均10%、ところによっては60%がいとこ同志の近親者である。近親婚の理由は婚約費用(カリム)がある。カリムを要求したり支払った者、そして夫の新類が全額を支払うまで花嫁を父親の家で監禁した者は、滅多に罰されない。

以上の健康被害・環境衛生問題を調査する為に、順天堂大学医学部客員教授“千葉百子”らが、1999年9月(予備調査)~2000年(7月ー9月本調査)にかけて、アラル海地域の健康調査に行った目的だったと思われるのだが、その結果が「健康被害は確認されなかった」と云うのどうしてなのだろうか?これらの報告会は毎年開催されているのか知らないが、そうそうたる権威者が顔を揃えている。2010年には『日本・ウズベキスタン国際シンポジウム』と題してネット上に在る。
■日本・ウズベキスタン国際シンポジウム2010開催のご案内
概 要
[日 時]2010年12月8日(水)13:00~17:30(受付開始12:30)
[会 場]衆議院第一議員会館1階 国際会議室(千代田区永田町2-2-1)
[交 通]東京メトロ「国会議事堂前」駅1番出口より徒歩1分
[テーマ]健全な市民社会の形成における日本とウズベキスタンの経験
[定 員]90名(先着順)
[参加費]無料
[主 催]日本:
     財団法人アジア国際支援財団・順天堂大学医学部衛生学教室・
     衆議院議員村上誠一郎事務所
     ウズベキスタン:
     駐日ウズベキスタン共和国大使館・NGO市民社会研究所
[協 賛]特定非営利活動法人日本ウズベキスタン協会・特定非営利活動法人市民環境研究所・
     特定非営利活動法人科学技術者フォーラム・
     一般社団法人医学生物学電子顕微鏡技術学会・ 財団法人芳越一誠寮
[事務局]財団法人アジア国際支援財団
     東京都豊島区東池袋1-32-1 第二アムスビル6階
     TEL:03-5950-7721 FAX:03-5958-1521(担当:山口)
[申 込]こちらから「申込書」をダウンロードいただき、当該「申込書」ご記入の上、
     12月6日(月)までに、アジア国際支援財団宛、FAXにてお申し込みください。
※ 当日のお問い合わせは衆議院議員村上誠一郎事務所(TEL:03-3508-7291)へお願いします。
※ 入場方法:当日は衆議院第一議員会館ロビーに「日本・ウズベキスタン国際シンポジウム」の案内係がおりますので、お声をかけてください。会場への入館証をお渡しいたします。なお14:00以降の入場の場合は村上事務所までご連絡ください。
プログラム
■13:00 開会
   司会:五月女 光弘(財団法人アジア国際支援財団顧問・元外務省NGO担当特命大使)
   挨拶:村上 誠一郎(衆議院議員・元国務大臣)
      マルフ・ウスマノフ(NGO市民社会研究所所長)          
      ハミドゥラ・カラマトフ(駐日ウズベキスタン共和国大使)
■第1部会(13:15~15:00)
 テーマ:日本・ウズベキスタンの市民団体による社会貢献活動の紹介
     (コーディネーター:田中 哲二/M.ウスマノフ)
  登壇者:田中 哲二(国連大学学長上級顧問・(株)東芝常勤顧問・政策研究大学院大学
      及び拓殖大学客員教授)
      M.フジャムベルディエフ(ウズベキスタン上院議員・委員会委員長)
      山口 洋一(財団法人アジア国際支援財団理事・元ユネスコ常駐代表・
      元在マダカスカル・トルコ・ミャンマー特命全権大使)
      M.ウスマノフ(NGO市民社会研究所所長)
      嶌 信彦(特定非営利活動法人日本ウズベキスタン協会会長・ジャーナリスト)
      O.サリエフ(ウズベキスタン政府国家安全保障会議主席顧問)
      友村 自生(イオン1%クラブ事務局長)
□休 憩(15:00~15:20)  
   隣室「多目的ホール」にてウズベキスタンの軽食、飲み物をご用意いたします。
   紹介資料・展示パネル等もご覧ください。
■第2部会(15:20~16:20)
 テーマ:日本・ウズベキスタンの国会議員による意見交換
     (コーディネーター:村上 誠一郎/五月女 光弘)
  登壇者:松原 仁(衆議院議員 民主党・ 海賊行為への対処並びに国際テロリズムの
      防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員長)
      鴨下 一郎(衆議院議員 自由民主党・元環境大臣)
      山本 かなえ(参議院議員 公明党・前参議院消費者問題に関する特別委員長)
      (調整中)
      中山 恭子(参議院議員 たちあがれ日本・元国務大臣・
      元駐ウズベキスタン共和国特命全権大使)
      R.アフノフ(ウズベキスタン上院議員 自由民主党・局長)
      M.フジャムベルディエフ(ウズベキスタン上院議員・委員会委員長)
■第3部会(16:20~17:30)
 テーマ:日本とウズベキスタンの環境問題についてのディスカッション
     (コーディネーター:千葉 百子/D.ファイジエワ)
  登壇者:石田 紀郎(特定非営利活動法人市民研究所長・人間環境大学教授・
      元京都大学大学院教授)
      千葉 百子(順天堂大学医学部客員教授)
      D.ファイジエワ(ウズベキスタン下院議員 政党「環境運動」代表)
      O.サリエフ(ウズベキスタン政府国家安全保障会議主席顧問)
■17:20 閉会挨拶     
   挨拶:M.ウスマノフ(NGO市民社会研究所所長)     
      德原 榮輔(財団法人アジア国際支援財団会長)

これだけの有名人が公演するのだから、余程に素晴らしシンポジウムなのだろうが、「得てして内容がないと云うことも確かである」。街中でよく見受けられる“インド人らしい少女が化粧”した写真で『13歳で結婚。14歳で出産。恋は、まだ知らない。』という宣伝ポスターがある。これは、「公益財団法人 プラン・ジャパン(東京都世田谷区三軒茶屋2ー11ー22 サンタワズセンタービル10階)」が広告して、寄付金を募集しているものの様だ。この団体はイギリスに国際本部がある「プラン・インターナショナル」が主体となっているらしく、寄付金の8割はこの本部に集められ、年度ごとの予算計画に基づき、支援地域の支援活動にあてられ、2割は支部の運営費にまわされるとウィキペディアに書かれている。この手の国際的な公益法人の場合は、使途不明金があって当然な団体である。バチカン市国の“ローマ法王(法皇)庁”の如くに、世界中のキリスト教信者から寄付金を集めて、自分達は鐚銭(びたせん)一文も出さない訳である。まして、イギリス人なら諜報機関や外交機関の組織である。何しろ、理事長代行・副理事長が“黒河内久美子(元ジュネーブ軍縮会議日本代表部大使)”であり、理事には野村吉三郎(全日本空輸株式会社最高顧問、ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章受章、東京電力監査役、三菱重工監査役)と云う米国へ宣戦布告した、日本の諜報機関のトップ(野村吉三郎海軍大将)と同姓同名と云うややこしい命名ながら、同じ働きをしている自分が名を連ねているのだから、透明な硝子で囲まれた不可視な公益財団法人である。それよりも、キリスト教の“善” イスラム教の“悪”なのかは知らないが、日本製釈迦族の「仏教」は<「悪」を批判して「善」を騙り、善行だといって地下鉄でサリンを散布して歩くのが、「善行会」とか「道徳再武装運動(MRA)=イギリスが発祥」とか云って中国/韓国の儒教道徳を標榜する>のである。これが「仏教」である。テロ思想の源泉は「仏教」である。インド人は腰を使い過ぎて(セックス至上主義)、ヨガも出来ない。まして「座禅」して悟りを求めるなど毛頭ないわけである。さて、アラル海でおきていることは、今や世界規模の出来事である。日本人が入り込むと、全てを金勘定にしてしまう。それが、アラル海の悲劇であり、これから世界規模で起こるであろう放射能災害/バイオハザード災害の始まりなのかである。
1939年(昭和14)5月にソ連の最新鋭戦闘機「ポリカルポフI(イー)ー16」
1976年(昭和54)9月6日に函館空港に着陸した、ソ連の最新鋭戦闘機「ミヤコン・ミグ25P戦闘機」
と云ったソ連軍の戦闘機問題の次に来るのが、
1983年(昭和58)9月1日にソ連軍機が大韓航空機(ボーイング747)を領空侵犯でミサイル攻撃を受け爆破墜落する。
1987年(昭和62)5月28日に発生した西ドイツ人“マティアス・ルスト(当時19歳)”が操縦する“セスナ機”が、ハンブルグからソ連の「赤の広場」に着陸した。
である。
大韓航空機が領空侵犯した原因は、多分に日本の諜報機関の謀略の香りがする。なぜなら、1983年前後には“中曽根康弘”が首相になっているからである。中曽根康弘と云えば「戦前・戦中の海軍青年将校派」である。この時期,日本と韓国の外交問題では、明治期と同じで「日韓併合」の主導権争いが熾烈だったことが、ソ連軍による大韓航空機撃墜墜落(乗員乗客269名が死亡)事件で、日本側の外交勝利になるからである。そして、ソ連軍内部では戦後からはばを効かせていた勲章だらけの将軍達による軍の私物化で、軍産学複合体の腐敗があったことも、大韓航空機撃墜事件になったいた訳である。このスターリン時代の英雄“将軍”たちが私物化したソ連邦軍の機構を是正するために、考え出された方策が、<西ドイツから赤の広場への逆説的な“遊覧飛行”>だったのである。ソ連軍の防空体制の不備と脆弱性が政治的問題として、内外から批判を受ける形となり、この1件でソ連軍の将軍らの首が飛ぶことになる訳である。これが硬直化した社会の機構改革の政治手法である。
西ドイツの“セスナ機”とは良く考えたものである。それなら、現在問題となっている、日中間で問題になっている『防空識別圏』では日本はどんなシナリオで宣戦布告するのか?である。この防空圏についても、「ソ連戦闘機の全貌」にある地図を掲載した。
*【プラン・インターナショナル】ウィキペディアから転載。
理事長代行・副理事長…黒河内久美 元ジュネーブ軍縮会議日本政府代表部大使
副理事長…丹治誠 元日本銀行理事
専務理事…鶴見和雄 公益財団法人日本フォスター・プラン協会事務局長
理事…大島陽一 財団法人日独協会評議員
理事…川上隆朗 財団法人国際開発高等教育機構理事長(駐インドネシア国特命全権大使)
理事…小林俊和 JX日鉱日石エネルギー株式会社顧問
理事…杉下恒夫 ジャーナリスト/JICA国際協力専門員
理事…長坂寿久 拓殖大学国際学部教授
理事…野村吉三郎 全日本空輸株式会社最高顧問
理事…藤木美加子 弁護士
理事…森和之 株式会社日本経済研究所代表取締役社長
理事…湯川三郎 元三菱商事株式会社役員待遇
前会長・理事長である垂水公正の逝去(2009年2月21日)に伴い、副理事長が理事長を代行。

2013年12月3日(火)中国「防空識別圏」黙認せず。
東照寺国際参禅道場 臘八接心(一般的には12月1日から8日まで)第1日目
  榎本 東州 記

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