平和を、仕事にする。

平和を、仕事にする。
(インターネット「陸海空自衛隊員募集」標語から)

幕府軍・薩長州軍・近代軍制から大日本帝國陸海軍から、連合軍参加軍隊そして、警察予備隊から、防衛庁(自衛隊)そして「防衛省」と“看板”だけが入れ替わったが、内容は相変わらずの“天皇の軍隊”で有る事だけは、変わっていない。何が明治維新は“無血革命”だ。虚言癖が抜けないのが、日本人ですね。それは、徳川時代260年間の、天変地異に加え「徳川家一族の乱行」に異議を唱える事も出来ず、徳川家康の死後も“見猿、聞か猿、言わ猿”の三猿を道徳の規範とし、市民の“異議申し立て”を圧迫してきた。明治維新後は、薩長州・土佐・連合に加え、幕府軍が協定して、南部(主犯は新渡戸稲造)が、天皇(睦仁)を暗殺する事で、官軍(勝利者)に迎えられ、東条英機(南部=岩手県出身)内閣の誕生と成り、同じ岩手県出身の“物理学者 田中館愛橘”が、長年に渡って実現を推進してきた。人類史上初の「日本製原子爆弾完成と使用(広島・長崎)」にまで至った訳である。1945年8月以降は、「大日本帝國政府から日本政府」に衣替えして、“日本製原子爆弾製造方法の特許権”を武器に「アメリカ・イギリス・フランス・イスラエル・インドそして、中国(ソ連には、日本人を奴隷として無償提供した関係で原爆は譲渡しなかった)」を、核兵器開発の更なる進化を推進してきた訳である。その日本政府の思惑(謀略外交)に沿った外国政策を、採ったのがアメリカのユダヤ人政治学者「ヘンリー・アルフレッド・キッシンジャー(Henry Alfred Kissinger)」である。キッシンジャーのお陰で、日本国政府は随分と肥えたし、ユダヤ人「キッシンジャー」も随分と国際政治の舞台で個人資産を殖やした訳だね。マーシャル諸島の住民の生活権などは、日本の利益追求主義から見たら、マーシャル諸島の住民の生存は問題ではない訳だね。“天皇(国家神道の神としての存在)”が、世界を支配すべきであると言う思想は、今日も小泉純一郎元首相の如く“ぶれない”存在なのである。だから、小泉純一郎元首相は、アメリカのブッシュ大統領を恫喝して、明仁天皇の支配権を、国際会議の場で再確認させていた訳である。“日本政府には、原子爆弾が幾らでも有るんですよ、お望みならニュヨークの街で使用しましょうか?”と脅していたが、第一弾として「2001年9月11日の世界貿易センタービル同時多発テロ(神風攻撃)」を、サウジアラビア国王と明仁天皇が“同盟を結んで”実行した訳である。イスラム原理主義の根底にある、超国家主義は北一輝の「日本改造法案大綱」や、山本玄峰の弟子―四元義隆の「血盟団思想」であり、その指導原理は「国家神道の唯一神=天皇」思想である。それを、サウジアラビアやアフガニスタン・パキスタン・パレスチナで、軍事テロ行動軌範としてイスラム教徒を教育したのが「重信房子と小和田恒と佐々淳之、石原慎太郎」らの金鶏学園繋がりの玄洋社・黒龍会・湘友会の面々である。そこが、中国 四川省での地震を偽装した核爆発(地表近くのトンネル内)を実行した組織である。勿論、統帥権は「明仁・美智子天皇皇后」で有る事は、ぶれない。岩手県・宮城県で震度6強の地震が続く中で、気象庁は勝手に余震の危険性は無くなったと報道した。天変地異が有ってもタ大変な状況下でも「内閣改造」をしなければ理由が国民には、理解出来ない。しかし、諸外国からの「日本政府の悪逆非道を非難する声」が大きくなって、それに、対応する為に、内閣改造を急ぐというならば、その理由に、一番正当性が在る事に成る。明仁・美智子・秋篠宮・徳仁・雅子等は、「皇室御用係り 出口充彦(鉄城)」に“軒を貸して、母屋を盗られた”現実に未だに気がついていない。それにしても、中学卒業の出口充彦(鉄城)が、日本国の“玉座(天皇の椅子)”に君臨しているのだからね!アメリカのライス国務長官がIQ200とか、言うけれど、そのIQの根拠が分からない。学歴至上主義の白骨こと小和田雅子も、黒骨 出口充彦(鉄城)だけは別格だと云う訳だね。ハーバード大学よりも、熊本県八代郡の中学卒業の方がIQが高い。それが、今度はオウム真理教(光輪)と、自衛隊(小平調査学校)動かして、国内の核施設(原子力発電所・研究所・大学の研究用原子炉等)を、臨界事故を偽装した“核爆発”を計画している。これで、明仁・美智子・徳仁・秋篠宮・雅子も、世界の司法捜査から、逃げ切るつもりである。世界は「天皇一族」の死刑を、日本政府に要望している。その間の時間稼ぎに、世界中で日本国内で、「天皇の機関」が暴れまわっている訳である。八王子の書店での「無差別殺人」もこの「天皇の機関」が犯行の指示を出している。司法警察職員は“めんどくさがりや”だから杜撰な捜査で、お茶を濁すわけだ。其処で、自衛隊員募集の標語「平和を、仕事にする」ならば、先ず「広島・長崎」の原子爆弾は、帝國陸海軍が巨額の軍事予算を投入して、製造し、完成させ、日本国民の居住地域で地上に設置し、アメリカのシルバープレート(B29―淵田美津雄)が、投下したかの如き演出した上で、地上起爆させた事実を、国民の前に公表してこそ、「真の平和」の意味を、国民自身が考える訳である。それなくして「真の平和」はない。其処で、大分県 鉄牛寺の現在の活動状況を中心ろし、マンスリーレオパレスに日夜「圧力」をかけて、榎本追い出しに腐心している「日本テレワーク学会(国土交通省、総務省、厚生労働省、経済産業省が関与している学会)の役員で、創価学会員(=公明党員)の今泉千明」の職歴等の資料から。如何に日本人全体の性根が曲がっているのか歴然とする筈である。
2008年7月29日 榎 本 東 州 記 初稿
2008年8月  日 榎 本 東 州 記 1回目校正
2008年8月  日 榎 本 東 州 記 最終校正
Ⅰ章、新道元宗(山号)鉄牛寺(住所:大分県挾間町来鉢)「飯田紘一」
Ⅱ章、日本テレワーク学会 「今泉千明」
Ⅲ章、退職後の「防衛省幹部」の就職先
Ⅳ章、円覚寺{第73回 円覚寺夏期講座 期日7月19日(土)~22日(火)}
Ⅴ章、避難勧告及び入国禁止

Ⅰ章、新道元宗(山号)鉄牛寺(住所:大分県挾間町来鉢)「飯田紘一」

Yahoo!ブログ<小人閑居して不善を為すー崇高な目的が日々の雑感報告に成り下がった>から転載(鉄牛寺に関する部分について全文を抜き出した)。
URL<  HYPERLINK “http://blogs.yahoo.co.jp/gorubee2003/24788898.html” http://blogs.yahoo.co.jp/gorubee2003/24788898.html >

日記(ブログ)の著者は、大学紛争の時代に大学を卒業し、大手化学会社(東京の神保町に本社)に就職し、主に化学プラント工場の現場を渡り歩いた様である。35年前後だけ働き、今は定年退職し大分県に居を移し、大学の特別聴講生やら猟銃・船舶・バイク・酒・ゴルフ・旅行等々。アー忘れてました〔座禅〕もしていました。趣味に浮き身を費やしている。今は鎌倉の円覚寺の檀家(五輪の墓を建てた)に成れた事非常に誉れに思っている。
日記(ブログ)は、個人の“徒然なる覚書”だから文章的には、誰が誰に話したとか、その場の人間関係や情景は分かりにくい訳ではあるが、その中から「新道元宗 鉄牛寺」の様子を垣間見る事できる。要点を箇条書きすれば。
新道元宗(山号)鉄牛寺(住所:大分県挾間町来鉢)
1、3代の住職がいた。
開山 伴 鉄牛老古佛
2代 中沢泰禅老師
3代 ポール鉄心(アメリカ人で、現在は帰国中)
2、鉄牛寺の現在の責任者は、
代表I氏:飯田紘一(人間禅教団、大分県庁坐禅クラブ、豊国坐禅会、大分坐禅教室、を主催)
和尚代行Y氏:<著者記述からー21年生まれの60歳。生まれは同じ福岡県の大牟田、高校卒業後、横浜の大学(国大?)の建築科を卒業後、九州の建設会社に入社。以降大分在住。56歳で退社。その後、この寺の和尚代行をー>全体の文章から、云える和尚代行の趣味は、不動産を多数持つ事、能面製作・陶芸・茶道・華道(?)
榎本の疑問点は<同じ福岡県大牟田の、同じとは誰と同じなのか?因みに著者は倉敷の出身らしき事が、書かれているのだが?果たして、和尚代行の出身地は何処か?そして、和尚代行なる人物の名前は?>である。
和尚代行の師匠:山本鉄斎老師―長野県「常福寺住職」としか、此処では触れられていないが、何故本人が「岩手県 観音寺住職」もしていると自慢しなかったのか?細君 山本勝江(かつえ)は数年前に死去された。和尚代行Y氏が、常福寺の雪掻きに来てくれた事を、今でも話している。
3、アメリカ人の尼僧(曹洞宗)さんが、何故か「枇杷」を買う為に、大分 鉄
牛寺まで来たのか?一晩いて翌日には、長野県に旅立った。ならば、この
尼僧は、何処から来たのか?東京 三鷹の観音寺尼僧堂なのか?愛知県の
愛知専門尼僧堂なのか?判然としない。どちらにしても、大分の山寺まで
来て、何もしないで、一泊して行く理由が理解出来ない。
以下が、元化学プラン工場のエンジニア氏の日記(ブログ)である。

鉄牛寺(坐禅) 傑作(0)
2006/11/13(月) 午前 7:30        無題宗教  Yahoo!ブックマークに登録
この日曜日に、鉄牛寺という曹洞宗の寺で6時半~8時半まで坐禅他をやってきた。この寺は大分市から湯布院に向かう途中の挟間町(はさまちょう)来鉢(くばち)と言う所にある。現在の住職はアメリカ人のポールと言う人だが、現在アメリカに帰国中で無住職の寺だ。そのポールさんで3代目の住職である。
そのポールさんに人間禅の協会(?)が、道場として借り受けているらしい。
ハーレーに鉄馬(意味は知らない)と言う言葉はあるが、鉄牛と言うのも何かの縁か?さて、この鉄牛寺の場所が地図に出ていないので、土曜日のゴルフの帰りに、坐禅の代表者に電話して、大体の場所を聞き、下調べに行ってみた。
何せ、朝6時半開始だから真っ暗であり、場所が山の中で分かるはずもない。
骨折り損になると嫌だから事前調査に行った訳である。
目印は極楽温泉である。(これまた地図に載っていない。)
教えて貰った道順でこれは、スーッと行けたが、鉄牛寺は見当たらない。2回、人に聞いてやっと見つけた。林道の途中のとんでもない所だ。回りには何にもない。三毛猫が1匹いて、人恋しそうににゃあにゃあ鳴いていた。
建屋は、全く寺の感じがしない。まさに道場って感じだ。横に、釣鐘と住職の墓があった。取りあえず、土曜日は鉄牛寺を見つける事が出来たので、カーナビに地点登録しておいた。地点登録しても、そこまでの道路は出ていない。
翌日曜日、朝5時40に起きて、ヒゲも剃らず、顔も洗わず、5時50分に家を出た。前日、家に帰ってジムに行ったので、きついし眠いが決めた以上やらざるを得ない。道は迷わず、鉄牛寺には6時05分に着いた。まだ真っ暗だ。
誰もいない。イノシシでも出るんじゃないかと思う位の山の中だ。誰も来ていない。こんな所で殺されたら、絶対に見つからないと思って、車内でおとなしく待った。車の音が全くしないのに、玄関をがらがらと開ける音がしたので、車外に出てみると、人が1人いる。挨拶をすると、この人が人間禅の大分代表の人だった。音が聞こえなかったが、どのようにしてここに来たかと聞くと、自転車で45分乗って来たとの事。エー!自転車あー?ガーンだった。
待ってれば誰か来るかとも思ったが誰も来ない。2人だけだ。6時30分前から、道場でこの禅の師匠と僕の2人で坐禅開始。当然、素足、時計外しだ。なかなか宜しい。所が、信じられない事に柱時計が柱に掛かっていて、これが又信じられない事に、15分毎に音を立てるのである。6時40分頃か?バイクの音がして人が1人入って来て、ばたばた始めた。遅れて来おって、誰だと思ったが、坐禅中なので前だけを見ていた。しばらくすると外の釣鐘が9つ鳴った。7時00分、坐禅終了。45分やるかと思ったが意外と早かった。
その後、読経だ。読経は事前に知らされていたので、昔円覚寺で貰った小冊子(般若心経他)を持ってきたが、ここは曹洞宗なので、それは使わず違うものを2冊渡された。かなり本格的なお経である。読経開始。
先導役は遅れてきたバイクのおじさんだ。この人1人で読経しながら、木魚を叩いたり鐘を鳴らしたりする。お経は見ずに、全て暗記している。
読経を始める前に、何ページと言ってくれるんだが、声がよく聞こえない。
それを受けて禅の代表(師匠)教えてくれる。1回間違えてバイクおじさんが修正した事があった。この代表はお経を暗記していないらしく、お経を見ながら唱えていた。あなた、バイクおじさんより上なんでしょと言いたくなった。
臨済宗と同じのは、般若心経と四弘誓願文位で、後は聞いた事も無いお経である。しかしバイクおじさんは読経がうまい。本当の坊さん?と言うくらいに。
これを30分くらいやって終わり。(正座)と思いきや、更にあった。
色んな所に、茶碗に水を入れて奉げて読経するのである。(正座)まず、この寺の開祖の坊さん、2代目、何故か知らないが大黒様、その他2~3ヶ所。板張りであろうが、正座して経を3つ位唱える。痛かろうが関係なし。これで終わりかと思ったらまだあった。今度は、お茶と雑談だ。代表と僕がまず座って、バイクおじさんがお茶を点ててくれた。あの緑色の本格的な奴だ。
この4日間、アルコールを抜いたので家に帰って空腹時血糖測定でもやるかと思っていたが、羊羹を出され、嫌とも言えず、ついつい食べてしまった。
格好の血糖値日和だったのに残念。しかし、坐禅の後にお茶は付き物だから、もう一度本で手順を勉強しとかないとダメだ。このバイクおじさんは、無口だが読経、お茶となかなかの人物だ。代表は、大分市在で県庁に勤めていて定年退職、人間禅を始めて40年。バイクおじさんは、別府から来たとの事で、建設会社に勤めていて定年退職。この早朝坐禅は毎日、この2人でやっている。
凄い話だ。毎日だよ。1人は自転車で、もう1人はバイクで来て。更に、毎週月曜日は20時から坐禅らしい。多分、他に誰も来ないんだろう。定年後のフリーなんで、どうって事なしと言っていた。しかし・・・・・。焼酎ビンが2本置いてあった。バイクおじさんが、全く減らないと言っていた。
ここで飲んだら帰れないぜ。タクシーだって場所が分からず来れないよ。
代表は月曜日の坐禅の後は泊まると言っていた。
だって1杯飲んで話をしていたら夜も更け、自転車で往復1.5時間かけて朝6時半に来れないもんな。猫も居つくはずだ。と言うことで8時30分過ぎにおいとました。帰りに、代表(Iさん)とバイクさん(Yさん)が玄関先で見送ってくれた。帰りながら思ったんだが、宗教は恐い。
オームだって外から見れば、おかしな事をしていると思うんだが、実際に中で似た者同士がやっていると違和感ないんだよな。いずれにせよ、坐禅のできる良い場所を見つけた。土、日来れる時は来て、いつか月曜の夜も焼酎飲んで泊まってみないとダメだな。                   以上

鉄牛寺の和尚代行 傑作(0)
2006/12/9(土) 午後 8:31       無題宗教  Yahoo!ブックマークに登録
朝、5時半に起きて挟間の鉄牛寺に座禅に行った。
まだ暗い6時半から座禅が始まる。いつも真っ暗な部屋にろうそくが灯っており不気味だ。今朝も真っ暗な中、玄関の引き戸を恐る恐る開けて中に入った。
1人すでに座っている。僕が来るのを待っていたかのように、鈴が鳴り、木が入って座禅が始まった。いつもの読経の座布団に座っている気配が無いので、アー今日は和尚代行は休みなんだなあと思った。7時00分、座禅が終わった。と横を見ると、横に座っていたのは会長ではなく和尚代行だった。
早速、2人で読経をし、8つのお供えのコップの水を捨てて洗い、再度新しい水を入れて、お供えし、読経する。これが一通り終わるのが8時20分位だから、何だかんだ言って座禅開始後、2時間経っている。
この後、いつもお茶なんだが、今日は代行がお茶にするか、ジュースにするかと聞かれ、お茶はしきたりがうるさいので、ジュースを頼んだ。
オレンジジュースでも出てくるんだろうと思っていたら、代行が持ってきた袋をミキサーにほうりこんだ。なんと、野菜ジュースだ。ガーゴガーゴしばらくやって、パンと一緒にジュースを出された。和尚代行曰く、これが俺の朝飯だ。パンも食べるかと聞かれ、いや朝食べてきたのでジュースのみと答え頂いた。
ドローッとしていて、結構うまい。昨日、泊まったのかと聞くと、いや朝自宅から来たと言う。この人は冗談が多く、どこまで本当か分からないが、付近に数軒、家を持っているらしい。色々話を聞いてみると、この和尚代行は21年生まれの60歳。(僕より1年先輩)生まれは同じ福岡県の大牟田、高校卒業後、横浜の大学(国大?)の建築科を卒業後、九州の建設会社に入社。以降大分在住。56歳で退社。(多分、転進加算でやめた?)その後、この寺の和尚代行をしている。こないだ、代行から窯を作るので廃レンガが無いかと聞かれ調査した事があったが、その場所を見せて貰う事にした。僕の感覚では、どうせ学卒の建築屋だから図面書いて、後は金を出すだけなんだろうってね。それで、現場に行ったんだが、
(1)まず畑だ。ユンボを入れて、全部掘り返し今牛糞を入れて土地を肥えさせているとの事。畑といっても20畳くらいある。
(2)その横の寺の庫裏に繋げて、コレマタ15畳位の屋根つき、窓付き、入り口つきのスレート建屋が建っていた。
中に入ると、鉄パイプのサポートが組んであり、2階が作ってあった。
全部自分で作ったと言う。エー、口が塞がらない。
しかし代行は言う。俺は建築屋だ。建築屋が自分で家を建てられずにどうする!
(3)更に、その横。そこには4段*15m位の作業棚に木材やら、パイプやらが詰め込まれている。まさに、建設現場の作業場だ。全部自分で作って後は、皆に貰ったと言っていた。消火器が3本あった。これも要らなくなったのを貰ったらしい。
(4)粘度が袋に入れて置いてあった。
近くの山に行って取ってきたらしい。何せ市販は買わずに、全て自前で揃えるんだ。どんなに時間がかかろうとも。大きな時の流れの中で・・・。
(5)粘度作りは山から土を掘り出して、水中ですすぎ石を除去する。
このストレーナーがなんと、扇風機のふただ。どこから拾ってきたか知らないが・・・。
(6)窯の予定地を見せてくれた。図面は以前見せて貰ったが、代行は全て自分で図面を引き、自分で作る積もりだったんだ。
(7)大根が干してあった。タクアン用らしい。
アー参った。しかし、この代行も会社にいる時は猛烈社員だったらしい。
退社して生き方を変えたらしい。と言っても30歳から座禅、寺に入り浸っていたらしいから、浮世とは違う価値観を持っていたんだろう。
遁世って言う意味がわかるなあ。毎朝6時半から座禅をし、読経をし、7時に鐘をつき、水を供えて読経し、サムイをし、18時には再び鐘を突き読経をして1日を終わる。これを、毎日、都合がつく限り、死ぬまで続ける。アー俺にはできない・・・・。しかし凄い話だ・・・・。
以上。

座禅 傑作(0)
2007/3/28(水) 午前 9:14無題宗教  Yahoo!ブックマークに登録
今日、明日と和歌山に出張だ。10時22分発で時間があるので鉄牛寺に座禅に行ってきた。この2週間行ってないし、今度の土日もその次の土日も行けない。なんかズルズル休んでいると、このまま終わりになるのが嫌で、ウイークデイだが意を決して行ってきた。それと、古今ところ、もやもやしていたので、悠久の流れに身を置いている和尚代行に会いたくなったからだ。
遅れて和尚代行が来たが、無事会うことができたし、35分座っていると心が落ち着いた気持ちになった。良かった。ウイークデイでもいいから週1回は座るように心がけよう。さあ、和歌山でクエを食ってくるぞ。
以上。

アメリカ人の尼さん 傑作(0)
2007/6/4(月) 午前 7:16   無題その他趣味  Yahoo!ブックマークに登録
日曜日に座禅に鉄牛寺に行った。
いつもは土曜日に行っているんだが、この土曜日はゴルフだったから行けなかった。そしていつもは5時に起きて鉄牛寺に行き、6時半から座禅をしているんだが、さすがこの日は前日懇親会があったこともあって、5時に起きれず、結局9時~30分間の座禅となった。座禅が終わって、早速支部長と和尚代行と談笑に及んだ。和尚代行の窯の進捗状況を見に行った。
かなり出来始めている。窯の入り口部はレンガが敷き詰められ、壁の部分も第1層のレンガが積んであった。素人目にもなかなかの出来栄えである。
中古のレンガを現場に合うようにカットしていくのが、粉だらけになって大変だと言っていた。この和尚代行は軽トラを持っているんだが(中古を16万で買ったらしい)、これが雨の日に限って時々エンジンが停まるらしい。
しばらく待ってかけると、又動くらしいんだが・・・。代行はもう1台乗用車を持っていて、こないだ車検をとった直後に動かなくなって再起不能らしい。
どうも今年になって車運が悪いと嘆いていた。当日(日曜)は雨なので、この軽トラには恐くて乗れないと言っていた。
さてここから本題だが
今日、鉄牛寺にアメリカ人の尼さんが泊まりに来るらしい。
年は35歳位で、得度して頭は剃り上げ坊さんの服?を着ているらしい。
エーそんなお姉ちゃんがこの鉄牛寺に1人で泊まる?
エー、こんな山の中の一軒家だぜ!やられるぞ!
誰に?ここに泊まると知っているのは、我々3人だけだぞ!・・・まず安心か?
その尼さんが10時55分頃に大分に来る。
計画では和尚代行が軽トラで迎えに行く予定だったらしいが、今日は雨でやばいのでどうしよう?と言う話だ。
代行は袈裟姿の尼さんにヘルメットをかぶせてカッパを着せてバイクに乗せる訳にもいかないしなあ?と悩みつつ、僕を見る。(何か言いたげだ)
支部長は免許を失くして、自転車専門なのでこんな時には頼りにならない。
外人の袈裟を着た頭を剃りあげた尼さんに心を引かれ、どうせ雨で暇だからと思い ”僕が行きます”と手を挙げた。代行が ”待ってました”と喜んでくれた。所で、日田から何に乗って、正確には何時に着くかと聞くと、むにゃむにゃだった。まあ、九州って所は大体こんな調子だ。
早速、携帯で調べると10時47分着の特急だ。何が55分だ!いい加減だなあ。それで早速、僕のマーチに代行を乗せて大分駅へと向かった。
3分ほど遅刻したが、無事尼さんを大分駅で捕まえることができた。
確かに頭を剃り挙げて袈裟を着た外人のお姉ちゃんである。
いるんだ、こう言う外人が・・・。
鉄牛寺の近くに修道院があるんだが、日本人がキリスト教の尼さんになって、アメリカ人が曹洞宗の尼さんになる・・。 面白いねえ。
この尼さん、日本語は結構うまい。
明朝、6時半の電車で大分を発って信州の寺に向かうらしい。
信州には枇杷(びわ)が無く、大分にはあるので土産に持って行くらしい。
それで鉄牛寺に行く前にスーパーに買いに行った。
今は1ケ100円くらいすると言って泣いていた。それでも買ったみたいだった。僕はいつも白人のバイタリティには感心する。
アメリカ大陸でも豪州でも平気で乗り込み開拓していく。
望郷の念があるんか知らないが、アマゾンの奥地にでも平気で乗り込んでいく。
僕なんか望郷の念が強くなって多分ダメだな。
やっぱり肉食人種の狩猟民族がから土地に定住しないんだろうか?
さて鉄牛寺に泊まる件だが、支部長が今晩泊まると言ったら、非常に強く断った。自分は尼さんだから、男と一緒に泊まるなんてありえないと。
そうこうしているうちに、鉄牛寺に着きお別れした。
さて、支部長は泊まらずに帰ったんだろうか?
以上。

座禅 傑作(0)
2007/10/3(水) 午前 5:52        無題その他趣味  Yahoo!ブックマークに登録
週末は東京にOB会他で行っているので、今から座禅に行ってから会社に行きます。週末、週初めに台風15号が来るねえ。
会社に8:05に着いた。
昨日、昼から予定を変更してスクリューの点検で海に潜った。
ウエットスーツを着ていると、水に入った直後は冷たいが、その後は暖かい。
ただ鉛の重りをつけていないので、浮かんでしまい、結局、頭を船底につけて作業をするハメになった。スクリューは、開閉以前の問題で、貝殻がびっしりついていた。表、裏ともに付いていたが表(船尾方向)がひどい。
船底には全くついていない。スクリューにも船底塗料を塗っているのにどうしてスクリューがひどいんだろう?
スクリューは帆で走っている時は閉じているので、デッドスペースとなって貝殻が付きやすいんだろうか?スクレパーで両面とも貝殻を落とした。
今後は、週1回はスクリューを回転させて貝殻の付着を防止したほうがいいな。
しかし他のヨットもつくはずだが、皆さん、潜って貝殻落としをしていないようだが、どうしてなんだろう?
所で、海からポンツーン、ヨットに上がるのが大変なんだ。
ヨットいはタラップはついているんだが、タラップが甲板の上まで高くないので甲板に上がれない。又、ウエットスーツが重いのと、ある程度海水が入っているので重くて重くて、自分を引き上げるのが大変。(もう1人いれば引っ張ってもらうんだが)ロープを持ってやっとの思いでポンツーンに這い上がった。
後はポンツーンの上で素っ裸になって水道水でシャワーだ。
遠くに釣りをやっているのがいたが、関係なし。今日になって両肩が痛い。
筋トレで鍛えているはずなんだが、やっぱり土方には勝てないんだ。
7日に、別府湯煙ヨットレースがあるんだが、出張中と乗組員がいないので棄権だ。さて座禅に行って、和尚代行から、曹洞宗大辞典を借りてきた。
インターネットで聖典の熟語の勉強をしていたんだが、全部が全部出ていないんだ。例えば、”自身の為に人天の福報と声聞縁学と乃至権乗諸位の菩薩道を求めず”の意味が良く分からない。さすが、インターネットは漢和辞典じゃないからなあ。和尚代行も勉強しようと上記辞典を買ったらしいが、送られてきたのを見てイメージと違ったらしい。まあいいや、取り敢えずこれで勉強してみます。明日から、7日まで東京に行ってきます。
そうそう、親父が歩けるようになって退院するって連絡があった。
以上。

山本鉄斎禅師 傑作(0)
2007/10/22(月) 午後 0:26       無題宗教  Yahoo!ブックマークに登録
山本鉄斎禅師と21日(日)16:50~18:10まで挟間鉄牛寺で懇談した。と言うより、一方的に教えを受けた。
山本さんと言うのは何者かと言うと曹洞宗の坊さんで年は62歳、鉄牛寺の和尚代行が僕より1学年上で、山本さんは代行の更に1学年上である。
この鉄牛寺の開山の時の和尚さんの弟子であり、今の代行のお師匠にあたる。
この21日の昼から法事があると言うことで、わざわざ信州の禅寺から出張してきた。じゃこの鉄牛寺の住職は誰なんだ?と言うとアメリカ人で最初は日本とアメリカを行き来すると言う事だったらしいが、今はアメリカに行ったきりで無住職の寺となってしまった。仕方なく、和尚代行がまだ得度していないが、和尚として毎朝お経をあげている。この代行の師が今回の山本さんであり、山本さんの読経をテープに吹き込んで一生懸命覚えたと言っていた。
と言う事で、山本さんが出てくるから、都合がつけば出てきたらと、代行が誘ってくれたんだ。土曜日はゴルフで潰れたから、面倒だなあと一瞬思ったが、代行のお師匠さんに会っても見たかったし、今後この鉄牛寺での付き合いが続くなら知っていなければならないし、、、でも1番は、知らない人に会うことで違う世界が開けると思って、お目にかかる事にした。
だって、今の大分の世界があるのも、面倒でも新たな人と知り合って、その出会いを大切にして付き合いを続けているからだ。
大分に来て、古文書、スキューバ、パラグライダー、ハーレー、狩猟、ヨット、座禅、気功太極拳、と夫々師匠がいるが、全て出会いを大切にして付き合いを切らずに続けてきた人達である。
さて日曜の16:50分に鉄牛寺に着いた。
土曜日、アルコールの為運転が出来ずジムに行けなかったので、今日はジムに行かねばと思い30分でお暇しようと思っていた。
庫裏に通されると、山本さんは袈裟を着て卒塔婆に文字を書いていた。
和尚代行に紹介して貰うと、山本さんは正座のまま深いお辞儀をした。
非常に丁寧なしかも非常に長い時間のおじぎである。
こちらが頭を上げてもまで頭を下げたままで、結局2回くらい、僕は頭を上げたり下げたりしてしまった。礼で負けると非常にバツが悪い。
良く見ると、第一印象はお爺さんだなあだった。
頭は剃髪しているし、老眼鏡をかけているし、袈裟を着ているわで、誰でもおじいさんに見えるだろう。
どこでいつから座禅を始めた?そこの老師は何か教えてくれたか?と雑談をしながら、卒塔婆やら、紙に法名を書いたりしている。
それも達筆だ。良くも雑談しながら気も散らず達筆でかけるもんだとまず驚いた。書き終わると、筆を置きそれから1時間に渡ってしゃべり続けた。
それも、こちらが飽きないほど色んな話題を次から次へと・・。
質問も出来ない。凄い迫力だ。圧倒された。
分野は違うとは言え、何故もこんなに迫力があるんだろう?
鉄牛寺の前は湯布院の禅寺まで行っていたが、そこの住職はこれ程の迫力は無かったし、岡山、総社の住職も迫力はかなわない。
迫力とはその知識もさることながら、言っている事が受け売りではなく自分で編み出した信念だからだろうと思う。
最初はおじいさんと言う第一印象だったが、最後に別れる時、すごく若い顔をしているなあって、印象が全く変わってしまった。こう言うのを洗脳されたと言うんだろうな。だって年は大して違わないし、坊さんの割にはタバコは吸うし、人間はセックス、食欲・・で生きていると、平気でセックスを口にする。
しかし、最後には悟りの話に繋がっていく。
以下要約。(色んな話題が多く覚えきれず)
(1)何故座禅をするか?座禅をすれば気持ちが良くなるだろう?と聞かれた。
(僕)全くそんな気持ちになれず、雑念が湧いたまま悶々として終わっている。ただ終わって代行と雑談しているとこんな価値観もあるんだと、アー来て良かったと言う気持ちになる。座禅のせいじゃない。
(老師)座禅は安楽の法門と言われている。
(2)宗教は生と死を問う学問だ。
どうして自分は生きているんでしょうと聞くバカがいる。自分の生きがいなんて自分で見つけろ。大事な事はどうして自分は生まれて来たんだろうと問う事だ。(誰の意志でもなく)今の世の中は死を深く問う教育をしていない。だからせんの風・・のような歌がはやる。
昔なら、死だ墓だと言う歌詞は縁起が悪いと言って歌わなかった。
昔は死を身近に捕らえ、生と死は隣あわせと考えていた。
武士の女は北枕で右を下(西の極楽浄土を見て)にして、白装束で寝た。翌日眼がさめなくてもいいように。だから永眠と言うんだ。
棺おけだって昔は死者に刀を持たせ、釘で打ちつけた。
所が今はどうだ!棺おけはかわいそうだと言って打ち付けないし、友引でも葬式をやる。神戸で生首を校庭に晒したサカキバラセイトは死を一生懸命考えた。とても可愛がってくれたおばあさんが死んだ時、彼は色んな大人におばあさんはどこに行ったかと聞いた。周りの大人はおばあさんは天国に行ったよ。お前は一生懸命勉強しておばあさんを喜ばせておやりと言って説明した。
彼は、急に居なくなった死と言う事に納得が出来ず、小さな生き物から、猫から殺してみた。しかし何も変わらない。とうとう人間まで殺してしまった。もし死をきちんと教育できていたならば。
(3)死とは何か?それは自分自身の生の始まりと仏教では捕らえる。
死ぬことにより土、水、炭酸ガス・・・に分解され、それが新しい命となって生まれていく。輪廻とは自分は誰々の生まれ変わりと言う訳ではない。この地球上全ての生まれ変わりなんだ。
だから、眼に見えるもの、手で触れる物・・全てが生まれかわりなんだ。
死とは生の出発と聞かされて、死への恐怖は衰えたような気がした。
(4)今日、山本とお前(僕)が会えたのは偶然か?必然か?
僕は偶然だが、今日会ったのは自分の意志だから必然かもしれないと答えた。山本さんも同じ答えだったような気がする。
要は偶然の重なりで現在に至っているのかもしれないが、一期一会は必然である。今日のその時を意志を持って大事にしなければならない。
(5)この世は絶対は無い。全て表裏一体、相対的なものだ。
明と暗、満足と不満、偶然と必然。アー沢山言われたので、旧皮質には残っているんだが、文章に表すには記憶が蘇らない。しかし漢字はいいねえ、字自体に意味がある。信は人が言うだし、仏教にぴったりの言語だね。今日の話を聞いて、いつもこのような人が身近にいれば座禅の後で、色んないい話が聞けるのになあと思った。それと、都会より地方の方が接触する機会も多く、かつ自分の独り占めにできていいなあと思った。帰りながら、明日は山本さんは信州に帰ってしまい下手をすれば2度と会えない。明日は5時に起きて一緒に座禅しようと決意した。
今日5時に起き、6:25には鉄牛寺に着いた。
座禅をしていると思いきや読経をしていた。僕も座らせて貰って読経したが、今朝は4時に起床して既に座禅は終わったとの事だった。
一緒に座れなかったのは残念だが、一緒に読経して良かった。
でもプロは何故読経を素直に声にしないんだろう?
素直に言えばいいのに、なんか発音といい発声といい格好つけてるよな。
まあそっちのほうがお経らしいが。山本さんは数年前に奥さんを亡くしたらしい。でも言っていた。奥さんが今はいないから自由なんだと。
2年前、和尚代行が山本さんの寺に雪掻きに行ったらしいが、まだそれを感謝していた。檀家の人は年寄りの家の雪掻きに出かけ、誰も手伝ってくれないので寺の雪掻きは大変だったらしい。
今度、大雪の時は応援に行きますと言っておいた。
信州の奥は夏はフェーン現象で九州よりも暑く、冬は大雪で寒く大変な気候の所だが、四季のメリハリがあって非常に良い所だって。
参りました。
以上。

座禅 傑作(0)
2007/12/30(日) 午前 5:52         無題社会教育  Yahoo!ブックマークに登録
昨日モタードで座禅に行った。
真っ暗な夜道を照明が今一のモタードで行くのは少々恐い。
と言うのもモタードはバッテリーを積んでいないから、山道のようにスピードが落ちると前照灯が暗くなるんだ。昨日、和尚代行も来ていて9時過ぎまで語り合った。僕が焼酎用のぐい飲みで表面が荒いのが良いと言っていたんだが、覚えていてくれて焼いていてくれた。気に入ったと言ったら、底のギザギザをグラインダーで落としてきれいにすると言ってくれた。
ずーっと覚えていてくれたんだ。今朝も座禅に行こうと思って5時前に起きた。
と言うより2時半頃目が醒めてその後うつらうつらして、もうダメだと起きたのが5時前だった。と言うのも昨日は16時から浜脇で運動して温泉に入って18時過ぎに戻り、残り物の海鮮鍋を肴に、ビール350ml*1缶、焼酎ロックダブル*6杯飲んで21:30には寝た。すると通常5時間の睡眠なので2:30頃から目が醒め始めるんだなあ。
しかしこの時間配分だと、アルコールは残っていないし、胃ももたれないし一番いいみたい。定年後は21:30就寝、4:30起床のパターンだな。
さて5:30から着替えて行こうと思ったら音がする。
雨だ。天気予報では10時頃から雨で雪に変わるとあったので、それまでには帰られると思ったのに。もう降りだした。
鉄牛寺は山の中で別府より2~3℃低いので雪かみぞれかもしれない。
バイクで行こうと思ったが、車でも行くのはやめた。
07年大過なくここまで来て、金持ちケンカする必要なし。
今日は家で、週間反省、月間反省、年間反省と雑用だ。
雑用その1:門松飾り
今年は嫁はんもいないので、門松なんて見てくれだけは、飾らぬ!心で飾ってればいいんだと決意していた。
所が、嫁ハンから見透かしたかのようにメールが夜中に入っていた。
飾らないと神様が家に来ないので、門と玄関に飾ってくれと。
そういえば、別府の家の初めての正月だ。飾るかなあ・・。
雑用その2:3mmビス
前も言ったが散弾銃の照星(銃身の先の目印)が無くなって、買うと4、5千円するので、代替品のビスを探していた。
昨日、ホームセンターで2mmのビスがあったので買ってきたらどうも小さい。3mmのようだ。今日、門松と一緒に買ってこよう。
そう言えば、警察署から1/24に銃の一斉検査をするので銃をもって警察署に来いと言ってきた。書類に、去年、今年の銃の使用実績を書くようになっている。標的射撃と、狩猟用だ。僕の場合、狩猟はどう書くべきか、年明け警察署に聞きに行こう。どうも佐世保以降、散弾銃を持っているのが後ろめたいなあ。一度、佐世保の事件現場を見に行ってくるかなあ?
そう言えば佐世保のルネサンスは1月中旬再開とあった。
僕も大分ルネサンスに1年間行っていたが、可愛いインストラクターやお姉ちゃんもいたなあ。しかし男性客に変なのがいると思うと、男でも気持ち悪くて行けないね。余り不特定多数が出入りする所に、通い詰めるのは危険なんだろうな。間違いなく後はつけられるし・・。
しかし浜脇湯都ピアは大丈夫。ジイサン、バーサンばっかりだ。
以上。

座禅 傑作(0)
2008/2/4(月) 午前 8:03        無題その他趣味  Yahoo!ブックマークに登録
古今ところ、出張やらゴルフやらで座禅に行けていない。
それで、たまたま今日午前中雑用で休むので、朝4:50に起きて挟間の鉄牛寺に座禅に行ってきた。土曜の雪が溶けて凍結しているかもしれないと思い、いつもより15分早く5:45に家をモタードで出た。道路は一部濡れている部分もあったが幸い凍結はしていなかった。(鉄牛寺室内1℃)
今日は風が強くてモタードくらいの大きさでは結構風にあおられた。
鉄牛寺に着くと、軽トラが停まっていたので、和尚代行はも来ているなと思ったが、部屋が暗い。と思っていたら、部屋の電気が点いて和尚代行がヌーッと現れた。代行は昨日から泊まっていたんだ。誰が、こんな山奥の寺に1人で寝ていると思うだろうか?今日は7:00までの座禅のみにして、読経はやめた。
そして、窯の進捗状況を見に行った。煙突が組みあがっていた。こりゃ3月末には竣工するなあ。火入れ式には是非出席し、(そう新日鉄のレンガをくれたKさんも呼んで)お祝いをしなきゃあ。しかし、この和尚代行は足掛け2年で、登り窯を作り上げたなあ。凄いよ。話は変わって昨日は別大マラソンだった。
金曜の夕方にはNHKが撮影のリハーサルを白バイを従えてやっていた。
日曜日の10時頃には折り返し点の目印をセットしていた。
やっぱり通行の邪魔になるので色んな目印は直前に置くんだなあ。
昨日は旭化成の大分高校出身の(名前を忘れた)某かが、初マラソンで初優勝した。地方版のニュースでは言っていたが、全国版のニュースでは全く流れず、東京の大雪のニュースばっかりだった。
別大マラソンって、地方の草レース?東京の大雪のほうが価値有り?
以上。

4、次に大分 鉄牛寺の和尚代行の話が出てくるブログが存在する。それは、芸能人 ココリコ遠藤(章造){芸能人 千秋(日本板硝子 藤本勝司の子)との離婚が報道された}の書き込みである。以下に転載。
《ココリコ遠藤の知られざる秘密キャッシング「照明」
昨日モタードで座禅に行った。真っ暗な夜道を照明が今一のモタードで行くのは少々恐い。と言うのもモタードはバッテリーを積んでいないから、山道のようにスピードが落ちると前照灯が暗くなるんだ。
昨日、和尚代行も来ていて9時過ぎまで語り合った。
間接照明になって部屋の雰囲気がランクアップしたように錯覚します。》
5、人間禅熊本支部から、行事予定を転載。
人間禅教団は、在家が「禅(臨済禅―公案を主体として行う)」を指導する教団である」
人間禅熊本支部
大分県
☆早朝坐禅会
◇会場 /鉄牛寺 国際参禅道場(大分郡狭間町来鉢)
*大分市内より車で30分弱 大分医科大学より車で10分
○日時 /毎朝 午前6時30分~7時30分
内容  /坐禅・朝課(読経)
連絡先 飯田 紘一 097-541-6495
大分県
☆早朝坐禅会
◇会場 /鉄牛寺 国際参禅道場(大分郡狭間町来鉢)
*大分市内より車で30分弱 大分医科大学より車で10分
○日時 /毎朝 午前6時30分~7時30分
内容  /坐禅・朝課(読経)
連絡先 飯田 紘一 097-541-6495
☆大分坐禅教室
◇会場  /大分市コンパルホール
○日時  /毎月第2火曜日・最終火曜日 午後7時半~9時
内容  /坐禅、講話、座談会等
連絡先/飯田 紘一 097-541-6495
ブログヘ
☆大分県庁静坐会
◇会場  /大分県庁サークル室
○日時  /毎週火曜日 午後6時~7時
内容  /坐禅、談話
連絡先/飯田 紘一 社会福祉センター内
097-541-6495

6、大分 鉄牛寺住職 ポール鉄心老師の弟子(副住職)「森尾孝志」について。
◆2001/12/17 「森尾孝志さん 「ALS」の共同ホーム建設へ(人交差点)」
『朝日新聞』2001年12月17日朝刊(西部)大分1p.23

http://www.nifty.ne.jp/asahicom/

「筋委縮性側索硬化症(ALS)の患者が共同で生活できる「グループホーム」を、と森尾孝志さん(57)=写真、挾間町高崎=が中心になり、建設するための活動が進んでいる。「大分で全国初の建設を」と意気込む。
ALSは運動神経が障害を受け、次第に身体を自由に動かせなくなる進行性の神経難病。森尾さんは、妻が17年前、ALSを発病し、現在も療養中。現在の医療態勢では、一つの病院に3~4カ月しか入院できず、「たらい回しにされるのが現状」と言う。森尾さんは「国だけにまかせておけない」と今年5月に非営利組織(NPO)法人「ALS大分」の認定を受け、民間でのきめ細やかなケアを目指す。本業はお坊さん。挾間町の曹洞宗鉄牛(てつぎゅう)寺の副住職で、あごひげ、首からは数珠のいでたち。「人相が良くないから、募金で街頭に立っていると集まりが悪くてね」と笑う。新しいパソコンを最近買った。メールで患者間の情報交換をしたり、同法人事務局長の仕事をしたりして忙しい。「患者は身体が動かせないだけ。グループホームが地域の人と交わって生活するきっかけになれば」と語る。」3月30日、大分県支部副支部長の森尾久海子さん(国療西別府病院)を訪問しました。久海子さんが入院されている近くのテニスコートの満開の桜をバックにお花見をしました。
2月24日、最愛の人(森尾孝志さん)を亡くされ悲しみの中、私のプレゼントした帽子をとても喜んでいただき感謝でした。久海子さんは4月から緒方町の身体障害者療護施設のALS専用病室に転居されます。久海ちゃん頑張ってね。心から応援してるからね。
2000年8月に都城市で開催された第3回ALSチャリティコンサートにて筋肉隆々の森尾孝志さん(写真右端)と久海子さん、お友達の皆さんです。孝志さん若い頃から空手道、ボディービルをやっておられました。昨年暮れ、森尾孝志さんご夫妻にお会いした時の写真です。孝志さんは、自分がガンであることを、自ら愛する妻(久海子さん)にお話されていました。現在、久海子さんは、悲しみを乗り越えて国立療養所西別府病院に入院されています。天国で温かく見守っておられる孝志さん、そして私たちALS協会に携わる一員として、これからも久海子さんを支えて行きたいと思います。皆々様も、ALSと必死に闘っている久海ちゃんに揺るぎないご支援をお願い致します。
以上が、【新道元宗(山号)鉄牛寺(住所:大分県挾間町来鉢)】の活動状況であるが!さて問題は、「鉄牛寺の和尚代行」と言う聞きなれない称号の人物の履歴である。曹洞宗の寺の場合で在るならば、配役の称号は「住職、副住職、住職代理、侍者、監寺(かんす)、維那、侍香、堂行、副堂、東堂、西堂」が適当である。飲酒運転防止の自動車の“運転代行”なら世間にもあるが、住職代表とか和尚代行なんて云う勝手な称号を付けて、子供の様な「宗教ごっこ」に遊んでいる連中が、山号に「新道元宗」と広く世界に掲げた“鉄牛寺”で悪さのし放題である。此処で、自分勝手に国際参禅道場“鉄牛寺”で、「代表とか、和尚代行とか」曹洞宗に存在しない称号で、宗教を引っかきましている悪餓鬼の名前を云えば、一人は「人間禅教団:連絡先 飯田 紘一」で在り、今一人は、Y氏を名乗る「古庄政智(鉄心)」である。だから、古庄政智は自分の履歴を全て偽っている。過去に於いて、「古庄政智(鉄心)」は西武信販(クレジット)株式会社勤務で、取立て屋をしていたとカタリ。大学は入願書をぎりぎりに出した関係で、当時締め切りに間に合った「東洋大学(佛教系とは知らなかったと証言)」に入学し、学園紛争当時だったので、学長に直談判して4年卒を2年で卒業した。と話していたのに、今回は「福岡県大牟田出身で、横浜の大学(国立?)の建築系を卒業し、建設会社に就職し、定年を待たずに58歳で退職だ」と言う履歴を披露している。過去に於いて見てきた「古庄政智」の履歴で確かな部分は「30歳から坐禅を始めたと言う点と、能面に関心が有る点と、不動産を転がして利殖している点と、茶道も趣味としている点と、人間にはシナリオが有るんだと自慢していた点」それから、自分がどんなに悪さ(例えば万引き、恐喝)をしても、父親の権威で被害者を黙らせる事が出来ると自慢していた事を有った。元化学プラント工場エンジニア氏のブログで、書かれていた当初の疑問点<同じ福岡県大牟田の出身>と言う謎である。何故、古庄政智は“福岡県大牟田出身”で無ければいけなかったのか?と言う点である。「鉄牛寺」の管理を“人間禅熊本支部”にしたのは、毎度おなじみの「皇室御用係り 出口充彦」で在る。それは、鉄牛寺の食器を全て“人間禅熊本支部”に居る出口充彦
の知人に注文して時点から繋がっている。しかし、『古庄政智』はある特定の人を除いて、会う人事に自分の履歴を詐称する理由である。そして、出口充彦の妻「出口由美子(旧姓 横田)」が、数回しか東照寺に来ていない筈の「古庄政智」を絶賛している点にある。出口由美子の事だから、古庄政智とセックス関係は当然ある訳だが、それでも理解出来ない。最も出口由美子・出口充彦・古庄政智の関係で理解できる関係は、東照寺に来る前からの「特別な友人」と云う関係なら理解できる。それは、学生運動である。再度書きますと、栃木県の真岡銃砲店襲撃や上赤塚交番襲撃・浅間山荘事件等々の武装闘争(銃による世界同時革命)に関係していると見るのが普通である。当然「出口充彦・由美子夫婦」と共犯関係なのだから、<豊田商事事件、ライブドア、L&G、円天、あかり通信、等々>の巨額詐欺事件でも共犯関係となる。そこで、古庄政智の言った<同じ福岡県大牟田の出身>と言う履歴である。埼玉県知事 上田清司も所沢市長 当摩好子も「福岡県大牟田の出身」である。因みに埼玉県庁の知事
秘書室に「古庄姓」の人物がいるが、まあーそれだけでは“古庄政智の親族”とは言い切れない。しかし、「出口充彦、出口由美子、古庄政智、上田清司」に接点が在ったのは<学生運動(京浜安保共闘から連合赤軍)とオウム真理教教団事件>である。現知事 上田清司が所沢市で学習塾を経営していた時の、塾経営資金は「出口充彦の豊田商事事件」から出ている。そして、オウム真理教の指導者が「出口充彦」である様に、上田清司や徳仁皇太子も共謀していた訳である。其処に「古庄政智」を入れると、丁度ジグソーパズルに描かれた「オウム真理教」の全体図が完成するのである。先の「上赤塚交番事件」で、警察官を殺した犯人は、この“古庄政智”である。それが履歴を偽装している理由である。事件当時の学生運動家は、誰一人として「本当の大学名や学部、出身地、教授名等々で、本当の事は話していない。まして、銃器闘争に入ったら本名など他人に言う訳がない」だから、指名手配犯や作戦行動など云う筈がない。
従って、1970年代の「上赤塚交番事件」を始めとする一連の武装闘争に深く関係しながら、今は「鉄牛寺の和尚代行」などと勝手な称号で世間を騙している訳である。代行ね!つまり「住職 若しくは副住職の職務を、代理した人物から、職務の執行を委ねられた事を、自称じている訳だ」つまり、全国で町から「和尚さん」と言われている職種の人間全ての、職務執行を委ねられたと、勝手に叫んでいるアホだ。それがね、岩手県の観音寺の“寒修行”に来た時に、「自分(古庄政智自身を指す)の家柄は、大分の家老の血筋だ。伴鉄牛なんか、身分の低い人間が何をいうか?」と叫んだ訳です。確かに「大分 古庄」で検索すると、有名人がいるね「古庄幸一:第26代海上幕僚長、防衛大学校13期卒」
と言う旧帝国海軍海相が、今も「大日本帝国海軍は永遠に不滅だ。原爆の2、3発では鬼畜米英には負けない」と日本国憲法下で叫んでいる。日本国憲法が問題なら、合法的に海外派遣を推し進めるべきだとして、防衛大学校校長に
空前絶後の憲法学者「五百旗頭 真(いおきべ まこと:防衛大学校長、神戸大学名誉教授、法学博士。昭和18年生まれ、兵庫県出身)」を持ってきた訳だ。だから、現在では、国連支援軍とか何とか云いながら、海外派兵しているのに、これは、海外派兵では無くて、国連軍への海外協力だと手前勝手な理屈が通っている。前にも書いたが「古庄政智」の胤は“重光葵”である。それが、大分の家老だなどと「時代錯誤(江戸時代を2008年に云う態度)」叫ぶ理由である。それでは、「古庄政智」の本当の職業は、何か「或る時は、西武クレジットの社員。或る時は、建設会社の社員」まるで、怪人21面相だね。そう、古庄政智はグリコ・森永事件にも関係している。不動産転売の手口や“細君が町長の娘”だとか云う曖昧な発言を加味して見て、更に比較的時間が自由に取れる訳だから、大分県庁職員とは考えられない。そうすると残るは「法学部を中退若しくは卒業し、地元大分市内で不動産業を営んでいる」そう云った所だね。しかし、自分の職業を云わないのは、父親の手伝いをしながら、芸事や女遊びや違法取引をしているからである。そして、過去の「下赤塚交番巡査殺害」から、逃走しているからである。これが、国粋主義者(玄洋社・黒龍会)「第26代海上幕僚長 古庄幸一」の親族の“悪行三昧”である。何が皇国主義だ。古庄幸一家老主義ではないか?こう云う手合いが、自衛隊・防衛省にはゴロゴロといる。戦前から「日本国民を無差別大量殺戮」しておきながら、まだ戦争して、世界覇権したと言う馬鹿野郎がいるわけだ。こういうのが、東京(目白)の豪邸の水の無いプールで、自衛官を殺すタイプだ。南部藩とか豊前とか江戸時代の家老職が、肩で風切りながら、軍刀を振り回している姿こそ、危険である。こいつらが、秋葉原の事件を裏から、操った輩に違いない。その名前は「古庄政智」である。古庄政智は常に複数のシナリオで謀略を考えている。流石に「重光葵:外交官」の血筋である。日本を戦争に導くのは宗教家 出口充彦と外交官 古庄政智の二人である。何故逮捕しないのか?家老の家柄だからだと。この2008年の時代に馬鹿じゃないの。さて、「出口充彦、出口由美子、古庄政智、上田清司」の悪逆非道な武装闘争(テロ活動)の痕跡を“16の墓標”から見て取る事出来る。

『彷徨える国と人々』から転載すると。
<  HYPERLINK “http://www.araki-labo.jp/samayoe015.htm” http://www.araki-labo.jp/samayoe015.htm >
昭和47(1972)年元旦には、榛名山のアジトは既に地獄と化していた。1月1日には、尾崎に続いて進藤も雪の中で死亡した。肋骨が6本も折られていた。
 1月2日、後に「兵士たちの連合赤軍」の著者となった弘前大学の赤軍派の植垣康博が、新倉アジトから榛名アジトに到着したときには、既に、尾崎、進藤が殺害され、土間には加藤能敬が縛られており、アジトは緊張した重苦しい空気に包まれていた。
 山田、坂東には気楽に話せる親しさがなくなっており、威圧的になっていた。また永田洋子は指導部のコタツに入り、よそよそしくなり、みんなすっかり性格が変わっていた。  その幹部の山田も、間もなく殺害されて、連合赤軍のなかで森と永田による支配体制は、2月のはじめには確立する。その1月末から2月初めにかけて山岳アジトは榛名から伽葉山、妙義山へと移るが、そこでも総括と殺害は継続されて、そのわずか1ヶ月そこそこの間に、図表-2に挙げる多数の人材が殺害された。

図表-2 山岳アジトにおける連合赤軍事件の犠牲者
死亡日
名前
享年
所属
出身学校
処刑理由
1971年12月31日
尾崎充男
22歳
革命左派
東京水産大学
12.18闘争の交番襲撃において日和りみて、柴野春彦さんを死なした
1972年1月1日
進藤隆三郎
22歳
赤軍派
早大?日仏学院?
女性と話ばかりしている
1972年1月2日
小嶋和子
22歳
革命左派
市邨学院短大
神聖な場を接吻で汚した
1972年1月4日
加藤能敬
22歳
革命左派
和光大学
同上
1972年1月7日
遠山美枝子
25歳
赤軍派
明治大学
きちんと総括できない
1972年1月8日
行方正時
22歳
赤軍派
岡山大学
女性と話ばかりしている
1972年1月18日
寺岡恒一
24歳
革命左派
横浜国立大学
分派主義で死刑
1972年1月20日
山崎 順
21歳
赤軍派
早稲田大学
総括が寺岡と似ているので死刑
1972年2月5日
大槻節子
23歳
革命左派
横浜国立大学
パンタロンを買った事を隠したり、美容院でカットした
1972年2月8日
金子みちよ
24歳
革命左派
横浜国立大学
皆にだまって出産の用意をしていた
1972年2月10日
山田 孝
27歳
赤軍派
京都大学
総括しようとしていない
(出典)永田洋子「十六の墓標」、植垣康博「兵士たちの連合赤軍」、小嵐「蜂起には至らず」などから作成

この武装闘争を指導指揮していたのは「明仁天皇 本人」である。だから、中国四川省で“地震を偽装した核爆発”や、“2001年9月11日米国同時多発テロ”“イラク戦争”と、“日航123便爆破墜落”等々で多くの人々を平気で無差別大量殺戮できる訳である。まるで「ヒットラーと人格を同じくいている」そうは、思いませんか?皆さん。ダメか榎本の言っている意味すら分からない位に腐っている。その標本と代表される者が居る。それは「山本鉄斎禅師 2007/10/22(月)
山本鉄斎禅師と21日(日)16:50~18:10まで挟間鉄牛寺」と云う項である。皆さんご存知の「酒鬼薔薇聖斗:サカキバラセイト」に関する提唱である。山本鉄斎禅師提唱から<神戸で生首を校庭に晒したサカキバラセイトは死を一生懸命考えた。とても可愛がってくれたおばあさんが死んだ時、彼は色んな大人におばあさんはどこに行ったかと聞いた。周りの大人はおばあさんは天国に行ったよ。お前は一生懸命勉強しておばあさんを喜ばせておやりと言って説明した。彼は、急に居なくなった死と言う事に納得が出来ず、小さな生き物から、猫から殺してみた。しかし何も変わらない。とうとう人間まで殺してしまった。もし死をきちんと教育できていたならば。>この山本鉄斎禅師提唱を聞いて誰も不思議に思わないでしょ。それ位に日本人の精神構造は崩壊しているわけですね。この「山本鉄斎禅師提唱」の死生観から行くと、人は自分の肉親や友人、知人が死んだら“死について考え出し、その後小動物を殺し、最後は大量無差別殺戮”を繰り返すと云うのである。自分の肉親や友人、知人の死を考え出した人間は、全員“酒鬼薔薇聖斗”に成ると言う訳だ。これでは、人類は遥か昔に死滅している。こんな馬鹿な提唱を全国で世界(イタリア・オーストラリア)でしている。これでは、“大量無差別殺戮”を奨励している様なものである。此処まで、自覚のない禅師も珍しいから「馬鹿の標本」にでもすればいいさ。お婆さん、お爺さんが死んだら、子供は全員「無差別大量殺戮」に走る訳だ。そうなの「山本鉄斎」こそ馬鹿は死んでも直らないと言う標本だね。何故なら、この「山本鉄斎」の胤は、台湾に亡命していた「愛新覚羅溥儀」だからである。だから「標本」なのである。「山本鉄斎」の双子が、警視庁丸の内署の留置係りにいた。だから、「愛新覚羅溥傑」の子供は台湾にも日本にも沢山いる。明仁天皇と同じ数の非嫡出子がいる。愛新覚羅溥傑も明仁天皇も無差別セックスした女性の数は6500~10000人にはいる。この無差別セックスが大量無差別殺戮の原因である。だから、山本鉄斎の言う「お婆さんの死」が、事件の動機ではない。
Ⅱ章、日本テレワーク学会 「今泉千明」

<勤労者のライフスタイル・エッセイコンテスト(PDF)
www.japan-telework.or.jp/activity/enlightenment/pdf/14_k1.pdf – HYPERLINK “http://wrs.search.yahoo.co.jp/S=2114736003/K=%E4%BB%8A%E6%B3%89%E5%8D%83%E6%98%8E/v=2/SID=w/TID=jp0005_jp0005/l=WS5/R=1/;_ylt=A3xTxkBkdI5I7zEB8GqDTwx.;_ylu=X3oDMTE2Y25wNXM1BGNvbG8DdwRwb3MDMQRzZWMDc3IEdnRpZANqcDAwMDVfanAwMDA1/SIG=18miuqehl/EXP=1217381860/*-http%3A/cache.yahoofs.jp/search/cache?p=%E4%BB%8A%E6%B3%89%E5%8D%83%E6%98%8E&search_x=1&fr=top_ga1&tid=top_ga1&ei=UTF-8&u=www.japan-telework.or.jp/activity/enlightenment/pdf/14_k1.pdf&w=%22%E4%BB%8A%E6%B3%89+%E5%8D%83%E6%98%8E%22&d=K7xmKC72Q9ro&icp=1&.intl=jp” htmlで見る >
<勤労者のライフスタイル・エッセイコンテストが開催されました。
www.japan-telework.or.jp/disclosure/essay/essay_003_01.html – HYPERLINK “http://wrs.search.yahoo.co.jp/S=2114736003/K=%E4%BB%8A%E6%B3%89%E5%8D%83%E6%98%8E/v=2/SID=w/TID=jp0005_jp0005/l=WS5/R=3/;_ylt=A3xTxkBkdI5I7zEB9GqDTwx.;_ylu=X3oDMTE2bTRrcTZrBGNvbG8DdwRwb3MDMwRzZWMDc3IEdnRpZANqcDAwMDVfanAwMDA1/SIG=18kvea28d/EXP=1217381860/*-http%3A/cache.yahoofs.jp/search/cache?p=%E4%BB%8A%E6%B3%89%E5%8D%83%E6%98%8E&search_x=1&fr=top_ga1&tid=top_ga1&ei=UTF-8&u=www.japan-telework.or.jp/disclosure/essay/essay_003_01.html&w=%22%E4%BB%8A%E6%B3%89+%E5%8D%83%E6%98%8E%22&d=fEn96C72RKFn&icp=1&.intl=jp” キャッシュ
<2007 年 6 月 30 日(土) 日本テレワーク学会 第 9 回研究 …(PDF)
www.telework-gakkai.jp/activity/taikai.09.2007.program.pdf – HYPERLINK “http://wrs.search.yahoo.co.jp/S=2114736003/K=%E4%BB%8A%E6%B3%89%E5%8D%83%E6%98%8E/v=2/SID=w/TID=jp0005_jp0005/l=WS5/R=6/;_ylt=A3xTxkBkdI5I7zEB.WqDTwx.;_ylu=X3oDMTE2cmwydjVwBGNvbG8DdwRwb3MDNgRzZWMDc3IEdnRpZANqcDAwMDVfanAwMDA1/SIG=18jlb0eq9/EXP=1217381860/*-http%3A/cache.yahoofs.jp/search/cache?p=%E4%BB%8A%E6%B3%89%E5%8D%83%E6%98%8E&search_x=1&fr=top_ga1&tid=top_ga1&ei=UTF-8&u=www.telework-gakkai.jp/activity/taikai.09.2007.program.pdf&w=%22%E4%BB%8A%E6%B3%89+%E5%8D%83%E6%98%8E%22&d=eInaSi72RIyk&icp=1&.intl=jp” htmlで見る

榎本東州が、先に関係各方面に出した『豚と真珠(サウジアラビア王国の核実験と、それ以後のサウジアラビアの核保有問題と中東諸国との関係)』について、この問題に近所で、逸早く反応したのが隣の住民「今泉千明(日本テレワーク学会役員09年3月まで。富士ゼロックス社員)」である。今泉千明の耳に入った翌日には、榎本の居住レオパレスと今泉宅との境にあるブロック塀の一段低い所に、小鉢に「山盛りの塩」が盛られていた。それから、レオパレスの管理人から、二日おきに来訪が続いた。これは、一体どういう事なのか?その答えは、「今泉千明」が熱心な創価学会員であり、国の機関(国土交通省、総務省、厚生労働省、経済産業省)に関係しているからである。その事例をインターネットから検索する事が出来る。次にその一部を転載した資料を事項に示す。
「今泉千明」が国土交通省 主催の「勤労者のライフスタイル・エッセイコンテスト」で表彰されたのは、エッセイの内容ではなくて、単に「創価学会員」というだけである。そう、国土交通省は「創価学会員の利益誘導」の為に存在している訳だ。厚生労働省も大差ないでしょうがね。政教分離どころか、「政教合体+創価学会員ベタ誉めの聖教新聞購買組織」でしかない。又、今泉千明の細君が、凹んだブロック塀に「小鉢に山盛りの塩」を得々として、置く姿が逆の意味で微笑ましいね。厭味ですよ。分かります。今泉千明の細君は、人に厭味しかしない。それが、今泉千明の細君の親切な訳です。曲がっているでしょ。
「今泉千明」のエッセイは、<朝起きました、歯を磨きました、朝食を食べました、家を出ました、会社に着きました、仕事しました、テレビ会議しました、レポートしました、少し残業しました、家に帰りました。>この内容で“賞”が貰える訳だ。小学校の生徒だったら、先生から叱られる事請け合いだね。中身がない。“何の学会”なのか?と言えば、それは「創価学会」です。これが、日本テレワーク学会の中身です。ハイ!

Ⅲ章、退職後の「防衛省幹部」の就職先

<整理 番号 氏  名 退職時年齢 退職時官職 退職日 再就職先の名称及び業務内容(PDF)から。  www.mod.go.jp/j/news/2005/12/1226a_01.pdf – HYPERLINK “http://wrs.search.yahoo.co.jp/S=2114736003/K=%E5%9F%BC%E7%8E%89%E7%9C%8C%E5%BA%81+%E8%81%B7%E5%93%A1+%E5%8F%A4%E5%BA%84/v=2/SID=w/TID=jp0005_jp0005/l=WS5/R=4/;_ylt=A3xTxkK_c45ImwcB5DmDTwx.;_ylu=X3oDMTE2ajQ2Y3M5BGNvbG8DdwRwb3MDNARzZWMDc3IEdnRpZANqcDAwMDVfanAwMDA1/SIG=1b2cs55ro/EXP=1217381695/*-http%3A/cache.yahoofs.jp/search/cache?p=%E5%9F%BC%E7%8E%89%E7%9C%8C%E5%BA%81%E3%80%80%E8%81%B7%E5%93%A1%E3%80%80%E5%8F%A4%E5%BA%84&ei=UTF-8&fr=top_ga1&x=wrt&_intl=jp&yuragi=off&u=www.mod.go.jp/j/news/2005/12/1226a_01.pdf&w=%22%E5%9F%BC%E7%8E%89+%E7%9C%8C+%E5%BA%81%22+%E8%81%B7%E5%93%A1+%E5%8F%A4%E5%BA%84&d=XOSbVi72Q8tA&icp=1&.intl=jp” htmlで見る>
インターネット検索する事が出来る。次にその一部を転載する。これが、現在防衛省がインターネットで、広く国民に戦争協力を求めている。幹部自衛官の就職先である。何が「平和を 仕事にする」だ。自分達の再就職先で頭が一杯じゃないか。本当に「平和を願うなら、自衛隊や宗教家」になっては駄目だね。学校で「嘘の歴史である。広島・長崎への原爆投下」など教えられた状態で、
「自衛隊や宗教家」になったら、それこそ「戦争」である。人材派遣会社を潰して、日本人の就職先が無くなっても、「防衛省幹部や警察関係」の再就職先は確保されると言う不思議が、日本では常識なのだから、どうしょうも無いね。
悪党だけが、肩で風を切って歩いている訳だ。役人天国とは「役人だけが、肩で風を切って歩いている」状況を指し示している訳ですね。

Ⅳ章、円覚寺{第73回 円覚寺夏期講座 期日7月19日(土)~22日(火)}

< 第73回 円覚寺夏期講座
HYPERLINK “http://engakuji.or.jp/contents/koza.html” http://engakuji.or.jp/contents/koza.html >
円覚寺の夏期講座は恒例講座である。本年の講師は、次の如くで在る。
提唱「温故知新―先人に学ぶー」
足立大進老師―臨済宗 円覚寺管長
1.講義「自分という人生の長距離ランナー」19日
講師:増田明美先生―スポーツジャーナリスト
2.講義「今を輝いて」19日
講師:五大路子先生―横浜夢座座長
3.講義「野球人生を振り返る」20日
講師:古田敦也先生―スポーツキャスター(前ヤクルト監督)
4.講義「仏教とはどういう宗教なのか」20日
講師:佐々木閑先生―花園大学文学部教授
5.講義「健康で長生きするためには」21日
講師:中原英巨先生―新渡戸文化学園短大学長
6.講義「親が変れば子が変る」21日
講師:高橋史郎先生―明星大学教授
7.講義「笑いのある人生」22日
講師:桂 歌丸師匠―落語芸術協会会長
8.講義「がんばれ仏教―日本社会再生のためにー」22日
講師:上田紀行先生―文化人類学者
始めの「増田明美は過去に於いて、二宮寛(日本サッカー界の重鎮)から、武道の心得を伝授され、それがマラソンに役立ったと発言していたから、増田明美と二宮寛とは懇意な訳だ。この二宮寛と6番目の高橋史郎(明星大学教授)とは、非常に近い関係にある。二宮寛と高橋史郎その接点は「上田清司と出口充彦のオウム真理教繋がり」となる訳であるし、円覚寺と人間禅教団の接点は“出口充彦(鉄牛寺―古庄政智)”である。従って、円覚寺の「夏期講座」の目的は“新しい歴史教科書をつくる会”が、推進している「旧社会=戦前の皇国思想・国家神道思想」の復権と徴兵制度導入、そして「天皇の世界覇権」の為の集会である。元々「鎌倉仏教は政治権力」の権化でしかないのだから、其処が「平和」を望む筈がない。朝比奈宗源が管長になれる位に腐っている。長男は、「兼高かおる 世界の旅(世界の翼―パンアメリカン航空提供)」の製作スタッフで、次男は兜町の“一夜大名一夜乞食”で借金まみれであった訳だから。処で何故「兼高かおる」が、1945年には渡米できたのだろうか?そう、「兼高かおる」や「川口順子」や「山田満子(下村満子)」は、米国とは戦争中から“特別な関係”だったからである。

Ⅴ章、避難勧告及び入国禁止

サウジアラビア王国での核実験から、日本国内での核施設を利用した「臨界事故を偽装した、核爆発」を政府が考えだしたので、日本人は脱出できないが、外国人は「避難すべき」である。そして「入国禁止措置」を各国政府は取るべきである。と言うものである。

2008年7月29日 榎 本 東 州 記 初稿
2008年8月  日 榎 本 東 州 記 1回目校正
2008年8月  日 榎 本 東 州 記 最終校正

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