沖縄・東京・広島・長崎・大阪戦災67回忌(66周年)パート25

沖縄・東京・広島・長崎・大阪戦災67回忌(66周年)パート25

2011年4月9日にサイトに掲載した<「中央防災会議」の存在意義>について、“どじょう宰相 野田佳彦”は無為無策なのか?と国民は見ていたら、再び国民には不可視な政治歌舞伎を始めた。
その点について、幾つかのニュースが報道された。そこで、特徴的なニュースを時系列にして箇条書きでタイトルを掲げてみると、次の如くである。尚、末尾に記事を掲載する。
1、2011年11月5日ーシャラポワうなり声100デシベル 地下鉄車内騒音並みの是非
2、2011年12月3日ーサリン被害の河野さん「監査人」に=オウム分派「ひかりの輪」
3、2011年12月6日ー服役中の鈴木宗男元議員が6日に仮保釈
4、2011年12月9日ー群馬大学 教育学部 早川由起夫教授(火山学)を7日付で訓告処分
5、2011年12月13日ー群馬大学 大学院(保健学研究科)の博士前期課程の入学試験で女性教授が嫌がらせ発言
6、2011年12月16日ー原発批判記述の本に削除要請 論理に飛躍と西日本新聞
7、2011年12月21日ー談志さんお別れ会都知事ら約1000人参列
8、2011年12月27日ー発送電分離の検討本格化へ 電力制度改革の論点公表
9、2011年12月22日ー露大統領夫人 クレムリンで日本の中高生達と歓談
10、2011年12月15日ーバター品薄で密輸騒ぎも、流行のダイエットも一因 ノルウェー
11、2011年12月21日ー公衆トイレで爆弾爆発、2人死傷…ミャンマー[2011年6月9日ー反政府武装組織の男逮捕 ミャンマー列車爆発事件
12、2012年1月1日ー「一区切りつけたい…」オウム平田容疑者を逮捕

1番目の「シャラポアのうなり声」の記事は、京都釈迦白足袋族(京都府・埼玉県・逗子葉山・岩手県・徳島県)を代表して、東京都品川区豊町4 東照寺国際参禅道場 法務担当兼住職の出口鉄城(本名:充彦)が、2011年10月21日~10月26日イタリアを経由してベラルーシ共和国に行き「座禅の指導」をした[成果]を、日本政府に向かって“声だかに叫ぶ”姿をベラルーシ共和国出身の「テニス界の女王シャラポア」に喩えて政府の困惑ぶりを報道しているのである。ベラルーシ共和国には少なくない日本人が居住して、個人的な外交の窓口として機能している。それが、正味5日間のベラルーシ滞在で国賓待遇を受けたとして、その成果を過大に叫ばれたのでは、誰でも困惑して当然である。外交は10年単位の時間でその活動が評価されるもので、正味5日間で「宗教外交」が成功したと叫ぶのは、徳仁・雅子皇太子夫婦の「天皇の玉座」に座る事を急ぐからである。出口鉄城と雅子妃は「黒骨・白骨」を呼び合う仲だから、ベラルーシ共和国での国賓待遇は外務省がセットした事は云うまでもないことである。それは、出口鉄城・小和田雅子妃夫婦の裏で“創価学会”が後方支援しているという意味でもある。前にも書いた様にベラルーシ共和国の国民を「禅宗・浄土真宗に改宗」できれば、日露戦争の日本の戦利領土「ポーランド共和国」の喉元を確実に確保できた事を意味するから、外務省も必死なのである。日本政府とロシア政府が「北方領土の話」をしている時は、日本とロシアは「ポーランド(日本の飛び地領土)」の領有権を巡って喧嘩をしている訳である。なんども申しますが、ポーランドの悲劇『カチンの森の虐殺事件とユダヤ人の民族絶滅犯罪』を指揮監督したのは、大日本帝國政府(現日本政府)である。それから、旧ユーゴスラビア内戦を指揮指導と監督したのも日本政府の内閣情報調査局(室)である。だから、国際連合に籍を置く『国際連合保護軍(UNPROFOR)最高指揮官 明石康と高等弁務官 緒方貞子』は旧ユーゴスラビア国内において、「人身売買・スレブレニツアの虐殺事件」を主体的に指揮指導と虐殺行為を監督したのである。アメリカのマスコミの指摘は日本が虐殺行為を指導している事実関係を正確に報道できていないから、2001年9月11日のWTC同時多発テロを容認したのである。「土方根性(どかたこんじょう)のアメリカ人には分からないでしょうがね」アメリカ人が精神崩壊をきたしているのは「産業ー学問ー官僚ー軍事そして政治の無能」の共同社会構造だから、遠からず自己崩壊の坂道を転がるのである。それが、色狂い女の“桐島洋子”が書いた「淋しいアメリカ人」と云う訳である。アメリカ人は淋病患者かと思ったら、エイズ患者大国である。フランスでは空港でも港湾でも日本人は別室で放射能を測定する。諸外国政府はアメリカ人の入国に際してはエイズ検査と淋病の検査をすべきである。なにしろ「土方(どかた)民族」は脳天壊了(ノウテンファイラー)だから、下半身をだして歩き回って公序良俗に反する低俗な民族だからである。そこへ行くとロシア(旧ソ連邦)は凄いね、大統領でも1から10までの数字が数えられないから、シベリアでドイツ軍や日本軍や北欧諸国の軍人民間人を、60万人以上虐殺しても1から3までの数字しか数えることができないのである。ロシア人は「白痴」である。だから、バルチック艦隊の司令官の娘が武谷三男(日本製原爆の設計者の一人。放射能の許容値を云いだし原発を推進した)の妻になるのである。そこが、ロシアが原爆を保有できた人間の繋がりでもある。「徳島県と京都府が中核の日本共産党」に云わせれば、ロシアも中国も日本の科学技術と金属加工技術がなければ、原爆も水爆も宇宙開発も高速鉄道網も今日の如くには発達しなかったと云う訳である。更に、勿論のことではあるが、「鈴木善幸元首相と瀬島龍三もロシアへの原爆譲渡に深く関係している」事は云うまでもない事実である。付け加えるならば、1981年6月11日にフランスのパリでオランダ人女性を殺害しその人肉を食べた猟奇殺人犯“佐川一政”の胤が瀬島龍三である。母体は香淳皇后(良子)である。だから、猟奇殺人犯でもフランスの司法当局は無罪判決を声だかに叫び、日本政府に丁重に帰国させて、作家として遊んでくらしている訳である。マアー日本人から見たら、オランダ人は食べられ当然な民族と云う訳である。この「佐川一政の釈放に奔走したのが、鈴木善幸元首相」である。この一時を見ても、鈴木善幸と瀬島龍三と旧社会党(鈴木善幸が所属していた)からロシアと中国との接点が分かるのである。尚、瀬島龍三の1947年~1950年4月までの所在が不明なのは、この期間は日本で活動していたからである。佐川一政は遺伝的に「瀬島龍三の虚弱体質」を受け継いでいるし、謀略(嘘)に長けている訳である。余程、瀬島龍三はオランダ人を嫌悪していた訳でもある。だから、インドネシアでオランダ人を無差別大量殺戮したのである。佐川一政は瀬島龍三の思考を反映したにすぎない。それは、大本営作戦本部の思考でもある訳である。そのオランダから日本は農産物の「種」を大量に購入して日本の食糧自給を支えているのである。即ち「胤=種」と云う訳である。このオゾマシイまでのスメラノミクニ族(日本民族)は世界覇権(世界連邦制を含む)の為なら、何でもするくせに「道徳再武装運動や善行会」運動を表看板にして世界を相手に平和戦争を展開しているのである。それを単純化して全体主義体制にしているのが「創価学会(旧称:協調会と大原社会問題研究所や服部育英会)」である。前に書いた様に、大塚芳満遺稿集(大塚製薬)の中で【軍隊に守られた商売はやりやすい】と云っている訳だが、他国の領土を盗りに行くと時は、ヒトラーの様に道(アウトバーン)を造るが、その前に「宗教」が入り込んで、次に軍隊と商人がセット入って来るのが歴史の語る所である。そう云った歴史の教訓から見ても、東照寺国際参禅道場の法務担当兼住職 出口鉄城の「ベラルーシ共和国への開教活動とイタリア・ドイツへの布教活動」と、浄土真宗や日蓮宗を含めて釈迦族は既に世界の“四分の三”を覇権できたのである。軍隊を派遣しなくても「日本製原爆の製造法を販売して、それから、原発を商売にすれば完結する」仕組みである。「IAEA」は日本が原発営業の為に国連にロビー工作して創設した機関だから、アメリカもフランスもイギリスもロシアも口出しできないのである。ここで、宗教の話を書いたので、沖縄や朝鮮について概略で云えば、沖縄(旧称:琉球王国)は明治期の段階では、アメリカと台湾への帰属を模索していたが、大日本帝國の圧力に屈して琉球王国は、大日本帝國に帰属し、台湾も大日本帝國の台湾総督府の管理下に置かれることになり、戦争をへて現在至ったいるのである。朝鮮半島が大日本帝國に領土化され「朝鮮総督府」が置かれる時代の初代総督 寺内正毅の時に発生した「百五人事件」では、アメリカのキリスト教宣教師の信者が「総督暗殺の謀議」で逮捕され、その後大日本帝國政府が創設した「朝鮮総督府」が皇民化思想(神社本局)で、朝鮮半島から大満洲帝國からモンゴルからインドまでの「シュメール文化圏と云うごり押し思想」で軍事活動の正当性を世界に叫ぶ訳である。その起源は大正12年の関東大震災前ににすでに萌芽していたのである。従って大正13年のアメリカに於ける日本人排斥運動は、日本の世界覇権を恐れた世界の反応だったと云える。マアー!世界が不可能だとしていた「原子爆弾の製造に成功し、地上起爆による広島・長崎での人体実験にも成功した」訳だから、世界が今でも黄色人種を見るとPTSD(心的外症候群)をおこすのは当然である。日本国内で「シャラポアのうなり声が大きい」理由が理解できたでしょかね。
この1番目の「シャラポアのうなり声」と、<3番目の「服役中の鈴木宗男元議員が6日に仮保釈」と9番目「露大統領夫人 クレムリンで日本の中高生達と歓談」と、10番目の「バター品薄で密輸騒ぎも、流行のダイエットも一因ノルウェー」>は全て、「日本とロシアの外交問題」が拗れているいる事を示しているのである。それは、アメリカとイギリスがロシアに対して、日本との軍事・経済の同盟(協調)関係に水を差して来たからでる。アメリカとイギリスがロシアに対して、日本ーロシア関係に水を差して来るのにはそれなりに理由がある訳で、2001年9月11日のWTC米国同時多発テロを指揮監督した日本政府(内閣情報調査局)に賠償を求めている事(テロ政府の封じ込め政策)について、ロシア政府に同調(足並みを揃えることを要望している)を求めているが、ロシアの現政権は日本の後押しでできた、日本の傀儡政権だからクレムリン(ロシア)としても、アメリカやイギリスの要望は受け入れ難い訳である。それが、ロシア国内で頻発している抗議デモの裏側でおきている事情である。そこで、日本政府(徳仁皇太子支持派)はロシア対策として、女性宇宙飛行士ワレンチナ・テレシコワを「国政復帰」と云う策を打ち出したのである。逆に日本政府(秋篠宮支持派)は、講道館(柔道)の内柴正人を準強姦容疑で起訴した訳である。それは、ロシアのプーチン首相(元大統領)が柔道とオウム真理教ロシア支部に関係してるからである。それが、12番目の「オウムの平田容疑者の出頭での逮捕劇」となってくるのである。10番目の「バターの品切れ」とは日本政府が一丸となってドイツに救いを求めている事を話しているいるのである。戦中にヨーロッパではバター不足が生じた。そこで、ドイツは代用品としてマーガリンを製造したのである。この「ドイツ製マーガリンの原材料は、鯨の油」である。もうお分かりでしょうが【日本の調査捕鯨と云うなの「本格的な捕鯨業」でとれた鯨の油はドイツのマーガリン製造業に貢献している】訳である。肉は北欧諸国やオーストラリアに売られているのである。これが、捕鯨反対の過激行動をしているアメリカと日本の鯨外交である。だから、日本の農林水産省は鯨資源の販売先を公表しないのである。と云うか公表できないのである。
次に<4番目の「群馬大学 教育学部 早川由起夫教授(火山学)を7日付で訓告処分」と、5番目の「群馬大学 大学院(保健学研究科)の博士前期課程の入学試験で女性教授が嫌がらせ発言」と、6番目の「原発批判記述の本に削除要請 論理に飛躍と西日本新聞」>とは、「国立大学法人 群馬大学」だけに焦点が絞られているので、その学長 高田邦昭の履歴から見ると「東京大学理学部生物学科卒、杏林大学医学部助手、大学論文博士号取得、カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国NIH奨励研究員)」から、女性教授のアカデミックハラスメントから見て、「杏林大学医学部」を狙い撃ちしていると云う事になる。それでは、「杏林大学医学部」を狙い撃ちする理由は何か?最近のネット広告に女子プロレスラーの“ジャガー横田”が頻繁に登場しだした。この“ジャガー横田”の夫“木下博勝”の出身大学が「杏林大学医学部」である。プロレス興行界と芸能界を支配しているのが、築地市場グループ即ち「大谷一族」である。まして“ジャガー横田”は菅直人の親族である「姫井家と横田家」の親族である。そこで、“ジャガー横田”に皇位継承権の派閥抗争の先陣を勤めさせる為に、「杏林大学医学部」に日本政府は圧力をかけていると云う事情が、4番目と5番目のニュ―スである。そして、6番目の「原発批判の本の発禁」と4番目の早川由起夫教授の原発発言は、日本政府の圧力と学問の聖域を守れるのか?と云う試金石だとしても、学者は例外なく御用学者しかいないのが日本であるから、国民から見たらマスコミの戯言(たわごと)である。8番目の「発送電分離の検討本格化へ 電力制度改革の論点公表」であるが、これは、電力中央研究所の創設者 松永安左ェ門で日本製原爆の製造を松根宗一と共にした時代に逆戻りする政策は「電力販売の自由競争を促進して、安価な電力を販売する」と云うのだが、「発送電分離」で電力の自由競争(市場経済?)になる事はあり得ないのである。逆に電力価格は高騰する。発送電分離で利益を得るのは、この制度を法制化する政治家らが、旨味のあるか株式を独占取得してお仕舞いである。それだけである。国民は蚊帳の外と日本では相場が決まっているのである。11番目の【公衆トイレで爆弾爆発、2人死傷…ミャンマー[2011年6月9日ー反政府武装組織の男逮捕 ミャンマー列車爆発事件]】これは、パート23で書いた「京都府と徳島県の釈迦白足袋族」がミャンマー(旧称:ビルマ)で謀略したテロでしかない。ミャンマー政府に揺さぶりをかけているのである。これが、日本の云う平和文学「ビルマの竪琴」の中身である。そして、先の2番目の<サリン被害の河野さん「監査人」に=オウム分派「ひかりの輪」>と、12番目の<「一区切りつけたい…」オウム平田容疑者を出頭して逮捕>にはもう一つの面がある。それは、オウム真理教団の開祖 出口鉄城(東照寺国際参禅道場 法務担当兼住職)の【Twitter=つぶやき】の12月25日の書き込みに<tetsujyo 出口鉄城 私の母もさすがに高齢になったところで、妹が面倒を見たいと言い出し、今は妹の家に居る。電話で「おかあさんが、再三カネカネと言ってる」というので、この年になってまだ金に執着しているのかと思ったら、カネじゃなくて、カニらしい。そんな訳で、昼にお寺のサンタさんの奢りで一緒に蟹会席を食べた。>と供述している。妹は横浜市に居住しているから、自動車なら東照寺との行き来は楽くであるが、出口鉄城とは戸籍上の兄妹だから、関係は悪いのでる。松本サリン事件の被害者 河野義行氏が「監査人」を承諾するのが、12月3日分かったというのだから、1日か2日には「監査人」が確定していたとなる。出口鉄城が「蟹会席」を食べたのが25日が正しければ、この「蟹会席」とはオウム真理教団が、坂本弁護士一家を殺害して新潟で「蟹会席」を食べた一件と同じである。つまり、妹から“母がカニを食べたい”と云ってきたのではなく、1日~3日の間に上祐史浩「ひかりの輪」から、オウム真理教団の活動に関して相談を受けた結果が「平田 信容疑者」の警視庁への「年末出頭」となった訳である。つまり、出口鉄城も上祐史浩も平田信容疑者の逃走を支援していた訳である。当然の他の指名手配犯も、指名手配は受けていないが共謀犯も上祐史浩が逃走を幇助している訳である。司法警察職員は榎本東州に嫌がらせをする事にはご執心だが、肝心の凶暴犯の捜査には無関心なのである。それ故に司法警察制度は無用なのである。どこを見て俸給をもらっているんか?といえば、オウム真理教団のご機嫌を伺っているだけである。だからテロ支援国家なのである。アメリカもイギリスも理解できます。土方(どかた)国家には何をはなしても無駄でしょうがね。
さて、副題の【<「中央防災会議」の存在意義>について、“どじょう宰相 野田佳彦”は無為無策なのか?】である。
年末年始に有感地震が頻発した。ナマズ(秋篠宮親王の研究)なら地震を感知すると考えられていた時代から、地球物理学と云う学問分野が確立された現在では、ナマズを水槽に入れて研究する人もいない筈だが、日本では宰相が自分を“どじよう”と云うのだから、無学にも程がある。そんな「松下政経塾のおバカさん」でも首相になれるのが日本だし、東京工業大学で原子物理学を勉強したと云って、福島原発にヘリコプターで乗り込んで、メルトダウンを促進した四国遍路好きなおバカ宰相までバカの看板をさげて四国遍路するのだから、国民は人災の上で生活を強いられているのである。所で、菅直人の遍路修行はいつまで続くのでしょうかね?日本の地震学は明治期の「お雇い外国人」から指導を受けながら、今日に至っているが、学問の進展とは逆に「権威主義」が幅を利かせて御用学者の数ばかり増えて「木の葉が沈んで、石が浮く」ことだけには変化がない訳である。窓口を広げすぎると奥行きも深いなってくるので、大正12年9月1日11時58分32秒に発生した「関東大震災」と、それを起爆剤として大日本帝國政府が、世界覇権に乗り出した問題を【大森房吉(火山学、地震学など)】を取りあげて、<「中央防災会議」と日本のテロ支援政策>が一卵性双生児になっている問題を“どじょう宰相 野田佳彦”にお年玉として国民からプレゼントする訳である。
そして、7番目の「談志さんお別れ会都知事ら約1000人参列」であるが、この葬儀で弔辞を読み上げた人々が異口同音に「立川談志は、死ぬことなく生身の身体で生き続ける」といった趣旨の印象が強い、それは「天皇制は永遠に続く」と裏言葉で絶叫しているのである。誰の葬儀をしているのか?実に訝しいのが芸能界である。日本テレビの「笑点」に出ている落語家らしき人物の弔辞が余りにも庶民的で一般常識の範囲だったので、逆に浮いて見えるのである。その中でも「石原慎太郎 宗教大臣兼都知事」の弔辞は世間の注目を浴びたい為に、奇異を狙って弔辞を読むのは毎度の事であるが、その中で「立川談志も自分(石原慎太郎自身)も、“一匹狼”だから」と云うのにはビックリした。立川談志も一門を持っているし、まして石原慎太郎は弟の七光りである「石原プロ(石原裕次郎)軍団」を率いた大軍団である。群れを率いて居ながら、自分を“一匹狼”だと云う無自覚な無感覚性が日本社会では受容されるから奇想天外な民族なのである。石原慎太郎が自民党時代に所属していた「中川派」において、派閥のボス「中川昭一」が自殺した後に石原慎太郎を中川派のボスに多くの人が推挙したが、石原慎太郎に敵前逃亡して、派閥が空中分解して派閥に所属していた国会議員は行き場を失ったが、石原慎太郎だけが宗教大臣(表の顔は都知事)として、東京都の広報番組から週刊誌までほぼ毎日露出している。露出しないと顔面麻痺の症状が薬では抑えきれないくらいに悪化するからである。この東京都の広報番組で石原慎太郎は山村武彦(防災システム研究所 防災・テロ対策コンサルタントなどの所長)と防災談義をしているが、その内容のお粗末なのにはビックリである。都の税金でこの程度の番組を制作するのは、マスコミ受けばかりを狙う都職員の日和見行政だからである。オウム真理教団の平田信容疑者が出頭したのが、各警察署で無視された順番が大崎署→警視庁(桜田門前)→丸の内署の順で丸の内署が最後と云う訳である。それは、埼玉県警 所沢署にオウム真理教団の指名手配犯が出頭した状況と同じである。オウム真理教団の多くは所沢署管内に居て所沢警察署裏手の航空発祥記念公園で日光浴をしていたのである。しかし、榎本東州が東京理科大学の“遠藤◯◯”さんの「財布と身分証明書・免許証など」を所沢警察署の会計課(拾得物係)に届けると、「拾得物届出不敬罪」と云う独自の刑法で現行犯逮捕して拘留して、神戸市須磨区で発生した“酒鬼薔薇聖斗”事件に関する事情聴取と精神鑑定をしたのである。裁判所も検察も逮捕令状が「拾得物届出不敬罪」なのだから、日本の刑法にその条文は不文律ではなく「条文」として存在する事を証明している訳である。しかも、国選の女性弁護士も「拾得物を届ければ、実刑は当然でしょ」をヒステリックに叫んで、それ以後話を聞かなかったのである。司法府・行政府・立法府もそのトップをすげ替えても変わらないのがスメラノミクニの民族的体質である。何故なら、毎日ではないが、年ぬ数回首相が変わっても、毎回同じ過ちを繰り返すからである。世界の為政者は、日本政府の御蔭で辛抱強さを身につけられる訳である。土方(どかた)国家アメリカの軍事力を背景にして、スメラノミクニ=日本は我が儘のし放題である。国連軍を指揮監督してユーゴスラビアの民族を絶滅する瀬戸際まで追い込んだのが“スメラノミクニ=日本”である。それは、前にも書いたが、東照寺国際参禅道場(法務担当兼住職:出口鉄城)の居た「ボリス(ユーゴスラビア外務省の外交官の子)」と云う人物が、東照寺や京都府の禅寺に出入りしていた時期から、日本から出国した時の行動が、ユーゴスラビア内戦の開戦時期と一致しているからであり、“ボリス”が司法警察(公安)に身柄を拘束された時に、出口鉄城が身柄を引き受けに行って釈放された一件とも合致するのである、その際、出口鉄城は「東照寺の威光は凄いいんだぞ」と自慢していたのである。出口鉄城は何時も自分の自慢話が多いのは、「創価学会 SGI会長 故池田大作が胤」だからだが、この”ユーゴスラビア外交官の子 ボリス”の背後には京都府と徳島県の釈迦白足袋族(天皇の血縁)らが暗躍して、ユーゴスラビアを内戦状態に追い込んだのでる。だから日本の国連職員(国連大学にも繋がる)と云う「明石康とか緒方貞子」が大活躍したのである。ユーゴスラビアの虐殺は始めから、日本政府のよって周到に準備計画されていたものである。

大森房吉の略歴は次の通りである。
◆0629大森房吉(おおもり ふさきち)[福井]
地震学者
明治1年9月15日ー大正12年11月8日(1868ー1923)
福井藩下士大森藤輔の五男。明治16年7月東京大学予備門入学、明治20年7月帝国大学理科大学入学、明治23年同物理学科卒・大学院入学、明治24年9月理科大学講師、明治27年12月~明治30年11月地震学研究のために2年間イタリア及びドイツ留学、明治30年12月東京帝国大学理科大学教授・地震学講座担任、明治31年8月理学博士、明治34年2月~明治34年9月、明治36年5月~明治36年10月欧州出張、明治39年米国出張、明治44年6月~明治44年10月英国出張、大正12年11月死去(在官中)
出典:日本近現代人物履歴事典
   2002年5月20日 初版
   編 者:秦 郁彦(はた いくひこ)
   発行所:財団法人 東京大学出版会
   代表者:五味文彦
   〒113ー8654東京都文京区本郷7ー3ー1東大構内
   電話(03)3811ー8814
   制作:株式会社デマンド
   印刷:株式会社平文社
   製本:誠製本株式会社
◆大森房吉(おおもり ふさよし、ふさきち)
明治・大正期の地震学者、火山物理学者
生ー明治1(1868)年9月15日
没ー大正12(1923)年
出ー越前国福井(福井県福井市)
学ー帝国大学理科大学(現・東大)物理学科(明治23年)卒、理学博士、(明治31年)
歴ー卒業後大学院に進み、英国から招かれたミルン教授の下で地震学を研究。明治24年の濃尾地震の際、余震調査に当たり、翌年設立の震災予防調査会の委員、のち幹事・会長を務めた。27年ドイツ、イタリアに留学、30年東京帝大教授となり、以来、京都、福岡の各帝大理科の教授・講師を 任。大森式地震計、地震動に関する大森公式などの業績をあげ、万国地震学協会の設立に尽力。また35年の伊豆鳥島爆発調査から火山研究にも力を入れ、44年日本最初の火山観測所を浅間山に設け、日本の火山物理学を開拓。大正12年第2回汎太平洋学術会議に出席の途中、病に倒れた。
著書に「地震学講話」「日本噴火誌」「地震験測法一班」、「日本に於ける津波に就きて(日本二於ケル津浪二就キテ)」などがある。
出典:20世紀日本人名事典あ~せ
   2004年7月26日 第1刷発行
   発行者:大高利夫
   編集・発行:日外アソシェーツ株式会社
         〒143ー8550 東京都大田区大森北1ー23ー8 第3下川ビル
         電話(03)3763ー5241
   発売元:株式会社 紀伊国屋書店
       〒163ー8636 東京都新宿区新宿3ー17ー7
       電話(03)3354ー0131
   電算漢字処理:日外アソシェーツ株式会社
   印刷・製本:株式会社 マルチプリント

この大森房吉の下にいたのが「今村明恒(いまむら あきつね)」である。その関係は地震のない国イギリスから来た「ジョン・ミルンとアルフレッド・ユーイング」の門下生と云うのである。
「お雇い外国人」と日本の地震学発達の関係の一部分を書くと、次の如くである。
そこには「濃尾大地震」と「関東大震災」といった巨大地震の発生が横たわっているのである。
◆日本地震学会を創立したージョン・ミルン(1850~1913)
ジョン・ミルンやアルフレッド・ユーイングの下で、やがては日本の地震学を背負う人材が育った。次の3名である。
   <関谷清景(せきや せいけい、1854~1896)
    大森房吉(おおもり ふさきち、1868~1923)
    今村明恒(いまむら あきつね、1870~1948)>
◎ジョン・ミルン<1850年にイギリスのイングランドの北部リバプールに生まれる。1876年(明治9)3月に日本へやってきた。日清戦争を戦った大日本帝国政府は「お雇い外国人」の事業にそれほど熱心では亡くなった為、1895年にミルンと妻トネは帰国した。妻トネは、日本人女性の「堀川トネ」。堀川トネの略歴は、函館の願乗寺掛所(がんじょうじかけしょーのちに本願寺函館別院となる)の僧、堀川乗経の長女であり、東京にあった開拓使女学校で勉強した。堀川の家の近くにイギリスの軍人で動物学者のトマス・ブレーキストン(ブラキストン、1832~91)の邸宅があった。1861年(文久1)に来日したブレーキストンは貿易事業などを行い、そのかたわら日本の鳥類の研究をした。1883年には北海道と東北地方とをへだてる津軽海峡上に動物分布の境界線(ブラキスト線)があることを明らかにした。当時の日本にはりっぱなホテルがなかったので、彼は函館にりっぱな邸宅を建て、イギリス領事などもそこで宿泊したりしていた。そこへ出入りしていたトネは、英語やイギリス風の考え方を身につけた。このブレーキストンの紹介でミルンはトネと知り合い、やがて結婚したのである。ミルンは1913年の7月に亡くなった。トネはミルンの死後しばらくして、生誕の地である函館市郊外の湯川(ゆのかわ)へ帰り、1925年(大正14)にそこでなくなった。湯川にある函館西別院に、彼女はミルンの毛髪とともに葬られている。
ミルンは「地震報告心得」を書く。1852年(明治25)に「地震の災害を軽減することについて」と題する著書を自費出版。
1885年(明治18)ユーイングとグレーとミルン地震計による観測報告が東京気象台から出るようになる。>

◎アルフレッド・ユーイング(イギリス人物理学者、1855~1935)
<水平動地震計の開発者、。「爆破地震学」を考案。濃尾大地震の調査報告所
「1891年の日本大地震」:{ジョン・ミルン、W・K・バートン(東京帝大 衛生学教授、写真撮影)、今村明恒、大森房吉、田中舘愛橘、小藤文次郎(ことう ぶんじろう、1856~1935、地震学教授、根尾谷断層の写真}。
◎トマス・グレー(ケンブリッジ大学などで物理学を教え、1916年エジンバラ大学副総長、1935年死去)と共同でユーイングは「上下動地震計」を開発。

◆水平振子式地震計の開発ー大森房吉(1868~1923)
1880年(明治13)ミルンは「日本地震学会(現在の学会とは多少内容が様)」を設立した。その後「震災予防調査会」の設立で明治25年に解散したが、昭和4年(1929)に今村明恒が「日本地震学会」を再建し現在に至っている。
1891年(明治24 )10月28日の「濃尾地震」をきっかけとして、田中舘愛橘らによって1892年(明治25)6月に「震災予防調査会(地震の研究が目的)」が発足した。それは、文部省に属し国をあげて震災の予防にあたることを目的とする機関であった。しかし、1923年(大正12)9月1日に発生した「関東大震災」をきっかけとして、震災予防調査会は解散して「地震研究所」がつくられた。震災予防調査会の下で進められた日本全国の地磁気観測の結果は1904年(明治37)年に発表された。たまたまこの年にはじまった日露戦争にそれが役立ち、以後地磁気の測定は、田中舘愛橘の指導の下に、海軍の水路部でなされるようになった。地球の自転軸は地球に固定したものではなく、動いている。このために地球上のある点の緯度も時とともに変化する。地球物理学的にみて重要なこの緯度変化を観測するために、1899年(明治32)末に国際共同緯度観測事業がはじまり、その観測所の一つとして岩手県水沢の緯度観測所長には“木村栄{きむら ひさし、1870年~1943年、1920年10月に所長。石川県の豪農・酒造・郡会議員 篠木庄太郎の四男、木村民衛の養嗣子(ようしし)、1922年(大正11)~1933(昭和8)国際共同緯度観測事業中央局長。}”が選ばれ、緯度変化におけるZ項(木村項)の発見などのめざましい仕事をした。

*濃尾大地震(中部地方)[1891年(明治24)10月28日午前6時38分]ー仙台以北を除き日本中で有感。激震地域は根尾川・揖斐川(いびかわ)上流地方、わが国の内陸地震では最大のもの。
濃尾地震断層系を構成する主要断層緒元<温見断層ー長さ20km、走向NEーSE、地震断層の最大値3.5m、変位量の最頻値1-3m、活動間隔2000ー3000年。根尾谷断層ー長さ約30km、走向NEーSE、地震断層の最大値7.4m、変位量の最頻値4-6m、活動間隔2000ー3000年。梅原断層ー長さ28km、走向WNWーESE、地震断層の最大値5.3m、変位量の最頻値は最大で2m、活動間隔約2万年。><北は福井県から南は愛知県までの100kmに及ぶ根尾谷断層が活動した直下型地震が起こった。これにより、上下の差は6mもの根尾谷断層が地表に表われた。震源地は岐阜県西部、揖斐川上流で、震央は東経136.6度、北緯35.6度。地震の規模を示すマグニチュードは8.0と推定されている。東北地方南部から九州地方にまでゆれが起こり、震源地から近い岐阜県・愛知県などでは震度6から7に及んだ。また、発生が朝食時であったため、あちこちから出火して被害が拡大。死者・不明者7,272人、負傷者17,175人などの被害を出し、死者のうち7,000人近くが木造建物崩壊等による圧死であった。通常、濃尾地震と呼ばれているが、正式には「美濃・尾張地震」と命名されている。出典:日本災害史事典 日外アソシエーツ。

これらの事は、書籍で多少散策すると調べられる訳だから、日本の地震学の発達と学者の派閥争いが、福島原発の被害拡大に貢献していることが理解されるのである。
それは<大森房吉と今村明恒の地震予知論争>が今でも解決していないことが、「中央防災会議」を無味乾燥な会議にしている原因であるのも拘らず、政府高官らは「コーヒーとケーキが食べたくて、中央防災会議を廃止しないのである」。それほど、日本政府の高官らは卑しい根性に浸っている訳である。今村明恒は統計論的に「関東大震災」を予見し、震災対策の重要性を説いたが、教授である大森房吉は大地震の発生を否定して歩いたのである。水道管の耐震化程度は提示した様ではあるが、震災対策全般ではない様である。津浪(波)についても、今村明恒は断層のズレ(プレートの移動)が原因としたのに対して、大森房吉は器の揺れが原因としていたのである。学問上では新旧の考え方が衝突することはしばしば存在する。古地磁気学なる分野でも地磁気の逆転が証明されるまでのは長い時間を要して、炭素14の年代測定法(幾つかの問題点はある)が出来て、古地磁気測定の結果と比較できて、地球物理学の精度にも信頼性がでてきたのだから、大森房吉と今村明恒の時代の地震予知問題を論じることはできないが、大森房吉が地震学を独占したことが問題である事は変わらない。そして、関東大震災は発生して甚大な被害を起こしたのである。その議論がいまだに「日本の地震学」を呪縛しているのである。それは、大森房吉の呪縛である。更にその大森房吉の三男「大森一声(有声、曹玄)」が、関東大震災後に「国家主義団体」をおこし、頭山満の玄洋社・黒龍会として今度は、国家的な人災を発生させるのである。福井県の「大森一族」が今日も無軌道な言動の震源なのである。それが「直心道場」と云う看板である。出口鉄城(東照寺国際参禅道場 法務担当兼住職)東照寺のサイト< homepage3.nifty.com/toshoji/nihongo.htm >の写真に「2階坐禅堂入り口 上の額は鉄牛老師書「直心道場」(じきしんどうじょう)」と云う掲載がある。少し前までは、『伴 鉄牛老師は「直心是道場」だが、原田祖岳老師は“是”を入れるのは分別だとして「直心道場」とした』と云う文言があったのである。この「直心道場」の看板こそが、大森曹玄(一声)の国家主義団体「直心道場」なのである。その所在地が「小石川」であり、原田祖岳の大雲会道場も「小石川」にあった訳だから、この「直心道場」と「大雲会 道場」は同一の建物となるのである。そして、この「直心道場が2・26事件の活動部隊の集合場所」だったのである。それが、現在では出口鉄城の東照寺国際参禅道場に看板が移築しているのだから、再び軍事クーデーターを、直心道場としての東照寺から始める事になる訳である。既に出口鉄城は外部団体である「オウム真理教団を利用してサリン事件をおこしている」訳だから、今度は大森曹玄(一声)の様に、花園大学からテロ組織を動員する筈である。或は大森曹玄の「ハワイの禅道場」からアメリカ本土を攻撃する事も考えられるのである。出口鉄城は京都府の神社仏閣と連携しているのだから、それは可能なことである。伴鉄牛老師の話を右から左に出口鉄城は聞き流して記憶していない訳だから、伴鉄牛老師が何を話したか覚えていない訳であるから、ここで改めて云えば、伴鉄牛老師は「大森曹玄は原田祖岳の“八ヶの信仰箇条”を正しいと云っていた」と云っていたのだから、大森曹玄と原田祖岳には弟子関係があった事になる。それが「直心道場」の看板で現在でも繋がっている訳である。
大森一声(有声、曹玄)の略歴とその国家主義団体。
戦時下 日本文化団体事典 第3巻/(株)大空社刊からの引用。
直心道場
所在地:東京市世田谷區世田谷1ー979、電話世田谷4057
役員:道場主 西郷隆秀、道場長 大森一聲、顧問:頭山満、相談役:井田磐楠、小林順一郎、永井了吉。
組織:全國同志経營の地方塾の中央道場として構成さる。
設立の目的:日本的世界建設のための國民運動の中核體及びそのための人材育成を目的とし、之がため所要の國民運動展開、著書出版。
沿革及び既往事業
1、日本的革新運動の中核體結成を目的とし、昭和9年創立。 
2、同年より昭和11年所謂2月事件に至るまで雑誌「核心」を発行。
3、機關説排撃の國民運動
4、青年革新運動の統一
5、定期錬成會の開催
昭和16年度主要事業:2月事件以來専ら革新運動の中核分子養成のため拮据しあり、昭和16年のみに非らず未来永劫に然り。
*拮据(きつきょ)ー忙しく働く。けっきょ。
*出典:戦時下 日本文化団体事典 第3巻の9ページ
【シリーズ戦時下参考図書ー昭和2年~昭和20年】戦時下 日本文化団体事典 第3巻 揃定価65,000円(本体63,107円) 1990年7月17日発行、監修:馬場萬夫、発行者:相川仁童、発行所:株式会社 大空社 〒115 東京都北区赤羽2ー36ー12、電話:03(902)2731(代)、印刷・製本 株式会社フリオール。

日本近現代人物履歴辞典/(財)東京大学出会刊からの引用。
◆0628大森曹玄(おおもり そうげん)[山梨]
禅僧・剣道家
明治37年3月10日ー平成6年8月18日(1904ー1994)
大森房吉の三男。別名一声、有声。錦城中学を経て大正12年9月日本大学専門部社会科中退、大正13年山田次郎(直心影流)に入門、大正14年天龍寺に参禅修行、昭和2年5月錦旗会幹部(5年7月脱退)、昭和7年2月勤皇維新同盟を結成・理事、昭和7年12月敬天塾幹部(昭和8年11月解散)、昭和9年2月直心道場(小石川、昭和13年世田谷へ)・道場長、昭和11年2月28日検挙(2・26事件)、昭和11年5月釈放、昭和11年11月純正日本主義運動全国協議会結成、昭和12年8月検挙、昭和13年2月釈放、昭和13年8月5日地裁判決・禁固1年執行猶予3年、昭和14年3月30日第2審判決、昭和15年10月日本主義青年全国会議を結成、昭和20年9月直心道場解散、昭和21年天龍寺派の僧籍に入る、昭和22年12月東京高歩院住職、昭和25年山梨県に国際禅道場開設、昭和28年7月維新運動関東協議会を結成、昭和29年5月救国国民総連合委員長、昭和45年4月~昭和50年3月は花園大学教授(実践禅学担任)、昭和53年4月~昭和57年4月花園大学学長。

関東大震災の地震予知問題の大森房吉(地震学者)、その三男 大森一声(有声、曹玄)のクーデーターから、世界覇権への道を歩んだ大日本帝國政府が、今度は「東日本大震災」をきっかけにして、再び世界戦争へのチャンスを虎視眈々と模索しているのである。現在の状況は「関東大震災」の状況を再現しているかの様であるから、世界は日本を監察するか、日本人を飛び地領土のポーランドに民族大移動を号令するかの選択肢しかないのである。

次に参考資料を掲載する。
■出口鉄城のTwitter1。
tetsujyo 出口 鉄城
今、ベラルーシの皆と分かれ、ミンスク空港のラウンジでローマ行きの飛行機を待っている。今回の坐禅会で、すっかりベラルーシが気に入ってしまった。治安も さして悪くない。イタリアと違い子供達が外で遊んでいる。穏やかで真面目な国民性のようだ。真面目な気持ちが強ければ、禅にはもってこいだ。
10月26日
出口 鉄城
tetsujyo 出口 鉄城
午後に、ベラルーシラジオの記者2人にインタビューを受けた。男性記者は、昔、禅の本を読んだらしいが、そんな禅のイメージはどんどんブチ壊した。話は他宗教との違い、戒律にまで至ったが、こっちはいつもの言いたい放題で、しかし、えらく興味を持たれ、次回参加したい、素晴しいと言って帰られた。
10月26日
出口 鉄城
tetsujyo 出口 鉄城
午前中にベラルーシ日本大使館に行った。ところが大使はベラルーシ他ロシアの話を一方的に自分の自論で評論家のように話すだけで、ベラルーシの人々への熱い思いが何も伝わって来ない。なぜ外務省はこのような人物を臨時大使とはいえ、代表者としているのだろうか。接客の態度も人としてなってない。
10月25日
出口 鉄城
tetsujyo 出口 鉄城
今回のベラルーシ坐禅会で、印象的だったのは、初日の講話で修行と悟りの必要性を強く説いたが、質疑の中で一人の青年が、今回限りではなく、今後も来て指導してくれるのかと聞いた。私も何時死ぬか分からないが、命が有る限り要請があれば来るつもりだと答えたら。何度も頭を下げてたな。嬉しかった。
10月25日
出口 鉄城
tetsujyo 出口 鉄城
今日は、午後からベラルーシ科学アカデミー民俗博物館を見学。知人の計らいで、一般に公開していない秘蔵の展示物を館長自ら説明して下さった。夕方7時半から、国立工科大学内の柔道場で、今回最後の坐禅会。22名の参加で、厳粛に挙行できた。明日はラジオと新聞の取材と、日本大使館へ表敬訪問だ。
10月25日
出口 鉄城
tetsujyo 出口 鉄城
バレエが終り、食事をして、今、部屋に帰り着いた。ところで、今日の坐禅会は、ベラルーシ国立情報工科大学内の、約50畳のヨガ場で行 なった。午前と午後、2つのグループに分けて、各30名程が参加した。1回20分の坐禅を:3回、計1時間坐ってもらった。ひとりの脱落者も無く、皆真剣だった。
10月24日
出口 鉄城
tetsujyo 出口 鉄城
今、くるみ割り人形の第一幕が終ったところだ。実に素晴しい。舞台から一番近い桟敷席で、舞台の前のオーケストラがすっかり見える場所だ。プリマドンナはオードリーが一番綺麗だった頃を想わせる美女で、出演者の誰をとっても洗練された演技だ。オーケストラも素晴しい。招待者に感謝だ。
10月24日
出口 鉄城
tetsujyo 出口 鉄城
今日は、これから午前中及び午後の2回、坐禅の実践を中心にした講座を行う。昨日の参加者に加え、本日のみの人もあるそうだ。終了後今夜は、現地の主催者の接待で、ポリショイオペラバレエ劇場で、バレエ「くるみ割り人形」を鑑賞する事になっている。少し楽しみだな。
10月23日
出口 鉄城
tetsujyo 出口 鉄城
昨夜からようやくiPhoneが使えるようになった。イタリアのvodafoneでベラルーシでも使えると言われてチャージした25ユーロはローミングで、アッと言う間にふっ飛んで、終り。しょうがないので、ベラルーシのSIMカードを入れて、今は超快適。しかも、滞在中使い放題で230円。
10月23日
出口 鉄城
tetsujyo 出口 鉄城
今日午前中は、ベラルーシの古い伝統的民家を展示しした博物館を見学。午後3時半から、ミンスクの学校の講堂を借りて、第一回目の坐禅の講話と実践。約80名が参加し、 熱心に聞く。約20分間の椅子坐禅の後に質疑応答をおこなったが、質問が殺到し、予定時間を超えた6時半に終了、
10月23日
出口 鉄城
tetsujyo 出口 鉄城
ようやくミンスク行きにチェックインして、今、ローマのラウンジにいるが、ここまで結構大変だった。ターミナル1に到着して、ターミナル3まで移動して、そこのベラルーシ行きのチェックインカウンターは奥の奥の裏側。そこからゲート入り口までは、来た道を同じだけ戻る。どうも、差別されてるな。
10月21日
出口 鉄城
tetsujyo 出口 鉄城
いよいよ今日からベラルーシ坐禅会。朝5時半家を出て、今、ミラノリナーテ空港のラウンジだ。ローマ経由だが、ローマ・ミンスク間のベラビア航空への乗り継ぎチェックインがミラノで出来ない。再度ローマでチェックインしなければならない。なんか、ロシア圏とは旨く機能してないのかな。
10月21日
■出口鉄城のTwitter2。
tetsujyo 出口 鉄城
私の母もさすがに高齢になったところで、妹が面倒を見たいと言い出し、今は妹の家に居る。電話で「おかあさんが、再三カネカネと言ってる」というので、この年になってまだ金に執着してるのかと思ったら、カネじゃなくて、カニらしい。そんな訳で、昼にお寺のサンタさんの奢りで一緒に蟹会席を食べた。
12月25日

■冒頭のニュースの全文
1、2011年11月5日ーシャラポワうなり声100デシベル 地下鉄車内騒音並みの是非
   <NEWS ポストセブン 2011年11月5日(土)16時5分配信
    「ボールの速度が正確に判断できない」と、マリア・シャラポワ選手のプレー中のうなり声に、世界1位の女子トップ
     選手がクレーム。プレー中の「声」をルールで禁止すべきなのかどうか。作家で五感生活研究所の山下柚実氏の視点
     は、こうだ女子テニス界のスター、「ロシアの妖精」マリア・シャラポワ。彼女が球を打つときのうなり声が、
     今、問題になっています。苦情を訴えているのは、女子プロテニスで世界ランク1位のキャロライン・ウォズニアッ
     キ選手。シャラポワ選手が発するうなり声で、「ボールの速度が正確に判断できない」とウォズニアッキ選手は苦情
     を述べ、「意図的に大きな声を出す選手もいる、禁止すべき」と訴えた、とテレビで報じていました。シャラポワ
     選手のうなり声を計測すると、100デシベルを超えた。その音量はなんと、地下鉄の中の騒音に匹敵する、とのこ
     と。たしかに剛速球でラインギリギリにサーブを打ち込まれ、しかも巨大なうなり声がボールに被さるとすれば、
     相手はたまったものではないでしょう。シャラポワのうなり声は、はたして意図的に出されているのか。それとも
     全身全霊でサーブを打ち込む時、自然に発してしまう気合いのようなものなのか。テニスが品性を問うスポーツだ
     としても、プレー中の「声」をルールで禁止すべきなのかどうか。議論は分かれるところです。スポーツは、人間の
     理性を超えて、身体の力を直に表現する野性的な行為でもある。そう定義すれば、勝負にとって有利になるような
     質の「声」「音」を発することもまた、アスリートの、生な力の一つではないでしょうか。興味深いことは、シャ
     ラポワの声が間違いなく相手に脅威を与えている、という事実です。言葉の「意味」や「内容」だけでなく、「声」
     の響きや振動によっても、人の心理は大きく影響される。そうした見えない「武器」を、彼女自身が自覚している
     かどうかは別にして、上手に使っている。「声によるマインドコントロール」が、テニスという戦いの中に潜んでい
     る、ということが浮き彫りになりました。声は人をコントロールする。時に、政治の世界でも異様な力を発揮する
    「声」「音」。その一例はアフリカにもありました。ルワンダの虐殺はラジオの音楽番組によって煽りたてられた、
     と『サウンドコントロール』(角川学芸出版 伊東乾著)という本は解き明かしています。私たちの生活の中にも、
     いろいろと見えないシーンにおいて「音によるマインドコントロール」が潜んでいる、と考えられるのではないで
     しょうか。>
2、2011年12月3日ーサリン被害の河野さん「監査人」に=オウム分派「ひかりの輪」時事通信 12月3日(土)12時47分配信
 <オウム真理教元幹部で主流派「アレフ」代表だった上祐史浩氏が立ち上げた「ひかりの輪」が、第三者の立場から教団を
  監視する外部監査人として松本サリン事件の被害者河野義行さん(61)に就任を要請し、河野さんが受諾したことが3日、
  分かった。河野さんは取材に対し、「自分の目で実態を確認した上で、周辺住民との橋渡しをしたい」と話している。>
3、2011年12月6日ー服役中の鈴木宗男元議員が6日に仮保釈
   <受託収賄などの罪で服役中の新党大地代表・鈴木宗男元衆院議員(63)が6日に仮釈放されることが2日分かっ
    た。服役先の喜連川社会復帰促進センター(栃木県さくら市)から身元引受人の妻宛てに通知が届き、同党が明らか
    にした。新党大地によると、通知は郵便で1日夕、届いた。同党の浅野貴博代表代行は「一日千秋の思いで待ってい
    た仮釈放が決定したことに、この上ない喜びを感じている」とのコメントを発表した。
    (共同)[2011年12月2日13時4分]>
4、2011年12月9日ー群馬大学 教育学部 早川由起夫教授(火山学)を7日付で訓告処分。
  <「福島の農家はオウム信者と同じ」 群馬大 発言の教授を処分  2011年12月9日 朝刊
   短文投稿サイト「ツイッター」で不適切な発言をしたとして、群馬大学は「放射能汚染地図」作製で知られる教育学部の
   早川由紀夫教授(火山学)を七日付で訓告処分とした。早川教授は八日、前橋市内の同大で会見し「訓告は学問や言論
   の自由の根幹に関わる。大学の自殺だ」と訴えた。早川教授は、福島第一原発事故後に放射性物質で汚染された土壌の
   危険性を伝える趣旨で、周辺の農家について「セシウムまみれの干し草を牛に与えて毒牛をつくる行為も、セシウムまみ
   れの水田で稲を育てて毒米をつくる行為も、サリンをつくったオウム信者がしたことと同じだ」などと投稿していた。
   会見では、放射性物質の拡散状況をまとめた汚染地図を四月に発表して以降「ツイッターの読者を増やすために意識的
   に刺激的な発言をした」と認め、「地図を広め、理解を浸透させたかった」と説明した。大学によると、投稿について
   批判と賛同の両方の意見が学外から寄せられている。>
5、2011年12月13日ー群馬大学 大学院(保健学研究科)の博士前期課程の入学試験で女性教授が嫌がらせ発言
  <女性教授 「なめてんじゃないよ。それじゃテクニシャンじゃないか。甘ったれるのもいい加減にしな」…言われた学生
   が提訴へ。2011年12月13日
   1群馬大大学院の入学試験で、面接官の女性教授からアカデミックハラスメント(教員の立場を利用した嫌がらせ)を受
   けたとして、同大医学部の男子学生(21)が、女性教授や大学を相手取り、慰謝料500万円を求めて、訴訟を起こす
   準備を進めていることが12日、わかった。男子学生は9月、保健学研究科の博士前期課程の入学試験の面接で、研究
   者としての展望を語ると、女性教授から「なめてんじゃないよ、あんた。そんなんで研究者になれると思ってんの。それ
   じゃ、テクニシャンじゃなか甘ったれるのもいい加減にしなよ」などと罵倒されたという。男子学生は、試験には合格
   したが、その後精神的に追い込まれ、不眠症やうつ病を発症したと主張している。男子学生は「大学側の事後の対応も
   許せない。説明もないし、謝罪なり誠意を見せてほしい」という。女性教授は朝日新聞の取材に対し、「大学の入試の
   問題なので、個人的なコメントは控えたい」とし、渡辺秀臣・保健学研究科長も「そのような事実があったとは把握し
   ていない。事実ではないと思っている」とコメントした。
6、2011年12月16日ー原発批判記述の本に削除要請 論理に飛躍と西日本新聞
  <西日本新聞社が、川崎市在住の環境活動家田中優氏(54)に執筆を依頼した書籍について、九州電力玄海原発(佐賀
   県玄海町)を批判した内容の記述を削除するよう昨年秋、要請していたことが16日、分かった。田中氏は削除に応じ
   たが、書籍の出版は見送られた。田中氏は「地元の電力会社との関係を気にして自主規制したのだろうが、『公共の
   器』のメディアとして対応は疑問だ」と述べた。一方、西日本新聞社広報部は「論理の飛躍や説明不足があり、出版する
   のは難しいとの結論に達した。出版物に関し、特定のスポンサーへの配慮や検閲などの自己規制をすることは一切な 
   い」と説明している。 2011/12/16 18:21 【共同通信】>
7、2011年12月21日ー談志さんお別れ会都知事ら約1000人参列(東京都)[ 12/21 17:53 NEWS24]
  <11月21日に75歳で亡くなった落語家・立川談志さんのお別れの会が21日、都内のホテルで開かれ、東京・石原
   慎太郎都知事やイラストレーターで落語立川流顧問・山藤章二氏、ビート たけし、歌舞伎俳優・中村勘三郎、和田アキ
   子、芸能界を引退している上岡龍太郎さんら、約1000人が参列した。高座を模した祭壇には、白い座布団、愛用の
   扇子、手ぬぐい、湯のみが飾られた。遺影は、09年5月7日、東京・内幸町で行われた「桂三木男独演会」にゲスト
   出演し、古典落語「孝行糖」を話した際の一枚。いい笑顔が、遺影に選ばれる決め手になったという。黙とうの後、弔
   辞を述べた石原都知事は、「お前さんに言いたいことを言われると元気が出た。石炭を焚(た)いてもらえた」と2人
   ならではの関係を明かしつつ、「あの世でまたいつか会えるんだから、それまで元気でいてくれ。あばよ、さよなら、談
   師師匠」と締めくくった。一門を代表してあいさつした山藤顧問は、「自分勝手で自慢ばかりしていて、困ると言い訳し
   て、客を見下しても、マイナスが全てプラスになってしまう空前絶後の人。ピカソの奇跡を見ていると、立川談志の奇跡
   に重なる。ずっと変貌を遂げていた。2人がダブってしょうがない」と故人をしのんだ。 談志さんが好んだ、松本ヒ
   ロさんのパントマイム、ディキシーランド・ジャズの生演奏などを弔問客は楽しみ、故人との別れを惜しんだ。
   午後3時30分からは、ファンが献花のために訪れた。列はずっと途切れず、それをしみじみと見ていた弟子の立川談四
   楼は「想像以上に人が途切れないので、びっくりしている。遠方からもいらっしゃっている。こんなこといったら家元
   に失礼だけど、想像以上の人が来ている。世間に、どうだ!と言いたい」と話した。>
8、2011年12月27日ー発送電分離の検討本格化へ 電力制度改革の論点公表
  <枝野幸男経済産業相は27日、年明けから本格的に検討する電力制度改革の論点を関係閣僚会議に提出し、公表した。
   競争的で開かれた電力市場にするため、電力会社から送配電部門を切り離す「発送電分離」などを論点に掲げた。
   2013年の通常国会での電気事業法改正案の提出をめざす。東日本大震災による電力不足では、計画停電や電力使用
   制限令などが実施され、電力会社頼みの供給体制の欠陥が明らかになった。この教訓を踏まえ、制度を抜本的に見直
   す。発送電分離は、送配電部門の中立性を高めるのがねらい。電力の新規事業者が、電力会社と公平に競争できる環境
   を整える。>
9、2011年12月22日ー露大統領夫人 クレムリンで日本の中高生達と歓談22.12.2011, 22:21Photo: RIA Novosti
  <スヴェトラーナ・メドヴェージェワ大統領夫人が、クレムリンで日本の中高生代表団と歓談した。子供達は、今年3月の
   東日本大震災で被災した地域の代表。夫人は代表達に記念品をプレゼントし、ロシアと日本の文化に近い点があるとの
   意見に賛意を表した。この会見に先立って、日本の中高生達のためにクレムリン内観光が特別に催され、17世紀から
   19世紀にかけてのクレムリンの歴史が紹介された。 また大統領夫人は、2008年のG8サミットの際、大統領と一
   緒に日本に行った時に、大変温かい歓迎を受けた思い出を中学生達に語った。日本からのステキなジュニア・ゲスト達
   は、モスクワ滞在中、ボリショイ劇場へ行ったり、サーカスを見物する予定だ。 (リア・ノーヴォスチ)
   日本の中高生代表団15名のうちほとんどが、3月11日の東日本大震災と津波で大きな被害を受けた東北地方の出身
   者で、両親や親族、知人・友人を亡くしている。モスクワ滞在が、少しでも皆さんの癒しにつながり、元気の素になるよ
   うロシア人は皆願っています。ロシアにも、たくさん友達がいることを忘れないで下さいね。>
10、2011年12月15日ーバター品薄で密輸騒ぎも、流行のダイエットも一因 ノルウェー CNN.co.jp
   12月15日(木)15時21分配信
   <オスロ(CNN)クリスマスを控えた北欧ノルウェーでバターが品薄状態になり、価格が急騰している。最近では、バ
   ターをドイツからノルウェーに密輸しようとしたとしてロシア人が拘束される事態も起きた。業界関係者によると、炭
   水化物の摂取を減らすダイエットの流行や自然食指向、家庭料理指向の高まりでバターの需要が増え、品薄状態に追い打
   ちをかけているという。同国は今年の夏の天候不順で飼料の品質が低下し、牛乳の生産高が大きく落ち込んでいた。政
   府は乳製品の輸入関税を引き下げて対応を図っているが、小売店の多くがバターの販売制限を実施。インターネットの
   オークションサイトでは、500グラムのバターを通常の30倍の値段で出品する売り手も現れた。12日にはバター90キロ
   をドイツからノルウェーに密輸しようとしたとしてロシア人が拘束された。食品安全当局は消費者に対し、見知らぬ相
   手からバターを買わないよう呼びかけている。海を挟んだ隣国デンマークの空港やフェリーターミナルではノルウェーか
   らの旅行者向けに、免税店でバターの販売を始めた。両国のテレビは、ノルウェーの首都オスロでデンマークの人たち
   が2000キロ分のバターを通行人に無料で配る様子を生中継で伝えている。>
11、2011年12月21日ー公衆トイレで爆弾爆発、2人死傷…ミャンマー
   <【バンコク=深沢淳一】ミャンマーの最大都市ヤンゴンで21日、公衆トイレに仕掛けられた爆弾が爆発し、警察当
    局によると、女性1人が死亡、1人が重傷を負った。11月にはヤンゴン市庁舎に止められた車から手投げ弾が見つ
    かっており、警察は、いずれも少数民族の反政府勢力による犯行とみて調べている。ヤンゴンでは昨年4月、ミャン
    マー正月を祝う催事場での連続爆発で9人が死亡、当時の軍政は反政府勢力の爆弾テロと断定した。
   (2011年12月21日18時56分 読売新聞)>
   [2011年6月9日ー反政府武装組織の男逮捕 ミャンマー列車爆発事件
    ミャンマーの首都ネピドー近くで先月、列車に仕掛けられた爆弾が爆発し、乗客2人が死亡した事件で、同国治安当
    局は9日までに、反政府武装グループ、カレン民族同盟(KNU)のメンバーの男1人を逮捕した。同日付の国営紙が
    伝えた。KNUは東部の少数民族カレンが中心となって構成するミャンマー最大の反政府武装勢力。治安当局は国内で
    たびたび起きる爆弾事件の大半をKNUの犯行としている。国営紙によると、今回逮捕された男は5月18日、走行
    中の列車の網棚に爆発物を置いて逃走したと供述している。同日はユン米国務副次官補(東アジア・太平洋担当)が
    ネピドーを訪問中だったが、事件との関連は不明。(共同)]
12、2012年1月1日ー「一区切りつけたい…」オウム平田容疑者を逮捕。(01/01 10:55)
  <オウム真理教による仮谷清志さん(当時68)監禁致死事件で、16年以上にわたって逃走を続けていた平田信容疑者
   (46)が31日深夜に警視庁に出頭し、逮捕されました。平田容疑者は1995年、目黒公証人役場事務長の仮谷さんをレ
   ンタカーで連れ去り、その後、死亡させた疑いで逮捕されました。警視庁によりますと、平田容疑者は31日深夜に警視
   庁・丸の内警察署に出頭しましたが、出頭した理由について「時間がたったので一区切りつけようと思った」と話して
   いるということです。一方で、容疑については、「車を運転しただけだ」と一部否認をしています。警視庁は、事件から
   これまでの足取りや、いまだに逃走を続けている高橋克也容疑者(53)や菊池直子容疑者(40)についても詳しく事情
   を聴く方針です。>

伴 鉄牛老古佛曰く【後悔を先にたてて修行する】

2012年1月2日  榎本 東州 記
2012年1月3日  榎本 東州 追加と校正

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