禅1から11以降校正版

禅 1

日本では、仏教学者や在家仏教修業者を自任する学校・個人・団体は星の数ほど存在する。海外を見ると、フランスでは弟子丸泰仙(澤木興道の最後の弟子、不動産業破綻と女性問題の果てに日本を出国)が開教した「ヨーロッパ禅センター」から、欧州に禅ブームが巻き起こった訳だが?それが「禅」なのか?と疑問を持つ人がいない。“弟子丸泰仙”以後は駒澤大学や東大の博士号を取得した禅僧が師家として、「指導」に出入りしている様だが?生れた時から「キリスト教文化圏の水・空気」を栄養にしてきた人間が明日からは「禅僧や師家」になれるとは信じがたい。曹洞宗―{澤木興道・原田祖岳・秋野孝道}臨済宗―{山本玄峰・関大徹・山田霊林・山田無門・関 精拙・大森曹玄}等々一家風の禅の大家がいた時代も有った。その中でも、西園寺公望に「臨済宗 大徳寺」で重用された「原田祖岳はやがて、久邇宮良子女王(明治天皇即ち西郷隆盛の子供で、久邇宮家で養育された。その事が後に宮中某重大事件の原因となるが、関東大震災後に裕仁天皇の后となる。)と肉体関係を結び、良子皇后は原田祖岳の子“明仁親王”を生んだ。実質的には玉座に就き。昭和の弓削道鏡として、国民を召集し、不敬罪・国家総動員法・国民精神総動員法・統制法を振り回し、日本国民を世界大戦の泥沼へと導き、最後は広島・長崎で人類史上第1号と成る、日本製原子爆弾の製造を完成させ使用した。」この事が、世界覇権を目的とした「人類無差別大量殺戮」で有る。旧東宮参与で臨終洗礼を受けた「小泉信三」が后に推挙したのが、「(正田)美智子皇后」である。そして、明仁皇太子と婚姻した訳だが、これでは、アポロンの地獄的な世界を現実にしてしまった訳だ。つまり『胤 原田祖岳の血を受けた“兄・妹”が婚姻』しているのである。この事を知る人も居なくなってしまったので、此処で書いておきます。生年月日は1934年(昭和9)10月20日ではある様だが?問題は出生地である。履歴の上では{東京府東京市本郷区(現・東京都文京区)・東京帝国大学医学部附属病院で誕生。}と有るが、これは嘘である。本来の出生地は「岩手県花巻市に有った病院 高橋医院(新渡戸稲造と関係が深く、新渡戸医院と知合いで有った)」である。幼少期は「盛岡市に在住していた」訳で有る。その事が「原田祖岳と正田冨美子」の子供だと云う証明である。それは、明仁天皇が「原田祖岳と久邇宮良子妃」の子供で在る事は、当時の女官長(岩崎家:三菱家)から、原田祖岳の侍者をしていた伴鉄牛老師が聞いていたのと同じ理由である。それは、「岩手県花巻市の病院 高橋医院」で助産婦(産婆)をしていた人から、伴 鉄牛老師が聞いていたからである。寧ろその場に居たと云った方が分かり安いかもしれない。何度も申し上げますが、原田祖岳が戦争指導に躍起に成っていたころは、上流階級婦人で原田祖岳とセックス関係になかった婦人は皆無という訳で有る。その子孫たちが頑張って、原田祖岳と同じ行為に走っている。美智子皇太后が「東照寺(東京)・観音寺(岩手県)・鉄牛寺(大分県)」を狙っているのは、「正田美智子」出生の問題の真相を“伴 鉄牛老古佛”に喋られては困るからである。群馬県の「正田家」、岩手県の「新渡戸家」、を結ぶのが群馬県の「前田多門」である。だから、「美智子皇太后」の精神面のサポートをしていたのが精神科医 神谷美恵子(前田多門の子供。岩手県紫波町の作家 野村胡堂の娘、松田瓊子とは友人)と云った人間関係が形成されていく訳である。ここで、原田祖岳の僧俗併せた“法灯の一部”を列記すれば<安谷白雲、山田耕雲、太地玄亀、井上義衍、渡辺玄宗、石黒法龍、原田湛玄、原田雪水、岡田利次郎、飯田とう隠、愛宮真備神父(ラサール神父)、ホワイトさん(米国)、フィリップ・カブロ(米国)、佐藤正真、中川宗淵、和賀康躬、前角博雄、出口充彦(鉄城)>等が上げられる。そして、その孫弟子までと伸びていくと云う事になる。石黒法龍は京都大学の学生に参禅指導をしていたが、犯罪歴としては「吉展ちゃん事件」を主導しているし、安谷白雲は大東亜戦争の指導者で、中国・東南アジア・日本国民数千万人を戦死させ、戦後は「富士見産婦人科病院事件」で日本国内を恐怖に陥れた。医師 岡田利次郎は「医学と佛教」を混同して、医学に佛教論を混ぜこぜにして「医師と師家(禅の指導者)」をしていた。愛宮真備神父(フーゴラサール神父)は世界に日本製原子爆弾を販売して歩いた。愛宮真備神とローマ法皇ヨハネ・パウロ2世の側近を指導していた“三宝興隆会「山田耕雲(東京帝國大学 法学部卒)”は日本油脂(旧帝国陸海軍の火薬製造)の役員から、戦後は、東京顕微鏡(旧731部隊の病原菌検査部門)に移り、近所の防衛省(旧警察予備隊)市ヶ谷本部で、戦前と同じ様に「戦争の為の禅(仏教思想)の指導」をしていた。現在はその弟子が継承し、今や山田耕雲の弟子が、現自衛隊幹部候補に禅の指導をしている。内容は勿論“戦争に勝つ為に如何に座禅をするか”である。それが、今回の陸上自衛隊朝霞駐屯地が行った“国分寺駅 変電所火災テロ”である。日本経済が危うく成ってきたら、今度は「破産再起の座禅」の登場である。剣禅一如とか書禅一如とか茶道と禅とか戦争禅、捕虜禅、破産再起禅、武道上達禅、産業能率禅、健康禅、脳生理学禅、弓と禅等々、在家が好みそうな「カルチャーセミナー型 禅講座」に多額の受講料を支払う時代である。何処まで言っても「仏教」を履き違えたものばかりである。「悟る為の禅」これが仏教である。国訳大蔵経全巻や正法眼蔵随聞記、正法眼蔵を読んで何に成るのか?まして、立松和平の「道元禅師」等は論外である。50年位参究した上で、1行書ければ御の字かもしれない。それが上下2巻だと。出版社 東京書籍は倒産覚悟でやったのか?マァーそれでも、立松和平の連合赤軍時代の体験として読めればいいかもしれないね。和平を求めた「巡礼者-立松和平」の道元禅師巡礼記としてか?若しくは「書道家 相田みつをの巡礼記」なのかもしれない。道元禅師がゲバ棒を振り回していた事実はないのだがね。現在の「インド・中国・韓国」を見ていると果たして、仏教が在ったのか?と疑いたくなる。禅書「無門関」の巻頭に皇帝陛下に献上という一行があった筈だ。皇帝陛下や后(天皇・皇后陛下)が佛教を迫害する事は在っても“仏教に帰依する”事は考えられない。日本の歴史上では国内に「国分寺」を多数建立したのは、単なる「土木事業と役所建築」でしかない。そこでも「弓削道鏡」的な僧侶が居た訳だが!現在、国の経済破綻を目前にして、奨励推奨している禅が「破産再起の座禅」で有る。個人事業主や中小企業や大手企業関係者で「破産若しくは経営難の事業主」に対して、経営アドバイスをする際に、「座禅」を推奨している弁護士がいる。その名前は「弁護士 伊藤博」である。その師匠は曹洞宗師家「佐藤正真老師と和賀晟純老師」である。先にも書いた“原田祖岳の法灯”である。伊藤博弁護士の十八番は「原田老師はキリストはと言ったら笏を下ろした」と発言しているし、キリスト教思想を排撃している。しかし、原田祖岳は「日本キリスト教婦人矯風会」の全女性会員とセックス関係に在った。是を原田祖岳は“胎教”と呼んで、自分とのセックスを奨励していた。その合間にちょこっと座禅の指導をしていた訳だから、男も女もキリストはと言ったら笏を下ろしていたとすれば、全員血だらけと成っている事になる。原田祖岳の言う「キリストはと言ったら笏を下ろしていた」のは、キリストは神ではない。神と呼べるのは唯一天皇だけである。従って、“イエスキリストを神とは呼ばせない”世界で唯一神と呼ぶべきは「天皇ただ一人である」そう言って笏を振り下ろしていたわけで有る。そこの所を伊藤博弁護士は勘違いをしている。原田祖岳とその時代考証と原田祖岳の女遍歴を知らない訳だね。しかも、皇室関係者の99パーセントは、なんらかの関係でキリスト教の信者である。そうでなければ、皇族や元首相 中曽根康弘(前田多門の非嫡出子)が1944年から叫んでいる“西側諸国(キリスト教圏) 日本”とはならない。次に<弁護士 伊藤博が掲載するメールマガジンから。>転載。
<□■□弁護士法人フェニックス メールマガジン□■□ [第18号]
日本的コンプライアンス(士魂商才)を追求する-ニーチェは、ホリエモンの出現を予言していた!■ 発行日:2006/2/15>ここに、「原田祖岳の著書とF・W・ニーチェ 適菜収訳」宗教論が展開されているが、両者共に「戦争を指導した思想」である。弁護士 伊藤博自身が師家となって参禅指導をしている様だが、問題はないのだろうか?弁護士 伊藤博の師匠 佐藤正真老師{2004年(平成16)8月30日遷化}と和賀晟純(康躬)老師も伊藤博と同じ思想なのだろうか?
弁護士 伊藤博と佐藤正真老師と和賀晟純老師の接点は「福島県 曹洞宗専門僧堂 好国寺」での接心会である。そこで忘れていけないのは、佐藤正真老師と東照寺 出口充彦(鉄城)が「好国寺」での接心会の師家と単頭職をしていた事である。当然、弁護士 伊藤博と出口充彦(鉄城)は懇意と見るのが自然である。出口充彦(鉄城)が「L&G・円天・あかり通信(NPO)・耐震強度偽装事件・村上ファンド事件・ライブドア事件」等々で被害者を多数発生させ、今度は、詐欺師「出口充彦(鉄城)」の被害者が弁護士「伊藤博(弁護士法人フェニックス)」の所に相談に行く。ここで、被害者は詐欺師と弁護士の裏の繋がりを知らないから、二重被害に合うことになる。しかも、2007年10月26日弁護士「伊藤博(弁護士法人フェニックス)」が、PHPから出版した「定年後・プラス思考になれる本」の出版記念パーティの『冒頭挨拶は、民主党の渡部恒三・衆議院議員』である。これを図式で書けば<PHP=松下政経塾=民主党幹部この連鎖の核に「詐欺師 出口充彦(鉄城)と弁護士 伊藤博(弁護士法人フェニックス)と民主党 渡部恒三」が主役>として存在するのだから、「豊田商事からL&G、円天、あかり通信」等々まで何一つ解決できない。これに沈黙するマスコミが無意味に存在するのだから、「闇国家 日本」である。
5月14日のNHKニュースで久しぶりに「片山 虎之助」が消防の制服を着て登場した、郵政民営化問題で政治の表舞台から消えたと思ったら、「消防団」で登場だ。しかも「日本でもドイツと同じ様に、少年少女消防団を全国に設立すべきだ」と声だかに演説していた。第三帝国を築いた、アドルフ・ヒットラーと同じ手法だ。少年少女消防団を表看板にして「歳はもいかない少年少女に、皇国(天皇こそ世界統一すべき、唯一の神である)教育を強要する計画だ。「消防と云えば、日本財団(財団法人 旧日本船舶振興会)会長 笹川陽平であるが、先日までは「作家 曾野綾子(キリスト教思想家で、日本国民を奴隷だと罵倒している)」だったし、財団の創立者は戦中右翼の頭目「頭山満」とは盟友だった笹川良一(A戦犯)である。因みに玄洋社・黒龍会の頭目「頭山満」にテロリスト教育の為に、「度胸付けとして座禅」を指導していたのが発心寺(大乗禅主催)の原田祖岳である。現在で云えば「出口充彦(鉄城)」となる。「片山 虎之助」とは名前も古いが、片山虎之助の思想まで古いそれは「天皇唯一神」思想である。国民は平和に暮らしているのに、政府と皇族は一体誰と戦争しているのだろうか?アメリカか?中国か?韓国か?イギリスか?国民に国家総動員法をかけて、「皇室犯罪」を隠蔽して訳だ。その皇室犯罪とは「アメリカ2001年9月11日のテロ、日本製原爆使用、日航123便爆破」等々である。これなら、国民は関与していない訳だから、犯人(皇族・皇室・旧華族・玄洋社繋がりの政治家)を裁判にかけるしかない。それも出来ない。日本では「詐欺師と弁護士が組んで、被害者を食い物にする」国民はロシアの捕虜みたいに、タダ黙って残業代タダで深夜まで働いて、早朝からタダで働くしかない。それでも経済は再生できない。「詐欺師と弁護士」が二人でやって来るのだから堪らない。それも「仏教では、こう考えるんですよ!お釈迦さんはこういいました。座禅をして原田祖岳(出口充彦:東照寺住民にしてオウム真理教の開山)の指導を受けなさい」と幾らでも言葉巧みに、詐欺していく訳だ。これが日本流の「仏教哲学=黒骨・白骨」である。「仏教哲学=黒骨・白骨」とは何か?「OLやサラリーマンや個人商店主」は仕入れと販売に忙しく、営業マンはセールスに駆け回っている。定年退職者はタイやインドネシアを旅行し、時より外国から「胡錦濤国家主席の訪日と、中国の円借款問題」を論じているだけだから「仏教哲学=黒骨・白骨」の意味は解らない。それは、当文の前に書いた「国家犯罪に対して司法捜査権は存在するか?」の中で出口充彦(鉄城)と東宮(徳仁・雅子夫婦)の犯罪依存関係について書いた文面に対する、皇室の返答である。
以下にネット掲示板「2ch」から引用すれば。
<【皇室】皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と特別展ご鑑賞 雅子さまの外での公務、1月の国体開会式以来:2008/05/16(金) 13:35:13
皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と特別展ご鑑賞
皇太子ご夫妻は16日、東京大学総合研究博物館(東京都文京区)を訪れ、秋篠宮さまがかかわる特別展示「鳥のビオソフィア-山階コレクションへの誘い-」を鑑賞された。秋篠宮さまが総裁を務める「山階鳥類研究所」(千葉県我孫子市)が保有する鳥の標本などが展示されており、皇太子ご夫妻は午前10時40分過ぎ、秋篠宮ご夫妻の出迎えを受けて博物館に到着された。
その後、皇太子ご夫妻は秋篠宮さまと関係者の説明を受けながら館内を興味深そうにご見学。秋篠宮さまが“全身黒い烏骨鶏(うこっけい)”の前で「骨まで黒いんですよ」と説明すると、皇太子ご夫妻は「骨まで黒いの」とそろって驚かれていた。また、ハッカンという鳥の標本を見た雅子さまが、「モノトーン、すてき」と、紀子さまに話しかけられる場面もあった。宮内庁によると、雅子さまの外での公務は1月に長野県で行われた冬季国体開会式に出席されて以来。
天皇、皇后両陛下も4月30日にこの特別展を鑑賞されている。
産経新聞他から。 2008.5.16 13:16>
「鳥のビオソフィア-山階コレクションへの誘い特別展を鑑賞」する事が何故公務なのかは、国民には理解できないのだが。それはさて置き、「秋篠宮夫妻と
徳仁・雅子皇太子夫妻」の会話に登場するのが『秋篠宮:骨まで黒いんですよ。皇太子夫妻:骨まで黒いの。雅子:モノトーン、すてき』という「骨が白いか黒いか」の骨問答である。同時刻に明仁・美智子天皇夫婦は、東京都港区三田曹洞宗寺院「泉岳寺」を隠密裏(旧高松宮邸から)に訪問している。これらの事項の意味するところが「黒骨・白骨」禅問答である。秋篠宮夫婦と徳仁・雅子皇太子夫妻にだけ解る腹芸である。『黒骨・白骨』とは、現代の弓削道鏡こと“出口充彦(鉄城)”が運営している。次のサイト(仏滅幕府は未管理状態)
<ブログー仏滅上等:  HYPERLINK “http://black.no-blog.jp/hone0625fk/” http://black.no-blog.jp/hone0625fk/ >で、出口充彦(鉄城)が自分に着けたハンドルネーム「黒骨」を意味している。小和田雅子の「モノトーン、すてき」からして、やはり出口充彦(鉄城)と雅子妃の関係は「原田祖岳と良子皇后」と同じである。秋篠宮が徳仁皇太子夫婦に対して出口充彦との関係を絶つ様に言った訳だが。即答で雅子妃はこれを拒絶した訳だ。その対応は正に「弓削道鏡と孝謙天皇(女性)」の日本史の悪しき絵巻物語を現実に見ている様である。「白骨とは雅子妃」を指し示している。出口充彦(鉄城)が、雅子妃のハンドルネームを「白骨」としたかと云えば、それは、伴鉄牛老古佛が提唱の中で「三浦良憲老師(千葉県鴨川市 龍泉寺住職)のお母さんが死んだ時に、その骨が白かった」と云う話から来ている。出口充彦(鉄城)は年上の嫁さんを貰って“お母さん”に成ってもらう事を願って止まない。それが「横田由美子(岡山大学卒だと云うが学籍簿には存在しない)」だった訳である。小和田雅子は年下だが、“母親役”としてセックス対照に出口充彦と相性があった訳だ。同じ血筋としてだがね。だから、雅子妃の骨は、白く無くてはいけないと、出口充彦は考えて「雅子妃を白骨と呼ぶ」訳だ。だから、死んだ時に雅子妃の骨は白く無くてはいけない訳である。“母親=雅子妃”対して子供である自分(出口充彦)は「黒骨」と云う事になる。さて、ネット掲示板2chで「雅子妃の公務問題」が書き込まれているが、自作自演である事は先にも書いた通りではある。それでは、雅子妃は日々何処に居て、何をしているのだろうか?その事と「内閣情報調査室の本部」とが繋がるわけである。「内閣情報調査室」は首相官邸に存在しない。霞ヶ関官庁街の何処に存在するのか?そこも考えにくい。アメリカCIAやロシアKGB、イギリス諜報機関等でもそれなりに大きな建物が存在している。日本の諜報機関の建物は何処に散在するのか?人の出入りが多くて、それで居て目立たない建物。そんな矛盾した条件を満足させる建物が在りました。それは「東京都渋谷区神宮前5-53-70 国連大学を中心とした青山村」ここが、「内閣情報調査機関の活動拠点」である。そこで小和田雅子妃は毎日働いている。簡単に言えば「日本の諜報組織の頂点に鎮座している」訳で有る。ここでの総作戦指揮官が雅子妃であり、指揮官参与が出口充彦(鉄城)となる。徳仁皇太子はそれをニコニコ顔で見ているだけである。愛子内親王が天皇になれば、出口充彦(鉄城)と雅子妃が正式に玉座に座る。それならば、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ(明仁・美智子夫婦と皇族一同も関与)の作戦指導状況が理解できる。これらのテロ行為が「仏教哲学=黒骨・白骨=出口充彦・雅子妃」と云う訳である。果たして、アメリカ同時多発テロ・四川省(核爆発)で亡くなった被害者の遺骨は「黒だったか?白だったか?」そんな議論を「弓削道鏡:出口充彦(鉄城)と孝謙天皇:雅子妃」はして死者の屍をもてあそんだ訳である。勿論、明仁・美智子夫婦も同じであった訳である。犬畜生にも劣るのが「天皇」である。「中国 胡錦濤国家主席」が奈良(世界最大の木造建築 東大寺)を見学(スウェーデンのカール・16世・グスタフ国王とシルヴィア王妃は、埼玉県の川越市で芋掘り遠足)している間に、先の“日本政府の内閣情報調査室(謀略・諜報機関)”が事もあろうに、5月12日14時28分1秒「中国四川省で核爆弾」を地下トンネル内で起爆させてしまった。このニュースの第一報は「アメリカ地質調査所」からもたらされた。この第一報「アメリカ地質調査所」発表という形式は「地下核実験」のあった場合である。しかも「核兵器起爆」とは発表しなかった。その直後から、日本国内で気温が異常に下がり、冬並みの気温に変化した。この現象は日本政府が過去に行った破壊工作「チェルノブイリ原子力発電所爆破」後の気温低下に酷似している。此処で、ニュースを転載してみると。
<アメリカ地質調査所、中国四川省大地震の規模修正。M7.9に 。中国でM7.8の大地震発生、大きな被害に アメリカ地質調査所は、当初は「中国でM7.8の大地震発生、大きな被害に」で報じたように5月12日 (UTC+8) に発生した中国四川省の地震のマグニチュードをM7.8としていたが、13日2時53分 (UTC±0) の時点ではM7.9に更新。また、震央についても更新されている。
地震のデータ
発生時刻: 5月12日14時28分1秒 (UTC+8)
震央: アバ・チベット族チャン族自治州汶川県付近
震源深さ: 19km
緯度: 北緯31度2分1秒 。経度: 東経103度36分7秒 。
マグニチュード: M7.9
出典: アメリカ地質調査所
と成る。そして、その12日には東京市ヶ谷の防衛省には「迎撃ミサイルが発射準備(スタンバイ)され、神奈川県(横須賀)沖では海上自衛隊とアメリカの艦船が臨戦態勢にあった。これでは「中国政府が日本に核攻撃」を仕掛けて来る様ではないか?これは一体何を意味するものか?である。アメリカ地質調査所発表後に、日本のマスコミ各社が四川省地震の報道となった。その翌日のニュース報道は、名古屋市の地震想定被害番組だった。この番組構成には、日本政府の悪意に満ちた意図が感じられる。そんな中で、一件だけオャと首を傾げたくなるニュースが流れた。
それはフランス「仏紙ルモンド紙」から届いた。
<原爆犠牲者の偽写真を掲載=実は関東大震災、米兵が洞穴で発見?-仏紙
5月14日11時1分配信 時事通信
【パリ14日時事】「世界が今まで見たことがなかったヒロシマ」という見出しで、10日付の仏紙ルモンドが載せた1945年8月の広島の原爆犠牲者のものとされる写真2枚が、実は23年9月の関東大震災当時の写真と断定され、14日付同紙が事実上の訂正を出す騒ぎになった。
問題の写真は第二次大戦後、日本に進駐した米軍の兵士が広島に近い洞穴でフィルムを見つけたとして米スタンフォード大学フーバー研究所に届け、最近公表された10枚のうち2枚。折り重なって倒れた多くの遺体と、水辺に浮かぶ複数の遺体の悲惨な姿がそれぞれ写っている。10日付ルモンド紙は、こうした写真はこれまで公表されておらず「米検閲が犠牲者の画像を隠してきた」と大きく報じた。ところが、パリ大学の研究者らから「背景の工場の煙突は広島にはない」などと指摘され、偽物説が強まっていた。フーバー研究所は真偽確認を求める同紙の問い合わせに対し論評を拒否。広島の専門家が、10枚中少なくとも6枚は関東大震災の写真と判定した。>
この“仏紙ルモンド”が言いたかった事はこうである。『日本政府は中国で近く大規模な核爆弾起爆を行う。その場所は都市近郊であり、規模は関東大震災を上回るであろう。その核爆弾起爆の模様は大日本帝国が、広島・長崎で行った原子爆弾地上起爆と同じ、自作自演である。この件に付いて米スタンフォード大学フーバー研究所との関係を問い合わせた所、中国核爆弾起爆の真意についてはコメントを拒否した。尚、アメリカ政府に対しては、中国政府の核爆弾使用が有る事を、フランス・イギリス政府から連絡を入れた。』そんな趣旨である。「地震を装った核実験(黒骨白骨:出口充彦・雅子妃曰、地震なら誰も文句は言わない)」である。とフランス政府は警告している訳である。だから、この地震を偽装した核爆発が露見すれば、日本本土に対して、中国側から核攻撃を受ける為に、日本・アメリカの軍事施設は臨戦態勢に入っていた訳である。その後は「5月13日夜 インド・ラジャスタン州の州都ジャイプールで爆弾テロ 多数の死傷者」と日本製のテロ活動のオンパレードである。米スタンフォード大学フーバー研究所と云えば、米国のアジア研究の調査研究機関である。フーバー研究所と日本の接点を結ぶのは「憂国忌」の発起人であり、「日本国家戦略研究所」と「日本安全保障研究センター」(三好修所長、加瀬英明理事長)とも関係が深い人物だった“片岡鉄哉”が浮かび上がってくる。この人物とコンドリーザ・ライス女史(Condoleezza Rice:米国前安全保障特別補佐官、ブッシュ大統領の第2期政権の国務長官、日本の防衛大学校客員教授)とは懇意であった訳だ。此処まで書けば、今回(5月12日四川省大規模地震)が転変地変の自然現象ではなくて、極めて悪意に満ちた「核爆弾をトンネル内に設置し、コンクリートでキャップした上で、起爆させ、地殻を変動させてものである」それは、胡錦濤国家主席が訪日し、明仁・美智子天皇夫婦、三権の長たちとの晩餐会の席上で、明仁天皇よりグラスを高く掲げた行動が、パンダ(原子爆弾の隠語)外交の成功。つまり、四川省での「核爆発」成功に対する乾杯を意味していた訳だ。日本の国家戦略として、天皇制を守り、全ての国家犯罪を黙殺し、新三国同盟を画策している中での「核兵器使用」である。中国・ロシア(プーチン首相残留)・韓国・インドの周辺諸国と日本が同盟関係に調印させる目的の為に、四川省の人々は日本外交の生贄になった訳である。ネット上では、「犯行声明文」が随所に掲示されていた訳では在るが、情報を感知していた“アメリカ・フランス・イギリス等”が「中国政府」に対して、注意勧告しても人の意見は受け入れなった訳だから、中国政府の責任は免れない。中国政府としても、無理な経済成長の歪みが社会全般に発生しており、その打開策として「日本の皇室(ベニスの商人)」の良いなりだ。これを2ch掲示板では、「中国人が多数死ねば日本の勝ち、天皇が死ねば日本の負け」と書かれていた。これだけでも、地震と偽った「核爆弾使用」で在る事は解る。果たして、次は何処で日本製原子爆弾(核兵器)を起爆させられのか?世界は戦々恐々としている。四川省の核兵器使用は、今でも「玄洋社・黒龍会」の無法者政治が日本では続いている証明である。胡錦濤国家主席は、真相究明はしない。何故なら「胡錦濤国家主席」は犯人だからである。三峡ダムにバイパストンネル(穴)を造り、インドへの水源を止めるというのだから、中国と日本は既に「人間」をして終わっている。雅子妃の顧問弁護士(内閣情報調査室で雅子妃の指揮官参与)でもある“出口充彦(鉄城)”が中国の兵法書を一夜で読破して、辿り着いた結論は「宋襄の仁(敵に中途半端な情けをかけることは国を滅ぶす例え)」である。東照寺に来たときから“出口充彦(鉄城)”口癖にしていた座右の銘に辿りついたとはね。出口充彦の本質に、本人が気がついたと言うわけだ。であれば、今後は「核兵器使用」の歯止めは無いという事になる。アメリカ海軍が四国に対して「21日から26日まで徳島小松島港にミサイルフリゲート艦を寄港させる方針」又「宿毛港に核兵器搭載可能なイージス艦“オカーン”の寄港を打診」これは、昨年、日本の国会議員が「これは黒船来航事件」だと叫んでいた案件である。4月30日に始まったアメリカ兵の「大軍法会議」は、果たしてアメリカ兵の犯罪を審理する場なのか?そうではない「2001年9月11日アメリカ同時多発テロ犯 明仁・美智子に対する大陪審の法廷を暗示している」訳である。
上述した「正田美智子」の出生問題で追加すれば、正田美智子(美智子皇后)の精神カウンセラー「神谷美恵子(ハンセン病患者の長島愛生園で治療にあたる)」が、美智子皇后から渡された外国の書籍として有名なのが「ハリール・ジブラーンの“預言者”」である。そして、「神谷美恵子 聖なる声」がある。その中で、神谷美恵子は美智子皇后の“精神的な居住区(ここ)を絶海の孤島”と表現している。ここで、『ハリール・ジブラーンの詩』 神谷美恵子 著から転載すれば。{《多くを持ちながら少しだけ与える者がある。―――それは人にみとめられるためで、その隠れた願いが、施しを不健全なものにする》しかし、しっかりと言葉の一つ一つを掴んでおかないと、その隠れた真意を見落としてしまうものだった。}と云う物であるが、日本の皇室の場合は「多くを持ちながら、まだこれでも足りない。もっともっとよこせ。よしよし未だ有るではないか。ならば未だ出せる筈だ。無いと言うなら命をさしだせ。」これが美智子皇后の本心である。欲望が肥大かして、留まる事をしらない訳だ。これは寧ろ、「絶海の孤島」ではなくて、江戸川乱歩の奇作に『孤島の鬼:健常者への怨恨から人工的に結合双生児を作って、見世物にしようとたくらむ、身体障害者の大富豪と、同性愛者のマッドサイエンティスト(Mad scientistとは、狂える、もしくは少なくとも常軌を逸したところのある科学者のことである)の話』と言う表現が正しい。それを、現実の話で言えば、人工的に結合双生児とは、ベトナム戦争の枯葉剤の犠牲となった「ドクちゃんとベクちゃん」である。ならば、ベトナム戦争を仕掛けたのは美智子皇后となる訳だが、其処まで語るのは如何と思うので云わないといったのが、日本政府である。神谷美恵子自身も富裕家だから、ハンセン病患者は試験管の中の出来事くらいの認識しかない。前田多門なら尚更である。中曽根康弘を見れば解る。本年5月11日のテレビ朝日 サンデープロジェクト(田原総一郎)に「中曽根康弘(元内閣総理大臣)・土井 たか子(元衆議院議長)・不破哲三(日本共産党前議長)」が出演していた。その中で3氏の共通項として「キリスト教徒 新島襄(同志社大学創立者、京都御所の隣が住まいだった)」を持ち上げていた。日本人の変節である。欧米諸国には「聖書」を提示し、イスラム教圏には「コーラン」を提示し、儒教圏には「四書五経」を提示する。アフリカ諸国には「武器・経済」を提示する。さすがに「商売人=企業禅の指導を受けた者達」は節操がないね。L&G被害者が「広告塔」で被害が拡大したとして、芸能人「細川たかし」さん、らを提訴:5月16日と言いだした。しかし、主犯である「出口充彦(鉄城)」の逮捕はない。それは皇室も共犯だからである。さて、日本国家戦略研究所と内閣情報調査室は何時、何処で、誰を動かして、破壊活動をするのか?だが。それは「孤島の鬼一族」皇室・皇族・美智子皇后に聞くしかない。それと「黒衣の宰相、黒骨白骨夫婦 出口充彦・雅子妃」にである。
四川省の地震被害で、中国人は「建物の耐震強度」を問題にして、中国政府を批判していると、日本のメデァは報道するが、それは「嘘」だ。熊本県の木村建設(出口充彦も熊本出身)が施行した、建物の耐震強度偽装事件の日本政府の処理に正当性を持たせたい訳だね。この「朝倉育英会」を核とした詐欺事件の主犯も「黒骨白骨の出口充彦・雅子妃」である。姉歯建築士の奥さんを自殺に追い込んだのも、黒骨白骨である。
2008年5月17日 榎本東州 記
2008年5月23日 榎本東州 校正

禅 2

「禅1」を書いて、同日17日ごく数部配布したら、極めて敏感に反応があった。其処まで、政府の情報受信アンテナは張り巡らされて居る訳だ。それなら、次々と悪事を働かなければ良いと、国民は感じている訳ですがね。「悪党人生」を自任するだけ有って、常人の尺度では考えられない悪事を思いつき、更に実行できるし、誰も止められない訳だ。ベトナム戦争時の「枯れ葉剤」使用と被害者「ドクちゃんとベクちゃん」の関係は、美智子皇后が犯罪者だと言ったら、もう、5月18日21時46分のニュースで<ベトナム戦争時、枯れ葉剤を豪国内で試験散布…現地報道  5月18日21時46分配信 読売新聞>が出た。

【シドニー=岡崎哲】複数のオーストラリアのメディアが18日報じたところによると、オーストラリア北東部クインズランド州の熱帯雨林で、ベトナム戦争にも使用された枯れ葉剤が1966年、豪軍研究所の科学者により試験散布されていたことが、豪戦争博物館の軍関係文書などで明らかになった。
散布された付近の住民の間ではがんによる死者が通常より多いという。
散布されたのは、猛毒のダイオキシンを含み、枯れ葉剤の中でも最も強力とされる「オレンジ剤」。除草剤の一種で、ベトナム戦争では、南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)が潜むジャングルを裸にしてゲリラを防ぐ目的から用いられたとされる。報道によると、ベトナム戦争研究者のジーン・ウィリアムズ氏が、豪戦争博物館の公文書保管庫で発見した3箱分の豪軍関係文書の中に、クインズランド州イニスフェル市の熱帯雨林で66年6月にオレンジ剤が散布されたとの記述があったという。ウィリアムズ氏は、ベトナムと植生が似た同市が枯れ葉剤の“試験場”に選ばれたものと見ており、「化学物質が飲料水を汚染した可能性が高い」とサン・ヘラルド紙に指摘している。同紙によると、人口1万2000人の同市民のがん死亡者は2005年に76人で、州全体の死亡率の10倍にのぼっているという。退役軍人の1人は地元紙の取材に対し、「66年に英豪2人の科学者を車で現場に運び、2人が薬品を散布した」と証言。「森は3週間で完全に消えた」と語った。豪州は1965~72年、米の要請に応じて共産主義の南進を防ぐ目的でベトナム戦争に参戦した。>

これでは、ベトナム戦争で「枯れ葉剤」を使用したのは、豪州(オーストラリア政府)に責任が在って、日本政府はベトナム戦争には責任はないと言う論法である。それでは、熊本県水俣湾に大量に有機水銀を投棄した「日本窒素 水俣工場」では当時何を製造していたのだろうか?今なら差し詰め「液晶パネル用の猛毒」ではないかと思えるが?被害報告が無いのは、水俣病発覚当時の言論統制手法が有効に機能しているせいだろうか?
化学物質を巡るニュースとしては、5月14日に次の2件が在る。
1、08年5月14日18時半ごろ:石原産業のホスゲン製造。
2、08年5月14日23時40分:神戸市東部の20キロ圏内に置いて異臭騒ぎ。
第1件目:石原産業:猛毒ホスゲン製造届けず 放射線産廃汚泥も搬出。
放射線物質のデータ改ざんなどの不祥事が分かった石原産業四日市工場=三重県四日市市石原町で、2008年5月14日午後6時半ごろ、清藤天撮影 土壌埋め戻し材「フェロシルト」の不法投棄事件で問題になった大手化学メーカー「石原産業」(大阪市)は14日、同社四日市工場(三重県四日市市)で猛毒ガスのホスゲン計約170トンを届け出なしに製造していたと発表した。このほかにも、放射線量率の自主管理基準値を超えた産廃汚泥「アイアンクレー」を四日市市内の産業廃棄物処分場に搬出し、虚偽の測定結果を国や三重県に報告していたことなど、計9件の不正行為を明らかにした。フェロシルトの
不法投棄では三重県警に摘発されており、同社の企業体質が問われそうだ。
織田健造社長が三重県庁で会見して明らかにした。不法投棄事件の反省から、不祥事体質を改めることを目指し、コンプライアンス(法令順守)を徹底しようと国内で勤務する全従業員約1600人を対象にした調査を行い、判明したという。「ホスゲン」は化学兵器にも使われる毒性の強い気体。石原産業は
農薬の材料として製造するための設備を04年9月に工場内に建設し、2年間で170トン余りを生産した。ホスゲンは施設を設置したり30トン以上製造する場合に、化学兵器禁止法などに基づく国や都道府県などへの届け出が必要だが、石原産業は届け出ずに製造、同法違反などに当たるという。設備は06年10月以降は稼働を停止。製造開始当時の担当者が、地元住民の理解を得にくいホスゲンの明示を避けたとみられる。織田社長は会見でホスゲンが漏出したり、農薬以外への転用はなかったとしたうえで「地元住民に不安や心配を与え、申し訳ない」と謝罪した。【毎日新聞2008年5月14日 23時31分(最終
更新5月15日1時07分)田中功一】
この報道に意義あり:民間企業である「石原産業」は、何時、何処の、誰からの「発注」があって、「猛毒ホスゲン 170トン」を製造し、何処に納品したのかがこの記事では分からない。しかも「猛毒ホスゲン 170トン」は農薬に使用されたと“織田健造社長が三重県庁で会見した”製造当時は隠蔽したが、良心の呵責に耐えかねて、社内調査の結果「自主的に三重県庁」で公表した訳だ。つまり「猛毒ホスゲンを、従業員が勝手に170トン製造」したと織田健造社長が会見した訳だ。だから社長以下役員の責任は問わないという様だ。こんな出鱈目な会社は即刻閉鎖すべきである。社長・役員の許可無く、従業員が「自由に猛毒ホスゲン製造プラント」を建設し、170トン製造し、農薬に転用できるのなら、社長・役員は株主総会で吊るし上げられる筈だが、役員の責任問題は「三重県知事 野呂昭彦」が無問責にして御終いである。しかし、此処に猛毒ホスゲンを製造しだした年代に注目すれば、“04年9月に工場内に建設し、2年間で170トン余りを生産した”とある。化学兵器(毒ガス兵器 サリン)に転用できる「猛毒ホスゲン」だから、戦争に使用したと仮定すれば、それは何れ仮定ではなく“戦争に使用されたという現実が浮かび上がってくる”それは、2003年3月17日がイラク戦争開戦の日で有る事でも分かる。さて、ここで新聞報道を一言一言疑惑の目で見ていけば、「2004年9月プラント建設で、2006年9月までの2年間に、170トン(170,000キログラム)製造した」と云う訳だ。月25日製造プラントが稼働したとして、年間で300日稼働し、2年間で600日として、1日当たり「283キログラム(283,000グラム=283,000,000ミリグラム)」生産したとなる。此処で、ホスゲンの曝露濃度による症状をネットで検索すれば、以下の如くである。
3ppm:直ちに症状を伴うことはないが、通常24時間以内に
遅発性の症状が出現する。
3ppm:上気道刺激、眼刺激。
25ppm:30分間以上の曝露で致死的。
50ppm:直ちに治療しなければ、短時間曝露でも致死的。
と成る。だから、「化学兵器禁止」条項に在る訳である。ppmからミリグラムへの変換は一概に出来ないが、1立米当たり0.011ミリグラムとして、0.71を掛けた値として、約0.008ppmとなるから、3ppmとは約4.2ミリグラム(1立米当たり)である。これを先程の石原産業の日当たりホスゲン生産量で考えれば、<直ちに症状を伴うことはないが、通常24時間以内に遅発性の症状が出現する。と言う3ppm>の 67,380,000倍(6千7百38万倍)と言う天文学的な数字となる。これをタンクに貯蔵していたとすれば、一週間でどれだけ貯蔵していたのだろうか?もし、事故が発生していれば、「四日市近郊は短時間に壊滅」だ。この概算を三重県庁は出来なかった様だね。そして、所轄の「消防署」もホスゲンの解毒剤を準備していなかった訳だ。最も「ホスゲンに解毒剤はない」訳だから「四日市近郊は短時間に壊滅」しかない。毎日新聞の記事は怪しいので、他紙を見てみると、石原産業が「ホスゲンの自社製造に至った理由は、仏南部の都市トゥールーズの化学メーカーにホスゲン製造を含めて委託。製品を石原産業が国内外で販売していたが、化学メーカーの近くの石油工場で爆発事故があり、フランスから輸入できなくなった為、無許可で自主生産に乗り出した」と言う記事がある。それなら、イラク戦争で日本製化学兵器は使用されなかった訳だ。しかし、フランスの大手化学メーカーが製造不能になり、日本で唯一の「ホスゲン販売会社」が、日本国内の企業に対して「ホスゲンを供給出来なくなった」のだから、完全無欠の縦型社会である「日本の経済産業省」がそれを知らなかったとは考えられない。つまり、国民の生存は無視して「経済産業省と三重県庁」が合意の上で、「石原産業」に対して、“製造の指導指示書”を出していたとしか考えられない。そこで、問題と成るのは、何故か?「2008年5月14日18時半ごろ」に三重県庁で少し過去の「化学兵器禁止条項」に違反する「ホスゲン製造」について、記者会見をしたのか?である。それは、同日「5月14日23時40分の神戸 異臭騒ぎ」への布石である。その記事は次の如くである。
<阪神地域東西20キロで異臭騒ぎ:5月17日11時7分配信 産経新聞
16日午後11時40分ごろ、神戸市東灘区魚崎南町のマンション5階に住む男性から「外から卵が腐ったような臭(にお)いがする」と119番通報があった。その後約1時間にわたって、神戸市東部から芦屋、西宮、尼崎各市までの東西約20キロに及ぶエリアの住民から同様の通報が相次いだ。気分が悪くなったり、病院に搬送されたりした人はなかったが、県警などが原因を調査している。神戸、西宮など各市消防局によると、硫化水素などの有毒ガスは検知されなかった。神戸海洋気象台によると、神戸・阪神間は同日夜、西南西の風が吹いていたといい、県警は風に乗って臭いが広範囲に流れた可能性があるとみている。>この件で「兵庫県警は捜査していない」だろう。
この2件(ホスゲン記者会見・神戸異臭騒ぎ)の、犯人に聞いたら良いよ。そう!毎度お馴染みの「孤島の鬼一族」皇室・皇族・美智子皇后に聞くしかない。
どうせ、阪神淡路大震災で自衛隊の救援出動にストップをかけ、自分達は中東に観光旅行に行った「徳仁・雅子夫婦」が、更に「酒鬼薔薇聖斗」として神戸に出現し、悪行三昧だった件が、兵庫県民に露見しているので、その言論弾圧の為に「ホスゲンと同類」のガスを空中散布した訳だね。どこまでも「悪党人生」街道一直線なのが、「孤島の鬼一族」皇室・皇族・美智子皇后である。
皇室御用達の芸能人「竹下景子」のニュースが5月21日19時0分に在った。それは「竹下景子さん製品安全大使を、就任2日で辞退:家電や燃焼機器などによる事故を防ぐため、製品を正しく安全に使うことを呼びかける初代の「製品安全広報大使」に19日に就任したばかりの女優、竹下景子さんが、大使辞退を経済産業省に申し出たことが20日、分かった。同省は申し出を受理した。後任は未定という。(産経新聞)」これは、中国四川省の地震で、派遣された救援隊が2日で帰って来るのは、中国政府から強く拒絶されたからではなく、自主的な帰国である」と言いたいわけだね。何故かと言えば、それは、四川省の地震は「禅 1」で書いた通り、日本が洞窟を掘削して、其処に核爆弾を設置して、起爆させた上で『中国政府に強引に地震だと云わせた』からだ。本来なら、報復攻撃されても仕方ない状況に、日本政府は現在もある。だから何度、医師団を派遣しても、中国人に仕返しされるだけだ。日本政府は諸外国の情報網を甘くみているね。核爆発させた「犯人=日本政府=福田康夫首相」の援助と言う名前の偽善行為は、当然強制退去である。それを日本政府は認めたく無い訳だ。ならば、此処で一揆に“自衛隊員を多量に派遣”して戦中の関東軍の様にして、中国全土を盗りたいと云う“誇大妄想”に取り付かれるのが、日本政府だから怖い。此処で東京都知事 石原慎太郎が「パンダ(原子爆弾)」はいらないと、恐怖に取り付かれた声で発言しているのは、徳仁皇太子が「5月15日 東京都水道局研修・開発センター砧浄水場(世田谷)」を見学した事にある。中国四川省で地震を装った「核爆発」に成功したから、今度は「東京の地下」で起爆させてやると言い出したからである。四川省の地震の翌日には「名古屋地区で地震発生を想定した番組が、テレビで流された。」何と手回しの良い事か?まるで中国で12日に地震が有るとテレビ局は知っていた番組構成である。名古屋地区の地震想定番組制作には1ヶ月は必要だ。それを、四川省地震と同時に流す理由は、東京・名古屋・大阪・神戸・所沢・・・で「核爆弾の起爆準備」が出来ましたと言う「悪党人生」街道一直線の、「孤島の鬼一族」皇室・皇族・美智子皇后の計画である。どこまで行っても悪事に付和雷同する者しか居ない訳だ。官僚も政治家も腑抜け者ばかりで、位階勲等欲しさに天皇にオベンチャラばかり言っている。それとは逆に、国民に対しては勇ましく、戦争だ「武士道こそ、ヤマト魂だ」と言う馬鹿者しかいない。それを、美智子皇后は「佛教は勧善懲悪主義」である。と叫んでいる。美智子皇后の勧善懲悪主義とは、“無差別大量殺戮殺人”を言うのだから、如何かしている。それからして「孤島の鬼一族」に違いない。政治屋 小沢一郎が5月13日に国替え(現選挙区、岩手4区から東京12区に変る)をすると言い出した。岩手県を離れて「当選」できるはずが無いから、リトマス試験紙として、岩手県民を試している訳だね。何故そんな必要がでて来たのかと云えば、それは「皇室御用係りから、玉座に大手」を掛けた東照寺 出口充彦(鉄城)に関係している。岩手県民が出口充彦(鉄城)の観音寺入りを拒否したのに、強引に出口充彦(鉄城)を観音寺に入れた挙句に、出口充彦(鉄城)が主催する多くの【詐欺会社】に、岩手県民が餌食になってしまったからである。それを、図式で言えば「出口充彦(鉄城)と小沢一郎」が二人で、岩手県民の財産を略奪詐欺した事がばれたから、小沢一郎は出口充彦(鉄城)が司法捜査の対象になる前に「東京12区」に鞍替えしたい訳だ。岩手県民の極一部が留任を求めている程度である。15日報道された「カニカニ詐欺」も出口充彦(鉄城)が主催している「L&G・円天・あかり通信等のグループに所属した会社」の犯行である。豊田商事と同じで、多数の詐欺会社を経営している訳である。しかし、そんなに“巨額の資金”があるのに、出口充彦(鉄城)の戸籍上の長女 出口真希子(SFC慶応義塾大学 湘南藤沢キャンパス、出口由美子と中川鉄巌の間に出来た子供。)の奨学金600万円すら、支払っていない。当然、最初から奨学金詐欺で“踏み倒す”気でいる。巨額の金銭を欺師した割には意外と細かい金銭の支払いに困るものらしい。そもそも、葉山に別荘を持ち、外国に寺を持ち、国内に3ヶ寺を持ち、皇室御用係りをし、6千億を詐欺していながら、出口真希子が“奨学金600万円”を受けられる事情とは何か?である。下の子供 出口元美(母は出口由美子で、胤は仙台市 玄光庵 伊串昇頴である。)の養育は出来ていない筈である。詐欺師の家らしいね。皇室も永田町の政治屋も、「出口充彦(鉄城)」の口には勝てない訳だ。さて、現防衛省の幕僚関係者に「勝つ為の座禅」を指導している。東京顕微鏡に所属している「三宝興隆会 開山 山田耕雲、現4世?山田大通(凌雲軒)」について参考として書けば、山田耕雲の長女は、朝日新聞永久社員 顧問 下村満子である。これらのことは何を意味するのか?と言えば、1945年から暫らくの間、アメリカ本土に行く事は「禁止」されていたが、何事にも例外がある様に、1945年から「渡米」した日本人が可也いる。それは、特権階級の子女が多い。その中に「下村満子・川口順子・兼高かおる等」がいる。それは、1944年時点から決まっていた人選である。それ一つ取って見ても「山田耕雲・下村満子」の存在は戦争指導思想家として、特筆大書すべきものである。
さて、三宝興隆会の指導者は以下の如くである。
<  HYPERLINK “http://www.sanbo-zen.org/master_j.html” http://www.sanbo-zen.org/master_j.html >から転載。
現在日本の内外で、三宝教団禅指導者の資格を持って教化活動にたずさわっている人々の一覧です。
1、山田大通(凌雲軒)
三雲禅堂 禅会
〒102-8288 東京都千代田区九段南4-8-32
健康事業総合財団[東京顕微鏡院]内 三宝興隆会事務局
Tel:03-5210-6669 / Fax:03-5210-6676
2、窪田慈雲老師
東顕禅会
場 所: 健康事業総合財団[東京顕微鏡院]
〒102-8288 東京都千代田区九段南4-8-32
代々木上原禅会
連絡先: Tel: 03-3466-9225
〒151-0064東京都渋谷区上原1-33-12
ちとせビル 3F
3、松浦芳久 (同上)
4、足立道舟・足立妙舟
相武台禅会
場所: 足立宅 Tel:0462-55-8468
〒228-0825 神奈川県相模原市新磯野5-20-5
連絡先: 同 上
5、芦田秀苗
大阪白雲会
場 所: 慈願寺
Tel:0726-81-7110
〒569-1122 高槻市月見町4-1
連絡先 小田庸道
Tel:06-6385-2635
〒564-0041 吹田市泉町5-21-1
及び藤井和男 Tel:0798-66-4464
6、ライリー、キャスリーン
(REILEY, Kathleen)
〒248-0011 神奈川県鎌倉市扇ケ谷4-24-1
メリノール修道会
Tel/Fax: 0467-24-5556
7、バットゥング、ロザリオ B.
(BATTUNG、Rosario B.)
“Bahay Ugnayan”
(House of Interwoveness)
1043 Aurora Blvd.
Quezon City 1108, Philippines
Tel/Fax: +63-2-913-6413
Office Tel: +63-2-913-6409
Mobile Phione: +63-916-656-0031
Philippine Zendo
85 St.Catherine/St.Claire
Provident Village
Marikina, Manila, Philippines
Tel:+63-2-997-8867
8、べークマンズ、ジェフ
(BOECKMANS, Jef)
Abdij Maria Toeulucht
Rucphenseweg 38
NL-4882 KC Zundert
Netherlands
9、デル・ロザリオ、ロリー
(del ROSARIO, Rollie)
2337 Juan Luna Tondo, Manila 1012
Philippines
Tel / Fax: +63-(0)2-253-0235 / Fax (off.): +63-(0)2-636-2647
10、ドライスバッハ、ウタ
(DREISBACH, Uta)
Lange Äcker 10
D-97297 Waldbüttelbrunn, Germany
Tel/Fax: +49-(0)931-4042190
11、ファビアン、ルトヴィギス
(FABIAN, Ludwigis)
Haus der Stille
Schweibern 2
D-83229 Aschau-Sachrang, Germany
Tel: +49-(0)8057-1050、Fax: +49-(0)8057-909862
12、フランタール、オットマール
(FRANTHAL, Othmar)
Klostergasse 8
D-92345 Dietfurt/Altmühl, Germany
Tel: (priv.) +49-(0)8464-710,
(monastery) +49-(0)8464-6520
13、アビト、ルーベン
(HABITO, Ruben)
Mari Kannon Zen Center
P.O. Box 270494
Dallas TX 75227-0494, USA
Tel: +1-214-388-1122
14、ハリス、ブルース
(HARRIS, Bruce)
Cambous 34725
F-34925 St.André-de-Sangonis,
France
Tel: +33-467-880392
15、ホルト、ライナー
(HOLDT, Rainer)
〒 248-0007 神奈川県鎌倉市大町3-20-8
16、イェーガー、ヴィリギス
(JÄGER, Willigis)
Benediktushof
Klosterstrasse 10
D-97292 Holzkirchen, Germany
Tel. +49-(0)9369-983822
17、コップ、ヨハネス
(KOPP, Johannes)
Steigerweg 1
D-45473 Mühlheim an der Ruhr, Garmany
Tel: +49-(0)208-9980531、Fax: +49-(0)208-9980533
18、レンダー、マービン M. (LANDER, Mervyn M.)
セシル M. (Cecilie M.)
12 Luckins Street
Aspley, Brisbane 4034
Australia
19、レンクスフェルト、ペーター
(LENGSFELD, Peter)
Roteckweg 13
D-79199 Kirchzarten, Germany
Tel: +49-(0)7661-627323
Fax: +49-(0)7661-981703
20、ロイ、デイヴィッド
(LOY, David)
〒248-0007 神奈川県鎌倉市大町 1-19-12
Tel/Fax: +81-(0)467-25-4428
21、マキネス、エレーヌ
(MacINNES, Elaine)
65 Clarendon Ave.
Toronto, Ontario, Canada M4V1J2
Tel: +1-416-752-0263
Fax: +1-416-653-4491
22、丸田 稔
鎌倉・三雲禅堂内
23、マイヤー、グンドゥラ
(MEYER, Gundula)
Warmser Weg 4B
D-38536 Seershausen, Germany
Tel: +49-(0)5372-979394、Fax: +49-(0)5372-971707
24、モーリイ、ローレ
(MOLLY, Lore)
SONNENHOF
Holzinshaus 1
D-79677 Aitern
Germany
Tel: +49-(0)7673-7748 / Fax: +49-(0)7673-7797
25、モンスケ、カルメン
(MONSKE, Carmen)
Fundadores 25
E-28028 Madrid, Spain
Tel: +34-91-3562699
26、オクレ、ウルスラ
(OKLE, Ursula)
〒248-0007 神奈川県鎌倉市大町3-20-8
27、オスターターク、シルヴィア
(OSTERTAG, Silvia)
Bildungsstätte Seeg
Landhaus Sulzberg 1891/2
D-87637 Seeg, Germany
Tel: +49-(0)8364-1482/Fax: +49-(0)8364-9172
28、ペレズ、エルダ パズ
(PEREZ, Elda Paz)
#33 City Camp Proper
Baguio City 2600
Philippines
Tel: +63.(0)74-442-4331/Fax: +63.(0)74-443-9501
29、ピネダ、テレサ-マリア
(PINEDA, Teresa Maria)
Philippine Zen Center
85 St.Catherine/St.Claire
Provident Village
Marikina, Manila, Philippines
Tel: +63-2-997-8867
30、プンザラン、ソニア
(PUNZALAN, Sonia)
3194-A F. Roxas Street
Santa Ana, Manila
Philippines
Tel: +63-2-438-3430
31、リーク、ジョウン
(RIECK, Joan)
P.O. Box 865 Belen, NM 87002, USA
Tel/Fax: +1-505-861-1260
32、佐藤 研
鎌倉・三雲禅堂内
33、シェパード、ポール
(SHEPHERD, Paul)
Egglen, Endorf
CH-3655 Sigriswil, Switzerland
Tel: +41-(0)33-251-3366/Fax: +41-(0)33-251-3388
34、スネラ、ボーダン
(SNELA, Bogdan)
Holzkirchener-Str. 3
D-83629 Weyarn
Germany
Tel: +49-(0)8020-1511/Fax: +49-(0)8020-7251
35、ストーン、ロザリン
(STONE, Roselyn)
Mountain Moon Sangha (Toronto/Canada & Brisbane/Australia)
6/941 Avenue Rd.
Toronto, Ontario, Canada M5P 2K7
36、外池(とのいけ)禅雄
神田・戸塚禅会
Tel.090-1202-5844 外池
37、宇佐美秀慧
真宗・専光坊住職
Tel: 0594-48-2178 (夜9時まで)
38、ゾリス、ドリス
(ZÕLLS, Doris)
Klosterstr. 10
D-97292 Holzkirchen
Germany
Tel: +49-(0)9369-983828

この「三宝興隆会」が、戦時下に於ける「宗祖 安谷老師の言動へのお詫び 」という文章を“三宝教団第三世管長 窪田慈雲”名でサイトに掲載している。
以下が内容ではあるが、これはあくまでも「海外の三宝教団の禅教師達」に対して発せられた英文の声明文で有って、国内版は一年遅れである。この教団は完全に英語圏の佛教団体と言う訳だね。日本の宗教法人格なのに、日本人を対象とはしていないわけだ。参考までに一応転載しておきます。何故なら、日本人は都合が悪くなると、全ての歴史を白紙にしてしまう様に、サイトから消してしまうからである。
< HYPERLINK “http://homepage2.nifty.com/sanbo_zen/announce_j.html” http://homepage2.nifty.com/sanbo_zen/announce_j.html>から転載。
<以下の文章は、『暁鐘』281号(2000年4/5月号)に英文で掲載されたものの邦語原文である。当時、ブライアン・ヴィクトリア氏の Zen at War が出版され、海外の三宝教団の禅教師達の間で大きな問題となったため、これに対する管長の見解を公にしたものである。その後2001年5月本書の訳文が出版されたこと(『禅と戦争 ― 禅仏教は戦争に協力したか ― 』光人社)、更にはこの『暁鐘』掲載の文章を契機として、日本の禅界においても臨済宗妙心寺派・天龍寺派などが類似の謝罪文を公表したこと、更に2004年4月京都において妙心寺派主催のシンポジウム「平和への道」が開催されたこと等を勘案し、今回『暁鐘』紙上において日本文の掲載を行うことにしたものである。
※窪田慈雲老師は平成元年(1989年)10月8日に三宝教団管長に就任、16年(2004年)10月7日に退任されました。>*** 2000年2月1日

2000年1月8日、一通の書状がオランダの或る婦人から送られてきた。それによると、その婦人の夫は、6歳から9歳の間、第2次世界大戦中オランダ領東インド諸島において、日本軍に母親および妹と抑留され、また父親は男性キャンプに収容され、その兄はビルマ鉄道の労働にかり出された。その夫が抑留中に受けた精神的障害は今日に至るまで続き、その間、脳の手術を受けたり、10年以上に亘る精神療法を受ける等、彼自らが身心にわたる苦痛を受けたばかりでなく、家族の生活にも深甚なる影響を今でも及ぼしているということである。
このような悲惨な出来事は、戦時中日本軍が進攻した中国大陸・朝鮮半島をはじめ東南アジアの国々において頻発しており、そのような話を聞く度に、この大戦を起こした日本人の一人として、深い心の痛みを感ずる。そこでこのご夫婦をはじめとして、この大戦において悲惨な目に会われた人々に対し、心よりお詫びするものである。
特にこの婦人が問題とするのは、ブライアン・ヴィクトリア氏の『禅と戦争』(Zen at War)を読んだ結果、三宝教団の宗祖である安谷白雲老師が戦時中に戦争を礼讃し、これを助長する言動をしていることに深い裏切りの念を持たれたからである。なぜなら、この婦人は、三宝教団の禅指導者であるヨハネス・コップ神父について禅を学んでおり、深く尊敬する禅の老師がよもや戦争を礼讃するとは思っていなかったからである。
私は17歳の時に安谷白雲老師の弟子となり、遷化するまでその指導を受けていたのでよくわかっているが、安谷老師が戦争中は勿論、戦後も極めて右翼的かつ反ユダヤ的イデオロギーの持ち主であったことは、ブライアン・ヴィクトリア氏の指摘するとおりである。これらの言動が、今日『禅と戦争』で公となり、その結果特に三宝教団傘下で修行する人々に非常なショックを与え、そのため禅の修行に反発したりそれを放棄したりする人が出るとすれば、それは誠に遺憾なことであり、三宝教団の現管長として先師のこの点の言動の過ちに対して、心から深くお詫びする次第である。
しかしながら教団の内状を明らかにするならば、私が安谷老師に師事していた25年の間、老師がそのイデオロギーを弟子に強要したことは一度もなかった。私自身は老師の法の伝承を望んだのであって、決してそのイデオロギーを学んだわけではなかった。加えて耕雲老師は三宝教団の基本的立場として、「道元禅師の法門を通じて仏道の原点に立つ」と明示し、釈尊の大悟の体験に基づく、人種・国籍・性別・信条を超えた人類の救済と世界の平和を確立することを宣言された。その結果、愛宮ラサール神父との親交が始まり、今日世界の多くのキリスト教聖職者やキリスト教者達が参禅するという隆盛を見るに至った。釈尊の原点に戻る以外に日本が犯した過去の誤りを正し、真の人類と世界の平和に貢献する道はない。
今次大戦の悲惨な結果は、当然のことながら戦争を起こした日本人自身が極度に蒙った。終戦後国土は焦土と化し、全国民は長年老若男女を問わず飢餓と貧困に喘いだ。更にはソ連国境にいた多数の兵士や一般市民もソ連に抑留され強制労働にさらされ、遂には飢えと寒さに耐えかねて異国の骨と化した。また原爆の被害にあった広島・長崎の人々は、この世で最も悲惨な死に方をしただけでなく、生き残った人々も今なお原爆症に苦しんでいる。これらの人々の苦しみは一体誰に訴えたらよいのであろうか。まさにこれが戦争であり、この20世紀の間中、人類はこの愚を繰り返して、何千万何億という人々を塗炭の苦しみに追いやって来たのである。
これらの争いの根源は人間の持つ自我意識である。釈尊は大悟の体験により、この自我意識は誤解であり錯覚であって、速やかに無限絶対一元の本質の自己に目覚め、この本質の世界を現象の我が身に実現する実践の道を説いた。それが坐禅である。我々人類にとって、20世紀の体験を基に、21世紀に向け新たな英智に目覚めた行動をとるべき時が来た。
この機会に、我が三宝教団は、もう一度釈尊の原点に戻り、坐禅の実践により我が本質の世界をこの現象界に実現する道を強力に推進することを誓うものである。

この「三宝興隆会」という名前の佛教思想教団と、オウム真理教(「宗教団体アーレフ」から「Aleph(アレフ)」に名称変更08年5月20日)が目指す解脱佛教思想に違いが有るかと云えば違いはない。「三宝興隆会」の宗祖が安谷白雲で、「オウム真理教」の開山(=宗祖)が東照寺の出口充彦(鉄城)である。両者の思想の源泉は曹洞宗 師家「原田祖岳」なのだから、最近の一連のオウム真理教の犯罪履歴をみれば、戦前・戦中・戦後・平成と佛教しいては、日本の宗教には「反省がない」事は事実が証明している訳だから、「三宝興隆会」の謝罪などあてにはならない。そもそも「三宝興隆会」の謝罪文には、安谷白雲がユダヤ人を迫害する目的で、戦前に書いた書籍の紹介が明示されていないし、ユダヤ人迫害を奨励していた時代には、安谷白雲とは名乗らずに「安谷宗虔」と名乗り、その前は「安谷量衡」と名乗っていた訳だ。そんな単純な事も書かれていない。因みに問題の書籍は「支那事変とユダヤ人の陰謀 / 安谷宗虔. 同愛会, 昭和12年 6月」と言う物だが、過去に於いて、榎本東州がこの文献を問題にした所、国会図書館から「正信同愛会(同愛会)」関係の書籍は全て消えた。写本した物は強制的に財産処分された訳だ。つまり、全ての証拠を消した上で“ユダヤ人を迫害して御免なさい”という訳だから、誰が、如何にして、どの様な思想を布教させたかと云う証拠を隠滅した上で、「謝罪」した訳だから、そこに「謝罪も反省」も存在しない。だから現在でも「オウム真理教」が解脱と称して、無差別大量殺戮を計画できる訳である。それが、中国 四川省での地震を偽装した「核爆発」である。日本の政府機関には「我が儘しかない」その事は、次のニュースが語っている。

禅 3
1、「武装工作員を捕捉せよ!」広島で陸自がテロ想定訓練―2008.5.14 12:36報道陣に公開された陸上自衛隊のテロ攻撃対処訓練=14日午前、広島県東広島市の原村演習場 7月の北海道洞爺湖サミットや、9月に広島市で開かれる主要8カ国(G8)下院議長会議(議長サミット)などを控え、陸上自衛隊第13旅団(広島県海田町)は14日、同県東広島市の原村演習場で、テロに失敗し逃走した武装工作員の制圧訓練を報道陣に公開した。
第17普通科連隊(山口市)を中心に約160人が参加した。
破壊工作に失敗して山中に逃げ込んだ武装工作員5人を、小銃を手にした隊員約50人が警備犬を先頭に捜索。陣地にこもる工作員に接近し、ヘリコプターや戦車の支援を受けながら、激しい銃撃戦を繰り広げた。
意義あり:「北海道洞爺湖サミット」なら北海道の自衛隊の特殊部隊が、テロ想定訓練を開催地である「北海道」を舞台にして訓練したほうが、地勢も知っている訳だし、遥かに効率的だと素人は思う訳です。それとも、テロ対策の特殊戦部隊は全国の自衛隊員が分担して展開されるのだろうか?北海道の部隊は主に「雪祭り」が専門とか?イラク派兵で忙しいとか?しかし、イラクは航空自衛隊がアメリカ軍の武器・弾薬・兵員輸送に当たっている事が、裁判で違憲を判断され、防衛省幹部が「そんなの 関係ネ」と発言した訳だから、イラク派兵は日本の航空自衛隊が、イラクの制空権を制圧している事に、間違いはない訳だ。ならば、“第17普通科連隊(山口市)を中心に約160人”とは、特殊部隊では無くて、北海道の「雪祭り部隊」と通常任務の範囲となる。
これでは、長州藩が安芸(広島藩:毛利軍)を制圧する為の訓練としか写らない訳である。日本製原子爆弾を製造し広島・長崎で使用した山口県(長州)代表の「岸信介・佐藤栄作・安倍晋三と福岡県の「玄洋社・黒龍会:安川第五郎」が、現広島県民に対して、広島県がテロリストだと言って、テロ掃討訓練をしたとしか考えられない。テロリストは「孤島の鬼一族」皇室・皇族・美智子皇后と、その重鎮政治家達である。国民は常に蚊帳の外である。
2、幕僚監部の「全廃」「半減」が選択肢 防衛省改革 ―2008.5.20 00:42
防衛省が21日に首相官邸の防衛省改革会議に示す組織再編案のうち、2案が自衛隊幕僚監部の 全廃に言及していることが19日、分かった。再編案は全部で6つで、残る4案も幕僚監部人員の半減か、人員削減に言及しており、幕僚監部の縮小は避けられなくなった。幕僚監部の縮小・全廃に伴い、各幕僚監部が担ってきた部隊運用、防衛力整備などの機能は 内局か防衛省各機関などに移す。防衛省組織については同省のすべての機能を内局に組み入れる「大内局」構想と、内局と現行の装備施設本部のような各機関の併存を容認する案とが示される見通しだ。幕僚監部全廃の場合、自衛官が本省の局長、課長などの管理職に就任できるよう制度を改正。
内局に自衛官を局長とする「作戦局」を創設し、部隊運用を一元的に行わせる。海自の自衛艦隊司令部、空自の航空総体司令部に加え、陸自に陸上総隊司令部をつくって各自衛隊の指揮命令系統のトップに位置づけ、陸海空幕僚長は防衛相補佐に専従させる。幕僚監部を縮小して残す場合には、3幕僚監部の機能は隊員の人事管理や教育などに限定する。
幕僚監部の廃止・縮小で出る余剰人員は統合幕僚学校などの教育機関や現場に積極的に配置し、隊員教育を強化する。平成19年度末の各幕僚監部の定員は統幕370人、陸幕890人、海幕730人、空幕770人の計2760人で、半減でも1380人の幹部自衛官が配置転換になる。
産経新聞
3、<防衛省>米に代わり見舞金 米兵による女性暴行事件で
防衛省は19日、02年に神奈川県横須賀市で起きた米兵によるオーストラリア人女性への暴行事件で、米兵や米政府に代わり女性に見舞金300万円を支払う方針を決めた。同事件をめぐる民事訴訟で東京地裁は04年、米兵に同額の損害賠償を命じたが、米兵は判決前に帰国。日米地位協定は米兵に賠償能力がない場合、米政府が慰謝料を支払うよう定めているが、米国内法でも既に時効を迎えている。このため、放置されていた支払いを日本政府が肩代わりすることにした。(毎日新聞)
4、日本、アメリカにガソリン輸出へ…日米政府が協議:2008/05/18(日)
★ガソリンを米に輸出へ、価格高騰で・アメリカでガソリン価格が高騰しているため、日米両国の政府と民間企業は、日本からガソリンなどの石油製品をアメリカに輸出するため協議を始めることになりました。15日にアメリカ・サンフランシスコで協議に参加するのは、アメリカのエネルギー省やエクソンモービルなどの石油メジャー、日本からは経済産業省や新日本石油など石油元売り各社です。原油の高騰を受けて、アメリカではガソリンの小売価格が最高値を更新し続けている一方で、日本国内では石油の需要が頭打ちになり、だぶついています。このため、日本で精製した
ガソリンなどの石油製品をアメリカに輸出することで、日米の政府が一致したものです。日本からアメリカ向けにガソリンをまとまった量で輸出するのは初めてのことになり、今後、輸送を含めたコストなどを検討していきます。
5、シーファー駐日米大使は20日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で講演し、日本の防衛費について「北東アジア各国の国防費増大が続く中で、日本だけが例外だ。防衛費の対国内総生産(GDP)比が着実に低下していることは問題だ」と指摘し、「日本は自国の安全保障により貢献するために、防衛費を増やすことの利益を検討すべきだ」と述べ、防衛費増額に期待を示した。大使は、判明している分だけで中国の軍事費は過去10年間で年平均14・2%増、韓国は73%増、米国も2倍増となるなか、日本の防衛費の今年度の対GDP比は 0・89%になる可能性があると指摘。「北大西洋条約機構(NATO)や 経済協力開発機構(OECD)のどの先進国よりも低くなる」と懸念を示した。5月20日18時46分配信
産経新聞
6、アメリカ海軍士官学校生、裏千家・今日庵で茶道体験[5/18]
アメリカの海軍士官学校の幹部候補生らが「和の精神を学ぶ」ため、京都の裏千家・今日庵で茶道を体験しました。今日庵を訪れたのは、アメリカ・メリーランド州にある海軍士官学校の幹部候補生8人です。慣れない正座ではなくあぐらで茶道に臨んだ候補生たち。茶道を通して世界平和を訴えている裏千家の活動に共感し、交流が始まったということですが、実際に日本で茶道を体験するのは初めてです。
「とてもおいしかった」
「少し苦かったけど。だんだん慣れてきて最後はおいしく感じたよ」(茶道を体験した候補生)
手ほどきを受けながら自らお茶を点てるなど日本の文化に触れた候補生たち。評判上々で、恒例行事になるかもということです。
意義あり:上記2~6までのニュース記事を見れば、「日米同盟関係は順調」である。なら問題ないではないか?しかし、6番目の記事は「茶道・裏千家とアメリカ海軍士官学校生」の交流の記事である。アメリカ海軍士官学校と防衛大学校との間では、相互に教官を送り軍人教育をしている訳ですから、今頃「茶道体験」でもない筈だと素人は考える訳ですがね!アメリカ海軍士官学校で教鞭を取っている自衛隊幹部の感想を、次に転載すれば。
アナポリス生活雑感(アメリカ・メリーランド州、海軍士官学校)から。
米海軍兵学校 海上自衛隊連絡官
3等海佐 池内 出
首都ワシントンDCからさほど遠くもないメリーランド州アナポリスは、観光そしてバケーションの街、チェサピーク湾に面したハーバータウンとしても知られていますが、軍機関のひとつ、米海軍兵学校が所在する地としても世界的に有名な都市であります。古き良き時代の面影を色濃く残し、日ごろは非常に閑静なこの町に赴任して約半年、将来の海軍士官、海兵隊将校を目指して日夜の教育訓練に励む若者に接しつつ感じたことなどを、肩の凝らない話題で思いつくまま書き記してみたいと思います。

アナポリスという土地柄と「海軍兵学校」の名称など
アナポリスという地名は、特に海上自衛隊に勤務する者にとりましては非常に馴染み深く感じる地名です。日本の旧海軍時代には、江田島、英ダートマス、と並んで世界の三大海軍兵学校の所在地として知られていました。現在においても、江田島、英ダートマス、米アナポリス、ともに海の防人を育成する場として健在です。唯一、江田島が、第2次世界大戦を挟み、海軍兵学校から海上自衛隊幹部候補生学校へと衣替えしたというやや特異な歴史を有しています。
皆さんご存知のように、アナポリスはメリーランド州の州都でもあり、またアメリカ建国当時には短期間ながら首都が置かれたこともあるという歴史と伝統を感じさせる街です。アナポリスの名を世界に広く知らしめている米海軍兵学校は、1845年に創立された伝統校であり、150年強の歴史を有しています。「海軍兵学校」・・・この名称について、蛇足ながら一言ご説明申し上げたいと存じます。「海軍兵学校」とは、実際には「海軍士官候補生学校」であって、いわゆる「下士官兵」を養成するのではなく「士官」を養成する学校です。さらに敷衍して申し上げれば、「大学」の一つでもあります。ちなみに英語名は「USNA・・・United States Naval Academy」で、これを陸空軍の士官学校と比較しますと、陸軍は「United States Military Academy」、空軍は「United States Air Force Academy」となります。陸軍はArmyであるはずなのに、何故「軍」を総称すべき「Military」という言葉を使用しているのか云々、などと考え出しますと謎は深まる一方です。軍種ごとにポリシーとプライドがある、といったところなのでしょうか。ご参考までに、陸軍士官学校はニューヨーク市の北約50マイルの旧城砦ウェストポイントに、空軍士官学校はコロラド州コロラドスプリングスに所在しています。陸空軍の士官候補生学校を日本語で「士官学校」と呼ぶのに対し、海軍の士官候補生学校を「兵学校」と呼ぶのは、元々旧日本陸海軍の士官候補生学校をそれぞれ陸軍士官学校、海軍兵学校と呼んでいた日本語の呼称法のなごりであるように思われます。
また、米軍は陸海空三軍のほかに海兵隊という大きな軍種を有していますが、海兵隊に進むべき士官候補生もここアナポリスの海軍兵学校で4年間の教育を受けています。ちなみに、士官候補生が海軍に進むのか、海兵隊に進むのかについては入学時から分かっているわけではありません。4年生になってから個人ごとに希望を提出、面接等を行い、さらには本人の成績や適性も総合的に審査された上で、卒業約半年前に進路が振り分けられることになっています。当然のことながら、希望が叶う者、叶わない者、悲喜こもごもの図が展開されることになります。

海上自衛隊連絡官
いわゆる制服組といわれる自衛官で海外勤務についている代表的な存在には防衛駐在官(一般には駐在武官として知られています)があり、ワシントンの大使館にも陸海空計6名の自衛官が勤務していますが、それ以外にも実は相当数(?)の自衛官が補給、調達、衛生など各種の連絡官や留学生という立場で勤務をしています。国連で勤務についている自衛官もおります。アナポリスの連絡官は教育連絡官として教育に関する調査、研究などを行うという趣旨から設けられた配置なのですが、防衛大1期卒業生が初代の連絡官として派遣されて以来、30年余りにわたって続いており、現在の私(防衛大35期卒)が17人目ということになっております。
教育に関する調査、研究という任務はやや漠然としておりますが、実質的には教育実習という形で、米軍人教官と同様、候補生に対する教務を受け持っています。端的に申せば、兵学校1、2年生に対して航海学を教えております。その他、兵学校を見学に来られる方々のご案内や各種のこまごました調整ごとなどを業務の一環として担当しています。
米海軍の兵学校で教えております、と申しますと、「何をですか?」「誰に(対して)教えるのですか?」等々と質問されることが多いのですが、きわめて基本的な航海法などの海事知識を本校の1、2年生に教えています。たとえて言うならば、「フネという乗物では、部屋はroomではなくcompartmentと云い、壁はwallではなくbulkheadと云い、床はfloorではなくdeckと云うのである」ということや「フネのスピードは時速何キロではない、時速何マイルでもない、ノットという単位で表すのである」といったようなことを、1日平均2コマ(ここ兵学校は大学の割には1コマが50分と短いのです)、計2クラス約60名の士官候補生たちに対して教えるわけです。
その他、海軍兵学校が士官候補生教育用に保有している練習船(30m程度の船)の船長兼教官として、実際に洋上に出て基本的な航海術や操船法などについて教えることも任務の一環です。夏にはこの練習船を連ね、士官候補生を連れてボストン、ニューヨーク方面に練習航海に出かけますが、さながらカモの行列といった観があります。

日々雑感・・・
実際に勤務してみて、或いは実際に住んでみて初めて認識できることというのは本当に数多くあります。
アメリカの大学、っていうところは授業中でもコーヒーなどが許されていて、一見礼節を欠いているようだが、そのかわり学生が授業中寝るようなことは絶対にない」・・・はずじゃなかったのか !! という憤りを覚えた瞬間。「GO NAVY!! BEAT ARMY!!」などという標語を堂々と繰り出していいのかなぁ、と感じたこと・・・・・。私が体験したいくつかの経験から、ふと思ったこと、考えたことなどをざっくばらんにpick upしてみたいと思います。
(1) 陸軍は敵?空軍は眼中になし?
俗に「陸海軍の不和」とはよく言われることです。第二次大戦中の日本軍にあって、陸海軍間の不和が多くの作戦の円滑な遂行を阻害したことは、例に枚挙の暇がないほど有名な話であると思います。米軍においてはそのようなことはまずないのだろうと思って赴任しましたが、アナポリスの海軍兵学校で勤務についている海軍と海兵隊の間にさえライバル感情にも似た対抗意識があるのかなぁ、ということをそれとなく感じることが、実際にはままあります。
前述の「GO NAVY!! BEAT ARMY!!」というのは単なる標語ではなく、実際にそういう名を冠した土産物などが校内においてもたくさん販売されておりますし、本校の1年生は、寮生活の中では、通路や階段を曲がるたびに毎回「GO NAVY sir!! BEAT ARMY sir!!」と叫ぶことを終日義務付けられています。(これは、上級生などが誰もいなくても叫ばなければないことになっています。)その代わり、無論、陸軍士官学校では「GO ARMY!! BEAT NAVY!!」という反対の標語がでかでかと掲げられているわけです。とは申しましても、これはもちろん真剣な反目ではなく、スポーツ(特にフットボール)における対抗意識、ライバル意識を高め、相互に切磋琢磨しよう、という気持ちが込められたもののようです。毎年冬にARMY-NAVY GAMEという大きな陸軍士官学校と海軍兵学校のフットボールの伝統試合があり、「GO ARMY!! BEAT NAVY!!」「GO NAVY!! BEAT ARMY!!」の掛け声の応酬でスタジアムが埋め尽くされるさまは壮観と言われています。ちなみに、この陸海軍のライバル意識をむき出しにしたキャッチフレーズには不思議なことに空軍は入っていません。士官候補生に理由を聞きますと、「空軍は歴史も浅く、相手にしていない」のだという返事が返ってきました。しかし、実際にはここ数年、陸海空の士官学校の中で最も強いのは空軍士官学校なのだそうで、実のところ、空軍は「また陸海が低次元の争いをやってるな」ぐらいの気持ちで腹の中でせせら笑っているのかもしれません。
ご参考までに、日本においては、軍種間の確執が招いた第二次世界大戦での悲劇を反省材料に、陸海空三自衛隊の士官、将校を育成する士官候補生学校を一つにまとめようという理念に基づいて防衛大学校が設立されました。「将来の陸海空幹部要員が同じ釜の飯を食う」という防衛大学校の教育システムは、この点、米軍の士官候補生教育の体系とは異なっています。したがって、「陸上自衛隊をぶっ飛ばせ」だとか「海上自衛隊をやっつけろ」などと言い合うことも全くありません。
さきほど、アナポリス海軍兵学校では海軍に進む者、海兵隊に進む者を4学年時に選考すると申しましたが、防衛大学校においても、学生は当初、陸海空の要員の別なく入学してきます。防衛大学校の場合、学生は2学年進級時に、同様のプロセスを経て、陸海空それぞれの要員に選考されることになっています。悲喜こもごもの図が展開される点は米国と同じのようです。

(2) 女性のステイタス
男女平等という概念を、時に血みどろの戦闘にも赴かなければならない軍人の世界にいかに導入、浸透させてゆくか、これは非常に難しいテーマでありまして、世界各国において軍当局が頭を痛めている問題でもあると思います。米軍では早くから女性を軍に取り込んできた歴史もあるだけに、ここアナポリス海軍兵学校でも学生数の約20%が女性候補生で占められ、彼女達は、訓練、授業、寮生活にも、男子と分け隔てなく、全く自然に溶け込んでいるように見受けられます。兵学校の寮は一部屋が2~3名という少人数部屋で構成されており、さすがに男女が同部屋内に起居することこそないものの、隣部屋は異性の部屋、ということはごく当たり前に存在するわけです。自衛隊にも今や多くの女性自衛官が勤務し、隊内で起居する女性隊員も増えていますが、日本では女性の寮は別棟が原則、また防衛大学校においても女子学生は女子専用フロアに起居しているはずで、この辺りはさすがに男女平等の進んだアメリカ社会であればこそ、と感じます。
他方、海軍兵学校の士官候補生は「midshipman」と呼ばれていますが、これには男女の別がありません。女性でも「midshipman」であって「midshipwoman」ではないのです。これには一応、「midshipman」というのは軍の階級呼称の一つだからだ、という論拠があるのですが、たとえば「chairman」は「chairperson」であるべきだ、といったような議論が堂々と交わされるお国柄にあって、上記の論拠が未だに無傷のまま受け入れられているということにはちょっとした驚きを禁じえません。

(3) 校風 ~日米候補生気質の違い~
日米候補生気質の違いというよりも、より深いところに根ざす日米文化の違い、といった方が適切かもしれません。自らが日本の候補生であった頃を思い出しつつ、端的に感じる米国士官候補生の気質(特に日本と異なると痛感する部分について)を箇条書き的に列挙してみたいと思います。
【米海軍兵学校気質】
明朗快活、自由闊達
自主自律(まず、自分が何をしたいか、から始まる)
自らを主張しよう、アピールしようという姿勢
やや軽口、機械信仰(物量信仰)の傾向、自ら考えたがらない
合理的(反面、やりたいこと、やりたくないことがはっきりし、やりたいことしかやらない)
道徳観、倫理観、精神鍛錬などの意識がやや希薄
軍人としてのプロ意識を堅持
私は主として授業の場で士官候補生たちと接するわけですが、候補生から寄せられる、授業についてのリクエストで最も多いのは、「もっと授業に参加したい(双方向的な授業をしてほしい)」というものであり、士官候補生の主体性、積極性を痛感させられます。他方、簡単な計算などを行わせようとしても(足し算、引き算程度でさえ)、「計算機がないからできない」と答える候補生の多さに愕然となる、ということもあります。また、大量消費文化の中で育った若者の気質でしょうか、道徳・倫理・精神教育などの面では軍人教育として少々足らざるものを感じることもあります。例えば日本では、上級生の厳しい監督の下、床を這いつくばるようにしながら掃除をさせられたりする中で、フォロワーシップを学んだり、部下隊員の気持ちを汲み取れる士官、将校たるにふさわしい人格を徐々に陶冶するわけですが、ここアナポリス海軍兵学校では、何事によらず、日常の些事から徹底してしつけ教育を行い、礼節や徳操の涵養を重視しつつ全人格的に士官候補生を鍛え上げよう、とする意識がやや薄いようにも感じられます。もちろん、このことには、他方においては、士官候補生を雁字搦めに縛り付けないことで、自由闊達な雰囲気の下、自主自律の気風を育成しようという別の狙いがあるのかもしれません。

最後に日本とのこと
ここアナポリス海軍兵学校には、第2外国語として日本語のクラスもあり、少数ながら、日本に関心を持ち、日本語を学んでいる士官候補生もいます。また、日本が米軍の駐留を受け入れていることもあって、兵学校卒業後に日本に赴任する者の数は毎年相当数にのぼります。私自身、海上自衛隊から派遣された者として、ここ海軍兵学校の士官候補生の間でいかに日本の存在をアピールできるか、いかに日本ファンをたくさん作れるか、いかに日米の絆を強めることに貢献できるか、を考え、実践することこそが自分の最大の任務だろうと考える次第です。
昨年、私の前任者が士官候補生の短期日本研修やホームステイといった一連のいわば「日本キャンペーン」プログラムを立ち上げ、現在、その活動の本格化を図ろうとしていますが、そういった日本との直接のやりとりだけでなく、ここワシントンの地においても、今後、日本商工会が主催されるお祭りやイベント、セミナーなどへの参加、当地において「日本」を感じ、あるいは体験できる施設等の研修、などを積極的に推進してまいりたいと考えています。こうした活動を模索してゆく中で、日本商工会の皆様には今後いろいろな面でお世話になることも出てくることかと存じますが、その際にはよろしく御指導を賜りますよう、お願い申し上げます。

以上が、防衛大学校35期卒「3等海佐 池内 出」の米国に於ける、自衛隊の表向きの活動報告である。国民の税金が「ある意味有効に使われている事」が理解できましたか?反戦・平和を叫びながら、老人子供から高額の医療費を、厚生労働省に厚顔無恥に請求している「共産党という戦争遂行政党」の皆さん。最後に登場する一文「日本商工会の皆様には今後いろいろな面でお世話になることも出てくることかと存じますが、その際にはよろしく御指導を賜りますよう、お願い申し上げます。」アメリカ現地に於ける「日本商工会と自衛隊そして外務省」の関係はかなり親密という事が伺える。それでは、ワシントン日本商工会(JCAW)の仕事では「桜祭り」が有名である。それなら「日米の親睦会」か?といえば、そうでもなくて、日米企業間の裁判問題も関係してくるから、仕事の範囲はかなり広い。今どきになって「京都で茶道」という理由だ。ならば、スウェーデンのカール・16世・グスタフ国王とシルヴィア王妃にも「京都で茶会」の招待をしてやれば良かったのに。カール・16世・グスタフ国王とシルヴィア王妃は、アメリカ海軍の学生より品格がないと、日本政府の“坂東眞理子”が云った訳だ。さて、米国ワシントンでも「茶道」ならできる筈なのに、京都まで呼んで、アメリカ海軍士官学校生に「芸者遊び」の色物接待なのだろう。“表向きの仲良し”が現在の「日米関係」を象徴している。「2001年9月11日米国同時多発テロ」を日本が謀略しなければ良かったと、考えてもいないだろうが、それが不仲の原因である。そして今回に「地震を偽装した、四川省 大規模核爆発」をしなければとは考えないのが“日本政府=福田康夫”である。日本人に与える処方箋はもうない。幾ら政府が国民を目隠したからと言って、これではね?と考えてしまう。

台湾政府に逃げ込んだ、東京都知事 石原慎太郎。
馬英九氏が台湾総統に就任、中国との対話再開へ
5月20日11時31分配信 読売新聞
【台北=石井利尚】3月の総統選で当選した国民党の馬英九(ばえいきゅう)氏(57)が20日午前、台北の総統府で就任宣誓を行い、陳水扁氏(57)の後任として第12代総統に就任した。台湾では、独立志向が強い民進党政権が2000年から続いたが、対中協調を重視する国民党が8年ぶりに政権に復帰した。馬総統は、続いて市内の競技場で行われた就任祝賀式典で、今後4年間の施政方針を打ち出す就任演説を行った。馬氏はこの中で、中台関係について「統一せず、独立せず、武力を用いず」の「三つのノー」を基本に、関係の現状維持に努める方針を表明。さらに、中国の胡錦濤国家主席に対し、「一つの中国」をめぐる1992年の中台合意を基礎に、99年から中断している中台対話を早期に再開するよう呼びかけた。馬氏は、中台間が軍事面や外交面で対立している現状について、「和解、休戦すべき」と述べ、中台間の「相互の尊重」の必要性を訴えた。「開放政策を堅持する」とし、陳政権下で規制が多かった中国との経済交流を強化する考えを示した。また、陳政権下で冷却化した米国との関係について、関係改善を強く打ち出した。馬氏は、中国の四川大地震について、「救援活動が順調に進むことを台湾住民は望んでいる」と述べた。
最終更新:5月20日14時17分
<福田首相>中国大使館訪問 四川大地震の犠牲者に弔意
福田康夫首相は21日午後、東京・元麻布の中国大使館を訪れ、中国・四川大地震の犠牲者に弔意を表した。首相は「お気の毒だ。心から弔意を表したい。必要なことは何でも言ってほしい」と述べ、崔天凱駐日大使は「(日本の)国際緊急援助隊、医療隊は素晴らしい。心からご支援に感謝します」と答えた。(毎日新聞)
意義あり:12日に地震が発生して、21日に四川大地震の犠牲者に弔意だと。中国大使のハラワタは煮え栗かえっていただろうに!犯人は日本政府=福田康夫本人なのだから。中国大使の発言は「単なる外交辞令」程度だ。本心なら救助隊・医療チームを受け入れる筈である。どうしょうもない国だね。福田康夫政府は。
2008年 5月 23日  榎 本 東 州  記

禅 4

「禅 2」で書いた“三宝興隆会とオウム真理教(教祖 出口充彦(鉄城)、教祖の一番弟子 徳仁・雅子夫婦、表看板の教祖 麻原彰晃、表看板の歌手 八代亜紀)”の思想母体は「原田祖岳・安谷白雲」で有る事は既に述べた。
皇室御用係り 出口充彦(鉄城)と弁護士 伊藤博(弁護士法人フェニックス)は、福島県「好国寺」と法学部繋がりではあるのだが、ここに、伊藤博がブログで、自分が尊敬している「自衛隊幹部」がいると語っている。「自衛隊幹部」の参禅指導は「三宝興隆会:安谷白雲・山田耕雲」の戦中からの伝統である。
ならば、三宝興隆会とオウム真理教と自衛隊(防衛省)を指揮できるのは、法律面を“弁護士 伊藤博”が担当し、実戦指揮を“皇室御用係り 出口充彦(鉄城)”が行うわけで有る。それを証明できるセミナーがあった。現在は休会との様だが?出口充彦(鉄城)自身が「仏滅幕府のサイトで、自分を将軍だ」と発言していた点からみて、町田和隆の言う正にサムライの話である。これが、村上ファンドやライブドアや円天・L&G・あかり通信・カニカニ詐欺等々まで発展してきた訳だ。この会に「元防衛庁統合幕僚会議議長・西元徹也」がいたのだから、三宝興隆会とオウム真理教と自衛隊(防衛省)は一連のグループと考えられる。そこが、今回、中国に「戦争を仕掛けた」巣窟でもある。
それは「町田和隆(市場戦略家。株式会社MOONコンサルティング・代表取締役。ソーシャル・アライアンス東京中央・FCオーナー。中小・ベンチャーを元気にする、プロフェッショナルコンサルタント)」である。それを、転載。

http://blog.moongroup.jp/archives/cat_50018843.html

2006年03月11日サムライが飲み会!?
個人的に休会中である国際戦略シナジー学会のメンメンと、久しぶりに情報交換。第3回目となる実践戦略学基礎講座の開始が、本年中にはあるだろう。
この講座の修了者は、グローバルサムライとして学会の活動に参画できる。
まだ10名足らずだが、21世紀を生き貫く現代のサムライとして、今後仲間が増えていくだろう。学会や講座にご興味があればぜひ、お問い合わせいただきたい。2005年12月01日学会を休会した。
国際戦略シナジー学会をきょうから半年間、休会にした。
本業である株式会社MOONコンサルティングの業務に、しばしの間、集中するためだ。
学会の発足式は、本年6月23日・・・
MOONの会社設立日は、本年7月15日・・・
僕からしてみれば、この組織は、双子の息子たちも同然だ。
ただ、長男である学会は、生まれてからこの間、あまりにも手がかかりすぎた。
次男のMOONを、少しの間、集中してかわいがってあげたい。
ここから半年の成果をもって、また学会へは戻っていきたい。
kazutaka_machida at 22:41|この記事のURL │Comments(0) │
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2005年11月28日学会の総会開催!
26日(土)は和光市の陸上自衛隊・広報センターにて、学会の総会
が開催された。
基調講演は、元NHKワシントン支局長の手嶋龍一氏にお願いした。
グローバルかつ独自の視点から語られる日本の安全保障に関する問題
意識は、歯に衣を着せぬ迫力で聴衆を惹きつけた。
講演内容は、陸上自衛隊の幹部向け月刊誌『修親』に掲載予定だ。
刊行報告としては、当学会総括理事の杉之尾宜生氏から『戦略の本質』について30分程度、概説がされた。
私も、7月に参加した『総合安全保障セミナー』(主催:陸上自衛隊幹部学校)の修了所見を発表。爾後、アフター懇親会。充実した一日であった。
参加の皆さん、お手伝いをいただい皆さん、大変、お疲れ様でした。kazutaka_machida at 11:28|この記事のURL │Comments(0) │
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2005年11月19日実践戦略学の実践
昨夜は、飯田橋で国際戦略シナジー学会の戦略会議を実施。
この学会は、〔日本の国力低下は、戦後60年もの間、一般国民への戦略教育が抜け落ちてきたことが遠因〕というスタンスを持ち、実践戦略学の教育を実施する任意団体だ。自分も、市場戦略家と、“市場”なる枕詞が付いてはいるものの、戦略家の端くれとして、参加している。

http://www.globalsamurai.jp/

この学会、ボードメンバーははっきり言ってスゴイ。ナレッジマネジメントの大家・野中郁次郎と元防衛庁統合幕僚会議議長・西元徹也が顧問。
会長は、公認会計士の森田松太郎。
総括理事には、グッドウィル監査役で孫子の兵法の第一人者・杉之尾
宜生と弁護士の伊藤博の布陣だ。
専務理事には、元防衛大学校教授の奥出阜義があたり、図上演習を用いたウォーゲーム形式の戦略教育が展開される。もっとも、学会は立ち上がったばかりであり、学会のポリシーであるところの、文と武のシナジー、要は一般国民と防衛庁関係者の相互交流というポリシーは、学会組織内部そのものでも大きな課題だ。自分は今、常務理事のポジションにあり、この大きなテーマを前に、
ブログテーマのとおり、日々実践を試みている真っ最中である。

2007年~2008年に問題となった「グッドウィル」で監査役にして「孫子の兵法の第一人者・杉之尾」の名前まででてくる所をみると、防衛大学校も巻き込んでの詐欺集団が形成されている訳だ。これだから、皇室御用係り 出口充彦(鉄城)の人脈は、底なし沼のヘドロ状態である。こうなる前に「警視庁 荏原警察署に捜査」を喚起したにも関わらずしなかったのだから、もう取り返しは出来ない。最後は「中国 四川省での地震を偽装した核爆発」までいってしまった訳だ。しかし、それは日本政府が望んだ事だから、「国民」に責任はない。それだけはハッキリさせて置く必要がある。弁護士 伊藤博と出口充彦(鉄城)と三宝興隆会・オウム真理教・陸上自衛隊幹部学校・町田和隆・孫子の兵法の第一人者 杉之尾・サザンオールスターズ(バンド)等々全てがこの両名「弁護士 伊藤博と出口充彦(鉄城)」に帰結する訳である。中国 四川省での地震を偽装した「核爆発」について、日本人は信じない様だが、日本でも一部の原子力関係者の間では、日本海側 能登半島では、原子力発電所内の放射能レベルより、外気(大気)中の放射能レベルが上昇しているという報告があったが、この情報は閉鎖された。しかし、原子力に詳しいフランス政府は、非公式に放射能の地球規模での「放射能汚染」を真剣に検討しだした。チェルノブイリ原発(日本政府の謀略)事件と同じく、大気の放射能汚染は深刻の模様である。現在できる対策としては「外出を控える」しかない。

2008年 5月 23日  榎 本 東 州  記

禅 5

中国 四川省での地震を偽装した「地表付近における核爆発」までに至った以上、日本政府は世界の批判の矢面に立つから、アメリカ軍との同盟を演出しているにすぎない。過去の話として、1940年代の戦争時点での“曹洞宗の戦争責任”を論じた書籍は「三宝興隆会」が謝罪文に利用した<禅と戦争―禅仏教は戦争に協力したか:ブラィアン・アンドルー・ヴィクトリア著、エィミー・ルィーズ・ツジモト訳、光文社刊>その一文を掲載する。
弟子丸泰仙の師匠である「沢木興道」の発言からの引用197ページから。

「1944年発行の『大法輪』の中で、『生死のあきらめ方』という章において、生死解脱とは命を捨てることではなく欲を捨てることで、また我吾らを捨てることであると主張した。ゆえに、上長の命令に服従し、これに従っていくとき、直に陛下の股肱として、完全なる兵隊になる。この中では、杉本中佐は我を捨てることを念彼天皇力といっている。かの天皇の力を念ずるれば、生死を離れ、幸不幸を超越して戦をする。・・・・・これが無我の体得である」

杉本中佐の遺言こそ「天皇陛下万歳」である。つまり「天皇陛下万歳=無我」と言う論理が日本人の思考である。それが、2008年5月8日21時40分ごろ、
「国会議事堂に侵入し、割腹未遂した陸上自衛隊朝霞駐屯地体育学校所属  鈴木田峻吾、陸士長、20才(出身地 熊本)」の思想である。1945年8月に戦争が終わった訳ではない。今現在でも禅宗は浄土宗は真言宗は、そして創価学会は公明党として、池田大作と天皇と同等に思考して、玉座にすわらんとしている。山本七平も最後まで「天皇陛下万歳」組である。これを日本では“三つ子の魂百までも=雀百まで踊りを忘れず”といいます。明治政府の馬鹿天皇制が、今回の中国 四川省の地震を偽装した「地表付近での核爆発」に至ったわけである。玉座に座る者の名前、それは「出口充彦(鉄城)・由美子」夫婦となってしまった。皇室御用係りが玉座に鎮座した瞬間が「中国 四川省の核爆発」である。“出口充彦(鉄城)”が東照寺に来たときに、ほくそ笑みながら言った言葉は「核兵器という世界覇権できる、最強兵器が存在するのに、使用しないなんてもったいない」そう、美智子皇后がアフリカの怪しげな女性に、国連で世界中に発信した“(核兵器を使用しないなんて)もったいない”である。警視庁荏原警察署が当時、榎本東州の話を聞いていれば、中国での核爆発はなかった。これは断言できる。何を話しても、日本人には理解できない。天皇陛下万歳が抜けない馬鹿しかいない訳だから。現在の天皇の名前は出口だから「出口充彦(鉄城)・由美子」万歳となるし、戦中なら原田だから「原田祖岳・良子」万歳となる。天皇は、原田祖岳や出口充彦からみたら「3歳の幼児程度の知力」である。原田祖岳なら「大日本帝国万歳」と叫ばせる。
2008年 5月 23日  榎本東州 記

禅 6

「禅 1」で書いた<正田美智子 妃の生い立ち問題>で、“弁護士 伊藤博”の坐禅を機軸とした人脈に「出口充彦(鉄城)・佐藤正真・和賀康躬・和賀晟純・井上義衍の弟子」たちが出て来る事は既に述べた。岩手県盛岡市と花巻市の病院「新渡戸医院と高橋医院」が関係し、女性人としては「神谷美恵子(前田多門の娘)・松田瓊子(野村胡堂の娘)」が上げられる訳である。そして、今回の民主党 小沢一郎の国替え(選挙区を東京12区に移す)と言う、岩手県の選挙民を愚弄した観測気球を出した訳は<出口充彦(鉄城)・民主党 小沢一郎>組んで岩手県民を<L&G・円天・あかり通信・カニカニ詐欺>等々の詐欺の餌食にした事は理解できたと思うのだが?ここで忘れてならない点は「和賀康躬・和賀晟純」である。寺は東京都江戸川区南小岩7-20-17にある「興聖寺」であるが、和賀家の系図はかなり血統書付きの家柄だ。それは「奥州和賀氏四百年の歴史、■和賀氏関連系図―鬼柳文書」というのが東北大学の文学部に所蔵されていて、その一部は次の如くである。
<鬼柳文書:和賀氏庶流で後に南部氏家臣となった鬼柳氏の子孫に伝わったもの。現在、東北大学文学部に保管されている。南北朝時代の和賀氏の領地紛争に関する訴訟の幕府提出資料で、歴史的には第一級史料とされている。しかし、その系図には数箇所におよぶ加筆跡や恣意的に抹消された跡があると見られている。>ここで、問題となるのは「南部氏家臣となった鬼柳氏」と言う部分である。南部とは岩手県の事で有る。このサイトの資料には、花巻市にある曹洞宗の寺「円城寺」が和賀家と繋がる訳である。そう「伴 鉄牛老古佛の出家の
因縁の寺」である。その「円城寺」と原田祖岳の関係が、後の花巻市での「正田美智子皇后 出生」と成る訳である。だから、美智子皇后・明仁天皇の胤が原田祖岳という事実を、知っていても別段不思議はないのである。岩手県では公然の秘密でしかない。つまり誰でも知っていた訳である。今まで知らなかったのは、東京で生れて育ち、選挙区だけは岩手県だった「民主党 小沢一郎」ただ一人である。だから、今回“国替えする”という事情もある訳だ。
次に、東京都品川区小山1-4-8(桐ヶ谷斎場の隣)にある。曹洞宗 桐ヶ谷寺 住職「黒田純夫」という寺がある。そこは多くの芸能人が利用しており、住職の子供も芸能人と懇意である。其処の寺で参禅指導していたのが「出口充彦(鉄城)」だから、巨額詐欺事件で広告塔に利用された芸能人は、ここ曹洞宗 桐ヶ谷寺を中心として集合したと見れば分かり安い。この曹洞宗 桐ヶ谷寺の開山は黒田白純と言って、5~6人の男子が居た訳だが、その一人が先の「前角博雄」であり、黒田純夫(桐ヶ谷寺)・黒田武志(横浜市 善光寺)・黒田俊雄(光純) (栃木県大田原市 光真寺)が在る。さて、此処で問題と成るのは「黒田武志(横浜市 善光寺)」である。ここで発行している冊子「成寿」の平成14年12月号に<特別寄稿 イスラム原理主義とテロ行為 伊藤博>がある。同姓同名とは考えにくいから、弁護士の伊藤博と同一人物だろう。桐ヶ谷寺を中心した黒田兄弟と出口充彦・伊藤博・陸上自衛隊幹部学校・戦略セミナー全てと、東照寺の単頭職 野村修身(原子力の専門家)これらを繋げ、皇室一家と関係を結ぶと、今回に中国 四川省の偽装地震(核爆発)と成るわけだ。実行部隊は「防衛省 幹部自衛官」だ。
和賀康躬の書籍を刊行している「真風会」とは、原田祖岳の弟子「井上義衍」が主催していた会である。その「井上義衍老師」の弟子が、美智子皇后の書道の先生であった事を知らない人の為に再度書いておきます。以下が詳細である。
>井上義衍老師:昭和26年(58才) 原田雪溪(小浜市発心寺)、末永玄鳳(小>笠郡慶用寺)掛塔す。同年東京禅会(真風会)を開く。粂川薫(前六大都市郵便>局長)、菊田熊太郎、同夫人穂末、篠塚俊子、中島浩(東京都立病院副院長)、>同夫人等諸氏により。その後東京杉並に薫風禅会開かる。藤岡保子(皇后美智>子妃殿下のお手習いの先生)大姉により。その縁により、正法眼蔵全巻を写経>し寄贈される。又、茗風会、小岩禅会、所沢正法禅会等、
>次々に開かれ、昭和55年まで続く。
原田祖岳の子供<明仁・美智子の兄妹>が、原田祖岳の弟子たちから、佛教や書道の指導を受けている訳だね。誰からも教えられなくても、原田祖岳の思想は、<明仁・美智子の兄妹>が受け継いでいます。だから、米国で9・11テロを行い。四川省で「水爆」を地表近くで起爆させた訳だ。
2008年 5月 23日  榎本東州 記

禅 7

<禅と戦争―禅仏教は戦争に協力したか:ブラィアン・アンドルー・ヴィクトリア著、エィミー・ルィーズ・ツジモト訳、光文社刊>12ページから。
ちょうどこの頃、当時花園大学学僧・臨済宗の市川白玄の著書に出会いそこに日本の軍国主義の力強い支持者から批判する側へと転換していった彼の苦悩を知って以来、私は・・・中略・・・この穴倉での禅の無我とは、天皇の意志、勅令に問答無用、絶対服従という強い意味を含むとされ、ここでの宗教の目的とは、国家を保護するのみならず、領土拡大を妨げようとするいかなるものや他の国々をも処罰することにあった。・・・・また、欧米での禅宗布教に多大な影響を及ぼした原田祖岳にいたっては、フィリップ・カブロ(米国での代表的な禅僧)やロサンゼルス禅センターの故前角博雄、そして他の宗教者から、絶賛されているようだが、祖岳の論文には、「進め、トツトツトツ、撃て、パチパチ。是は之れ、無上菩提の露堂々。戦禅一体と云うも、聖戦を去ること百千万里、喝、稽首礼無上尊」と記している。市川白玄は、このような文章を戦時中あるいは戦前に何度もくり返し禅の指導的立場にある者たちが述べていたことを暴露した。・・・・以下続く。

この本の序文を「一橋大学名誉教授 安丸良夫」が書いている訳だが、日本人でも外国でも「大学教授」というのは、名誉職だから現実に進行している問題と、書物の世界を切り離して話題にする。2001年9月11日の米国同時多発テロや中国 四川省の地震偽装(核爆発)テロで、無差別大量殺戮されても関係ない様だ。太平洋戦争(大東亜戦争)と、今現在進行しているテロ計画(戦争準備)が、日本政府の変らない戦争思想である事を思考できない訳だから。
書籍が欲しい人は、ご自分のお金でお買い下さい。配布しても日本政府が没収してしまうから、戦前と同じ様に。
<禅と戦争―禅仏教は戦争に協力したか:ブラィアン・アンドルー・ヴィクトリア著、エィミー・ルィーズ・ツジモト訳、光文社刊>は非常に労作ではあるが、伴 鉄牛老古佛の様に長年「原田祖岳」について、その一挙手一投足を見てきていないのが残念ではあるが、しかし、逆に「原田祖岳」という闇に取り込まれたら、飲み込まれてしまっただろう。それは、現代の原田祖岳である「出口充彦(鉄城)」とそれに飲み込まれてしまった、日本人の宗教観や善悪観の希薄さから見ても分かる。それは「孤島の鬼一族」皇室・皇族・美智子皇后たちの存在に原因が存在する。それは先の一行<天皇の意志、勅令に問答無用、絶対服従という強い意味を含むとされ>が的確に云っている。諸外国が戦争を希望しないならば、この問題(皇室制度)にもっと厳しく対処すべきである。
2008年 5月 23日  榎本東州 記

スペイン政府はテロ支援国家
徳仁・雅子皇太子夫婦の「スペイン訪問が決定」本当なのだろう。スペイン王室には、訪問を拒否できない理由がある。それは、小和田雅子とスペイン皇太子(当時)のイギリス・欧州での王様ゲーム(セックス関係)が原因だ。それなら、スペイン皇太子は「B型肝炎」を発症している筈である。原因は勿論「雅子妃とのセックス」である。
2008年 5月 23日  榎本東州 記

禅 8

現代でも「大逆事件(1910年 – 幸徳事件)」と同じ事件が起こっている。罪名が「詐欺罪(後に横領に変更された)」で、逮捕後は171日間の接見禁止(家族の面会や差し入れも許されず)という長期間に亘って拘束された事件である。本人が「書籍を通じて親告」しなかった誰にも注目されなかった訳だ。それは、2006年2月1日「島村英紀(前国立極地研究所長)逮捕」である。島村英紀著の「講談社文庫『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』」に事情が記載されているし、ネットでも公開されている。その検察側の「起訴理由」と、本人の説明には当然違いがある。其処で、次に一部それを掲載する。
<  HYPERLINK “http://3.csx.jp/shima/saibanntuushin01.htm” http://3.csx.jp/shima/saibanntuushin01.htm 3事件の発端>から転載。
私たちの友人・島村英紀が06年2月1日、札幌地検に逮捕されて、すでに120日が過ぎました。同じく否認を続けたホリエモンでさえも94日で保釈されたのですが、島村はいまだに保釈も接見も許可されず、拘留が続いています。
しかも第1回公判は、4月24日に決まっていたのですが、検事が異動、さらに担当判事も異動となって、5月26日に延期されました。
ここで島村英紀がなんのために逮捕・起訴されたのか、振り返ってみます。
発端は05年4月、北海道大学が、北大教授(地震火山研究観測センター長)から極地研所長へ転身した島村英紀を「横領」で告訴したことでした。北大によれば、これは島村の統括する地震火山研究観測センター・海底地震部門の助手による内部告発で告訴したとしています。
この告発の概要は、
1、北海道大学所有の物品である海底地震計を売り渡し、代金を受け取った事
2、1987年から共同研究を継続しているノルウェー・ベルゲン大学から島村に対し多額の資金提供があるが、国庫納付せず私的経理をしていることなどです。
(北海道大学「海底地震計売却等の不祥事について調査結果報告書」05/3/18より一部要約)

この北大報告書に対し、島村英紀は即座に反論を出しました。
1、島村が東大から北大へ転勤する以前から、また北大転勤後も東大など他大学の研究者と共同研究してきた実態(北大所属の島村というよりは日本の各大学の海底地震観測グループの取りまとめ役としての島村)からすれば、外国から受け取って外国との共同研究に使ってきた研究費について、北大当局が、その経緯についてとやかく言える根拠はなにか。
2、ベルゲン大学が切望した海底地震計の「形式的な所有」(実態は海底地震計の主要部分は日本に置いてあることを北大当局も確認したし、ノルウェーでの共同観測のたびに、最良のものに入れ替えて来ている。
2002年にノルウェーから最後に持って帰ったすべての海底地震計は、その後北海道近海で、ノルウェー側の所有権の確認請求も許諾もなしに北大独自の海底地震観測として何度も使われている)が行われている、
いわば、この「実態のない」海底地震計を北大の費用で購入したものとして「正確に同定」出来、かつ北大に損害を与えた という「明確な」証拠を示せるのか。
3、上記に関して、北大の理学部事務担当者に委任経理金として受け入れの相談を複数回したにもかかわらず、受け入れ不可能という返事をしたことについての北大当局の責任をどう考えるのか。(一部要約 05/3/28)

この「島村英紀」先生を支援すべく多くの学徒?が活動している訳だが、島村英紀(東京大学理学部物理学科・地球物理コース卒)を支援しているグループは、同じ大学卒の植草一秀(東京大学経済学部経済学科卒)学士を猥褻の現行犯だと馬鹿にして、自分達の支援している「島村英紀」先生とは違うという認識が面白いね!両者は共闘を組まないから「冤罪」の真相追究が出来ない訳だ。
アイツは現行犯の「猥褻罪」で、俺たちは通常逮捕「詐欺罪」だ。しかし、「詐欺罪」は冤罪だ。両者ともお互いに、罵詈雑言していたら良いよ。だから「東大卒」は知能が小学校の落第生ばかりなんだ。「植草一秀」の現行犯逮捕そのものに“疑問がない”訳だ。それなら「島村英紀」の経理不明朗こそ、問題だと世間は思いますよ。あまり「植草一秀」を庇う様な事を書くと、司法当局(検察・警察・裁判所)が厳罰をもって当たるし、最悪は司法の手で「殺される」。マァー「島村英紀」なら北海道大学関係だからどちらでもいいか?でもそうはいかないでしょ。「島村英紀」の支援サイト、次の応援文がある<ガリレオ・ガリレイをまつまでもなく、真理は必ず勝ちます>それは無い。「真理は勝たない」それが“日本の制度(大儀:世界を支配すのは、日本の皇室であり、それ以外はないという思想)”だからである。「島村英紀も植草一秀」も国の目的は「辱めて、世論を動かして、世の中から抹殺する」事が目的である。従って両者とも司法から狙われた訳だから“反論や接見禁止”は当然の処置だったので有る。その“恥辱して世間から抹殺”しなければいけなかった原因は「天皇家の皇位継承権争い」にある。今日只今では、マスコミから消えた人物は多いが、その代表格は「竹中平蔵( 金融担当大臣・経済財政政策担当大臣・参議院議員当選 ・経済財政政策と郵政民営化担当大臣・総務大臣・郵政民営化担当大臣)」だ。
ここで、過去から現在の履歴をサイトから転載すれば、次の如くである。
竹中平蔵:和歌山県和歌山市。昭和26年3月3日生(57歳)
慶応義塾大学教授 グローバルセキュリティ研究所所長
実兄の竹中宣雄はミサワホーム社長
1973年 一橋大学経済学部卒業
〃 日本開発銀行入行
1977年 同設備投資研究所
1981年 ハーバード大学、ペンシルバニア大学 客員研究員
1982年 大蔵省財政金融研究室 主任研究官(~87年6月)
1987年 大阪大学経済学部 助教授(~89年1月)
1989年 ハーバード大学 客員准教授
〃 国際経済研究所(Institute of International Economics)客員フェロー
1990年 慶應義塾大学総合政策学部 助教授
1996年 同 教授
1998年 「経済戦略会議」(小渕首相諮問会議)メンバー
2000年 「IT戦略会議」(森首相諮問機関)メンバー
2001年 「IT戦略本部」メンバー
〃 経済財政政策担当大臣
2002年 金融担当大臣・経済財政政策担当大臣
2004年 参議院議員当選
〃 経済財政政策・郵政民営化担当大臣
2005年 総務大臣・郵政民営化担当大臣
2006年 慶應義塾大学教授 グローバルセキュリティ研究所所長(現職)
〃 社団法人日本経済研究センター特別顧問(現職)
〃 アカデミーヒルズ理事長(現職)
2007年 株式会社パソナ 特別顧問・アドバイザリーボード(現職)
(経済学博士)慶応義塾大学教授 グローバルセキュリティ研究所所長
以上である。さて此処で何も問題はないか?と云えばそうではない。マスコミは知っていて黙認している訳だね。企業を叩く時は企業主体が“倒産(死ぬまで)”するまで、バッシングする。東大卒の「江副浩正」が造った“リクルート”は存在しているがね。問題は、竹中平蔵が「特別顧問」をしている企業「株式会社パソナ」なる会社が、如何なる業務をしている会社なのか?株式会社パソナとは「代表取締役グループ代表兼社長は、兵庫県神戸市出身、南部 靖之(昭和27年1月5日生、56歳。岩手の南部姓だとう思うのだが?)」が経営する“人材派遣会社”である。そう少し前では、人材派遣と云えば『グッドウィル・グループ株式会社(代表取締役社長 中元 一彰、東京都港区六本木6-10-1六本木ヒルズ 森タワー 35F):2008年1月11日東京労働局から「労働者派遣事業停止命令」』であったが、現在では事業の一部は縮小している訳だ。ならば、現在の人材派遣の最大かつ最強の大手は「株式会社パソナ(東京都千代田区丸の内一丁目5番1号 新丸の内ビルディング )」である。そんな事はないと「厚生労働省の官僚と大臣」はヒステリックに叫びだす筈だ。何故なら「株式会社パソナ」の顧問は、元経済財政政策・郵政民営化担当大臣・総務大臣で財務省も日銀も支配下に置いていた「竹中平蔵」だけではないからだ。以下に記載すれば。
アドバイザリーボード (顧問委員会或いは、監査役会の意味)
1、財団法人地方自治研究機構 会長 石原 信雄
2、財団法人機械システム振興協会 会長 児玉 幸治
3、財団法人全国勤労者福祉・共済振興協会 理事長 鷲尾 悦也
4、当社社外取締役 相原 宏徳 (TTI・エルビュー株式会社 取締役会長)
5、当社特別顧問 竹中 平蔵
以上3財団法人と1民間企業と1個人の5人がトップだと云う、名前だけ貸しているのだろうか?しかし、財団法人地方自治研究機構 会長 石原 信雄は(日本の官僚。元内閣官房副長官(在任1987年 – 1995年)勲一等」2007年現在でも「財団法人地方自治研究機構会長。国家安全保障に関する官邸機能強化会議委員(座長)。災害救援ボランティア推進委員会長。」というご立派な肩書きである。3番目の民間企業「TTI・エルビュー株式会社(東京都品川区東品川4-8-8 新幹ビル)」とは、次の業務をしている企業である。<業務―医薬品の経皮投与技術開発をはじめとして、その技術を化粧品にも応用しています。また財団法人生産開発科学研究所より、美容・化粧品の研究開発に関する技術的知見の提供を受けております。>これでいけば、やはり「財団法人 生産開発科学研究所」である。こんなに「財団法人」をアドバイザリーボードに抱える会社とは、民間企業なのだろうか?と疑問を感じる。むしろ「財団法人」が、民間企業「株式会社パソナ」を表看板にして、経営実態は「財団法人即ち、官営企業」としか考えられない訳だ。これが、元総理の“小泉純一郎と森喜朗”が推進した「行政改革」である。民間企業を倒産させて、国が「人材派遣会社」を経営して、其処で働く若年労働者から、経費の名目で「厚生年金・所得税・市民税等々」と思いのままにコントロールする訳だね。ネットカフェ難民を新聞面では否定して、裏ではネットカフェ難民所か、公園生活を奨励している。東京都知事 石原慎太郎の父親が「樺太」で出稼ぎ労働者を奴隷として利用した手口が、綺麗にできたコンクリートジャングルで、綺麗にできしかも絶対に拒絶できない「労働法や衛生法と刑法罰」で“がんじがらめ”された国民は右にも左にも進めずに、乃木大将(禅家 中原鄧州の愛弟子)の「旅順特攻」の様に、国民総員自決の「企業戦士」宜しく、闇の世界(絶滅)に向けて行進している訳だね。そうなる様に、日本政府は「テレビや新聞・ネットでマスコミ」で情報操作している訳だね。何も考えさせない。疑問には答えないし、疑問は必要ないと叫んでいる。“石原 信雄”こいつは特筆大書に値する「官僚政治家」だね。やりたい放題じゃないか。誰が“石原信雄”に票を入れたんだ。日本国民を奴隷にした張本人ではないか。“石原信雄”は天皇・皇族の為に働く政治家で、国民を毎日「大量無差別殺戮」しているではないか。犯人はここにも一人居た訳だ。これなら「竹中平蔵」は無尽蔵の“金の鉱脈=国民奴隷制(生かさず殺さず)”を手にいれた訳だ。だから、この“無尽鉱脈制度(国民奴隷制度)”実現の為に、経済学者「植草一秀」を如何しても、日本から社会的に抹殺する必要があった訳ですね。猥褻事件を捏造して、社会から消しさる必要が有った。「島村英紀」弁護の友人や学生でも、「島村英紀」は検察・警察の事件捏造だ、検察・警察の捜査が杜撰だと言うが。「植草一秀」は有罪だと叫ぶ馬鹿しかいない。検察・警察が事件を捏造する理由を考え無い訳だ。だから東大法学部卒は、小学校の落第生しかいない。それが、日本に「司法制度」を牛耳っているのだから怖い。
それでは、地球科学者「島村英紀」を“詐欺罪”で社会から抹殺する理由は何だったのか?それは、逮捕された時期と人間関係をみれば分かる。逮捕は2006年2月1日、東京地検の建物内、普通逮捕、詐欺罪」である。2005年~2006年の出来事で、最も重大な事件とは何か?2005年は全国各地で地震が頻発した。しかし、それよりも大きな出来事は、2006年9月6日(実際は是よりか7日早い)に、皇室の秋篠宮文仁親王の第三子「悠仁(ひさひと)」が誕生したことである。懐妊から出産までが丁度“2005年~2006年”である。ここ北海道大学には『兄:川嶋辰彦(弟:川嶋行彦とは東京学芸大学付属大泉小学校卒業(15回菊組、1954年3月で同窓生)』が教鞭を取っていた関係もあり「島村英紀と川島家」とは親交が厚かった。そう「川島辰彦とは、秋篠宮紀子の父である」。
徳仁皇太子は犯罪の数が多すぎて、子宝が無い。それでは「愛子内親王」は誰の子供か?と言えば雅子妃の下の“双子の姉妹”の内の子供を養子にしただけであるし、祖父は現首相 福田康夫という複雑な関係である。そんな「愛子内親王」の女帝を東宮(徳仁皇太子家を指す)が推進しているのに、皇室典範では「男子しか認めていない」訳だから、秋篠宮家に「男子」が誕生されては、徳仁皇太子派が窮地に立つ。そこで、秋篠宮紀子の「男子懐妊」を流産に持ち込む為に色々と画策したが、美智子皇后が秋篠宮に「男子懐妊」を則した関係も有って、出産まで守り通した訳ではある。しかし、徳仁皇太子一派は諦めては居なかった訳だ。そこで、秋篠宮紀子の父「川嶋辰彦」を社会から抹殺すべきでは有ったが、それをしたらあからさま過ぎる。そこで、世界的に活躍していて、外国に友人・知人が多くて、影響力の大きかった「島村英紀」を、詐欺罪で北海大学が、地検に起訴する形でノルウェーの大学を巻き込んで「逮捕・勾留」し、その間に“社会的信用を抹殺”したわけで有る。目的は「川嶋辰彦から、紀子に出産をしない様に働きかけるべく、島村英紀を代理逮捕した訳である」つまり、秋篠宮家が男子を出産すれば、「川嶋辰彦」も「島村英紀」と同じ運命と辿りますよ。と言う脅しである。だから、頻繁に「明仁・美智子夫婦」は北海道に足を運んでいた訳である。是が現代の「大逆事件」である。死刑にされていないから、そうは誰も思わないだけであって、「皇室の皇位継承問題」が事件の原因と言う点においては、なんら大逆事件当時と変っていない。それは「天皇制」が存在する限り変らないし、天皇に付く者が悪い云う事でもある。そして、池田大作に付く者が悪いし、出口充彦(鉄城)に付く者が悪いとも云う。お陰で市民社会でも犠牲者が後を絶たない、と言う現実が噴飯している。
南部靖之が興したと云う先の「株式会社パソナ」は、本当に南部靖之が創業したのだろうか?南部靖之(昭和27年1月5日生 56歳)・竹中平蔵(昭和26年3月3日生 57歳)・出口充彦(鉄城、昭和26年12月11日生 57歳)
出口充彦が運営する“サイト「仏滅上等」”の中で最近「劇画:ゴルゴ13」を頻繁に取り上げているし、これらの世代を自ら「サブカルチャ(subculture)」
世代だと言い出した。「劇画:ゴルゴ13」と云えば、元外務大臣 麻生太郎の愛読書だと言う訳だ。「ゴルゴ13」は世界の要人を暗殺して歩くテロリスト日本人が主人公である。今回の中国 四川省の「地震を偽装した核爆発」犯罪は、日本の「内閣情報調査室」が主導でしたテロ行為だから、犯人は複数という事になる。しかし、発案者は一人である。それならば、その確信犯一人の名前は「麻生太郎」だ。<出口充彦―雅子妃―麻生太郎―石原信雄―南部靖之―石原慎太郎―葉山に居住する資産家達>等々の関係が、犯罪組織ネットワークだね。そう「株式会社パソナ」の実質的な経営権を支配しているのは“黒骨白骨夫婦の出口充彦と雅子妃”と云う事になる。今や1951年(昭和26年)世代が皇室の玉座に就いた訳である。「睦仁天皇(明治天皇)」が、西郷隆盛に殺害されて「岩手県の福蔵寺」に秘密裏に埋葬された様に、徳仁皇太子も同じ運命を辿る事は間違いなくなった。出口充彦・雅子妃にとっては、明仁・美智子夫婦は邪魔な存在でしかない。出口充彦を皇室御用係りとして重用したのは、明仁・美智子夫婦だったのだから、自分で災いの種を招待したのだから、自分を恨むしかない。そうでしょ、原田祖岳の子供たち、紳士淑女諸君!だから、出口充彦はL&G(紳士淑女)という名前で、詐欺会社を造った訳だ。此処で、オウム真理教の本当の教祖は出口充彦(鉄城)と雅子妃である事は述べた。しかし、巨大化したオウム真理教集団は、宗教を表看板にした営利優先の民間企業体であるし、詐欺集団でもある。そこで、何時もの事だが、埼玉県知事 上田清司は何に如何関わったのかである。日本政府が行ったテロ行為“中国四川省の「地震を偽装した核爆発」”を考えた場合、それは、2006年4月に<埼玉県知事 上田清司と日中友好埼玉県議会議員連盟(野本陽一会長)、埼玉県日本中国友好協会(渦尾延之助会長)が中国山西省を訪問した。>この時点から、四川省「地震偽装テロ計画」は在った。これが、黒骨出口充彦(鉄城)と白骨雅子妃と上田清司のテロ計画旅行である。
2008年 5月 27日  榎本東州 記

禅 9

詐欺罪を“検察に拠って捏造”され逮捕された地球科学者「島村英紀」でも、今回の中国 四川省の「核爆弾を地上付近のトンネル内で起爆」させた日本政府のテロ活動を【地震】だと云うのだから、島村英紀先生も研究不足だ。当然社会勉強が勉強不足と云う意味です。専門馬鹿では無いと思うのだが?
さて、日本政府の謀略活動は戦前・戦中の陸軍登戸研究所の延長線上に有る事が分かる。何処までも「テロ活動と恐喝外交」に終焉はない様だ。徳仁・雅子夫婦のスペイン観光旅行(逃げ道を求めての行動では有るが。)は「オランダの皇太子」が仲介の労を取ってくれ、先日来日する前に、スペイン皇室を遊びながら、交渉してきた訳だから、やはり此処でも「小和田雅子の若い時の、セックスフレンド外交」が効を奏した訳だ。
何度も書きますが<2003年3月26日(月)、天皇・皇后両陛下とスウェーデンのカール・16世・グスタフ国王とシルヴィア王妃が、訪日され。28日(水)に西武新宿駅からの特別列車で川越市を訪問した>この前日、3月25日9時42分 石川県能登半島地震が発生したが、被害は死者1名と報道まで、捻じ曲げられ全国ネットで流された。「島村英紀」の支援会の記述でも“NHK報道の偏向した報道姿勢が論じられていた”様に、この能登地震ではその偏向報道姿勢が遺憾なく発揮された訳である。スウェーデンのカール・16世・グスタフ国王がこの時、云った言葉が「地震を知っていたら、来なかったのに」と云うものであった。これは普通の人間の姿を感じる。何故なら「他人の家が、地震で大騒ぎの時に来ては、震災対策が出来なくなると言う、ごく普通の配慮が感じられる」からである。是に対して、明仁天皇は「科学の進んだ現在でも、地震の予知は難しい」と答えた訳だ。明仁・美智子夫婦は詭弁だ。世界有数の地震専門研究者(海底地震の研究)である“地球科学者「島村英紀」”と言う唯一地震予知は可能と言う学説を信じ研究していた者を逮捕しておいて、【地震予知は不可能】だと、よく“カール・16世・グスタフ国王”に説明できたもんだね。これが「悪党人生を自称」する人間の標本である。悪餓鬼明仁・美智子夫婦と付き合ってはいけない。何故、世界の王室・大統領は考えないのだろうか?オーストラリアでは、軍隊がカンガルー(分からない)の大量駆除に出動する訳だが、何時までも「わからない・わからない」を連呼していたら、誰でも怒るわけだね。カンガルー(分からない)は日本の話だ。そこで<中国 四川省の「核爆弾を地上付近のトンネル内で起爆」>となった訳だ。余震は中国軍が雨溜まりの池をダイナマイトで爆破している事が原因だ。日本の報道機関の「嘘八百報道姿勢」を考えれば解る。だから、中国政府は日本政府からの援助を全て拒否している訳だ。
先のスウェーデン国王来日後の2007年05月21日午前には、明仁・美智子夫婦は、スウェーデン、イギリスとバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)へ公式訪問した訳だが、その成果がさっぱりと報道されないから、成果は未知数だが、人間関係の未知数は外交の失敗を意味する。スウェーデン・ノルウェー等の近隣諸国では地球科学者「島村英紀」の方が有名だし、影響力もあったのに!なにをしているのか?それから「島村英紀」が逮捕前に勤務していた“国立極地研究所(〒173-8515 東京都板橋区加賀1丁目9番10号)”の在る所在地は「旧陸軍東京第二造兵廠跡」である。そう云えば、もう是が何を意味するかが解る筈である。戦中には板橋区や飯能市に、多数のカメラ工場が散在していたわけである。それは「日本製原爆製造と成功」に大きく貢献した場所で有る事を意味している。それから、その隣接地には「日本窒素肥料株式会社社長 野口遵の野口研究所」へと続く訳だ。勿論「旧陸軍東京第二造兵廠」では当時毒ガス研究も行われていた訳だから、ケミカル産業の日本窒素も関係してくるし、禅2で述べた「石原産業のホスゲン製造」とも繋がる訳だ。こうなったら都知事 石原慎太郎か大阪府知事 橋下徹の住まいの近くに、ホスゲン工場(ケミカル産業地帯)を移転してもらうしかない。大都市のど真中で、細菌や遺伝子工学(生物兵器)を研究するのが、日本政府である。国民は関係ない訳であるし、世界も関係ない訳だ。それでいて「人類皆兄妹」だと。人類が皆 兄妹と言う事は、明仁天皇と美智子皇后の様に、二人共「原田祖岳の子供」だった様に、一人の人間から人類があると言うばかげた発想でしかない。戦争と言う「大量無差別殺戮」の原因は原田祖岳や西郷隆盛・ヒットラーの様に「無差別セックス」したことが原因である。そこを履き違えたのが、笹川良一一族「日本財団」である。平たく云えば「日本政府=皇室」である。だから、中国 四川省の「核爆弾を地上付近のトンネル内で起爆」できる訳である。因みに国立極地研究所以外の国立研究所は次の物がある。しかし、「財団法人」系の研究機関も限りなく如何わしい事を忘れてはいけない訳である。
情報・システム研究機構:〒105-0001 東京都港区虎ノ門4丁目3番13号神
(新領域融合研究センター)     町セントラルプレイス2階
神谷町セントラルプレイス
知的財産本部 (代表機関):〒101-8430 東京都千代田区一ツ橋 2-1-2 学術総合センター19階
ライフサイエンス統合データベースセンター:〒113-0032 東京都文京区弥生2-11-16
東京大学工学部12号館5階
統計数理研究所:〒106-8569 東京都港区南麻布4-6-7
国立情報学研究所:〒101-8430 東京都千代田区一ツ橋2-1-2
国立遺伝学研究所:〒411-8540 静岡県三島市谷田1111
以上を見て判る事は、産業界と大学の研究機関が互いに深い関係を結んでいる点である。是は1945年戦後に、戦中の反省から、大学の研究課題が兵器製造・兵器開発に大きく貢献した事から、産業界と大学研究が距離を大きくとり、政府指導での兵器製造に抵抗できる様にした時代を忘れて、平和・平和とお題目を唱えながら徴兵されたら良いさ。戦争の為に兵器製造を簡単にできる社会機構に変化させられている事に国民は疑問がない訳だ。それは、東京帝国大学兵器科主導の統制された兵器産業再編と云う体制に、いつでも以降できる機構が完全に出来上がっている。日本人は忘れっぽいから、誰も戦争時代に大学教授が戦争協力した時代を忘却している。学問が「研究という名の下」に機構そのものが「統制社会(戦中の統制法時代)」に入ってしまっている。これでは“天皇の為の調査研究機関である”戦中の満洲鉄道調査部の再編である。ただ、表看板を【平和研究所会運営「国立遺伝学研究所 静岡県三島市谷田1111」】
何故ここを持って来たのかと云えば、静岡縣三島には森永製菓(森永食糧工業)の工場が在り、同じ静岡縣 大場で日本製原子爆弾製造の為にウラン濃縮精製をしていた訳だから、日本政府関係者は柳の下の鰌二匹を考えて、国立遺伝学研究所を静岡県三島市に持ってきただけである。その魂胆は見得見得である。政府を信じてはいけない。世界覇権を求めて、世界に戦争を売るのが日本政府(=皇室)である事を忘れてはいけない。産学協同研究体は就職活動の利便ではなく「戦争」準備の研究機関である。就職なら、先の人材派遣会社「株式会社パソナ」があるでしょ。日本には議論を嫌う習慣は無かったが、戦中の習慣を守っている。何!戦中ではなくて、江戸時代からだと云うのか?知っているなら悪い習慣は直せばいいだろう。知っていて何もしないのか?馬鹿野郎が。

只今入った情報では「雅子妃」だけスペイン旅行は中止になった様だが?
それなら、出口真希子と徳仁皇太子の二人で行けばいいさ。何故かと云えば、出口真希子は日本でも有名なフラメンコギターの弟子で、スペインの楽団とは知り合いだから、徳仁皇太子とはお似合いだ。出口充彦も同行すれば満点だ。
中国には徳仁・雅子夫婦で行く様だ。正確には「出口充彦(弓削道鏡)・雅子妃(孝謙天皇)」は中国北京オリンピックに行く訳だ。
<5月28日15時1分配信 毎日新聞>から。
皇太子ご夫妻は28日、東京都内のホテルで来日中のオランダのウィレム・アレキサンダー皇太子と昼食を取った。ホテルでは「国連水と衛生に関する諮問委員会第10回会合」が開かれており、皇太子さまは名誉総裁として、アレキサンダー皇太子は議長として出席している。
オランダ アレキサンダー皇太子が「徳仁皇太子 スペイン訪問の調整役」を勝って出ている様だが、オランダ政府もテロ支援国家と云う訳だ。なら英米国の怒りを買う事になる訳だね。
2008年 5月 28日  榎本東州 記

禅 10

【イギリス】核戦争の最大の懸念は放射能ではなく紅茶不足、50年代の英公文書[05/05] もし核戦争が起きたら政府は何について最も憂慮するべきか――
答え、紅茶不足。
こんな内容の英政府の公文書が4日、公開された。
英国立公文書館(National Archives)で保管され、このたび機密指定解除された1954-56年の英有事対策会議の議事録には、英国が原子爆弾や水素爆弾の攻撃を受けた場合の懸念について、放射能汚染ではなく、英国人の主飲料である紅茶が不足する「非常に深刻な事態」に陥ると記されていた。
議事録によると、核攻撃で「英国内の紅茶用茶葉の75%が損失し、茶葉の輸入も大幅な遅れが予測される」うえ、「配給制度も確立されていないため、1人当たり週28グラムの茶葉の配給すら困難と思われる」。その上で、「こうした紅茶不足に対する有効な解決策は、現在のところまだない」と結んでいる。
また、1955年の議事録では「核融合爆弾の開発によって、われわれが講じるべき食料防衛対策はより先進的かつ困難なものとなった」と警告。核戦争の有事対策として、食料備蓄の確保とともに、パン、牛乳、肉類、油脂類、そして紅茶と砂糖の安定供給を挙げている。
ソース AFP BB News 2008年05月05日 16:58

上記の「記事」は何を意味するか?と言えば、フランスの「ルモンド紙」と同じで、日本政府の謀略機関が実地した<中国 四川省の「核爆弾を地上付近のトンネル内で起爆」問題>についてである。イギリス政府は4月には今回の中国の偽装地震について「情報分析と検討課題について、協議にはいった」と云う報道である。中国で核兵器を利用して、地震を偽装した主犯格である「明仁天皇と出口充彦」が世界覇権して何が悪いのか?世界覇権をする手段が「戦争」でそれが何故悪いのか?という思想だからである。そして、「明仁天皇(原田祖岳)と出口充彦(寺崎秀成)」は、優秀な教育者である。その教育は欲ボケとしての「世界覇権=戦争」の教育を国民にしてきた訳だから、日本では強欲な者を名門と呼ぶ。名門・名前がある・名士の我が儘即ち「戦争」を誰も止められない訳だ。宗教界が権力者からの位階勲等を求めて、手先として働く事しか能がない。それは、戦前も戦中も現在も変らない訳だ。核兵器にしがみつく者を厳しく処罰するしかない。それと、人類史上初の広島・長崎に原爆を使用した者には極刑しかない。勿論、米国2001年9月11日同時多発テロ指導国家元首 明仁・美智子・徳仁・雅子・出口充彦・出口由美子に対して、法務大臣が何も云えない訳だ。鳩山邦夫では、ぬいぐるみ大臣だから無理ですがね。街の噂では男なのに股間に大事なしるしが無いらしい。右と左の風向きしか見ていない。それなら「両性具有」なのだろう。
2008年 5月 28日  榎本東州 記

禅 11

「大逆事件」で、内山愚堂は、天皇暗殺を計画したとして死刑に成った訳だが、当時の事情を書いた「皇室関係の女性の日記」には、注意して読むと明治天皇は「睦仁ではなく西郷隆盛」だと云う証言がある。徳川幕府政治から明治政府に成り、庶民の生活は困窮を極めているのに、明治政府の官僚と薩摩長州は、全員で海外旅行にでてしまう。国内では明治天皇こと、西郷隆盛の宴会政治しかない。これで暴動がおきない方が不思議だ。それを<徳富蘇峰・司馬遼太郎・竹越与三郎等>は英雄物語に仕立て上げて、【明治政府の正当性】を宣伝し、それを米国の学者「ドナルド・キーン等」の皇室御用学者が、日本の歴史に精通しているとして、世界に「明治政府の正当性・日露戦争の勝利・日露戦争の外交失敗・満洲建国の正当性・満洲帝國完成・広島 長崎での米国の原爆使用」という虚飾の歴史を、今日まで垂れ流している訳である。日本の学者の中にも真摯に研究している人も居るが、研究費は国費だから、やはり「明治政府の正当性論」には異論はできない。しかし、交通・通信手段の発達した現代では、外国から真摯な研究者が来ている。それは、先に紹介した「ブラィアン・アンドルー・ヴィクトリア氏のZEN AT WAR(禅と戦争)」に、徳川幕府倒壊から明治政府成立時期に渡る。明治政府の「宗教政策」が描かれている。特に廃仏毀釈思想と佛教思想とキリスト教思想開放と云った「明治政府の宗教思想政策」について、一部言及している点である。明治期に岩倉使節団の一員となり“外国の制度や宗教事情”を見聞した浄土真宗本願寺派の「島地黙雷{周防国(山口県)和田で専照寺の四男として生まれる。西本願寺の参政。岩手県盛岡市の北山願教寺第25世住職}」について記載している。・大正・昭和・平成に至る。
島地黙雷の宗教改革の要点は次の3点だと書かれている。
1、「大教院」の廃止。2、政教の分離。3、三条教則の廃止。
これ以外にも「坊官制の廃止・門末からの人材登用」ある。しかし、【島地黙雷】の最大の罪状は「明治政府に対して強行推進する様に、建白したのは“死者の火葬制度”」である。これは、本来の“佛教思想”を否定している。だから「佛教は土葬制度」である。ならば“火葬制度”は何処から来ているかと云えば、それはインドの“拝火教”の思想である。つまり、島地黙雷は佛教思想否定論者なのに、何故か明治政府の廃物毀釈に抵抗した様な記述があるのか?それは、島地黙雷が長州軍だからである。長州軍の明治政府を後押しする事はあっても対立する訳がない。そして、岩手県盛岡市の北山願教寺第25世住職に就いたのは、西郷隆盛が睦仁天皇(明治天皇)を虐殺した事に関係しているわけで有る。先にも書いたが「岩手県花巻市 曹洞宗寺院 円城寺の末寺、二戸郡浄法寺町の福蔵寺」に埋葬されているのが“睦仁天皇(明治天皇)の御首”である。
だから、島地黙雷は坊官制(門跡寺院の警護僧)の廃止を推進した訳である。それは、旧来の「皇族、天皇に即位できなかった子供達の寺(門跡寺)」の血筋の全廃に成功した訳である。そして、西郷隆盛(明治天皇)→吉田松陰(大正天皇)→原田祖岳(平成天皇)と続き、次は浜尾実(徳仁皇太子)・細川護熙(秋篠宮悠仁親王)→福田康夫(愛子内親王)と来る予定だったが、明仁天皇(平成)から先は、「日本国の黒衣の宰相、出口充彦(鉄城、現代の弓削道鏡)と愛人 雅子妃(現代の孝謙天皇)」の治世である。核兵器外交の本格的な始まりである。中国の核兵器は、日本の指導指示がなければ、中国政府は指一本触れられないのだから。それが、四川省の核爆発偽装地震である。世界的な地震学者“元国立極地研究所所長 島村英紀”の研究では、マグニチュード8クラスの地震は大多数が、「海底地震」である。という研究からきている。
ならば今回に中国 四川省の地震は「海底地震」か、と云うと内陸・山岳地帯で、しかもチベットに近い。そして、地震の第一報は「アメリカ地質研究所(地下核実験発表機関)」である。どれ一つとっても「地震」ではない。ヒマラヤの地下の断層が動いたとでも云うのだろうか?日本製水爆の地上起爆に間違いない。これが「日本の佛教」の帰結である。日本は戦争体制を継続していると感じる人は「ブラィアン・アンドルー・ヴィクトリア氏のZEN AT WAR(禅と戦争)を熟読すべきである。次に、島地黙雷の非嫡出子が「花巻市の文学者 宮沢賢治」である。この点を見ても島地黙雷が花巻に居た事が分かる。そして、「円城寺(和賀氏)」との繋がり、更に、「禅1」で書いた。美智子妃と新渡戸稲造家との関係を理解できた筈である。そこで次に「天皇家から、民間に嫁いだ黒田清子」との関係が出て来る。それは、新渡戸稲造の非嫡出子であったが、戸籍上「養子」にはいった“加藤武子”が出て来る。加藤武子の旧姓は「黒田」である。 つまり、「黒田清子」の夫「黒田 慶樹(父は慶次郎)」と血縁関係となる訳である。皇室が世間に出した情報は虚偽である。黒田清子と歌手 郷ひろみ(本名:原武 裕美)の間には2人の女の子がいる訳だが、それは、芸能人 二谷友里恵の戸籍に入っている。そして、郷ひろみ(本名:原武 裕美)の胤は、吉展ちゃん事件の犯人で有り、吉展ちゃんを養育した「中川鉄巌(宮城県仙台市)」である。中川鉄巌の出生地は岩手県盛岡市の「北山願教寺」である。そう「島地黙雷・島地大等」の寺である。中川鉄巌はこの「島地大等」の子供であるから、もし、黒田清子が皇籍に復活すれば、「島地黙雷」の血筋が皇位を継承する事になるし、それは「新渡戸稲造」が天皇になる事を意味している。ついでに云えば、美智子妃の精神カウンセラー「神谷美恵子」も原田祖岳の血筋と考えられる節がある。さてさて、美智子妃と新渡戸稲造まで繋がってしまう訳だ。新渡戸稲造も原田祖岳の信者だった訳だから、「戦争指導体制」は根が深い。それは、現代の弓削道鏡「黒衣の宰相 出口充彦(鉄城)」が葉山や外国で築いた「戦争指導体制」に酷似している。盛岡といえば「山屋他人(雅子妃の祖父)」も出て来るが、この時代と人間関係を見ると、雅子妃と出口充彦は「同じ胤の血筋」と成ってしまう。それを知ってか知らずか?・雅子妃と出口充彦は、サイト“仏滅上等”で、白骨(雅子)・黒骨(出口充彦)と呼び合っているのを見ると、背筋が寒くなる。二人とも兄妹の関係になる。妻 由美子は色狂いだし、東照寺は遊郭としてしか存在していない。それは全国の寺全てでもある。宗派に関係なくである。だから、創価学会の【池田大作の下半身裁判】は本来ならば厳密に裁判を行わなければ成らない性質のものである。司法は、創価学会員の裁判官ばかりだから、裁判の信頼性は零である。
2008年 5月 29日  榎本東州 記
禅 12

再び「禅2」の文節から。
<以下の文章は、『暁鐘』281号(2000年4/5月号)に英文で掲載されたものの邦語原文である。当時、ブライアン・ヴィクトリア氏の Zen at War が出版され、海外の三宝教団の禅教師達の間で大きな問題となったため、これに対する管長の見解を公にしたものである。その後2001年5月本書の訳文が出版されたこと(『禅と戦争 ― 禅仏教は戦争に協力したか ― 』光人社)、更にはこの『暁鐘』掲載の文章を契機として、日本の禅界においても臨済宗妙心寺派・天龍寺派などが類似の謝罪文を公表したこと、更に2004年4月京都において妙心寺派主催のシンポジウム「平和への道」が開催されたこと等を勘案し、今回『暁鐘』紙上において日本文の掲載を行うことにしたものである。
※窪田慈雲老師は平成元年(1989年)10月8日に三宝教団管長に就任、16年(2004年)10月7日に退任されました。>*** 2000年2月1日
ここで云う『臨済宗妙心寺派・天龍寺派などが類似の謝罪文を公表したこと、更に2004年4月京都において妙心寺派主催のシンポジウム「平和への道」が開催されたこと等を勘案し、・・・・』とは、どうやら、シンポジュウムの1年後の「2005年05月11日  読売新聞」に掲載された記事の内容を示すのだろうか?シンポジュウムの1年後だから、「平和への道」も夕暮れ過ぎて道遠しだろう。兎に角、日本人は忘却を美徳とする国民だからね。もう忘れたでしょ。広島・長崎に誰が原爆を製造し、使用したか。もう云えない訳だ。
それでは、2005年5月11日「河野太通老師」の反省に行動が伴わない、“口先だけの反省文”でも読みますかね?それでも看板は禅僧だそうですか。

第5回 前臨済宗妙心寺派祥福寺僧堂師家 河野太通師
◆人間は、過ちから学ぶことができる
河野太通(こうの・たいつう)
前臨済宗妙心寺派祥福寺僧堂師家 禅道場の最高指導者。1930年、大分県出身。神戸市の祥福寺僧堂で修行。94年から2001年まで花園大学長。サイパンなど第2次大戦の戦跡での遺骨収集に積極的にかかわる。兵庫県姫路市の龍門寺住職。 人間は生きていくなかでどうしても過ちを犯さざるを得ない。しかし、過ちを振り返ってみて、二度と繰り返さないようにする手立てを考えるのも、人間が人間である由縁でしょう。その過ちをお手本にして将来に生かしていこう、それが人間というものだと思う。
宗教家の集合体である教団も過ちを犯すことがある。その過ちを二度と起こさないような反省、手だてをすることが大変、重要だと思う。
◆釈迦の2つの教え
釈迦の教えの根本は、2つの柱から成り立っています。その1つは「四姓(インドのカースト制度の4つの階級)平等」です。これは「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」と呼ばれる悟りから生まれたものです。
すべての衆生に仏となる本性がある。この世界に存在する人間はすべて平等で円満な、完成された人間性を備えているという自覚です。
この自覚に立てば、釈迦はカースト制度による差別の社会に矛盾を感じざるを得なかった。そのため釈迦の教団内部では平等の社会をつくっていた。出身がどんな階級でも釈迦の教団に入ったら1日でも早く入った者が兄弟子になる。
カースト制度で最上級のバラモン階級でも兄弟子に対し礼拝し、次の席に座らなければならなかった。そういう「四姓平等」の社会ができあがっていた。
もう一つの柱は非暴力、平和主義です。釈迦が生きた約2500年前、出身の釈迦族の国が当時の強大な軍事国家だったマガダ国に攻められた。釈迦は軍を二度にわたって説得、侵攻をとどめることができたが、三度目の侵攻をとどめることはできず、釈迦族は滅ぼされてしまった。それでも釈迦は非暴力、平和主義を訴え続けた。
日本仏教は、この釈迦の教えを頂いているにもかかわらず、明治以降、大きな過ちを犯した。残念ながら釈迦の教義を裏切るようなことがありました。
具体的には、平和主義を説かなければならない僧侶が自ら兵役に参加したこと。法服を軍服に着替えて銃を担ぎ、戦場に出ていったことです。
◆軍国少年だった子供時代
大分県出身で、母校の県立杵築中(現・杵築高校)は先輩に豊田副武・連合艦隊司令長官や重光葵・元外務大臣を輩出した学校でした。
当時、豊田長官から日の丸が贈られ、毎日、同級生の吹くラッパの音とともに国旗を掲揚していた。銃の掃除や撃ち方を練習し、火薬工場で真っ黒になって火薬を作っていました。そんな中で純粋な軍国少年に育っていきました。
英語の教科書の表紙には、英国王の王冠が描かれていたので、先生に「敵国の王の象徴」と言われ、表紙を破って捨てさせられましたが、戦争に敗れた途端、同じ先生から「これまで軍国主義の教育をしていたが、誤りだった。これからは民主主義。英語をしっかり習得し、民主主義を学んでもらわなくてはならない」と言われました。自分が「主義」で教育されているとは思わなかった。この先生は民主主義も間違いでしたと言うのではないかと疑いました。
私は軍国主義教育を望んで受けてたのではありません。生まれた社会が軍国主義だったから受けざるを得なかった。その国家が崩壊すると民主主義だという。それも私が選んだ訳ではありません。社会の変革につれて、私自身が主義を変え、生きざまを変えなければいけないのなら、それは私の人生ではない。どんな主義の社会が来ようが、人間が人間として生きる、正しい生き方があるのではないかと、漠然と求めるようになりました。そんな仲間と本を読んだり、話を聞きに行ったりしてたどりついたのが仏教だったのです。小さいころに托鉢(たくはつ)をする禅宗の雲水の姿を見ていたこともあって、禅門に身を投じました。その後、学んだ花園大で、恩師の市川白弦教授は仏教の戦争責任を盛んに論じておられました。自分が身を投じた日本仏教が、戦争の尻をたたいていたことを知ってショックでした。私が坊さんになった意味が失われてしまうと思いました。
◆妙心寺派教団としての誓い
日本の仏教教団は、戦争に加担したことについての反省を社会に公表することが遅れていました。私が属している妙心寺派は、宗務総長がオランダのイナ・ブイテンダイクという女性が出した書簡に対する返信という形で公表しました。
ブイテンダイクさんは、ご主人が少年時代、オランダ領のインドネシアで日本軍の占領に遭い、収容所で過ごしました。当時の後遺症でいまだに苦しんでいるそうです。禅門に帰依し、オランダで一生懸命に仏教を勉強してこられた女性で、1997年に出版された「禅と戦争」(ブラィアン・アンドルー・ヴィクトリア著)を読んで大変なショックを受けたということです。戦時中に禅の指導者たちがどういう発言をし、行動をとったかを検証、告発した書物です。
ブイテンダイクさんはこの書物から禅門が戦争を大いに宣揚していたことを知りました。そして2001年に臨済宗各宗派の管長や師家らに質問状を送ったのです。そこには「(仏教教団が)公に懺悔を表明しない限り、自分は癒やされない」と書いていました。
その返信が2002年4月、細川景一・臨済宗妙心寺派宗務総長による「妙心寺派教団としての誓い」です。以下、読み上げます。
「かつての戦争責任の件でご返事申し上げます。2001年秋の妙心寺派宗議会において次のような宣言が決議されました」
「かつて我が国も聖戦の名のもとに戦争を遂行し、各国に多大な苦痛と損害を与えました。国策とはいえ、戦時の高揚した国民感情の中で我が宗門が反戦を貫くことが出来ず、戦争に協力してきたことに対し、誠に遺憾(いかん)に思うものであります。まずこの過ちに対する懺悔(さんげ)と反省の上に立って世界各国の皆さまの多様な生活や価値感、信条、宗教を尊重しつつ、我が禅門の宗旨を宣揚し、世界平和のために一層努力する事を誓うものであります」
「(戦争協力としては)宗門が植民地や占領地の拡大に伴って別院や布教所を設立し、植民地政策に協力したこと。戦勝祈願の祈祷や講演会を開き、従軍僧を派遣して戦意高揚に荷担したこと。戦闘機購入のための献金運動など物心両面にわたって戦争遂行体制の先頭にたったことなどがあります」
「最大の問題は釈尊の教義を踏みにじり、軍国主義の理念に同化したことでした。このような事実に目をそらすことなく、間違っていたことを率直に認めなければなりません。我々が責任の一端を担いだ戦争によって犠牲になられたアジアをはじめとする世界の方々や貴女様のご主人様にも、また、犠牲になった日本国民にも心から謝罪したいと思います」
「戦後56年が経過し、過ちを認めるには余りにも長すぎる時間を費やしてしまった事を深くおわび申し上げます。我々は釈尊の教えを鏡として行動することを誓います」
◆今だからこそ、言わねばならない
いかがでしたでしょうか。妙心寺派でこの誓いができたのは、過去を冷静に反省し、客観的に総括できる雰囲気が社会にできたからだと思います。
当時は徴兵を拒否することが「死」を意味した。良心的な兵役拒否制度ができるような成熟した社会ではなかった。今、こうして戦争責任を言うこと自体、「今の世の中だからのんきに言える」と批判する人がいます。あの時ならば拷問にあって命を失っていたと。「今だから言える」。その通りでしょう。だから、言うんです。言えなくなったら、私も口をつぐむかも知れない。そんな社会が来ないように今だから言わなくてはならないと考えています。
(2005年05月11日  読売新聞)

流石に「前臨済宗妙心寺派祥福寺僧堂師家 河野太通老師」だね。処で、今回中国 四川省において“日本政府が謀略として、実行した地震を偽装した、地表近くにトンネル内での水爆起爆”これは、日中戦争から世界戦争に発展しかねない状況なのに、日本の宗教界は“テロ奨励国家日本政府の御用係り”に何ら変化はない。と云う現実から逃避している訳である。何が「宗教」だか?
ブラィアン・アンドルー・ヴィクトリア氏の著述にある「明治期からの、帝國主義扇動型佛教」に変わりがないと云う、今日只今の宗教状況を見ていない。河野太通老師の云う「自覚」とは何なのだろう?本当に「座禅」しているのか?「自覚の無い座禅」なら、寺を放逐してしまえ。戦争禅・企業禅など犬でも食わない。そんな事も知らないのが「管長」ですね。
こんな掲示板が在りました。
曹洞宗 貞昌院(〒233-0012 神奈川県横浜市港南区 上永谷 5-1-3)
貞昌院サイト< http://teishoin.sakura.ne.jp/indexf.html >
同寺掲示版サイト<  HYPERLINK “http://teishoin.sakura.ne.jp/keiji14.html” http://teishoin.sakura.ne.jp/keiji14.html >から。
>銀河計画 by 東照寺参禅会一同  2002-12-08(Sun) 18:23
>東京都品川区豊町 国際参禅道場東照寺の「銀河計画」が帰結せんとす。
>http://village.infoweb.ne.jp/~fwgc8522/nihongo.htm (東照寺のURL)
>「銀河計画」とは何か? 騒動宗とは何か? 曹洞宗の歴代管長は本当に「悟>り」得たのか?
>座禅をしてなんと成す
>曰「斧を研いで 針と成す」
>国際参禅道場東照寺の「銀河計画」帰結して何と成す
>曰「見性」と呼ぶ

>Re by kameno  2002-12-09(Mon) 09:08
>銀河計画帰結おめでとうございます。今朝はそれを祝福するような銀世界で>すね。

出口充彦(鉄城)のサイト「仏滅上等」で、中国の「兵法」を勉強したそうだから、中国の事情には可也詳しい訳だ。出口充彦(鉄城)が制作費を出し、自身も出演している。中国映画「謝幕的女人―アンコールの女」監督:張克明 (ジャン クーミン)」に関係した位だから、出口充彦は中国の内情にも可也詳しい。更に、監督 張克明はNHKの作品も手掛ける様だから、出口充彦・張克明・NHKも関係が深い訳だね。それは、出口充彦が「日本国の黒衣の宰相」で有る事を証明している。だから、中国 四川省の地震偽装の水爆爆発も出口充彦の仕業である。さて、故事「鉄杵(てっしゃ)を磨く:斧を研いで 針と成す」の故事来歴とは<昔、唐(とう)の詩人李白(りはく)が少年のとき、学問がまだ成就しないのに投げ出して帰ろうとした。その途中で一人の老婆が鉄のきねを磨いているのに出あった。李白が何をしているのか、と尋ねると老婆は「磨いて針を作ろうと思う」と言った。李白はその言葉に感動し、引き返して改めて学問に励んだという。>『方輿勝覧』物語であるが、人によって、目的によって見方が違う物だが、出口充彦(鉄城)の場合は、「日本国の黒衣の宰相」に成り。それから、世界覇権を目指して手段を選ばないで、遂に「水爆」まで人類に対して使用するに至った訳だ。だから「詩人李白(りはく)」の詩聖とは心構えが違う。上記の掲示版で<国際参禅道場東照寺の「銀河計画」帰結して何と成す>の「銀河計画」とは何かで有るが?それは、出口充彦(鉄城)が最初に日本政府に仕掛けた巨大詐欺集団「豊田商事事件」の際に、最初に掲げた出口充彦・由美子夫婦の最終目標である「世界覇権計画(核兵器使用を念頭にした計画)」の名前である。それは、大日本帝国が掲げた世界覇権計画の名前と合致している。世界覇権を企んでいた“大日本帝国元首 天皇裕仁”が、人類史上初の最終最強兵器「日本製原爆製造・完成・使用」に大きく貢献した、ウラン鉱石運搬船の船名【極星丸】と【銀河計画】とは意味を同じくする。それは、極星丸の極星とは「原子核を意味する。又、北極では小熊座のα(アルファ)星が北極星」となる訳だから、【極星丸=銀河計画】となる。だから、中国 四川省で地震を偽装した「水爆の地上近くでの起爆」は明仁・美智子夫婦を関与しているが、“黒衣の宰相 出口充彦・由美子夫婦”が指導した事が理解できる。もし嘘だと云うならば、本人の足跡を調べれば良いさ。但し日本政府に任せてはいけない。何故なら、第5番目(広島・長崎・第五福竜丸・四川省の4件に次として。)の核兵器使用が在るからである。
中国人は、自国の文学に疎いから、ここで中国文学「荘子・雑篇・外物篇」から“轍鮒の急”の教訓から学ぶべきである。意味は「差し迫った欠乏、困難」を指すが、但し、荘子(荘子派の人々)の言わんとしたことは「精神の屈辱に耐えるよりは餓死を選ぼう」という気概です。これが、中国歴代の伝統ではなかった訳でね。経済一辺倒だ。それは、日本政府の「満洲国経営―満洲中央銀行の負債」の延長線上でしかない。眠れる豚ではいかん。そうは考えないわけだね。中国人は日本人の計画した、世界覇権の手先でしかない。
幾ら「臨済宗妙心寺派祥福寺僧堂師家 河野太通老師」(所で、曹洞宗の戦争犯罪に関する、声明はあったの?)等々が、幾らご立派な「声明文」を出してもそれは、テロリストが犯行後に声明文を出すのと同じで有る。テロリストを養成している「黒衣の宰相 出口充彦・由美子夫婦」の無軌道な行動を宗教家として僧籍剥奪も司法逮捕できない訳だから。
2008年 5月 30日  榎本東州 記

禅 13

クラスター弾廃棄に100億円=「抑止力あるが合意に従う」-田母神空幕長
5月30日18時31分配信 時事通信
航空自衛隊トップの田母神俊雄航空幕僚長は30日の記者会見で、日本政府のクラスター爆弾の全面禁止への同意を受け、「抑止力のある兵器だが、政府が国益全般を考えて判断したなら、それに従う」と述べた上で、空自保有分はすべて廃棄対象になり、総額約100億円の費用が掛かるとの見通しを示した。
防衛省によると、自衛隊は対戦車ヘリ搭載用多目的弾(ロケット)など4種類のクラスター爆弾を陸自と空自で保有。数や配備先は明らかになっていないが、陸自保有分も廃棄される。

上記のニュースの裏で進行してる「議題」は、日本製原子爆弾廃棄と核兵器全域に対する「廃棄」が話し会われている物である。最後まで「核兵器所有」に抵抗しているのは“日本政府”である。表看板の「世界唯一の被爆国」が実は「世界最大の核兵器保有国」で有る事からして、やはり「広島・長崎」での人類史上初の原子爆弾地上起爆での使用は大日本帝国主義者(指導者 天皇家)が犯人だと云う訳だ。それにしても、今に成って「中国政府が四川省に核兵器が大量に保管されていたと言い出したのは、原爆症の患者が日増しに増えていく現状が、押さえ切れない訳だ。このまま行けば、地震で核兵器が誘爆した事に成り、人民会議が崩壊してしまうし、真相(=日本政府による水爆地表近くでの起爆。謀略)が露見すれば、全面戦争を覚悟しなくてはならない。何時の日か、中国政府は仕返しをしてくる訳だ。その時は、蒋介石が論語から引用した。問う「徳を以て怨みに報ゆるは如何(いかん)」と。
子曰く、「何を以てか徳に報ひん。直を以て怨みに報い、徳を以て徳に報ひん」
それは、字句の世界であって、「生きた人間の世界」ではない。
実行犯の「裁判」しかないのだが、それが難しいという理由が「経済」にあるのか?素人には分からない事ばかりである。1944年体制の負債か?それなら、米英連合国側の問題も発生するか? 日本人には日本人の問題が解決できない。
それは、子供(日本国)が一人で食事ができないから、歳いった母親(アメリカ国 イージス艦オカーン)に叱責を受ける事に成るわけだ。まして、歳いった母親の年金を、奪う孫(黒骨白骨 出口充彦・雅子妃)ならば、歳いった母親から殺される訳だね。黒骨白骨は、歳いった母親の気持ちが解らないから、強引に年金を強奪する事になる。20年位前に「東照寺」の電話代が、馬鹿高くなった時代が在った。その時に伴 鉄牛老古佛が「外人が電話代を支払わないで、出て行く」と話していた。その時、外人が電話をする時はピンクの電話か、外の公衆電話だった。この場合、伴 鉄牛老古佛の云う「外人」とは出口充彦・由美子夫婦の事で有る。電話代が高いとは「国際電話」を頻繁に掛けていた訳である。国際電話の相手は“誰か?”それは「連合赤軍 重信房子」である。連合赤軍は「北朝鮮とパレスチナ」に行動拠点を移し、重信房子の父とその師匠 四元義隆{血盟団事件の首謀者・禅宗「全生庵 師家」・政治家の指南役}の提唱していた「世界同時革命推進」を目指して、世界中でテロリスト養成所を運営していた訳である。活動資金は「日本政府」が全額出資していた事を念頭において、考えなければいけない。連合赤軍の指令部署は「内閣情報調査室」である。その頂点は“明仁天皇”である。学生運動の指導者は明仁天皇である。此処で「明仁天皇と横田由美子(現姓 出口由美子)」は肉体関係を成立させている。明仁天皇は父 原田祖岳と同じ“セックス関係”でテロリストを増殖させていく訳だね。東照寺に寝起きしながら、電話でテロ活動の指示が出せる位だから、可也な大物テロリストな訳である。出口充彦はリクルート時代・豊田商事時代の人脈から、更なる「巨大詐欺集団組織」を形成していった訳である。殺人と自殺(追い込みをかけながら)を繰返しながら。向田邦子の飛行機を爆破したのも「出口由美子」である。何が目的か?と云えば、美智子妃と同じ目的「地球を壊したい」である。人間では既に無い事を精神科医は理解できないだろう。これを如何考えるかだね。
2008年 5月31日 榎 本 東 州  記

禅 14

2008年5月22日(木)前後、榎本東州の書いた「文章に関する会議」が、文部科学省 宗務局で“何が修行か”質疑が行われた。榎本東州が23年間何処で何をしてきたのか“興味”があるらしい。別段たいした事は何もしていない訳だから、仕方ないと思う訳である。普通に寝起きして食事をし、用便をしてきただけである。「喜怒哀楽」しかない。それを、精神科医から、宗教関係者・品川区役所・所沢市役所・県庁・警察まで総動員するのだから、榎本東州から見たら滑稽だ。役人達が榎本の生活領域を壊して来て置いて、何が有ったのか知りたいと思うのは、自分達のして来た事に対する“自覚”が無いだけで有る。それよりも「出口充彦・由美子」の足跡を追跡すればいいものを。それはしない訳だ。さて、最近急速に浮上してきた議案「人権擁護法案(会長 太田誠一元総務庁長官。推進派―古賀誠選対委員長。反対派―安倍晋三前首相らを中心とした若手・中堅議員。)」がある。再度国会に提出されるべく、太田誠一会長が私案を乱発しながら、鰻重をほお張りながら、賛成派も反対派も世論をもて遊んでいる。チベットの「ダライラマ14世」に“中国の人権問題”で会見したのは「太田誠一と安倍晋三夫婦」ではないか?この3名の心境は、この時点で離反していた訳だ。即ち中国のチベット人権問題に、安倍晋三夫婦は中国に反対で、太田誠一は中国政府のチベット政策の賛成だったと云う訳だ。自国日本の人権政策は法律の有無に関係なく「強権で弾圧」しているから、誰も発言できない。「人権擁護法案」を議論できない位に「言論統制・言論弾圧・言論封鎖」と云う構造である。議論する前に言論を封鎖してある。議員が鰻重定食を食べたい為に、議論しているフリをしている。「太田誠一・古賀誠・安倍晋三夫婦」は、日本製原爆製造と使用(広島・長崎)を成功させた“核兵器家族”である。それが、人権擁護法案で賛成と反対に分かれない。両者共「言論封鎖」政策を継続し、その上で逮捕権が執行できる「法律」を議会で可決する訳だ。
ところで、<6月2日 東京都台東区の日本芸術院会館で<第64回日本芸術院賞>授賞式に天皇、皇后両陛下が出席した。>と云う報道がある。台東区上野界隈には、明仁、美智子夫婦が最低でも、月1回は出没している。通過を含めれば、毎日と云う事になる。だから、その度に台東区が路上清掃に右往左往する。その為に、文部科学省生涯学習政策局所管の社会教育団体「実践倫理宏正会(表向きは宗教団体ではないとしているが、練成会では皇室崇拝を教義とし、座禅・掃除・徳目教育等を行っている。政府指導の宗教団体。)」が、早朝4時から、上野公園周辺・上野駅周辺の徹底した掃除を毎日実践している。その掃除が終了したら、台東区の道路清掃車が路面の舐める様に清掃し、その後を東京都清掃局が検査をし、その後を警視庁のパトカーが巡回と、司法警察職員(地域課・警備課)の配置を確認した所で、明仁、美智子夫婦の乗せた「皇宮警察の車両」が到着或いは通過して行く。これが、ほぼ隔日に行われて居る訳だ。創価学会は「朝起き会」制度は無いから、昼間まで寝ていて「資金」だけを皇室に上納している訳だ。「実践倫理宏正会」は靖国神社の隣、“ 東京都千代田区九段北1-14-1”に在る。初代 上廣 哲彦から2代 上廣榮治に継承されている。
上廣榮治は豪勢な車に乗り、赤絨毯の上を歩いている。「皇室」並みの制度になっている。だから、「文部科学省生涯学習政策局所管」の道徳奨励(=皇室崇拝)を推進して居る訳だ。上野公園周辺を明仁・美智子夫婦が徘徊するのには、もう一つ理由がある。それは、「上野寛永寺 神田秀順師(輪王寺門跡第31世門主並びに寛永寺貫首、神田秀順師は“後水尾天皇の血筋”と云う説も存在する。前任は宮部亮信門跡。天台宗ハワイ開教総長―荒了寛師も在任)」に会う為でもある。「天台宗 上野 寛永寺」は、江戸時代からの名刹だから、今でも著名人が多く集って来る。吉展ちゃん事件の舞台「荒川区南千住 円通寺」とも関係があるし、三井寺(滋賀県大津市)とも関係が深い。全国・米国州ハワイ等とも繋がっている。天台宗が叫んでいるのは「一隅を照らす運動」だ。何が一隅なのか?は知らないがね。東京大空襲の会とも繋がっているが、今回の「中国 四川省の偽装地震(核兵器起爆)」と云う皇室犯罪を止められなかった訳だから、何が国に「東京大空襲」を提訴できるものか。寧ろ「戦争商売」を推奨している訳だ。そう云う訳で、明仁・美智子夫婦は「寛永寺に皇室護持」の為の人脈作りを指揮する為に、隔日置きに日参している訳です。「天海和尚」の血筋としてと、云う意味もありますがね。その事の理由は昔「新道元宗 がらくた百選」に書きましたから、ここでは省略します。読みたい人は「埼玉県知事 上田清司」に榎本東州の財産を、何処に捨てたのか聞いて下さい。其処に資料が有ります。資料探しは、埼玉県庁の県営団地管理の「千島 務」が適任だ。
以上が、明仁・美智子夫婦が月の20日間は「上野界隈に徘徊」する理由です。
2008年 6月 1日 榎 本 東 州  記

禅 15

オウム真理教事件―耐震強度偽装事件―純金風呂(密室の強盗)―地球科学者「島村英紀逮捕」―マンション女性神隠し事件、この一見脈列のない様な話が、全て繋がってしまうのが「皇室と云う闇」である。何処まで行っても性根が曲がっているのが「出口充彦(黒骨)・雅子妃(白骨)」である。直らない。
此処で、もう一度「オウム真理教の憲法草案と日本シャンバラ化計画」を<フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>から転載すれば。
著書では「真理の御魂 最聖 麻原彰晃尊師」名義を用いていた。宗教団体オウム真理教の信者からは尊師、もしくは本来ヒンドゥー教の導師を指すグルと呼ばれ、崇拝の対象となっていた(宗教団体アーレフでは、尊師・グルの呼称の使用及び、写真・イラスト・その他その肖像を表わしたものを団体施設の祭壇及び個人所有の祭壇に備え付けを禁じた)。
教団は日本支配を画策しており、その憲法草案の中では神聖法皇と呼称されていた。また、神や死者の声が聞こえる霊能者であるとも自称していた。

真理国基本律
真理国基本律(しんりこくきほんりつ)は、1994年7月に作成されたオウム真理教の「憲法」である。
「真理国」建国前に強制捜査されたため、実際に施行されることはなかった。
目次
1 構成
1.1 前文
1.2 第一章 神聖法皇
1.3 第二章 国民の権利義務
1.4 第三章 神聖法皇位の継承および摂政
1.5 第四章 真理国の国章、暦および首都
1.6 第五章 改正手続
2 「基本律」の母法
構成
以下のように全5章で構成されていた。
前文
真理暦一年 月 日、神聖法皇は(富士神都)にて真理国の建国を宣言された。すべての真理国国民にたいし、真理国建国の聖なる目的とその手続を明らかにするため、ここに真理国基本律二〇条を公布する。
※月日が空白なのは、「真理国」がまだ建国されていないため。
第一章 神聖法皇
8条で構成されている。
神聖法皇(麻原彰晃)はシヴァ大神の化身という神聖不可侵の権威が付与され、広範な権限を有した。
政府組織権
官吏任免権
律令(法令)制定権
刑罰執行権
国軍統帥権
宣戦・講和・条約締結などの外交権

第二章 国民の権利義務
6条で構成されている。
権利は第9条の1ヶ条のみしか規定されていない。
魂の向上をはかる恩恵享受権
三宝帰依義務
修行督励義務
納税義務
軍役義務

第三章 神聖法皇位の継承および摂政
2条で構成されている。
神聖法皇の継承や摂政について規定している。

第四章 真理国の国章、暦および首都
3条で構成されている。
オウム真理教の紋章を国章とし、建国の年を「真理元年」とする独自の元号を定め、首都を富士神都(旧上九一色村のサティアン群)としている。

第五章 改正手続
1条で構成されている。
神聖法皇のみが改正を発議できると規定している。

「基本律」の母法
「真理国基本律」は、以下の憲法の強い影響を受けていた。
大日本帝国憲法 – 第1章が国家元首の規定。国家元首の神聖性の明記。
社会主義国の憲法 – 後半の章に国章や首都を規定(中華人民共和国憲法・朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法を参照。もっともボリビアやオランダのように非社会主義国家にも憲法に首都が明記されている国家は存在する)。

日本シャンバラ化計画
日本シャンバラ化計画(にほんしゃんばらかけいかく)は、オウム真理教が日本で樹立しようとしていた祭政一致の専制国家構想。
公安調査庁はこの計画をもって、オウム真理教を破壊活動防止法や無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律に該当するテロ組織と規定している。

目次
1 オウム真理教の国家統治構想
1.1 国家の形態
1.2 皇室の廃絶
1.3 議会制度の廃絶
1.4 特権階級の創設
1.5 国号の変更
1.6 首都の変更
1.7 新法令の制定

オウム真理教の国家統治構想

国家の形態
「シヴァ大神の化身」で「大宇宙の聖法の具現者」たる麻原彰晃が「神聖法皇」として全権を掌握する祭政一致の絶対君主制国家である。

皇室の廃絶
オウム国家樹立に伴い、神道に基盤におく皇室は当然の如く廃止され、新たに「葛城」等の姓を与えて「民籍人」とする。代わって麻原一族が「皇族」となる。(既に自身の長男・次男に「皇子」なる称号を授与していた)

議会制度の廃絶
議会は各々の国民の価値観が異なっていることを前提としており、「一億総オウム」化したオウム国家では不適当な制度である。また「大宇宙の聖法」に基づく神政政治を行うので議会制民主主義は必要ではない。

特権階級の創設
オウム国家では、特権階級として新たに「僧籍人」を設ける。「僧籍人」とは要するにオウム真理教信者であり、それ以外の国民は「民籍人」とされ、僧籍人よりも下位の身分とされる。民籍人には、数多くの義務が課せられた。
国号の変更
「日本」という国名は、天皇と密接に繋がっており、オウム国家を表すものとしては相応しくない。よって以下の国号に変更するのが望ましい。

真理国
オウム国
神聖真理国
太陽寂静国

首都の変更
東京に代わって、富士山麓に新首都を建設する。新首都の名称は「富士神都」「富士法都」「賢聖都」のいずれかとし、「神聖法皇」の住まいとして「法皇居」を設ける。

新法令の制定
オウム国家を統治するために新法令を制定する。

神聖法皇位承継法
太陽寂静国刑律(刑法)
教育法
税法
政府組織法
国籍法
警察法
検閲法
軍事法
徴兵法
以上。

禅 16

オウム真理教(アーレフからアレフに名称変更)の開山である「出口充彦(黒骨)・雅子妃(白骨)」らは、公安調査庁から「大阪生野区のオウム真理教施設」等の立ち入り調査妨害をしている関係で、オウム真理教の存続が危ぶまれた中で、「出口充彦(黒骨)・雅子妃(白骨)」はオウム真理教存続の為に次の作戦を準備している。それは「大谷光見と出口真希子」の結婚である。大谷光見は既婚者ではあるが、浄土真宗東・西本願寺の“伝統としての色狂い病”が在るから、既婚でも「出口真希子」には関係ない。それは、戸籍上の父 出口充彦も同様である。何故なら、出口充彦も「浄土真宗東・西本願寺」の血を継承しているからである。出口充彦は“創価学会 池田大作が胤”だと云う事は、既に理解できた筈である。それが何故“浄土真宗東・西本願寺=大谷一族”の血を色濃く受け継いでいるのか?と云えば、それは「母体」の側が、大谷光瑞と九条籌子の血筋に当たるからである。大谷光瑞の略歴は次の如くである。

大谷光瑞:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から転載。
大谷光瑞(27歳)大谷 光瑞(おおたに こうずい、1876年(明治9年)12月27日 – 1948年(昭和23年)10月5日)は日本の宗教家、探検家。明治後期から大正にかけての浄土真宗本願寺派第22世門主。伯爵。諱は光瑞、法名は鏡如。経歴
第21世門主光尊(明如)の長男として誕生。幼名は峻麿。貞明皇后の姉九条籌子と結婚。1885年12月、15歳で得度。翌1886年、上京して学習院に入学するが退学。その後、尺振八の開いた共立学舎(当時受験校で知られていた共立学校とは別)という英学校に入学するもやはり退学。京都に帰り前田慧雲(のち東洋大学学長・龍谷大学学長)に学んだ。
1902年8月、教団活動の一環として西域探検のためインドに渡り、仏蹟の発掘調査に当たった。途中、1903年1月に父・光尊が死去し、門主を継職するため帰国したが、探検・調査活動は1904年まで続けられた。これがいわゆる大谷探検隊(第1次)である。門主継職後も探検を続行させ、1914年まで計3回にわたる発掘調査等が実施された。門主としては教団の近代化に努め、日露戦争には多数の従軍布教使を派遣。海外伝道も積極的に進めた。また1913年に孫文と会見したのを機に、孫文が率いていた中華民国政府の最高顧問に就任した。
1908年、神戸六甲山麓岡本(東灘区)に盟友伊東忠太の設計になる二楽荘を建て、探検収集品の公開展示・整理の他、英才教育のための学校(現況は甲南大学理学部)、園芸試験場、測候所、印刷所などを設置。文化活動の拠点とした。
1914年、大谷家が抱えていた巨額の負債整理、および教団の疑獄事件のため門主を辞任し、大連に隠退した。二楽荘と探検収集品もこの時に手放している。現在、これらのコレクションは散逸し、二楽荘も1932年に火災で焼失した。
隠退後も文化活動を続け、1919年には光寿会を設立して仏典原典(梵字で記述)の翻訳にあたり、1921年には上海に次代を担う人材育成のために策進書院を開校した。太平洋戦争中は近衞文麿内閣で参議、小磯國昭・米内光政協力内閣で顧問をつとめた。しかし1945年に膀胱癌に倒れ、入院中にソ連軍に抑留された。1947年に帰国し、翌年別府にて死去。生前は二楽荘の他、上海や台湾の高雄などに別荘を設けた。現在の須磨離宮公園はその1つで、1907年に宮内省に買い取られたものでありその代替地として岡本の二楽荘が成った。
晩年の地・別府では、当時国際観光都市建設を目指し、政府に特別立法(1950年「別府国際観光温泉文化都市建設法」として制定)を働きかけていた市長・脇鉄一に賛同。助言を与え、自ら私案も立てている。

『ウィキペディア(Wikipedia)』は、本人或いは教団側に都合よく書かれているから、生年月日程度しか当てにならない場合がある。特に帝國軍人や軍属の悪逆非道はまったく書かれていないか、「編集中」である。これでは、靖国神社に英霊をして祭られた国民が浮かばれない。帝國軍人が、人類史上初の日本製原子爆弾を製造し完成させ。広島・長崎で使用し。2008年5月12日には中国 四川省で地表近くで「水爆」を起爆させ。大量無差別殺戮し、地球の気候すら変えてしまった訳だ。此処まで書いても「帝國軍人と天皇制と浄土真宗(親鸞)の悪逆非道を書いてはいけないだと。馬鹿野郎 ふざけんじゃねーよ。
明仁・美智子夫婦自身が自分の事を「悪党人生が面白くてたまらない」と言わせておくつもりか?人類に対する挑戦である。飛行機を爆破ばかりしている。
さて、今此処で何故「オウム真理教」を問題とするのか?といえば、ここが、今回「中国 四川省 地震偽装核起爆」を計画した機関だからである。先に「オウム真理教の憲法―真理国基本律―」を書いたが、この「真理国基本律」というのが特徴的だ。次章「禅 17」でも書くのだが、原田祖岳門下・惣滑谷快天(駒澤大学学長)・中原燈州・浄土真宗大谷一族始め、日本の佛教界の指導者は、全て“釈迦族”である。その頂点が「天皇」と成っている。だから「出口充彦(黒骨)・雅子妃(白骨)」や創価学会 池田大作、立正佼成会、霊友会、霊波の光、天理教等が「天皇の玉座」に座り戦争を指揮しだすのが、この「釈迦族」達である。オウム真理教の憲法「真理国基本律」と浄土真宗東・西本願寺の制度「親鸞を天皇とし、日本国民は浄土真宗東・西本願寺の檀家とし、永代供養料を毎年、上納させる。そうでない時は、国民を戦争に巻き込んで、強制的に葬式法事代金を盗る」とは寸分違わずに同じで有る。つまり、オウム真理教の憲法「真理国基本律」は、【浄土真宗東・西本願寺】が長い歴史上で、言ってきた制度を、端的に表した【浄土真宗東・西本願寺の憲法】である。それを、オウム真理教が書いたと見るから、理解できないのである。
「大谷光瑞と九条籌子の血筋に当たる子供」についての記載がないが、二人の間若しくは、九条籌子と大谷家の僧侶(不倫関係)の間に出来た「女子」が、歌手 八代亜紀の母である。この八代亜紀の母が、創価学会 池田大作との間に、次の子供を産んだ訳である。
第一子:八代亜紀 1950年 8月29日
第二子:出口充彦 1951年12月11日
第三子:麻原彰晃 1955年 3月14日
この3名が、オウム真理教を支配し続けている。しかし、それでは「思想面」を支える人間がいない。3名の欲は、それぞれが鯨3頭と食べる位の欲がある。しかし「思想面」では、出口充彦しか出てこない。ならば、「インド哲学」を指導した者がいる筈である。それは、何処に居るのか?その答えは「東京都知事 石原慎太郎」にある。まったくお騒がせな人間だね。この悪餓鬼は、本当に悪さしかしない。それが「釈迦族」である。前にも書いたが、出口充彦の活躍の場所は「東京都品川区豊町 東照寺」ではない。ピザ職人の土地「神奈川県 葉山市 パパズカフェ=二宮 寛経営」である。其処が「中国 四川省地震偽装
核爆発」を指揮した参謀本部である。当然、石原慎太郎もいた。オウム真理教事件の現場は、旧山形県八代郡上九一色村富士ケ嶺地区の“サテイアン”だったり、オウム最高幹部の村井秀夫(当時36歳)が大勢の目前で暗殺された“東京都港区青山のオウム真理教東京総本部ビル”だと世間は思いこんでいる。
{村井秀夫を暗殺の手法は、出口充彦が豊田商事事件の時、表の会長を演じていた“永野一男(浄土真宗親鸞会の熱心な信者だった)”を鉄工業者に暗殺させた手法を繰り返しただけである。何度も同じ手口を使う訳だ。出口充彦自身(親鸞聖人)が提唱している「悪人正機説」を実践して、浄土宗・浄土真宗の信徒に手本を見せている訳である。悪人こそ救われるべきである。善業など糞の役にも立たないという訳だ。どれ位、池田大作といい、出口充彦といいどれだけの人を殺してきた事か?サリンをロシア製ヘリコプターで、東京上空から撒布して大量無差別殺戮ができなかったから、四川省で地震を偽装して核爆発を起した訳だ。それが、釈迦族の云う「悪人正機説」である。キリスト教思想にも似ているね。キリストは人類の罪を一身に背負ってゴルゴダの丘で死んだ。それは、全人類が罪人で、キリストただ一人が善人と云う意味だね!そんな事は有り得ない。逆にキリスト一人が罪で、全人類が善人という事も考えられない。キリストただ一人が善人と云う意味なら、それは出口充彦が発言しそうな教義だ。全人類が善人というなら、それは“日本の釈迦族=天皇・浄土真宗両派の発言である。しかし、出口充彦も釈迦族も共に詐欺師である。宗教とは人間を詐欺している。問題は道元禅師の大疑団「本来本法性、天然自性身」これが宗教の原点である。人間の存在の性善性悪論議ではない。論議する者それは全て、一つの例外もなく釈迦族である。}
話を元に戻すと、オウム真理教や四川省 核爆発の参謀本部が“神奈川県 葉山市のパパズカフェ=二宮 寛経営”で在る理由である。出口充彦と葉山の関係は、シャープ電機の令嬢「横山可奈子」で有る事は前に述べたが、「横山可奈子(美智子妃と裕仁天皇の間に出来た子供)」の“ヨガ道場”がオウム神仙の会1984年(昭和59年)2月14日)の発端であるは有るが、< 1982年(昭和57年)7月13日 松本智津夫が薬事法違反で東京簡裁で20万円の罰金刑を受ける>
このときに、熊本県八代市の叔母さん(実は八代亜紀の母であり、出口充彦の産みの母)から、同じ腹同じ胤である「松本智津夫」の様子を見てくる様に、頼まれた時点から、八代市を出て以来、再び関係が復活した訳である。それは、出口充彦が「豊田商事事件」のほとぼりが冷めた時期でもあった訳である。八代時代には、出口充彦は松本智津夫に、目が悪いと云って「石をぶつけていた」訳ではあるが。豊田商事時代は「金のお地蔵さん」を本尊にしていたが、今度は「シバ神」を本尊にして、長年の野望であった「世界覇権」に向けてすべて計画しだした。「徳仁皇太子・雅子妃が最大有力な信者」だから何でも有りである。司法警察職員も絶対に司法権を行使してこない訳だから。これほど「犯罪」に適した温床は世界広しと云えども「日本政府」以外には存在しない。後はサリン製造・細菌兵器・カラシニコフ製造・ホームレスの軍事訓練等々。一見子供じみているが、それは、大東亜共栄圏を考えた「東京帝国大学の教授陣」とさして変らない訳だ。誇大妄想が子供じみて見えるだけである。
其処で、最初の「オウム神仙の会 ヨガ道場」が肥大化していく理由であるが、それは、「明仁・美智子夫婦」が、旧華族や皇族関係者の居並ぶ前で「八代亜紀と出口充彦」の二人を絶賛した事から、「旧華族や皇族関係者」は一度で出口充彦の信者に成った訳である。それは「現代の親鸞聖人だった日本共産党 宮本顕治・妻 寿恵子」と同じで有る。「平成の親鸞聖人 出口充彦」の誕生である。後は「松本智津夫を、出家得度名 麻原彰晃にすれば良いだけだ」此処から、オウム真理教とその国法「真理国基本律」の制定だけである。資金は「皇室財産=税金」だから無尽蔵である。だから、高橋是清の孫が「今の政治家は腐っている、国の大事という事がない。だから(出口充彦なら良いと)」何時の時代でも、政治家が腐っています。しかし、それよりも腐っているのが、“国民のことを汚い野菜”だといって、阪神淡路大震災でも助けず。子供の首を落とし、女子高生を「拳銃で殺して」歩いている悪党人生を自認している「皇室・皇族」という匪賊である。是が存在する限り、政治家は腐り続けたままである。政治の腐敗は「皇室・浄土真宗」が存在する限り続く訳である。政治を腐れさているのは、「皇室制度・浄土真宗・浄土宗・禅宗」の存在である。其処に身を置いているのが“出口充彦(黒骨)・雅子(白骨)”である。自分で腐らせて置きながら、人(国民)のせいにする。その根性が生れたときから曲がっている。誰か是を正さん。
此処、<政治を腐れさているのは、「皇室制度・浄土真宗・浄土宗・禅宗」の存在である。其処に身を置いているのが“出口充彦(黒骨)・雅子(白骨)”である。>ここが「パパズカフエ=二宮寛」になる訳は、湘南高校のOB会である「湘友会」に繋がるからである。出口充彦は、1945年に“日本製原爆を製造し完成・使用した”悪党連中の巣窟「葉山逗子グループ」という悪党人生という温床で「湘友会」という悪党人生の核に取り入り、今やその中心点で「黒骨(出口光彦)・白骨(雅子妃)」と手を取りながら、正に核融合を始めている。なら誰も臨界まで止められないというのが、茨城 東海村JCO臨界事件を指導した徳仁皇太子の言い分である。総員「日本国」から避難せよ!そうはいかないか?それなら「パパズカフエ=二宮寛」を米英欧の特殊部隊で、奇襲して貰えないか、日本国民が頼むしかない。何しろ日本の自衛隊は、国民に銃口を向けている訳だから。自分の支払った税金で、自分達国民が大量無差別殺戮の対象になるのだから、可笑しな話で有る。表看板は「日本国の防衛」なのに、裏では「国民に銃口を向けている」馬鹿な軍隊はいらない。他国に対しても銃口を向ける様では最低である。防衛省の解散を命令する。そう書くと直ぐに“釈迦族”は「北朝鮮 ミサイル発射」と言いだす。北朝鮮のミサイルは、日本製である。ご心配なく、世界の兵器の部品は全て「メイドイン ジャパン」ですから。「パパズカフエ=二宮寛=湘友会」で有名なのが“NHKの看板女子アナ 黒田あゆみ”で在るから。
次に黒田あゆみ (くろだ あゆみ)の略歴を転載する。
黒田あゆみ (くろだ あゆみ)
生年月日 1960年1月29日
出身地:神奈川県横浜市
学歴
出身高校:神奈川県立湘南高校
最終学歴:東京大学教養学部イギリス科卒
1982年、NHK入局。NHK東京アナウンス室所属。主な担当番組は「7時のニュース・おはよう日本」キャスター、「生活ほっとモーニング」司会、NHKスペシャル・ドキュメンタリー番組のナレーターなど。2002年4月より「親の顔が見てみたい?」(月曜23時15分~)担当。”
オウム真理教からL&G・円天・あかり通信・あかりシステム(正確には豊田商事事件が入るが、出口充彦の活動拠点は岡山・大阪だった)ヨガ道場オウム神仙の会は「横山可奈子」に始まり、これを推奨したのが、明仁・美智子夫婦であった事が、オウム真理教の世界進出に拍車をかけた訳だし、成功していれば、明仁・美智子夫婦の世界覇権とも目的が一致していたのだから、世界支配の皇帝は「天皇」となる。例えそれが、「黒骨・白骨」でも問題なかった訳である。オウム真理教の指示母体は「葉山・逗子 湘南悪餓鬼一族=石原慎太郎、渡辺恒雄、そして、日本民間放送連盟会長の氏家斉一郎と浄土真宗両本山 26世 大谷光見」である。だから、本年5月26日 東京都港区の路上で、「元TBSでフリーアナウンサーの川田亜子さん(29)」が、練炭自殺したというのは、警視庁三田署らしい捜査だね。「他殺」を自殺だと、馬鹿じゃねーの。最も警察庁長官も検事総長も愚留(ぐる)だから始めから「捜査」などしない。川田亜子さん他殺事件の2日前に<2ch アンチ皇室編に、「お前は頭がおかしくて直らないんだから、風呂場に目張りして、緑色になってこい。段落あって─硫化水素のこと でつか。―」
不思議な書き込みだったから、記憶していた訳だが、それは、神戸の酒鬼薔薇聖斗の犯行を誇示した、サイトへの書き込みに似ている。つまり、「川田亜子さん殺害犯」は酒鬼薔薇聖斗=徳仁皇太子と成る。但し今回は「葉山・逗子 湘南悪餓鬼一族=石原慎太郎、渡辺恒雄、そして、日本民間放送連盟会長の氏家斉一郎と浄土真宗両本山 26世 大谷光見」である。緑色とは「そんなに平和が望みなら、永遠に平和にしてやるよ。即ち殺してやるからな、という事で有る。殺害に硫化水素を使用しないで、わざわざ「練炭:一酸化炭素中毒」を使用(果たしてこれが本当の死因かは疑問ではある?練炭は後から置いた可能性も存在する)したのは、石炭・練炭・石油・ウランと続く、核開発問題である。川田亜子アナは、日本の核問題に疑問が有り、それを周辺に聞いていた訳である。だから「緑色=殺害」にされたわけである。同席の鳥越俊太郎氏(68)は、癌治療と称してマスコミから消えた事で、命乞いした訳だ。川田亜子アナはジャーナリストとして戦死したが、鳥越俊太郎は口先だけだった事が、露見している。電通・博報堂と云えども、「日本のマスコミ天皇―日本民間放送連盟会長 氏家斉一郎―」には逆らえない訳だから、沈黙しかない訳だ。川田亜子アナを東京の真中で早朝に、一人寂しく殺して、全マスメディアを震え上がらせる事が、“犯人 出口充彦・雅子妃・氏家斉一郎・石原慎太郎”の目的である。だから、湘南一族の御用人“NHKの看板女子アナ 黒田あゆみ”は殺されない訳だ。それなら“黒田あゆみ”も川田亜子を殺した共犯者と云う事になる訳か? NHKのお局達は、日本民間放送連盟会長 氏家斉一郎の妾になるか?寿退局するか?のどちらかになってしまった訳だ。この「葉山・逗子 湘南悪餓鬼一族=石原慎太郎、渡辺恒雄、そして、日本民間放送連盟会長の氏家斉一郎と浄土真宗両本山 26世 大谷光見」が、「禅16」の文頭に書いた<耐震強度偽装事件―純金風呂(密室の強盗:千葉県鴨川市のホテル三日月)―地球科学者「島村英紀逮捕」―マンション女性神隠し事件(東京都江東区)>の犯罪を謀議した拠点は、先の「パパズカフエ=二宮寛」である。悪餓鬼共の巣窟である。其処では今「戦前の軍国主義教育」の復権を図るべく、新たな「国民学校の高等学校版」が始まったその名前も「猷修館―2008年(平成20年)4月1日、開校 神奈川県立横浜修悠館高等学校(現在の和泉高校の敷地:神奈川県横浜市泉区和泉町2563)」である。そう福岡県が生んだ世界覇権を目指している“玄洋社・黒龍会”の母体である「福岡県立修猷館高校」である。神奈川県は命名の理由を「修は励み修める、悠はゆったりと落ち着いた生き方、館は学びやという意味を込めた」というのだが、この学校の入学者は「本校には陸上自衛隊少年工科学校の生徒(陸上自衛隊生徒)が集団入学する(湘南高校通信制在学生は4月以降自動的に横浜修悠館高校通信制に切り替わる)」昔で云えば「幼年学校」である。これでは、今度は「オウム真理教」が正式に文部科学省から予算を受けて、「オウム武装化教育」に励ませる訳である。何しろ「神奈川県立横浜修悠館高等学校」の支援は、先の悪餓鬼一族<「葉山・逗子 湘南悪餓鬼一族=石原慎太郎、渡辺恒雄、そして、日本民間放送連盟会長の氏家斉一郎と浄土真宗両本山 26世 大谷光見」>なのだから、戦前の「天皇こそ世界を統一するべき“唯一神”であるとして、世界平和を実現できるとして、世界最終戦争を実現した教育」に走らせる訳である。
「天皇制と浄土宗・浄土真宗両本願寺」の存在が、日本製原子爆弾製造と完成・使用に至った訳だし、今回の「中国 四川省の地震偽装核爆発」を実行したのも、ここ「「天皇制と浄土宗・浄土真宗両本願寺」の存在である。
再び此処が、拠点となって「核を使用する」事になる。茨城県の「牛久大仏」が、核兵器産業の象徴である。それは、映画「猿の惑星」で、ニューヨークの自由の女神が砂浜から、出て来るカットで有る事を意識して、浄土真宗両本願寺 26世 大谷光見が実行を考えている核戦争絵図である。何故かといえば、「牛久大仏」を建設した業者が「川田工業(富山本社 富山県南砺市苗島4610番地、東京本社 東京都北区滝野川1丁目3番11号)」だからで在る。この会社は
橋梁・鉄骨が本業だが、今では世界的な“人間型ロボットHRP-3”を製造している事で有名だからである。昨4日のニュースで、18歳未満の人が、原子炉炉心部の高レベル放射能環境で働いていた事を、国が認めたというのが流れたが、
この原子炉炉心部の清掃作業は、原子炉の寿命と関係してくるし、維持管理が必要な部所である。其処で、“人間型ロボットHRP-3”の登場である。このロボットの開発には、国立の研究所が深く関与して居る訳だがね。それは、1945年に広島・長崎に日本製原子爆弾と地上起爆に至らせた「浄土真宗東・西本願寺 大谷光瑞」の原爆崇拝主義の延長線上に存在している事を理解すべきである。しかも、“浄土宗・浄土真宗東・西本願寺”の巣窟 富山県である。富山県といえば、世界的カルト教団「親鸞会」の本境地でもある訳だから、日本製原爆とは深い関係ともなる。原爆崇拝思想と云う意味でも「親鸞・法然」も釈迦族である。
付加―<耐震強度偽装:木村盛好 1932年3月1日生れ(熊本県八代市)、内河健 1935年生まれ、出口充彦 熊本県 私立真和高校卒( 浄土宗 法然上人)>
豊田商事事件―オウム真理教―米国9/11テロ─耐震強度偽装事件―L&Gとあかり政党とあかり教―四川省偽装地震
「大谷光瑞と九条籌子の血筋に当たる子供」についての記載がないが、二人の間若しくは、九条籌子と大谷家の僧侶(不倫関係)の間に出来た「女子」が、歌手 八代亜紀の母である。この八代亜紀の母が、創価学会 池田大作との間に、次の子供を産んだ訳である。
第一子:八代亜紀 1950年 8月29日
第二子:出口充彦 1951年12月11日
第三子:麻原彰晃 1955年 3月14日
以上3名が、創価学会SGI会長 池田大作の子供である事に、間違いない。

◆1947年(昭和22年)
横田由美子生れる。(あくまでも戸籍上で、本当は昭和19年ごろである。)
◆1952年(昭和27年)
8月 1日 豊田商事会長 永野一男が岐阜県恵那市に生まれる。
◆1955年(昭和30年)
3月 2日 熊本県金剛村(現・八代市)で松本智津夫が畳職人の四男として生まれる。五男二女の7人兄弟で下から2番目。小さい頃から先天性録内障のため左目がほとんど見えず、右目も弱視。
◆1961年(昭和36年)
4月   自宅近くの公立小学校に入学するが、1年生の途中で熊本県立盲学校の小学部に転校させられる。全盲でなければ入れないが、就学奨励金と障害者年金がもらえ、寮費も無料ということで両親が強引に入れた。
◆1970年(昭和45年)
12月18日 警視庁 板橋区 志村警察署上赤塚交番襲撃を「出口充彦・横田由美子」が指揮。京浜安保共闘(日本共産党革命左派神奈川県委員会)のメンバー3名は実行犯。
◆1971年(昭和46年)
2月17日 栃木県真岡市田町にある塚田猟銃店を、下調べの上で「出口充彦・横田由美子」が襲撃を計画し、「電報、電報」と午前2時半頃、栃木県真岡市田町にある塚田銃砲店の勝手口を叩く音がして、店主は目を覚ました。こんな時間になにごとかと思ったが、遠い親類の住む「山形から」の電報らしく、店主は戸を開けた。その時、3人の男が乱入、一家4人は縛られ、猟銃10丁、空気銃1丁、銃弾約2300発などが奪った。
◆1973年(昭和48年)
4月ごろ  出口充彦と横田由美子が親族のみで「東照寺」で佛前結婚式。
◆1975年(昭和50年)
3月    熊本県立盲学校専攻科(鍼灸)卒業後、熊本市内の鍼灸院で働く。
◆1976年(昭和51年)
9月6日  傷害事件を起こし八代簡裁で罰金1万5000円。
◆1977年(昭和52年)
5月25日 代々木ゼミナール入学。千葉県船橋市で針灸師として治療を始める。
◆1978年(昭和53年)
1月7日  松本智津夫が22歳のとき、石井知子(当時18歳)と結婚。千葉県船橋市で「漢方亜細亜堂薬局」開業。
7月22日 長女が生まれる。
◆1981年(昭和56年)
2月    健康食品と漢方の店「MBA薬局」開業。
4月    豊田商事の前身である、大阪豊田商事株式会社が設立。
◆1982年(昭和57年)
1月ごろ  出口充彦・由美子夫婦「東照寺」に逃げ込んで来る。
7月13日  松本智津夫が薬事法違反で東京簡裁で20万円の罰金刑を受ける。
月日不明   豊田商事株式会社に改名。
10月23日 モラー祖心尼 タイで死亡の外務省から連絡。
◆1984年(昭和59年)
2月14日 東京都渋谷区で「オウム神仙の会」を設立。松本智津夫が初めて「麻原彰晃」と名乗る。オウム(AUM)とはサンスクリット語で、Aは宇宙の「創造」、Uは「維持」、Mは「破壊」の意味。
5月28日 株式会社「オウム」を設立&登記。ヨーガ教室「鳳凰慶林館」でダイエット美容の指導や健康食品の販売を始める。この道場に保険会社の飯田エリ子が通い、会社同僚の石井久子もスタッフとして手伝う。
◆1985年(昭和60年)
4月ごろ 「東照寺」に背広姿の2人組が来て、出口充彦を謀議をする。その後、永野一男が、テレビの前で刺殺される。
秋    雑誌『ムー』(学習研究社)などに麻原彰晃などの「空中浮遊」写真を掲載。
豊田商事の悪徳商法が社会問題化。国民生活センターなどにより豊田商事関連の110番が設置された。
6月18日 豊田商事会長 永野一男が自宅マンション刺殺された。
◆1986年(昭和61年)
10月   本部を世田谷区に移転。
◆1987年(昭和62年)
7月    「オウム真理教」と改称。信者600人。すべての財産を投げ出して出家する制度を始める。出家信者を「サマナ」と呼んだ。
8 月   波和二会長名で「円天」を設立する。
11月   ニューヨーク支部を設立。
1988年(昭和63年)
3月    教祖の血を飲む「血のイニシエーション」、100万円のお布施が必要。
7月6日  麻原彰晃が幹部らとインドでダライ・ラマに謁見。
8月    静岡県富士宮市富士山総本部道場を開設。信者1500人。
9月22日 ★在家信者の真島照之(25歳)水死事件。遺体を焼却し、精進湖に遺棄。この頃、信者3000人。
◆1989年(平成元年)
月日不明 「円天」が健康寝具や、健康食品の販売を開始。
2月10日 ★信者の田口修二(21歳)リンチ殺害事件。
脱会しようとしたため殺害。
6月22日  坂本堤弁護士らが「オウム真理教被害対策弁護団」を結成。
8月    「真理党」を設立。
8月25日 東京都が「オウム真理教」を宗教法人として認証。
8月29日 オウム真理教が宗教法人設立を登記。
10月 2日 『サンデー毎日』によるオウム批判記事の連載開始。
10月21日 「オウム真理教被害者の会」を結成。
10月26日 早川紀代秀、上祐史浩、青山吉伸がTBSに抗議、放送中止を要求。
10月31日 早川紀代秀、上祐史浩、青山吉伸が横浜法律事務所で
坂本堤弁護士と面会。
11月 4日 ★坂本堤弁護士一家3人殺害事件。坂本堤(33歳)、都子
(さとこ/29歳)、龍彦ちゃん(1歳)の3人が死亡。
11月15日 坂本一家殺害事件公開捜査。
11月21日 麻原彰晃ら幹部、実行犯を含めてドイツに出国。
12月 1日 ボンで事件関与の否定記者会見。この頃、出家信者330人、
在家信者4000人。
1990年(平成 2年)
2月18日 衆議院総選挙に「真理党」25人立候補。全員落選。麻原彰晃は
1783票。麻原彰晃が遠藤誠一らにポツリヌス菌培養を指示。
4月16日 石垣島でセミナー。約2000人が参加したとされ、一人あたり
費用30万円。
5月    熊本県波野村約15ヘクタールの土地を取得し、造成を開始。
◆1991年(平成 3年)
春     山梨県上九一色村に教団施設群の建設を開始。
9月   麻原彰晃が朝日テレビ『朝まで生テレビ』に出演。
11月   モスクワに「ロシア日本大学」を設立。
1992年(平成 4年)
3月    麻原彰晃が約300人の信者を連れてロシア救済ツアーを実施。
4月    ロシアでラジオ放送『エウアンゲリオン・テース・バシレイアス』を開始。
9月    モスクワ支部を開設。
12月10日 東京都港区に東京総本部道場を開設。
1993年(平成 5年)
2月28日 村井秀夫らがロシアから自動小銃の部品や銃弾を持ち帰る。
3月   『麻原彰晃、戦慄の予言』を出版、1997年に「ハルマゲドン」が
起きると予言。
4月    早川紀代秀がオーストラリアを訪問、ウェスタン・オーストラリア州に
牧場を購入。
4月 9日 麻原彰晃が説法で初めて「サリン」について言及する。
5月   「円天」を 東京都渋谷区から新宿区に本社移転。
6月    台湾にパソコン会社「マハーポーシャ台北支店」を設立。
6月 9日 徳仁皇太子・小和田雅子―結婚の儀
6~7月  教団亀戸道場で2度に渡り炭疽菌を散布するが、悪臭を発しただけで
失敗に終わる。
6月 6日 ★越智直紀(25歳)逆さ吊り修業死亡事件。遺体は石井久子らが焼却。
8月    土谷正実がサリン大量生成方法を完成、村井秀夫はサリン70トン生産計画を麻原彰晃に説明し、了解を得る。
9月    第7サティアン完成。
10月25日 麻原彰晃が「教団施設が毒ガス攻撃を受けている」と説法。
11月    土谷正実と中川智正がサリン600グラムの生成に成功。村井秀夫は2人に5キロ生成を指示。モスクワで警備会社「オウムプロテクト」設立。
12月  早川紀代秀が旧ソ連製大型ヘリを購入。麻原彰晃が土谷正実にLSD製造を指示。
12月18日 土谷正実と中川智正がサリン3キロ生成に成功。八王子市の創価学会施設の周辺で噴霧し、池田大作名誉会長殺害を図るが失敗。新実智光がサリンを吸入し重体に陥る。
12月末  麻原彰晃が村井秀夫を通じ土谷正実と中川智正にサリン50キロ
生成を指示。
◆1994年(平成 6年)
1月30日 ★元信者の落田耕太郎(29歳)リンチ殺害事件。事件の概要はこちら
2月    中川智正らがサリン30キロ生成に成功。
2月28日 麻原彰晃が千葉市内のホテルに横山真人らを呼び、1000丁の
自動小銃製造を指示。
4月    村井秀夫が土谷正実に爆薬サンプルの製造を指示。富士川河口付近でサリンの噴霧実験を行い、中川智正がサリン中毒にかかる。
5月 1日 土谷正実と遠藤誠一がLSDの合成に成功。
5月 9日 滝本太郎弁護士サリン殺人未遂事件。
6月 1日 旧ソ連製大型ヘリが到着。
6月    教団組織として省庁制を採用。22省庁を開設し大臣と次官を設置。
6月27日 ★松本サリン事件が発生。7人が死亡、4人が重傷を負う。
7月    麻原彰晃が中川智正にサリン70トン生成を指示。
土谷正実がVXガス製造を開始。
7月10日 ★元信者の冨田俊男(27歳)リンチ殺害事件。
7月15日 ★中村徹(34歳)が温熱(50度)傷害致死事件。
8月    村井秀夫が青酸、ホスゲンなどの製造を指示。
10月   LSDや覚醒剤を使ったイニシエーションを開始。
11月   警察による捜索情報が流れ、サリンプラントを肥料プラントに偽装。電気ショックで記憶を消す「ニューナルコ」を開始。
12月 2日 駐車場経営者の水野昇(当時82歳)VX襲撃事件。
12月 5日 元日劇ダンサーの鹿島とも子の長女(当時19歳)監禁事件。
12月 9日 ピアニスト監禁事件。
12月12日 ★会社員の浜口忠仁(当時28歳)VX殺害事件。会社員の浜口を警察のスパイと決め付け殺害。
◆1995年(平成 7年)
1月 4日 被害者の会の永岡弘行会長VX襲撃事件。
2月28日 ★目黒公証人役場の仮谷清志(69歳)事務長の拉致監禁致死事件。
3月1日、仮谷清志さん死亡。
3月18日 麻原彰晃が村井秀夫に地下鉄サリン事件の総指揮を指示(リムジン内共謀)。
3月20日 ★地下鉄サリン事件。死亡者12人、重軽傷者5500人。
3月22日 上九一色村など全国の教団施設25ヶ所を強制捜査。この頃、出家
信者1600人、在家信者1万5000人、ロシアで自称3万人。
3月30日 国松孝次(当時58歳)警察庁長官狙撃事件。
4月 8日 林郁夫が逮捕される。
4月23日 村井秀夫(36歳)刺殺事件。
4月30日 新宿駅地下トイレに青酸ガス発生装置を仕掛けるが失敗。5月3日も同様に仕掛けるが失敗。
5月 5日 新宿駅地下トイレ青酸ガス事件。発火直後、駅員が消火。
5月 6日 林郁夫の自供で地下鉄サリン事件の全容解明。
5月16日 麻原彰晃が殺人容疑で逮捕される。東京都庁で小包爆弾が破裂し、秘書が重傷。
5月20日 神奈川県警が岡崎一明の自首調書を作成。
9月 6日 新潟県名立(なだち)町の山中で坂本弁護士の遺体が発見される。富山県魚津市の山中で都子の遺体が発見される。岡崎一明が逮捕される。
9月 9日 6日に続き、長野県大町市の山中で龍彦ちゃんの遺体が発見される。
10月 7日 上祐史浩が逮捕される。
10月30日 東京地裁が宗教法人「オウム真理教」に解散命令。
12月19日に東京高裁が教団側の即時抗告を棄却し、解散命令が確定。
12月14日 村山総理が破壊活動防止法(以下「破防法」)の解散命令申し立ての
方針を表明。
12月20日 公安調査庁が破防法の弁明手続きを官報公示。
◆1996年(平成 8年)
月日不詳  この年から「姉歯建築設計事務所による構造計算書(耐震強度)偽造」が始まったと思われる。
1月18日 公安調査庁で破防法の弁明手続き開始。
4月 9日 TBSの磯崎洋三社長が坂本弁護士インタビュー・ビデオ問題の
責任を取り辞任。
4月24日 麻原彰晃の初公判。
7月   「円天」がデジタル・ウェーブ株式会社を設立。
7月11日 公安調査庁が公安審査委員会に対して破防法上の「団体解散の指定」
処分を請求。
◆1997年(平成9年)
1月31日 公安審査委員会が「オウム真理教の将来の危険性を認めることは困難である」と判断し、破防法に基づく解散指定処分の請求が棄却された。
◆1998年(平成10年)
5月26日 地下鉄サリン事件などで東京地裁が林郁夫の自首と犯罪解明に対する貢献を認めて異例の無期懲役判決。
◆1999年(平成11年)
12月 1日 教団が初めて一連の事件への関与を認めて被害者への謝罪と補償を
明言した。
12月 3日 オウム新法(団体規制法、被害者救済法)が成立、27日施行。
12月29日 上祐史浩が広島刑務所から出所。
◆2000年(平成12年)
1月18日 教団の名称を「アレフ」に改称。上祐史浩が会見で麻原彰晃が一連の事件に関与していたことを初めて認める。
1月28日 午前5時ごろ、元出家信者の女性(28)が、神奈川県厚木市厚木町1のマンション屋上から飛び下り自殺。
1月31日 公安審査委が「アレフ」に対し、3年間の観察処分を決定。
群馬県藤岡市の元印刷工場に居住していたオウム真理教(アレフに改称)信者が完全 に退去。同施設は一時、信者約130人が生活する教団最大規模の拠点だった。又、野田成人容疑者の拘置理由開示手続きが、東京地裁(矢野直邦裁判官)で開かれた。オウム信者50人が住民登録している埼玉県八潮市が、教団が寄宿舎として使っていた伊勢野施設(同市伊勢野)から信者が退去したことを 確認したと発表。同施設には女性信者14人が住民登録していた。これで同市にある教団施設は同市大瀬の道場と同市南川崎の寄宿舎の2カ所となった 。
2月 4日 公安調査庁は、午前、各県警と合同で初の立ち入り検査を実施した。越谷市のほか、栃木県大田原市、茨城県三和町、岐阜県美濃加茂市、滋賀県甲西町の各施設が対象となった。
2月 8日 オウム真理教は、団体規制法によって観察処分を適用したのは憲法違反だと主張し、公安審査委員会を相手取り、処分取り消しを求める訴訟を東京地裁に起こした。また処分の執行停止も同時に申し立てた。
2月 9日 東京地検は、暴力行為の疑いで逮捕された野田成人幹部を処分保留で釈放した。
2月10日 公安調査庁が、単独で、横浜支部(横浜市中区)に立ち入り検査
2月15日 石原慎太郎東京都知事の4男で画家の延啓(のぶひろ)氏(33)が、オウム真理教の関係者であるとする怪文書を郵送するなどし、名誉を傷つけたとして、東京地検は、名誉棄損の罪で自民党東京都支部連合会(都連)の秋葉信行事務局長(58)を在宅のまま起訴した。
2月16日 坂本堤弁護士一家殺害事件や松本サリン事件の実行役として、殺人などの罪に問われたオウム真理教元信者端本悟被告(32)の公判で、弁護側が死刑判決の回避を求める最終弁論を行い、結審した。
2月29日 防衛庁などの官公庁や大手企業約80社が、オウム真理教(アレフに改称)の関連会社にコンピューターシステムの開発を発注していたことが、警視庁公安部の調べで分かった。教団側は、防衛庁のLAN(構内情報通信網)の構築に関与したほか、別の民間企業からは管理職数千人分のデータを入手していた。 防衛庁は、陸上自衛隊がインターネットに接続するためのLANの設置に際し、オウム信者がいくつかの陸自司令部に出向き、直接作業にかかわっていたことを明らかにした。同庁は、3月1日から運用開始予定だった同システムの稼働を当面延期して、チェックを行うという。
3月 3日 オウム真理教から公安調査庁への申し入れ
3月 4日 シンポ・地下鉄サリン事件から5年「私たちはあなたのことを忘れません」が、東京の日本プレスセンタービルで開かれた(主催:「サリン事件等共助基金」)。
オウム真理教が、教団横浜支部(横浜市中区)で記者会見。過去3年間にパソコンショップやソフト関連事業で約20億円の収益があったことを明らかにした。
3月 7日 麻薬及び向精神薬取締法違反と大麻取締法違反の罪に問われたオウム在家信者の無職三浦正人被告(46)に対する判決公判が。函館地裁で開かれ、土屋哲夫裁判長は、懲役二年六月、執行猶予四年、罰金二十万円(求刑・懲役二年六月、罰金二十万円)を言い渡した。
3月 7日 地下鉄サリン事件の被害者と遺族ら41人が元オウム真理教「諜報省」大臣の井上嘉浩被告(31)ら元幹部7人に損害賠償を求めた裁判で、東京地裁は、請求通り計6億6800万円余の支払いを命じた
3月13日 オウム真理教のロシア支部での活動で被害を受けた元信徒や家族 らに対し、モスクワ市のオスタンキノ裁判所は、約244万 ルーブル(約900万円)の賠償金を支払う決定。賠償金 の原資はロシア支部の建物。 被害者らでつくる「破壊的カルトから若者を救う委員会」に4月に 支払われる。 オウム真理教は95年4月18日、ロシアでの活動を禁止さ れた。ロシア最高検察庁は、精神的なリハビリが必要な元信徒や、 一家の稼ぎ頭を失った家族、信徒だった子どもを自殺で失った両親 、全財産を寄付した人など計26人を被害者と認定した。被害者らは賠償金を求める訴訟を起こしたが、モスクワ支部の日本人幹部らが姿をくらましたため審理は凍結。このため今年1月、被害者らは迅速な決定を最高裁に求めていた。
3月22日 オウム真理教関連のパソコン販売会社「ポセイドン」とパソコン部品仕入れ卸会社「エスビーアール」が、1998年の決算期までの1年間で、約80億円の売り上げ。2社には約8億円の申告漏れがあり、東京国税局は同日、約9億円を追徴課税する手続きを取った
4月14日 オウム真理教(アレフに改称)の関連ソフト会社が防衛庁の航空関係の部品管理システムを受注していたとされる問題で、航空幕僚監部(空幕)は、発注先のNECと富士通に調査を依頼したと発表した。
オウム真理教(アレフに改称)が記者会見し、出家信徒が経営するコンピューターソフト開発会社のうち5社が、過去に4つの中央省庁と警視庁から計11件のシステムを受注していたことなどを公表した。→
4月17日 建設省は17日、地方建設局の2システムにオウムの関連会社が孫請けなどで関与していたことが判明したと発表した。発注額計約1億7472万円のうち、同社の委託金額は約1251万円に上る。 同省によると、受注した東北地方建設局は1998年(平成10年)2月、工事・建設コンサルタント業務の契約実績、中国地方建設局は97年8月、道路占用許可業務に関する情報の管理システムをそれぞれ発注、一部が元請け会社から1-2社を経て教団関連会社に委託されていた。
4月20日 午後9時20分ごろ、東京都足立区千住旭町のオウム真理教施設から「女性信者が倒れている」と119番があった。救急車で近くの病院に運ばれたが、間もなく死亡した。死亡したのは1992年ごろ入信し出家していた女性信者(44)。同施設2階のふろ場で倒れているのを他の信者が発見した。
4月22日 松本智津夫被告の長女(21)が、銃刀法違反で逮捕された。
4月28日 三和町住民票不受理訴訟(第1回)
6月 6日 井上嘉浩被告の判決―死刑求刑
7月17日 豊田亨(32)―死刑求刑、広瀬健一(35)―死刑求刑、杉本繁郎(40)―無期懲役求刑の3被告の判決
7月25日 端本悟被告の判決―死刑求刑
7月28日 早川紀代秀被告の判決―死刑求刑
10月19日 さるさる日記―きっこの日記―始まる。
◆2001年(平成13年)
9月11日 米国、ニューヨーク世界貿易センタービル同時多発テロ。
9月12日 きっこの日記から。
>■2001/09/12 (水) 偏った報道
>世の中で一番儲かる商売は、何と言っても『軍需産業』だ。人を助けるクスリより、>人の命を奪う武器のほうが、高く売れるからだ。それに、武器を買ってくれる『お客>様』は、国民から税金を巻き上げてる『国』だから、お金は、いくらでもある。足り>なくなったら、増税すればいいだけの話だ。・・・中略・・・・・
>自分だけは絶対に安全な場所にいて、ボタンひとつで、海の向こうの罪も無い子供や>お年寄りを殺し続けて来た、アメリカの歴代大統領。それに荷担し続ける、日本の企>業。これだけ好き勝手にやって来て、仕返しされたからって大騒ぎするなっ!
11月   「円天」が株式会社L&Gあかりを設立。「協力金」の名目で出資の
募集を開始。
◆2002年(平成14年)
3月29日  九州大学医学部を合格して入学手続きを終えた元信者の入学を取り消 したことが明らかに。
10月25日 石井紘基衆院議員刺殺事件。
民主党屈指の論客が刃(やいば)に倒れた。25日午前、東京都世田谷区の自宅前で、刺され死亡した石井紘基衆院議員(61)=東京6区=
元NHK記者。夫人はロシア人。オウム問題を追及。
◆2003年(平成15年)
1月23日 公安審査委員会が団体規制法に基づく「アレフ」に対する観察処分について、公安調査庁の請求を認め、3年間更新することを決定した。
2月 7日 教団の名称を「アーレフ」に改称。
2004年(平成16年)
1996年(平成8年)から始まったと思われる「耐震強度偽装事件」のトンネル法人「財団法人 朝倉育英会(住所: 大阪市中央区(株)奥村企画事務所内、設立年月日: S53.12.22、代表者職名: 理事長 内河健)」の登記を「平成16年度全国公益法人名鑑 財団法人 公益法人協会」から、調べると「朝倉育英会、〒541-0056 大阪市中央区久太郎町3-5-26、理事長:朝倉 治雄」と記載されているから、この年の前後に「株)奥村企画事務所内、理事長 内河健」が、実務をしていた可能性がある。
内河健・朝倉治雄・奥村真吾以上3名の履歴は、次の通りである。
内河健
昭和8年12月22日 出身地:東京 関西大学卒業
昭和31年 内河経営コンサルタント設立→昭和46年 総研設立
朝倉治雄
昭和14年2月5日 出身地:大阪市 関西学院大学商学部(昭和36年)卒
日本ネクタイ組合連合会など
奥村真吾
昭和22年11月28日 出身地:大阪府 関西学院大学経済学部卒業
「内河健・朝倉治雄・奥村真吾」の3名を結びつけた者は、“出口充彦”である。
◆2005年(平成17年)
3月25日 愛知万博開催万博開催期間~9月25日(日)
4月    「円天」が 株主・社員研修会「実践 あかり天国」をスタートさせる
6月     NPO法人あかり研究所を設立。
9月25日  愛知万博閉幕 期間185日間
11月18日 千葉県の設計事務所(姉歯建築設計事務所)が耐震強度を偽造。
国土交通省は17日、千葉県の建築設計事務所が、建物の耐震性などを示す「構造計算書」を偽造していたと発表した。書類が偽造された疑いが強いのは東京、千葉、神奈川のマンションなど21棟。このうち少なくとも2棟は震度5強の揺れで倒壊の恐れがあるという。国交省は建物所有者らへの連絡を始めるとともに、建築基準法違反容疑で設計事務所を警視庁に刑事告発する方針を決めた。<怪人きっこの日記が発端>
11月22日 姉歯建築設計事務所による構造計算書偽造問題で、同事務所が1996年以降に設計に携わった物件は193件もあることが明らかになりました。
この中で共同住宅が89件あるとのこと。各都道府県では早速調査を始める模様です。
◆2006年(平成18年)
2月    「円天市場GINZA」をオープン
6月    「円天」が全国各地で有名演歌歌手やタレントを招いて無料コンサート
を開き、会員を募る。
9月15日 松本被告 死刑確定
松本智津夫被告に対し、最高裁第3小法廷(堀籠幸男裁判長)は、15日、控訴趣意書の未提出を理由に控訴を棄却した東京高裁決定を支持し、弁護側の特別抗告を棄却する決定を下しました。この結果、松本被告の死刑が確定しました。
松本被告の裁判は、1996年4月に東京地裁で初公判が開かれ、
2004年2月、死刑判決が言い渡されました。東京高裁の控訴審では、弁護人が訴訟能力を争い控訴趣意書を期限(昨年8月末)までに提出せず、裁判所は精神鑑定を行った上で、今年3月、控訴棄却を決定。弁護側の異議申し立てをして高裁が棄却したため、弁護側が最高裁に特別抗告していました。10年5か月が経過。
◆2007年(平成19年)
1月    「円天」が会員に「現金配当を円天に切り替える」「2008年2月まで解約に応じない」と通知。
2月    「円天」が現金配当を停止。
4月    「円天」の静岡県の会員が返金を求めて静岡地裁に提訴。
9月12日 オウム真理教の松本智津夫死刑囚(52)=教祖名麻原彰晃=の四女
(18)の未成年後見人に選任されていたジャーナリスト江川紹子さん(49)が12日、さいたま家裁に後見人の辞任許可申立書を提出した。
9月20日 「円天」の役員らを除くほとんどの従業員を解雇。
5月10日 公安調査庁が、団体規制法に基づき教団関連施設を立ち入り調査。
オウム真理教(上祐派)関連施設で複数の幹部信者が麻原死刑囚の肖像写真、出家信者がパソコンに麻原死刑囚の唱えるマントラ(呪文)音声ファイル、麻原死刑囚の化身とされるシヴァ神の絵を保管していることが確認された。
5月7日  オウム真理教(上祐派)上祐史浩が、「ひかりの輪」と称する団体を設立した旨を記者発表。
2ch掲示版から。
>果たして「ひかりの輪」の教義は完璧か?1
>1 :神も仏も名無しさん:2007/05/02(水) 21:19:01 ID:H3CroTHC
>今度こそ、教義、完璧ですよ!
>※ひかりの輪はオウム・アーレフとは無関係の団体です。
>いっしょにされては迷惑なので、そちらの話題は専用スレを
>ご利用ください。オウマーは出入り禁止します。過去世からの修行者、
>真摯でお布施をしてくださる一般人歓迎します。
>ひかりの輪
>教えと思想 修行体系 ヨーガ・気功
>密教修行 聖地巡礼 神仏音楽 神殿・法具
>基本理念
>オウム施設【『光輪』】
5月17日 愛知県長久手町では元暴力団組員の男が自宅に立てこもり、警察官ら3人が撃たれ、さらにSAT(Special Assault Team : 特殊急襲部隊) に所属する若い隊員が射殺される。
5月24日 緑資源機構談合事件 東京地検、証拠品紛失で7人処分。
元所沢市並木東小学校で、特殊急襲部隊の訓練実施。県警幹部視察。
5月27日 人気音楽ユニットZARDのボーカリストの坂井泉水(さかい・いずみ) さんが脳挫傷で変死していた。(慶応病院)
5月28日 第42代農林水産大臣「松岡 利勝(熊本県第3区)」自殺。午後零時18分。パジャマ姿で死亡(虎ノ門病院ではなく慶応病院に搬送。発見者は警護官)
2ch掲示版 >88 :名無しさん@七周年:2007/05/26(土) 21:10:09 jZXCmtYB0
>松岡逮捕は絶対にない。そのまえに彼は、自殺するか、突然死する。>突然死の方法としては、強いアルコールをがんがん飲ませ、足をもっ>てぶんぶんふりまわす。そして、脳溢血させる。死亡しなくても、廃>人にさせてしまえば、事件は闇に葬られる。
5月29日 午前5時15分ごろ、農林水産省所管の独立行政法人・緑資源機構の前身の森林開発公団理事だった山崎進一さん(76)が、横浜市青葉区青葉台1の自宅マンション駐車場でパジャマ姿で死亡しているのが見つかった。
10月 1日「円天」を東京都が立ち入り調査を実施。
10月 3日「円天」を出資法違反容疑で、被害届の出ている都県警察の合同捜査本部による強制捜索を受ける。
10月10日 波和二のブログによれば、新たに「元金円天市場」なる新たな市場を設立し、さらに資金集めを行っている事実が判明。
10月31日 会員11人がエル・アンド・ジーと波和二に対して破産の申し立てをする。
11月26日 東京地方裁判所によりエル・アンド・ジーの破産手続開始決定。負債総額は約880億円。
◆2008年(平成20年)
1月10日 東京地方裁判所により「円天」の波和二個人の破産手続開始決定。
3月22日 名古屋支部は木造2階建て民家で、1階に祭壇を備えた道場がある。上祐代表が出席して道場開き。
5月12日 中国 四川省で地震を偽装した「核爆発(現地午後2時35分)」を、“明仁・美智子天皇夫婦” と「葉山・逗子 湘南悪餓鬼一族=石原慎太郎、渡辺恒雄、そして、日本民間放送連盟会長の氏家斉一郎と浄土真宗両本山
26世 大谷光見」らが指揮して行う。
5月14日 カニカニ詐欺「国民生活センターによると、今年は既に195件(5月
14日現在)の相談が同センターなどに寄せられ、昨年1年間の172件を上回った。
5月20日 教団名を「アーレフ」から「Aleph」(アレフ)に変更した。
5月23日 公安調査庁は23日午前、オウム真理教(アレフに改称)を脱退した上祐史浩元代表が設立した新団体「ひかりの輪」の名古屋支部(愛知県豊明市栄町)に対し、団体規制法に基づく初めての立ち入り検査を実施した。
午前7時半ごろ、同調査庁の調査官が施設内に入り、信者立ち会いのもと活動実態などを調べている。名古屋市中区千代田にあるアレフ名古屋道場にも検査に入った。

以上が「出口充彦と由美子」夫婦が、実現しようと日夜疾走し続けている
“日本シャンバラ化計画=オウム真理教の国家統治構想”の過程の一部である。
この計画に、皇室―明仁・美智子・徳仁・雅子・愛子・秋篠宮・紀子・悠仁・高円宮・高松宮と旧皇族・旧華族の皇位継承権問題が絡みあって「戦争状況」である。それを報道する側の代表「日本民間放送連盟会長の氏家斉一郎」が、徳仁側に付いたり、明仁側に付いたりして勝手な報道を、国民の前に垂れ流している。“氏家斉一郎”も武勲を立てた暁には「天皇」に成ろうと虎視眈々と狙っている訳だが、勝敗は付いている。勝者は「出口充彦(黒骨)と雅子(白骨)」に軍配は上がっている。それは、一例で云えば「耐震強度偽装とオウム真理教」の創設から収益までの計画と、その分け前を「皇室関係者・政治家・官僚・宗教屋・司法警察職員」に均等に、詐欺集団創設者の「出口充彦(黒骨)と雅子(白骨)」から受け取っているから、“黒骨・白骨”から、二人に叛旗を起せば「マスコミや司法当局」から、叩かれてしまうから、手も足もでない。だから、勝敗は、先の悪餓鬼一族<「葉山・逗子 湘南悪餓鬼一族=石原慎太郎、渡辺恒雄、そして、日本民間放送連盟会長の氏家斉一郎と浄土真宗両本山 26世 大谷光見」>に決定している。これが、うまく行かなければ「黒骨(出口充彦)」は、戸籍上の2人子供「出口真希子・元美」を浄土真宗東・西本願寺の大谷一族に嫁がせて、今度は、【江戸時代から完全に完成されている国家統治機構】である“浄土真宗東・西本願寺の大谷家のシステム”を盗れば自動的に、先の“日本シャンバラ化計画=オウム真理教の国家統治構想”を実現できる訳である。
オウム真理教が黄色い声で叫ぶ「日本シャンバラ化計画=オウム真理教の国家統治構想と真理国基本律」とは、“浄土真宗東・西本願寺の大谷家のシステム”と指し示すものである。目新しい制度ではない。出口充彦が幼年期から身近で見聞きして学習した制度である。湯水の如く「金銭と女性と酒」を浪費しようと檀家に面倒をみさせて、自分は王様の生活を止めない。これが「皇室」でもある訳だ。金銭の収支が合わなくなったら、今度は戦争して核兵器で全てを吹き飛ばす訳だね。これが“浄土真宗東・西本願寺の大谷家のシステム”これを出口充彦が開山の団体 オウム真理教の言葉で言えば「日本シャンバラ化計画=オウム真理教の国家統治構想と真理国基本律」と成る。それを、証言しているのが、2007年5月2日―2ch掲示版―に書き込まれたものである。
>果たして「ひかりの輪」の教義は完璧か?1
>1 :神も仏も名無しさん:2007/05/02(水) 21:19:01 ID:H3CroTHC
>今度こそ、教義、完璧ですよ!
>※ひかりの輪はオウム・アーレフとは無関係の団体です。
>いっしょにされては迷惑なので、そちらの話題は専用スレを
>ご利用ください。オウマーは出入り禁止します。過去世からの修行者、
>真摯でお布施をしてくださる一般人歓迎します。
>ひかりの輪
>教えと思想 修行体系 ヨーガ・気功
>密教修行 聖地巡礼 神仏音楽 神殿・法具
>基本理念
>オウム施設【『光輪』】
これを読んで不思議に考えないでしょう?日本人は。何処が問題か分からない。それ位に性根が曲がっているんですよ。『何が修行か』分かっていない。
オウム真理教とアーレフやアレフでも、共通しているのが「佛跡参拝・神と仏という神仏混合思想・行者の山岳信仰」と、江戸時代に流行った「高尾山信仰」そのものである。それなら、問題など起さないが、次の一行が“浄土真宗東・西本願寺の大谷家のシステム”となる。それは「真摯でお布施をしてくださる一般人歓迎します」是で有る。真摯となにごとか?と怒鳴り飛ばしたくなるね。本当に。「修行」がお布施目的だと。この馬鹿野郎が。「修行」して金貰う馬鹿があるか?
<「修行」して金を貰う>これが、“浄土真宗東・西本願寺の大谷家のシステム”である。江戸時代から続く「檀家制度」が諸悪の根源である。寺に住んでいるだけで「修行」だと踏ん反り返って、本願寺も増上寺も「檀家」の頭の上で威張って、【「お布施」もってこい】と云う。真摯な布施も糞も在るものか。大乗も小乗でもない。【“お布施”もってこい】これで、どれだけ多くの人が苦しめられた事か?税金も盗られて、お布施も盗られて、命も取られる。これが、“浄土真宗東・西本願寺の大谷家のシステム”である。それを端的にやっているのが「親鸞会」である。「修行」は金にはなりません。それでも、「修行」するという者だけが「修行」すべきである。【「お布施」もってこい】が出口充彦の親鸞思想である。だから、次々と巨額詐欺を繰り返している訳である。だから、オウム真理教は「刈谷さん」を殺害してまでも【“お布施”もってこい】と叫んだわけである。教団内で多数の会社を設立して、そこで働く事が「修行」だという馬鹿があるか?もう一度云う。お前がどんな修行をしているのか?その代価として【真摯でお布施をしてくださる一般人歓迎します】と云うなら、もはやそれは「修行」ではない。手足を良く洗って、日の高い内に「実家」にお帰り。そして、家族の為に「家の掃除」をして、何時もニコニコと笑顔を絶やさず。馬鹿と云われても、利口だねと云われても、心が動かなく成ったら、今度は自分の意見を人に押し付けて、人に嫌われる努力をして、その次は、拒食過食に苦しんで、親や世間を呪いながら年老いて行けば良いさ。二度と「修行」と称して、他人からお布施を脅迫する言葉【真摯でお布施をしてくださる一般人歓迎します】などと馬鹿な事は云ったら許さじ。そして、再び<手足を良く洗って、日の高い内に「実家」にお帰り>これが、お前の云う【過去世からの修行者】アンタの事だよ。それなら、お前は悟っているから、生まれながらの仏だね。「釈迦族」に入れて貰えるよ。さて“浄土真宗東・西本願寺の大谷家のシステム”が在る限り、世界は日本の核兵器使用に恐怖しなければいけない訳だが。如何するかだ?「釈迦族」の日本人を。「基本律」の母法を、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』では、
以下の憲法の強い影響を受けていた。
大日本帝国憲法 – 第1章が国家元首の規定。国家元首の神聖性の明記。
社会主義国の憲法 – 後半の章に国章や首都を規定(中華人民共和国憲法・朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法を参照。もっともボリビアやオランダのように非社会主義国家にも憲法に首都が明記されている国家は存在する)。
としているが、制度や機構、それから「実現可能性」と日本の宗教制度から見たら、最も「基本律・日本シャンバラ化計画」に瓜二つの制度と機構を有するのは“浄土真宗東・西本願寺の大谷家のシステムと浄土宗と親鸞会”で在る。
それは、江戸時代260年の悪しき制度「檀家制度」に他ならない。それが、日本製原子爆弾製造を推進し完成させ、自国民である「広島・長崎」での地上起爆となった訳である。それが解らないのが日本人自身だから、どうしょうもない。是を古人は「馬を鹿と呼んだ」つまりバカである。

禅 17

牛久大仏(茨城県牛久市久野町2083)が“世界最大の仏像―1989年に着工、
1993年に完成。総重量:4000t、左手の平:18.0m、顔の長さ:20.0m、
目の長さ:2.5m、 口の長さ:4.0m、鼻の長さ:1.2m、
耳の長さ:10.0m、人さし指:7.0m。
地上高 :85m
施工:川田工業株式会社。(本社所在地 富山本社 富山県南砺市苗島4610番地、東京本社 東京都北区滝野川1丁目3番11号)
台湾で作られた6000分割の青銅の阿弥陀如来像を貼り付けた。

総工事費については、記載がない。しかし、東大寺の大仏が掌(てのひら)に乗るのと云うのだから、その大きさからして、日本政府が税金を投入しなければ建設は無理だと云える。さて、日本政府は浄土真宗に幾ら無償提供したのか?
だから、日本が世界で唯一の「釈迦族の正統な末裔」で有る事を証明している。だから、2001年3月9日にアフガニスタンのタリバン政権に政治資金を渡して、世界のメデァの前で「バーミヤン石窟佛像」の破壊を依頼した訳である。この時点で、世界最大の佛像は“牛久大仏(親鸞聖人ゆかり)”と決定した事になる。それが、最近のニュースでは「防衛省が自衛隊をアフガニスタンに派兵する」と言いだした。まったくこの国の「天皇と浄土真宗両本願寺 大谷一族」は“戦争好き”で困ったものである。「釈迦族の正統な末裔」で有る事を声だかに叫ぶだけでは飽き足らずに、高性能爆薬や核兵器まで持ち出して、世界中を壊して歩いている。予め“犯人”を用意して在るから、アメリカ政府も簡単に騙されてしまう。そのお陰で“アフガニスタン内乱やイラク戦争・イラン戦争・オークランド紛争・バリ島爆弾テロ・チェルノブイリ臨界爆発・東京地下鉄サリン撒布・イギリス地下鉄爆破・スペイン列車爆破・チェチェン紛争・米国911神風攻撃・米国バージニア工科大学銃乱射事件の黒幕・中国四川省地震偽装核爆発攻撃・・・・”等々星の数程ある。それら全ての謀略の動機は「釈迦族の正統な末裔」で有る事を世界が承認してくれて、その証として人類全員が「日本に対して世界の支配権」を認める事を求めている。この一見馬鹿馬鹿しい思想を、本気で実現すべく、日夜「謀略計画」を遂行している訳である。だから、決して馬鹿馬鹿しいでは済まされない物である。<世界の支配者=釈迦族の正統な末裔である皇室日本>と云う訳である。この世界唯一の「釈迦族の正統な末裔」を標榜して世界最大の“牛久大仏”を建立し、世界の佛教徒に“聖戦”を喚起して止まない戦争支持母体「浄土真宗東・西本願寺」の人間関係を次に記載する。
東本願寺
22大谷光榮―――23大谷光演―――24大谷光暢―――25大谷暢顕

大谷光紹      近藤ひでか(金英蘭)
│         │
│―――――――26大谷光見
二条貴代子←――|

二条秀淳    |
九条籌子     |――――――|
|      |
│―――22大谷光瑞   木辺弘子
西本願寺  │             |
21大谷光尊―――――木辺孝慈──────|──木辺宣慈


│―――大谷光明────23大谷光照─────24大谷光真

小泉家
綾部幸吉━━━━ナオ      (旧姓鮫島)
┃       小泉純也
小泉由兵衛━┳━小泉又次郎   ┠━━━━━━┳━小泉純一郎
┃ *━━━━━━━芳江     ┗━小泉正也
┃ 石川ハツ

┗小泉岩吉

大谷光見と近藤ひでか(金英蘭)夫婦が、「浄土真宗東・西本願寺」の覇権争うに終止符を打つとは思えない位に争いが熾烈だ。皇室の皇位継承権争いと「浄土真宗東・西本願寺」の戦争で、日本国内は既に疲弊している。此処で、“近藤ひでか(金英蘭)”について述べれば、「近藤ひでか」本名を金英蘭(韓国籍)と呼び、姓名の“近藤”は何処から来たかと云えば、日本精神医学界のフロイト派の重鎮「精神科医―近藤章久・妻 寿子」に入籍した為に、「近藤ひでか」となる。大谷光見と金英蘭は、「アメリカニューヨーク大の英語学校で同じ授業を受けていた時に、彼女とは、知り合った。」と書かれているが、これは「嘘」である。明らかに「政略結婚」である。その目的は「韓国と日本」の政治的な繋がりを目的としている。過去の日本と韓国間での政略結婚で言えば「李垠と梨本宮方子」が在る。<李垠:朝鮮王朝高宗(コジヨン)国王の第7王子(1897~1970。イ・ウン=日本名は昌徳宮李王垠〔りおうぎん〕>従って、
“金英蘭”の両親は、厳格な公務員の家庭の様に報道されているが、そうではない。韓国の王家の正統な末裔であり、職種としては「韓国の高級外交官(大使)」である。それは、媒酌人の名前が政略結婚で有る事を示している。更に、「近藤章久」が名門の血筋で在る事が、それを裏付けている。戦争回避ではなくて、日本の場合は「開戦の為の政略結婚」であるから、恐ろしい。
>■浄土真宗東本願寺派第26世法主・大谷光見
>週刊新潮2004年4/8号の「結婚」―『東京本願寺「26世法主」が貫いたニュ>ーヨークの愛』大谷光見法主の平成16年3月の結婚を伝える記事から。
>媒酌人は、香淳皇后の甥。すなわち、光見の祖母・大谷智子裏方の甥でも
>ある、久邇邦昭(久邇宮朝融嫡男)夫妻。
>大谷光見は、早大理工学部卒業後、ニューヨーク大の英語学校で、同じ授業>を受けていた時に、彼女とは、知り合った。父親が公務員で教育に厳しい家>庭に育ち、子供の頃から日本語、英語を学んだという。ニューヨークでは、>大学でファッション・デザインを学び、アパレル会社でデザイナーとして働>いていたが、光見と出会ったことで入信。東本願寺のニューヨーク法人を
>設立する際の協力や、同法人の門徒総代、理事会秘書、副代表を務めるなど>「裏方」さながらの活躍だったという。関係者によれば、「結婚に際し、大谷>家と長い親交があり小泉純一郎首相とも縁続きの近藤寿子様という方が日本>での母役を買って出られたんです。実のご両親も勿論、式に出席されました」

それでは「近藤寿子」と小泉純一郎家との関係とはどのようなものか?と云えば!小泉純一郎の祖父「小泉又次郎」の正妻は、綾部ナヲと言った。しかし、二人の間に子どもはなく、妾の「石川(のち山口)ハツ」との間に生まれたのが、一粒種の芳江(小泉純一郎の母)であった。また、精神科医・近藤章久の妻・近藤寿子は、血の繋がりはないが、「小泉又次郎の甥の娘」にあたる。
仮に「綾部寿子」とする。寿子は又次郎をおじいさん、11歳年上の芳江をお姉さんと呼び親しみ、又次郎は寿子(長姉)たち三人姉妹をよくかわいがり、
姉妹は、いつも小泉家に遊びに行き、過ごしていたという。
また、結婚前に箔をつけておいた方がいいという親類のはからいで又次郎の養女(綾部姓から小泉姓)となり、結婚にあたっては、小泉純也・芳江夫妻が万事取り仕切ってくれたという。つまり“姓名”は次の様に変化した「綾部寿子→小泉寿子→近藤寿子」と云う訳である。家柄即ち「名前」である。皇族は「宮さま」これが名前である。しかし、「綾部姓」の方が「小泉姓」より、格式が高いのに格式の低い「小泉姓」に甘んじたのは、江戸から東京に名前が変った理由と同じかもしれない。所謂「没落士族」と云う訳だ。しかし、更に「小泉又次郎」の色道楽から見れば、外妾の内の一人が「近藤寿子」と云う可能性の方が遥かに高い。即ち、小泉純一郎とは「腹違いの兄妹」となる。
次に「精神科医・近藤章久」についての略歴は、次の様である。
■精神療法家・近藤章久
若き日の大谷光紹は、昭和25年から29年まで単身アメリカに留学し、宗教哲学を学び、アメリカで仏教学を教えていた禅の大家鈴木大拙に師事した。
また、生涯の友・ブレーンとなる精神科医の近藤章久とも出会い、親交を深めた。山口県出身の近藤章久は、岸信介・佐藤栄作兄弟とは遠縁にあたり、
また、身内にも歴史上の有名人とまではいかないまでも、けっこう有力者がいたようである。山口県出身(長州藩)の近藤章久は、岸信介・佐藤栄作兄弟とは遠縁にあたり、また、身内にも歴史上の有名人とまではいかないまでも、けっこう有力者がいたようである。近藤章久は、若かりし頃、特異な体験をしている。それは、二つの暗殺現場の目前に居合わせたこと。
*ひとつは、浜口雄幸首相の東京駅での現場。(犯人は愛国社)
あまりにも近くにいたので、仲間ではないかと疑われたという。
もうひとつは、浜口内閣、第二次若槻内閣の蔵相・井上準之助暗殺。(犯人は血盟団)
この記述では、有力者としか分からない。有力者とは長州藩から出た「明治政府の要人」という意味だね。それは、最後の「政府要人の暗殺現場に、2回も偶然出くわしたという奇異な体験」という記述である。これは、長州と玄洋社・黒龍会が犯人だから、近藤章久の役割は「暗殺の確認」作業である。それで、出世できた訳である。任侠の小泉又次郎とは、さぞかし馬が在った筈である。だから、現在の小泉純一郎とは、秘密を共有する中と云う意味で懇意な訳だ。
因みに「精神科医・近藤章久」の業績を記しておくと。
1911年生まれ。
東京大学法学部を卒業したのち、映画館経営、学校の開設、旅行会社勤務、貿易業などを経て、終戦後35歳で慈恵医科大学に入学した。
卒後、精神医学を志し渡米。新フロイト学派の精神分析家カレン・ホーナイと出会い、師事した。ホーナイの死後、アメリカ精神分析研究所の講師をつとめた。この間、鈴木大拙、大谷光紹と邂逅、親交を深めた。
帰国後1958年に精神療法専門のクリニック(目黒区八雲)を開設し、以後1999年に87歳でその生涯を閉じるまで、40年間を診療と治療者の育成に捧げた。
昭和13年 八雲高等女学校創立、初代校長近藤敏男先生就任。
昭和21年 GHQ高官夫人を招き英会話の授業が始まる。
昭和22年 学制改革により、八雲学園中学校高等学校となる。
昭和25年 校長に近藤菊枝先生就任。
昭和31年 校長に近藤隆彦先生就任。
昭和33年 創立20周年を記念し、学校設備近代化に着手する。
昭和37年 冬のスキー教室開始「菅平」
昭和41年 春のスキー教室開始「妙高高原」
昭和44年 八雲学園中学校休校
昭和50年 校長に近藤章久先生就任。
昭和53年 創立40周年を記念し、校舎設備計画に着手する。
昭和57年 海外研修旅行開始「ロサンゼルス」
昭和59年 校外教育施設箱根スクール第1号館完成。
昭和60年 校外教育施設箱根スクール第2号館完成。
昭和63年 創立50周年を迎え記念式典が行われる。
平成 6年 アメリカ・サンタバーバラに海外研修施設「八雲レジデンス」完成。
平成 7年 校長に近藤彰郎先生就任。
平成 8年 八雲学園中学校再開。
平成10年 創立60周年を迎え記念式典、祝賀会が行われる。
平成11年 全室冷暖房完備となる。
平成13年 体育館改装。
平成14年 体育館空調完備。
平成16年 LL教室改装。
東京私立中学高等学校協会会長 近藤彰郎挨拶から。
< 私達の学校は、創立者の近藤敏男がアメリカで事業を起こして財を成したこともあって、創立当初から英語教育やアメリカに思い入れがありました。>
近藤敏男の親族が「近藤章久」なのだから、東京帝国大学もアメリカ留学もできた訳だ。明治の人は英雄伝説が好きだから、結果として「嘘」しか言わない。
「明治の人の英雄伝説」は便所紙にもならない。こんなものは蹴っ飛ばせ。
精神科医“近藤章久・森田正馬(森田療法)”の東洋療法とは「精神状態をゆったりと構えて、起こり来る恐怖(おそれ)を時間の経過として捉え、“恐怖を相手にせず。邪魔にせず”」というものらしい。これは、書家“相田みつを”の云う「そのままで いいよ」ですね?全国の精神科医の皆様。“あるがままの姿
それが自己“ですか?やはり「フロイトもユングも蹴っ飛ばせ」とはいかない訳ですかね。それにしても、喜劇王チャールズ・チャップリ(Charles Chaplin)の母親を診療したイギリスの精神科医は酷いね、真冬に裸にして冷水をかける訳だか。貧困と病に冷水をかけたら、誰でも発狂する。それが「治療」だった時代から。話しとして出来すぎたリチャード・ダンブロジオ著の「ローラ、叫んでごらん―フライパンで焼かれた少女の物語:サイマル出版会刊」というのも在る。さて「人間はあるがまま」の精神か?キリスト教の「神としての存在であるか?」である。精神医学は「宗教」とは距離を置きながら、精神病患者と云うラベル張りに悪戦苦闘している。宗教の戒律が精神患者を生み、政治家の権力ボケが、国民の自由を奪い精神病患者を増やして行くのか?少なくとも、アメリカ政府が恐れた「第三帝國 独裁者アドルフ・ヒットラー」を完全と批判できたのは、先の“チャールズ・チャップリ”一人だったという寂しい現実を見つめて、精神科医は果たして「平和を望むのか?戦争を推奨するのか?」であるが?その答えは「浄土真宗東・西本願寺を代表した“大谷光紹”と精神科医・“近藤章久”と禅の大家“鈴木大拙”」との関係が、大東亜戦争を指導した事を見れば分かる。過去の轍を踏むか?過去から知恵を学ぶか?だ。其処が、佛教で云う「人間と餓鬼畜生」の分岐点である。親鸞が自分自身を聖人と言った「釈迦族」は、中国に水爆を地表近くで起爆させた。是が「釈迦族」である。これが禅宗の「相手にせず 邪魔にせず」であり「天上天下 唯我独尊」の精神世界である。釈迦族は“悟り”を否定している。それが、釈迦族である。
その代表が「浄土真宗東・西本願寺、禅宗」であり、その両方に跨って思想を実践したのが、出口充彦(黒骨)と雅子妃(白骨)が開山「オウム真理教の化学兵器武装と四川省 地震偽装核爆発」という世界である。
出口充彦(黒骨)と雅子妃(白骨)は、これが「釈迦族」の人類に対する説法であると叫んだ。それは、大東亜戦争の1945年8月6・9日に人類史上初「広島・長崎」の動植物そして人間に対して使用して「日本製原子爆弾」地上起爆の際に喝采を叫んだ「釈迦族」の名前は次の者である“原田祖岳・香淳皇后・裕仁・山本玄峰・鈴木貫太郎・寺崎秀成・重光葵・東条英機・大森曹玄・浄土宗両本願寺 大谷一族・三笠宮・秩父宮・高松宮・安川第五郎・太田清蔵・松井石根・湯川秀樹・仁科芳雄・山本洋一・田中館愛吉・折口信夫・・・・最後が裕仁天皇か?”これらは、すでに“人間を終わっている”と辛うじて“精神のバランス”を失はなかった人間は思うのだが。原子爆弾起爆成功に喝采を叫んだ「マッドサイエンティスト(Mad scientist)」が信仰する「釈迦族の思想」。現代科学者が無批判に“物質と精神世界”を結びつけた言葉「科学も佛教の悟りに近づいた」である。チベット密教のダライラマが量子力学を語り、インドの知者が“物質と精神世界”を詩で吟じたとか云うのだから、「釈迦族」の考え方は、明らかに「精神のバランス」を欠いている。それを是正出来ないのが、精神科医の世界である。「釈迦族」の言い分に振り回されている。
問う『精神世界を持ち来たれ』
是に対して、『釈迦族は中国 四川省の水爆起爆で答えた』
これが『釈迦族』の悟り“あるがままの姿で問題ないではないか”である。
これで、皆さんがよければ、釈迦族(黒骨・白骨)は、再び原爆を起爆させる訳だが?ノルウェー始め、バルト三国は、日本との貿易を停止する事を既に決定した。日本政府は旧三国同盟(日本・イタリア・ドイツ)の方向で戦争体制に入った。それは。アフガニスタン自衛隊派兵・北朝鮮からのミサイル発射・オーストラリアのカンガルー(わからない)駆除対策開始。等々であるが、石油が止まれば、経済が破綻して日本政府が立ち止まる。そしたら「日本共産党」が更なる「全体主義」の方向へと走り出すわけだ。関西経済界の料亭政治拠点「船場 吉兆」は倒産させられた。これで関西経済の地盤沈下は加速した事になる。オウム真理教が目指したのは「全国民 役人制度」である。これこそ、完全なる縦型社会だ。上からの「指導指示書」の命令道理にしか動けない。今でも「自転車の乗り方、下り方から、書類の一行一字まで基準ができた」その基準からは、絶対に外れたら「罰金」だ。これを全体主義と呼ばずに、何と呼ぶのだろうか? 釈迦族(黒骨・白骨)だけは、すき放題に暴れ廻っている。お釈迦さんじゃ、仕方ないというのが、日本人である。現人神と呼ぼうが、象徴と呼ぼうが、それは「釈迦族(黒骨・白骨)」の呼び名である。

禅 18
釈迦族一覧。
1、原田祖岳の僧俗併せた“法灯”<安谷白雲、山田耕雲、太地玄亀、井上義衍、渡辺玄宗、石黒法龍、原田湛玄、原田雪水、岡田利次郎、飯田とう隠、愛宮真備神父(ラサール神父)、ホワイトさん(米国)、フィリップ・カブロ(米国)、佐藤正真、中川宗淵、和賀康躬、前角博雄、出口充彦(鉄城)>等が上げられる。そして、その孫弟子までと伸びていく。
2、惣滑谷快天(駒澤大学学長)・中原燈州・浄土真宗大谷一族始め、日本の佛教界の指導者は、全て“釈迦族”
3、チベットの「ダライラマ14世」と太田誠一と安倍晋三・昭恵夫婦。
麻原彰晃が幹部らとインドで「ダライ・ラマに謁見(1988年7月6日)」
4、神奈川県 葉山・逗子近郊「パパズカフェ=二宮 寛」に集う、“湘南悪餓鬼一族=石原慎太郎、渡辺恒雄、そして、日本民間放送連盟会長の氏家斉一郎と浄土真宗両本山 26世 大谷光見」と、
シャープ電機の令嬢「横山可奈子」。
5、世界的カルト教団「親鸞会」と「法然」信者と成る。
6、“香淳皇后・裕仁・山本玄峰・鈴木貫太郎・寺崎秀成・重光葵・東条英機・大森曹玄・浄土宗両本願寺 大谷一族・三笠宮・秩父宮・高松宮・安川第五郎・太田清蔵・松井石根・湯川秀樹・仁科芳雄・山本洋一・田中館愛吉・折口信夫・・・・
それならば、日本人全部が「釈迦族」という事になる。

「禅 16」や耐震強度偽装の項で書いた<さるさる日記―きっこの日記>の問題であるが、「耐震強度偽装」の内容の詳しさからして、耐震強度偽装をしていた“犯人=黒骨(出口充彦)”が、きっこの日記に書いているとしか考えられない。「きっこの日記」の著者は複数いると考えた方が良いようだ。何故、“犯人=黒骨(出口充彦)”が、本来切り捨てたくなかった「金鉱脈=財団法人 朝倉育英会」まで捨てたかと云えば、“犯人=黒骨(出口充彦)”が徳仁皇太子側について、明仁・美智子夫婦を失脚させて、白骨(雅子妃)の治世にしたかったからである。だから、「金鉱脈=財団法人 朝倉育英会」から資金提供を受けていた「小泉純一郎や明仁・美智子夫婦」を標的にして、マスコミ攻勢をかけただけである。
次に「禅16」に記載した<さるさる日記―きっこの日記―>の疑問点である。
◆2000年(平成12年)
10月19日 さるさる日記―きっこの日記―始まる。
◆2001年(平成13年)
9月11日 米国、ニューヨーク世界貿易センタービル同時多発テロ。
9月12日 きっこの日記から。
>■2001/09/12 (水) 偏った報道
>世の中で一番儲かる商売は、何と言っても『軍需産業』だ。人を助けるクスリより、>人の命を奪う武器のほうが、高く売れるからだ。それに、武器を買ってくれる『お客>様』は、国民から税金を巻き上げてる『国』だから、お金は、いくらでもある。足り>なくなったら、増税すればいいだけの話だ。・・・中略・・・・・
>自分だけは絶対に安全な場所にいて、ボタンひとつで、海の向こうの罪も無い子供や>お年寄りを殺し続けて来た、アメリカの歴代大統領。それに荷担し続ける、日本の企>業。これだけ好き勝手にやって来て、仕返しされたからって大騒ぎするなっ!
<さるさる日記―きっこの日記―>が始まったのが“米国、ニューヨーク世界貿易センタービル同時多発テロ”の丁度一年前である。是は、偶然ではない。それは、2001年9月11日の書き込みに現れている。日本の「軍需産業」は民生品を隠れ蓑にして輸出されているという記述は、まあー成る程とは思うのだが、次の【これだけ好き勝手にやって来て、仕返しされたからって大騒ぎするなっ!】と云う意味である。アメリカ政府の庇護の下、日本政府は好き勝手やってきたのだから、仕返しされてもしかたない。という論議は何処から来るのだろうか?「9・11事件」当時は犯人は“イスラム過激派 アルカイダ”だと騒がれていた。だから、日本は自衛隊を今日現在でも、米軍の後方支援と称して、イラクの制空権を支配している訳だが、-きっこの日記―の論法では、9・11のテロの犯人は「日本」だと云っている事になる。確かに9・11テロは「日本の内閣情報調査室の謀略」だ。しかし、事件当時の2001年9月11日にその事を知っていたのは「内閣情報調査室と葉山・逗子のパパズカフェのメンバー」位である。ならばーきっこの日記―を書いているのは“日本政府のトップ”という事になる。《お年寄りを殺し続けて来た、アメリカの歴代大統領。それに荷担し続ける、日本の企>業。これだけ好き勝手にやって来て、仕返しされたからって大騒ぎするなっ!》米国9・11テロで仕返しをされたのは「日本企業」ではない。イラクの“サダムフセイン大統領”である。
―きっこの日記―では、2001年9月12日に米国から、仕返しされているのは「日本企業」だとはっきり記載されている。これは、9・11テロが本当は「日本の内閣情報調査室」が犯人だと解った、2007年末~2008年にかけてである。ならば、2001年当時何故―きっこの日記―は日本政府の「内閣情報調査室」が犯人で、「日本企業」が仕返しされている2008年に話を、2001年にかけたのかである。それは、やはりーきっこの日記―の管理人が、徳仁・雅子夫婦と“黒骨(出口充彦)”と云う事を証明している。
―きっこの日記―はこれで世界戦争に持ち込めると興奮しすぎて、つい本当の犯人(日本政府)の名前を書いてしまった訳だ。日本の企業ぐるみの犯行で在ると。
2008年 6月 6日 榎 本 東 州 記

禅 19

“黒骨(出口充彦)”が、オーストラリアで行う「佛教」を以下に掲示すると。
オーストラリア坐禅会 開催予告
日時 2008年(平成20年)7月18日から20日までの3日間
場所  Hwazan Buddhist Association
139 Clagiraba Road Clagiraba 4211 Gold Coast
(ゴールドコースト近郊の台湾・浄土宗寺院をお借りして開催)

何故、曹洞宗の東照寺が、禅宗のお寺で「座禅の指導」ができないのか?で在る。それは、ブラィアン・アンドルー・ヴィクトリア著「禅と戦争」の影響が大きいのだろう。そこで「浄土宗」を持ってきた訳だね。オーストラリアの宗教界に喧嘩を売りに行くのだかね。如何かしている。先にも書いた様に、出口充彦の高校は「法然上人」を信仰する教団系であるが、それよりも「親鸞会」と「浄土真宗東・西本願寺26世 大谷光見」との親族(大谷光見の妾に出口真希子がなるから)としての布教である。浄土宗や浄土真宗は積極的に世界に出て行って「布教」している。それは、戦中に満洲国や朝鮮総督府・台湾総督府に出て、布教していた手法である。だから、現在「仏像」全てが台湾の仏師によって制作されているのが、実情である。だから浄土真宗東・西本願寺の「牛久大仏」の“青銅の阿弥陀如来像に貼り付けられた、6000分割のパーツは台湾で作られ訳である。オーストラリアのゴールドコースト近郊の「台湾・浄土宗寺院」で禅の指導をする目的は、「戦争禅」である。何故なら、過去において、
オーストラリアでオウム真理教が「毒ガス サリン」の撒布実験をしていた事を、オーストラリア政府は忘れたのだろうか?そのオウム真理教の開山である
“黒骨(出口充彦)”自身が布教に行くのだから、やはり「サリン座禅」だろう。そうは思いませんか?“ブラィアン・アンドルー・ヴィクトリア”氏の云う「企業禅」の結果である。オウム真理教株式会社の社員を指導した“黒骨 出口充彦(曹洞宗 国際参禅道場 東照寺)”の「企業禅=戦争禅」である。
2008年 6月 6日 榎 本 東 州 記

禅 20

次に【日本の釈迦族の悟り】の一部分であり、それが全てで有る事を理解する為に、丁度よい教材を「読売新聞大阪本社」が立命館大学 衣笠キャンパスでリレー講座として開講しているので「目次」のみでは有るが、照会しておく。
リレー講座には、全国の知事が行った物もある。当然、埼玉県知事 上田清司が一番に講義している。どうせ、如何に「東大卒の芸能人 菊川玲を餌付けできたか」を講義した筈だ。何!餌付けの話は講義の後か?それなら、県庁 NPO法人担当職員を自殺に追い込む方法でしょ・これは最近の話か?そうではありません。既にリレー講義の時に発言しています。それに気がつかないだけです。

リレー講座 現代社会と宗教Ⅱ 「宗教者に聞く! 日本編・上」
読売新聞社大阪本社編   発行 株式会社 宝蔵館
2007年1月15日刊(講師の肩書は、2005年当時のものです。)
立命館大学 衣笠キャンパスが行われたリレー講義シリーズ。
*但し「出版本」には講義の日時が記載されていなかった為、立命館大学のHPから、記載の有った講義についてのみ転載した。又、海外からの招いた宗教関係者も居た事がHPからは伺えるが、講義の詳細についての記載はない。

第 1回 いのちを尊ぶ仏教 浄土真宗本願寺派門主 大谷光真
第 2回 いのちをケアする 神宮寺 住職 高橋卓志
第 3回 自他の分別を超えて 真言宗大覚寺派宗務総長 坂口博翁
<2005年4月25日(月)>
第 4回 日本仏教と戦争 前臨済宗妙心寺派祥福寺僧堂師家 河野太通
第 5回 二十一世紀は共生の時代 浄土宗宗務総長 水谷幸正
<2005年 5月16日(月)>
第 6回 宗教者の使命 薬師寺管主 安田暎胤
第 7回 劇場寺院の創造 浄土宗大蓮寺住職・應典院住職 秋田光彦
第 8回 宗教間対話の努力 比叡山延暦寺学問所所長 小林隆彰
第 9回 イスラームから仏教を見る 東大寺別当 森本公誠
第10回 現代を生きる清水の心 清水寺貫主 森 清範
第11回 一滴の水も集れば・・・ 日蓮宗大本山池上本執事長 早水日秀
第12回 仏教と先祖教 法然寺貫主 梶田真章
第13回 現代に生きる禅の心 臨済宗相国寺派管長 有馬賴底
第14回 現代の宗教教団 国学院大学教授 井上順孝

リレー講座 現代社会と宗教Ⅲ 「宗教者に聞く! 日本編・下」
第15回 キリスト教と社会活動 カトリック名古屋教区司教 野村純一
<2005年9月26日(月)>
第16回 禅とは何か 臨済宗東福寺派管長 福島慶道
<2005年10月3日(月)>
第17回 森に生きる神道 秩父神社宮司 薗田 稔
第18回 カルトからの脱出 アッセンブリー京都教会牧師 村上 密
第19回 世界平和への責務 WCRP・世界平和宗教者会議
日本委員会事務総長 畠山友利
第20回 都市寺院の現代的役割 一心寺長老 高口恭行
第21回 情報と組織を排す 法相宗大本山興福寺貫主 多川俊映
第22回 神仏習合と日本の宗教 三十三間堂本坊
妙法院門跡門主 菅原信海
第23回 世界遺産の霊場から 金峯山修験本宗宗務長 田中利典
第24回 現代のお遍路  普通寺執行長 樫原禅澄
第25回 禅の文化・神の文化 天龍寺国際禅堂師家 安永祖堂
第26回 生と死の自己決定 NPOりすシステム代表理事 松島如戒
<2005年12月12日(月)>
第27回 和の精神 聖徳宗管長・法隆寺住職 大野玄妙
第28回 いのちの教え 真宗大谷派前参務 安原晃
第29回 現代日本の宗教現象 衰退か変化か 英国・ランカスター大学教授イアン・リダー

「浄土真宗本願寺派門主 大谷光真」については、「禅 16・17」で述べた。次に「前臨済宗妙心寺派祥福寺僧堂師家 河野太通」については、後付の資料に“戦争反省文”を添付する予定でいるから、そちらを見て頂ければ幸いです。ただし、“河野太通”も雀百まで踊りを忘れずの仲間だと云う証拠がある。それは<2005年7月29日(金)東京/千代田区(帝国ホテル・孔雀の間)で行われた。楊名時(楊名時八段錦・太極拳師家、日本健康太極拳協会最高顧問の楊名時) の「お別れの会(日本健康太極拳協会の主催)」に三笠宮崇仁殿下、河野太通老師、帯津良一先生、金澤弘和先生、韓慶愈先生他の多くの参列者が黙祷
の後、お別れの言葉と共に献花を行いました。{2005年7月3日 川越・帯津三敬病院にて死去}>大東亜戦争を指導した「三笠宮崇仁殿下」と同席して献花している訳だ。宮様は戦争とは別という考え方が、宗教が未だ「天皇」を釈迦族だと認識していて証左である。“河野大通の反省文”は軍隊なら「甲種合格」の論文である。これなら未だ、小学生の日記のほうが良い。馬鹿たれ“河野大通”三途の河で赤鬼青鬼の警策をしこたま受けなおして来い。それが「釈迦族」にはお似合いだ。
さて、此処では上記 立命館大学 リレー講義の「第17回 森に生きる神道 秩父神社宮司 薗田 稔」を問題とする。それは、「石川県 気多神社(通称:気多大社)・鎌倉 鶴岡八幡宮」を私有財産化している問題ではない。「神道=鎮守の森の番人」を標榜して、東京大学や京都大学で国費(国家公務員)で「秩父神社宮司 薗田 稔」が愛知万博の指導をし、林野庁と宮内庁の指導監督権を独占し、その結果として、「農林水産省所管の独立行政法人・緑資源機構の前身の森林開発公団で、現在、独立行政法人 緑資源機構は、平成20年4月1日をもって解散し。業務の一部は独立行政法人森林総合研究所と独立行政法人国際農林業研究センターに承継した。)」という「松岡勝利農相や理事 山崎進一氏」の自殺に追い込んだという問題もある。愛知万博で指揮した「秩父神社宮司 薗田 稔」もパジャマ姿で自殺体になっていた訳だから、やはり「松岡勝利農相山崎進一」を殺害したと云える。しかし、「秩父神社宮司 薗田 稔」が、そうはならなかったのは、出口充彦(黒骨)・徳仁皇太子と組んで、榎本東州の強制執行(家財道具全てを処分)に関与しているからである。しかし、悪行三昧をしてきた「秩父神社宮司 薗田 稔」の行く末は、“鎮守の森の番人”らしく富士の樹海で白骨か黒骨かになっている訳だ。そうだろう!何しろ黒骨(出口充彦)の悪行を支えて来たのだから、富士の樹海で黒骨化(炭化)するしか道はない。黒骨(出口充彦)がサイトで、「神官さんとも知り合いになりました」と書いているから、その神官とは“薗田 稔“の事である。今回の皇位継承権問題では、明らかに「出口充彦・雅子・徳仁皇太子」について、「愛知万博」以来権勢を欲しいままにしてきた暴君「宮司」には、森の住民が怒っている。<英国・ランカスター大学教授イアン・リダー>教授に、日本の釈迦族の始末を考えて貰うか?しかし、イギリス人なら“世界中に読者がいるピーターラビットの作者ビアトリクス・ポター女史”の故郷だから、宗教よりも「森の番人」の処分の仕方の方が専門かもしれない。
薗田 稔(そのだ みのる)の履歴。
1936年生れ。 埼玉県秩父市出身(秩父神社)。
埼玉県立熊谷高等学校卒業。
1960年東京大学文学部宗教学科卒業。
1965年東京大学大学院博士課程修了。
1972年に國學院大學講師。
1974年に國學院大學助教授。
1981年に國學院大學教授。
1991年京都大学教授。
2003年國學院大學神道文化学部特任教授を歴任。
現在の肩書きー日本の宗教学者。秩父神社宮司。埼玉県神社庁長。
神社本庁理事。京都大学名誉教授。皇學館大学特任教授。
それと【特定非営利活動法人 神道国際学会の会長】である。
特定非営利活動法人 神道国際学会の情報は、以下。
名称:ISF-「インターナショナル神道ファウンデーション」
住所:〒132―0035 東京都江戸川区平井5-22-9 田中ビル3階
電話&ファックス:03-3610-3975

何とも“満点な履歴”ですね。神社本庁理事の肩書きを有効に利用して、榎本東州の「強制執行(4トントラック3台分の書籍を、秩父神社の物置きに隠蔽した)」では埼玉県知事 上田清司や出口充彦と司法警察を利用して、悪逆三昧だ。これが「宮司」の権力志向を如実に表している。それは榎本東州に使った手口と全く同じ手段、即ち<行政機関(埼玉県庁・所沢市役所・保健所)と司法機関(警察署)とヤクザ>の3点セットで、石川県羽咋市寺家町ク1に在る「気多神社(通称:気多大社)」の住民を恐喝している事でも解る訳である。石川県だから、森喜朗元首相や綿貫民輔(国民新党党首)が絡んでいる事は間違いない。問題は「明治神宮」が神社本庁から“独立”した事に関係して、全国の神社の独立を、阻止しなければ神社本庁が計画している「世界 神道思想化計画」が頓挫するからである。それは、明治維新の時期、玄洋社の如く暴れた「萩の鳥尾得菴(小弥太)」に禅の指導受け、後に原田祖岳に参禅した「神官 川合清丸」の思想である。それが、2008年の今日「明仁・美智子夫婦と黒骨(出口充彦)・白骨(雅子妃」の手に拠って実現されようとしている。
満洲帝國政府・朝鮮総督府・台湾総督府で実現できなかった「皇民化計画(世界人類は天皇の赤子であるという思想)」を21世紀に布教しているだけである。
形と看板が違えて擬態しているから気が付かないだけである。それは「音楽」に乗って布教している。薗田稔の履歴には書かれていないが、「薗田 稔」の父親は“駒沢大学で音楽”の教授をしていた訳である。そして、外に「妾」が沢山いた関係で、腹違いの子供が沢山いるという「英雄」である。だから、「薗田 稔」は出世しなければ親に認めて貰えないから、“勉強”した訳だね。ところで「曹洞宗 駒沢大学で音楽の教授」だったという経歴からした。「薗田 稔」の父は“宮内庁雅楽部”の指導者だった訳だ。それなら「天皇家」とは関係が在った訳だから、当然「薗田 稔」出世できたと云える。そして、黒骨(出口充彦)が教祖の「オウム真理教(ひかりの輪)」が修行項目に上げている。{神仏音楽=神仏混合思想}の教授でも在る訳だ。よかったね。オウム真理教の教官もできて、それなら「有名」だから、少なくともオウム真理教から、サリンを撒かれる事はない。ただし、薗田 稔はサリンを撒いた側である。それが「愛知万博」で森の再生を講釈する訳だね。表看板の大学教授の時には「森の再生」を講義し、本職の「日本の神道(宮司)」の仕事の時は、オウム真理教の開山“黒骨(出口充彦)白骨(雅子妃)”と共闘を組んで、地下鉄でサリンを撒布して歩いている。しかし、此処で疑問点がある。それは、果たして「薗田 稔と出口充彦」だけの関係で、“黒衣の宰相 出口充彦”が、本年5月12日中国四川省で地震を偽装した「水爆起爆」や、「2001年9月11日 米国同時多発テロ」ができたのか?という点である。その答えは「音楽」にある。1944年~1945年に大日本帝国が国民に対して使用した「人類史上初の日本製原子爆弾」と2008年5月12日の「中国四川省の地震偽装核兵器起爆」の関係に酷似している。1940年代とはドイツの音楽家「ヴィルヘルム・フルトヴェングラー」の事である。それでは、2008年現在の「音楽」関係者とは誰か?である。その名前は【ソプラノ 薗田真木子(そのだまきこ)と新渡戸涼恵(にとべすずえ)】の2名である。
どう云う関係なのかと云えば、2人とも「神社本庁の要職の子供である」。
“薗田真木子”は、先の大学教授・秩父神社宮司 薗田稔の子供である。
“新渡戸涼恵”は、神戸市中央区八幡通「小野八幡神社」宮司 新渡戸素の子供である。薗田稔と黒骨(出口充彦)白骨(雅子妃)の関係は、愛知万博でも証明される訳であるが、新渡戸素(もとし)と黒骨(出口充彦)の関係は、表向きには出てこない。しかし、新渡戸素と黒骨(出口充彦)の関係は、非常に深い。その関係が「中国 四川省での地震偽装核兵器使用」を強行に推進した原動力だからである。新渡戸素(もとし)の履歴は、「小野八幡神社と特定非営利活動法人 神道国際学会」に席がある程度しか分からない。そこで、“新渡戸涼恵”の話から、紐解いていくと、其処から天皇制が目指す「世界人類 皇民化計画」が浮かび上がってくる。それは、原田祖岳の遺伝子である「明仁・美智子夫婦」と西郷隆盛・親鸞の遺伝子「黒骨 出口充彦」に望みである“世界人類統一という、世界覇権計画」である。明治期は廃仏毀釈で「神と佛」が分離した後、西郷隆盛が天皇の座(玉座)に就いた為に、「天照大神」思想が上位に付き、「国家神道」から神風信仰に辿り着き、神官と佛教徒が「科学思想」を
崇拝し、やがて鉱物資源を求めて、台湾・朝鮮・満洲へと浪人(神官と佛教徒)を送り出し「日本製原爆製造・完成・使用」となった訳である。
現代では、神官とキリスト教徒が協定(神・耶蘇教)して「皇民化思想」の布教に乗り出している訳である。その最も分かり安い宣伝手段が「音楽」である。日本製原爆を完成に導いた<森永製菓 松崎半三郎の広告>手段でもある。
さて、世界は「神官が画策している、聖楽での布教作戦」に騙されるか?と云われれば、既に騙されている。それは、「円天」を指導した黒骨(出口充彦)と
新渡戸素(もとし)が組んだら成功しない訳がない。何しろ「米国 カーネギーホール」を貸しきって、武士道の鑑である娘“新渡戸涼恵”世界に日本の
「聖楽」を歌いだしたのだから、アメリカ人と云わずとも騙される。それは、
黒骨(出口充彦)が巨額詐欺会社「円天」で芸能人や早稲田大学・評論家等を表看板にして、聴衆を集めて学歴・社会的地位・有名人度で幻惑する手口そのままである。そうは考えませんか?そこで、“新渡戸涼恵”の略歴から、新渡戸素の化けの皮を剥いで行く事にする。
“新渡戸涼恵”の略歴。
ブラジル国籍
1978年(昭和53年)1月、ブラジル・サンパウロで生まれ、
帰国後は東京、青森、神戸で育つ。 カトリック系の高校卒業後、
1997年(平成9年)神職資格・直階を習得。
2000年(平成12年)に上京し、翌年より「スタヂオ言霊」にて音楽活動を開始。
2002年(平成14年)高山稲荷神社【青森】で実習、権正階を習得
同年、自信初のCDアルバム「うましあしかび」(全11曲)発表。ピアノ、ヴァイオリン、チェロの洋楽器に笙、太鼓、竜笛。神楽鈴といった雅楽の楽器を取り入れた独自の音楽世界を創造し、各方面から高い評価を得る。
2006年(平成18年)1月、日本の文化・習慣を広める神主として、唄ひ手として一年間NYに渡米。同年開催された世界宗教者平和会議(WCRP)の第八回世界大会では、小泉首相(当時)の前で、オープニングを歌い拍手喝采を浴びた。
2006年の1年間は活動の場をNYに移し2007年にはカーネギーホールでソロコンサートを実現。スタンディングオべーションを受けるなど、世界にたった1人の神職の歌手として絶大な支持を受けている。また彼女の歌声はイギリスの音楽家、ダンカン・ブリッジマンとジェイミー・ケイトからなるユニット「1GIANT LEAP」の心を動かし彼等の新作CD&DVD「2sides 2everything(仮)」に唄と祝詞でコラボレーション参加、近日世界各国で発売される。

【ニューヨークの神主】記事から転載。
「カーネギー舞台 自作の曲を披露」
ニューヨークに駐在する神主の新渡戸涼恵さんが13日、カーネギーホールで自作の歌を披露した。歌手として自作のCDを出し、9.11同時テロの追悼式にも参加して歌った。1年あまりの仕事を終えて帰国直前の大舞台。
「最高の思い出になりました」実家は神戸・三宮の神社。宮司の父を手伝おうと神職に就いた。昨年1月に神道国際学会から派遣され、在留邦人向けにおはらいや、神道の理解促進交流を進めてきた。お正月にはマンハッタンの高層アパートに設けた神棚に150人が初詣に訪れた。神様の名前をつけたCD「うましあしかび」を02年に発表。昨年9月の同時テロ追悼式では、ビル崩壊の映像に触発されて作った曲「花の祈り」を歌った。今回のコンサートも最後はこの曲だった。
宮司 新渡戸素「小野八幡神社」の縁起歴―資料は「サイト」から転載。
祭神:応神天皇
小野八幡神社は、平安時代光孝天皇の、仁和3年(887)に創建された。
その後、源平一の谷合戦の東城戸の戦いで先駆けして討ち死にした源氏の川原太郎高直と次郎盛直兄弟の功を賞して、報恩寺を建てた源頼朝がこの社を鎮守したと云うのが縁起歴である。もとは大丸百貨店の北側に建てられていた。
川原兄弟の史跡はこのほか三宮神社に川原霊社と追谷墓地の川原兄弟の墓があります。境内社は「白玉国高稲荷神社」、「巳神社」、「金比羅神社」、の末社あります。この中の、「巳神社」は、白龍が祀られており、この白蛇は、人との出会いを叶えられると云う事で、多くの信仰者が参拝する。
また、旧日本電信電話公社の職員7名が昭和20年3月7日未明の空襲でこの地で殉職された慰霊碑が日本電信電話公社総裁の米澤滋氏書でありました。
江戸時代高松城主松平頼常が参勤交代の途中小野八幡宮に寄り道中の無事安全を祈願し大任を終えて感謝の書状をもらっておりこの書状が現存している。
他に「湊川生田川間絵図」も神戸空襲などの火難から免れ現存している。
この地は古来より月見の名所であったさらに寛平年間(889-897)には神前にあった七草を採って宮中に献上している記録が見られる。
「黒骨 出口充彦」が耐震強度偽装事件で、姉歯建築士の奥さんが自殺した時に「良く自殺した。それでこそ武士道の鑑である」と黒骨 出口充彦が運営するサイト「仏滅幕府」で意見しているが、それは新渡戸稲造の子孫「新渡戸素、涼恵」と関係が深かったからである。神職が詐欺師とは誰も気がつかない訳だし、世界に「皇国思想」を押し付けて、世界戦争を画策謀議しているとは、しらないのだろうか?新渡戸稲造と云えば「正田美智子」出生にも関係していたし、山屋他人(江頭優美子・小和田雅子)とは付き合いが長いし、そこに、太田が関係していた訳だから、長い年月を費やして「出口充彦(黒骨)と白骨(雅子妃)と薗田稔・新渡戸素が計画してきた、世界最終戦争」への構想だという意識で問題を考える必要がある。何しろ、薗田稔は「白骨 雅子妃」の教育係りであるから。それは現在も変らない。薗田稔の細君も是には関係している点を、考慮して、“秩父神社の人脈と小野八幡神社の人脈”と、何よりも「神社本庁や
神道国際学会」なる団体の動きには注意しないと、世界戦争の期日は迫っている。サウジアラビア大使館の世界献血デー運動が何を意味するのか?である。
次に「薗田真木子」の履歴を記載すると。

薗田 真木子(そのだ・まきこ ソプラノ)
Soprano: Makiko Sonoda
秩父市出身。
父は、秩父神社宮司で宗教学者で大学教授で「神道国際学会の会長」薗田稔
母についての記載はないが、高学歴な事だけは確かだ。
学歴
埼玉県立秩父高等学校卒業。
桐朋学園大学音楽学部声楽科卒業、同大学院研究科修了。
二期会オペラスタジオ第37期を優秀賞を受賞し終了。
平成5年度文化庁インターシップ研修員。
これまでに、声楽を菅谷君夫、木村俊光、大島洋子、長町順史の各氏に師事する。
二期会オペラスタジオマスタークラス修了(修了時に優秀賞受賞)
第12回奏楽堂日本歌曲コンクール第1位入賞。
第71回日本音楽コンクール声楽部門第3位入賞。
最近では2003年5月NHK交響楽団定期C.デュトワ指揮、R.シュトラウス
『エレクトラ』に女官及び召使役で出演。同年11月日本フィル定期G.ジェルメッティ指揮、プッチーニ『つばめ』にビアンカ役で出演。
また平成14・15年度(財)地域創造公共ホール音楽活性化事業登録アーティストとなり、国内各地にて地域に根ざした演奏活動も積極的に行っている。
二期会会員。東京室内歌劇場会員。日本演奏連盟会員。

<神道国際学会会報:神道フォーラム掲載>から転載。
薗田稔宮司の神職身分特級昇進を祝う会
10月21日、薗田稔秩父神社宮司が神社本廰の神職身分特級に昇格したことを祝う会が催され、伊勢神宮をはじめ、北海道から九州に及ぶ神社界の重鎮たち、薗田氏の関係する学会や諸団体、そして地元の名士など、約180名に上る参会者が、埼玉県長瀞町の西武長瀞ホテルの宴会場に顔をそろえた。
儀式の部分では、特定非営利活動法人社叢学会の愛・地球博出展特別委員長を務めた薗田氏が作成にかかわった映像「日本は森の国―(五)森と現代文明」の上映で幕を開けた後、発起人代表あいさつ、来賓祝辞がつづいた。
栗原稔・秩父市長は「秩父神社があってこそ秩父市が存在する」ことを強調した。また、神社界からは矢田部正巳・神社本廰総長が久邇邦昭統理の祝辞を、高城冶延・神宮少宮司が北白川道久大宮司の祝辞をそれぞれ代読し、薗田宮司の学者としての業績や、神職身分特級に値する神職としての豊かな経歴を紹介した。そのほかの来賓からの祝辞には、わけても今年3月から9月まで開かれた[愛・地球博]における「千年の森」や「天空鎮守の森」の出展に努力した薗田氏の功績が特に強調された。
謝辞に立った薗田氏は、このような誉れに浴したことを率直に感謝し、自分の大先達である櫻井勝之進長老から贈られた祝いの句「忠浄の日々を重ねて照紅葉」にたいして「しばしの錦神のまにまに」と付け句して、いっそうの神明奉仕を誓った。清興では、宮司の令嬢であるソプラノ歌手・薗田真木子さんが日本の歌曲を独唱して、参会者に感銘をあたえた。また、国の無形文化財に指定されている「秩父屋台囃子」が会場一杯に高らかな太鼓の音を響かせて祝賀の宴を盛り上げた。平成17年1月に神道国際学会の会長に選任された薗田稔氏は、宗教学者であり、國學院大學、皇學館大學、京都大学あるいはアメリカやドイツの大学でも教鞭をとる教育者であり、古社秩父神社の宮司として神道の実践家であり、また環境問題に対する国際的な活動など、八面六臂の活躍ぶりがつとに知られているが、このたびの神職身分特級の昇格がさらに、氏の行動範囲を広げるものになることと期待される。――――――以上。

自国(日本)の自然は大事にするが、世界中では破壊(テロ行為)のオンパレードで、朝鮮戦争、ベトナム戦争、スペイン(列車爆破)、イギリス(地下鉄爆破)、アメリカ(貿易センタービル神風攻撃)、イラク戦争、チェチェン学校立て籠もり爆破、東京地下鉄サリン撒布、バリ島爆弾テロ、是では、枚挙に暇が無い。是が「神(天皇)の仕事」である。だから、中国四川省地震偽装核起爆の数日前に、インターネットのエキサイトブログで漫画「ドラゴンボール 孫悟空の元気弾」その威力はどれ位かと、頻繁に書き込んでいた。“元気弾とは水爆”の事である。この書き込みをしたものが「四川省 地震偽装核起爆」の犯人である。12日の犯行後“2chの掲示板”で中国を徹底的に誹謗中傷した書き込みが、乱立した。13日には一転して、中国御免なさいである。
先の<2001年9月11日 米国同時多発テロ>の慰霊に、ビルを破壊した張本人である【新渡戸素の娘 涼恵】が歌を歌っただと。ビルを破壊し尽くした“犯人”が被害者の前で、舞台に立ち堂々と歌唱して、それを、アメリカの大企業家や政治家が喜んで聞くのだから、誰が見ても「異常な関係」なのが日本とアメリカである。神職 新渡戸涼恵の衣装からは、血が滴り落ちながら、それはやがて、カーネギーホール全体を浸して居る事に大統領も気がつかない。一人その事実を知っていた者は逃げ出した。その逃げ出した者の名前は「元首相 小泉純一郎」である。その血の大河はやがて流れ来たって「2008年6月14日(土)午前10時~午後4時、東京都港区六本木1-8-4 サウジアラビア大使館での食事付き、世界献血デー」となった。それは、中国 四川省地震偽装核爆発で決壊寸前の自然ダムから、流れ出た大量無差別殺戮された“血”と合流している。これが、神戸児童殺戮犯 酒鬼薔薇聖斗(徳仁皇太子)を指導した「出口充彦(黒骨)と白骨(雅子妃)」が云う血が見たくてたまらない。という大量無差別殺戮の心理である。当然「神社本庁・神道国際学会」が、扇動した事は事実である。その代表「薗田稔・新渡戸素」も神の元ではなくて、地獄の裁きであるが、そうはいかない。6月8日昼 東京 秋葉原で起こった「大量無差別殺戮」は一人の男の犯行ではない。犯人は「出口充彦(黒骨)と白骨(雅子妃)と薗田稔・新渡戸素」が関係している。兵庫・大阪・三重の住民の声が消されて行くのは、犯人「小野八幡神社宮司 新渡戸素」が、皇室と出口充彦(黒骨)と白骨(雅子妃)と謀議するからである。兵庫・大阪・三重の神職と話しをしたら、殺される。それは昔に「特高警察や憲兵隊」と同じ様に密告者を殺している。兵庫・大阪・三重・石川等で住民を、「黒骨・白骨」に売っているのだから。
東京都知事 石原慎太郎が「台湾」から、帰国したら<東京都は6月7日 住民票への台湾国籍記載を承認した(現在は中国籍)>と流れた。それは、日本政府が謀略した「四川省 地震偽装核爆発」に対する牽制政治である。それで、多くの中国の国民に血が購えるのだろうか?そもそも偽装地震などしなくとも、中国との話し合いは、合意して調印まで来ていたのに、「出口充彦(黒骨)と白骨(雅子妃)と薗田稔・新渡戸素」が反対して「核兵器使用」に至った訳である。それは、「出口充彦(黒骨)と白骨(雅子妃)と薗田稔・新渡戸素」が主催する「大儀 天皇こそ世界唯一の神」とするサイト“チャンネル桜―http://www.ch-sakura.jp/ >が皇国宣伝をしている事でも解る。それは、世界に対する「戦線布告」でも在る訳だ。
「黒骨(出口充彦)・白骨(雅子妃)」が推奨している「ニコニコ動画」は、小池百合子も賛同している。世界に対して「戦線布告」に賛同した者はニコニコ動画を掲載して賛同の意志をはっきりさせると云う、昔で云えば「血判」である。賛同者 第一号は勿論「埼玉県知事 上田清司」である。選挙当時から愛用している訳だから。原田祖岳の云った「私が戦争を始めた。後の事は知らない」というのは、盛岡の英雄「新渡戸稲造」が、国際連盟を脱退して「第二次世界大戦」の開戦の火蓋を切ったという意味だから、外交官「新渡戸稲造」は国民の敵である。それを隠す為に、お札に顔を残して英雄視するのは、国民をばかにしているとは、思いませんか?
追伸―「禅 2」で書いた「石原産業」でニュースが追加された。以下に記す。
<石原産業:不正の報告遅れ、三重県の部長ら処分
大手化学メーカー、石原産業が四日市工場(三重県四日市市)で行っていた不正行為9件を発表した問題で、石原産業側から事前に不正行為の報告を受けた三重県の所管部局が知事に伝えず公表が遅れたとして、野呂昭彦知事は5日、環境森林部の小山巧部長と岡本道和理事を口頭注意処分にしたことを明らかにした。同社は3月21日に不正行為を県に報告し、5月14日に織田健造社長が記者会見して発表した。その間、県の所管部局は立ち入り調査などで確認作業を行っていたが、知事に報告内容を伝えたのは同社の発表前日の5月13日だったという。野呂知事は「1カ月以上も私への報告がなく、県民に公表が遅れ申し訳ない。放射線を帯びた物質が廃棄されたことなど、県民に不安を与えるものもありすぐに公表すべきだった」と謝罪した。【田中功一】
毎日新聞 2008年6月5日 中部夕刊 >
これでは、三重県だけに「監督責任」が有ったと云いたい訳だ。経済産業省は何も知らなかったと云う訳だ。三重県は随分と国(皇室)から苛められだしたね。菓子パンに「針」を混入されたりしている。それなら「皇室擁護派と云う名前のテロ集団の浄土真宗東・西本願寺派と神社本庁・神道国際学会」の軍門に下れば。苛められないが、世界の人からは石を投げられる事になる。
黒骨 出口充彦が経営している企業「ニコニコ動画」に加入して、軍門に下り、「黒骨(出口充彦)と白骨(雅子妃)」のテロ資金を供給し続けたら、これは是で、死体の山ができてしまう。滋賀県知事 嘉田由紀子の様に「オウム真理教」を野放しにしたらどうなるか?だが。ヤクザがトヨタレンタカーで暴れまわるか? 嘉田由紀子は埼玉県寄りだから、上田清司と同じく「黒骨(出口充彦)と白骨(雅子妃)」の手下である。つまり、“テロ支援賛成”派の県知事である。
2008年 6月 8日   榎 本 東 州 記
禅 21

“広 告”
ホテルサンルートソプラ神戸全客室地下深層水使用。
〜神水”小野ノ井乃水”〜
当ホテルでは、地下深層水が客室全ての飲料水に使われております。この水を“小野ノ井乃水”と命名致しました。この謂れは、この地は古来お月見 の名所として知られ、幾多の大名人が足をとどめて、月を見て、草を摘んで遊んだとか。 新古今集等の文献に見られます。
また、幕末ではあの勝海舟が神戸海軍操練所を開き坂本竜馬も此処に一時就いていた とのことです。この地域を鎮守する小野八幡神社祭神は応神天皇(887年の創建) 寛平年間に神前に生ずる若菜を採って宮中に献上している。現在の宮司は新渡戸 素氏で日本武士道で有名または5千円札にも登場された新渡戸 稲造先生の御子孫 になられます。この井戸水を上げる折、掘り下げるもなかなか水脈に当たらず 当ホテル専務、総支配人の日々の神社祈願の時、神の声を聞き180尺掘れとの事、 そして掘削は京都人(みやこびと)を使うべし、依って、京伏見の里より技術者 を入れて、掘削して約3ヶ月にて、この水に見事当たりました。正しくは、神の水 (神水)として現在この地域の皆様にも広くご愛飲いただいております。硬度100 として大変神戸市内では稀なる水でございます。なお、成分比較表は下記に表現 いたしております。・・・・・・以下略

この“広告”を読むと、小野八幡神社祭神(応神天皇)の宮司「新渡戸素と新渡戸涼恵」がホテル専務、総支配人に“神懸り”を伝えて、京都の井戸職人を指名するとは、随分と気の付く「神様」だね。さて“新渡戸涼恵”の云う「おじさんがお寺」と云うのは、何処のお寺か探してみると、次のお寺に“新渡戸姓”の住職がいた。
日蓮宗 宗教法人 妙行寺、住所 〒160-0011 東京都新宿区若葉2-4
「新渡戸智純、新渡戸大乗」
“新渡戸姓”の人は、全国に多数いる訳で、全部が「新渡戸稲造」の血筋という事はない。1891年(明治24年)に「新渡戸稲造とメリー・エルキントン(1857-1938、日本名:萬里。クエーカー教徒)」は結婚し。札幌農学校教授となったと記されている。新渡戸稲造とメリー・エルキントンの間に出来た子供(男子)は、一週間で早世している事になっているが、それは違う。二人の間に出来たのは、手中の玉の如く育てられた「女の子」である。その「女の子」は“花巻のバプテスト教会”に預けられて、花巻の小学校に通学していたが、「髪の色が違う」と先生や同級生から苛められて“自殺”した。というのが真相である。その事でメリー・エルキントン(萬里)さんは身心を病んで、アメリカに帰国した訳である。その後、数度行き来した様ではあるが、終生“花巻、盛岡、稲造”を恨んだ事は云うまでも無い事である。更に盛岡市民の間で、今でも語り草に成って居るのが、新渡戸稲造の「女性関係の乱脈」である。正に英雄色を好むで、手当たり次第だったから、更に「妻 メリー・エルキントン(萬里)さん」は身心を病んで行く訳である。これが「武士道とか日米の架け橋」を世界に宣伝した「新渡戸稲造」の実像である。青年期の新渡戸稲造に対する評価「アクチーブ(活動家、テロリスト)」は終生かわらなったのである。その血筋が同じ事をしている訳である。新渡戸稲造が全国で講演した書物があったが、強制執行で焚書されたので記録はないが、新渡戸稲造の講演は「鬼畜米英」に色塗られている。それは、原田祖岳(現 出口充彦)と新渡戸稲造(現 新渡戸素)の二人で日本を戦争の泥沼に引きずりこんだ「アクチーブ(活動家、テロリスト)」という事である。

次に、現代の原田祖岳(弓削道鏡)を自任する出口充彦の運営するサイト。
仏滅幕府 閉鎖
仏滅上等 <  HYPERLINK “http://black.no-blog.jp/hone0625fk/” http://black.no-blog.jp/hone0625fk/ >
毎日仏滅 <  HYPERLINK “http://plaza.rakuten.co.jp/butsuyo/” http://plaza.rakuten.co.jp/butsuyo/ >
チャンネル桜<  HYPERLINK “http://www.ch-sakura.jp/” http://www.ch-sakura.jp/ >
ニコニコ動画<  HYPERLINK “http://www.nicovideo.jp/” http://www.nicovideo.jp/ >
2ch掲示版への書き込み。
等、多数存在するが、「円天、L&G、あかり通信」事業の中からでてきたのが「ニコニコ動画」経営である。このサイトは、営業収益もあるが、最大の目的は「黒骨(出口充彦)・白骨(雅子妃)」の信者の増殖にある。勢力圏の拡大である。若年層のゲームマニアを洗脳(マインドコントロール)して、犯罪の共犯者を増殖している。精神医学の洗脳方法を学習しなくても、「豊田商事事件、円天、L&G、あかり通信」等の詐欺集団の詐欺手法は、人間心理を動かして、「詐欺」をしている訳だから、その手法を今度は“インターネット世界”が実用化しだした事になる。既に神社関係の若い神職は「ニコニコ動画」で、「皇国思想」の布教を始めている。これは、オウム真理教の神職版である。最もオウム真理教(ひかりの輪)は、神仏混合で華美音曲を修行と称して居る訳だから、「ニコニコ動画の運営は、オウム真理教(ひかりの輪。アレフ)が裏で運営している訳である。新たなる信者獲得の手口が、インターネット「ニコニコ動画」である。
上田清司も小池百合子も、今や「オウム真理教(ひかりの輪。アレフ)」の指導的な立場にある。公安庁の中にも協力者が存在する。寧ろ日本政府がテロ指導国家として「オウム真理教(ひかりの輪。アレフ)」を、世界に布教する手段が「ニコニコ動画」を始めとする、「黒骨(出口充彦)・白骨(雅子妃)」の運営サイトと云うわけである。
先に、出口充彦(鉄城)が、何故“雅子妃を白骨”と命名したかについて書いた。それは、東照寺の伴 鉄牛老古佛が提唱の中で「三浦良憲老師の母親は、薬を飲まなかったから、骨が白かった」と云っていた事から、ヒントを得て「母親の骨は白くなくてはいけない」と云う母性回帰心理から“白骨=雅子妃”として書いたが、此処にもう一点ある。それは「出口充彦」が生まれながらにして、浄土真宗の血を受け継いでいる事からして、出口充彦の詐欺思考の原点は、
浄土真宗の皇室継承思想にある訳だから、それを探せば「第8世蓮如上人―第16通“白骨の御文章(御文)”」に行き着く訳である。生きながら死を考えるという何とも理解できない思想である。これでは、常に「他人の死」を見続け事になる。だから、酒鬼薔薇聖斗は犯行声明文の中で「死が見たくてしょうがない」と告白している。これは、浄土真宗の思想が曲がっているからである。
そして、その思想が「オウム真理教(ひかりの輪。アレフ)」の根底をなしている。「黒骨(出口充彦)・白骨(雅子妃)」とは「黒骨(親鸞)・白骨(玉日姫)」の悪逆非道を、現代に写している鑑である。

2008年 6月 8日  榎 本 東 州 記

禅 22
釈迦族一覧。
1、原田祖岳の僧俗併せた“法灯”<安谷白雲、山田耕雲、太地玄亀、井上義衍、渡辺玄宗、石黒法龍、原田湛玄、原田雪水、岡田利次郎、飯田とう隠、愛宮真備神父(ラサール神父)、ホワイトさん(米国)、フィリップ・カブロ(米国)、佐藤正真、中川宗淵、和賀康躬、前角博雄、出口充彦(鉄城)>等が上げられる。そして、その孫弟子までと伸びていく。
2、惣滑谷快天(駒澤大学学長)・中原燈州・浄土真宗大谷一族始め、日本の佛教界の指導者は、全て“釈迦族”
3、チベットの「ダライラマ14世」と太田誠一と安倍晋三・昭恵夫婦。
麻原彰晃が幹部らとインドで「ダライ・ラマに謁見(1988年7月6日)」
4、神奈川県 葉山・逗子近郊「パパズカフェ=二宮 寛」に集う、“湘南悪餓鬼一族=石原慎太郎、渡辺恒雄、そして、日本民間放送連盟会長の氏家斉一郎と浄土真宗両本山 26世 大谷光見」と、
シャープ電機の令嬢「横山可奈子」。
5、世界的カルト教団「親鸞会」と「法然」信者と成る。
6、“香淳皇后・裕仁・山本玄峰・鈴木貫太郎・寺崎秀成・重光葵・東条英機・大森曹玄・浄土宗両本願寺 大谷一族・三笠宮・秩父宮・高松宮・安川第五郎・太田清蔵・松井石根・湯川秀樹・仁科芳雄・山本洋一・田中館愛吉・折口信夫・・・・
それならば、日本人全部が「釈迦族」という事になる。

「禅 16」や耐震強度偽装の項で書いた<さるさる日記―きっこの日記>の問題であるが、「耐震強度偽装」の内容の詳しさからして、耐震強度偽装をしていた“犯人=黒骨(出口充彦)”が、きっこの日記に書いているとしか考えられない。「きっこの日記」の著者は複数いると考えた方が良いようだ。何故、“犯人=黒骨(出口充彦)”が、本来切り捨てたくなかった「金鉱脈=財団法人 朝倉育英会」まで捨てたかと云えば、“犯人=黒骨(出口充彦)”が徳仁皇太子側について、明仁・美智子夫婦を失脚させて、白骨(雅子妃)の治世にしたかったかれである。だから、「金鉱脈=財団法人 朝倉育英会」から資金提供を受けていた「小泉純一郎や明仁・美智子夫婦」を標的にして、マスコミ攻勢をかけただけである。
次に「禅16」に記載した<さるさる日記―きっこの日記―>の疑問点である。
◆2000年(平成12年)
10月19日 さるさる日記―きっこの日記―始まる。
◆2001年(平成13年)
9月11日 米国、ニューヨーク世界貿易センタービル同時多発テロ。
9月12日 きっこの日記から。
>■2001/09/12 (水) 偏った報道
>世の中で一番儲かる商売は、何と言っても『軍需産業』だ。人を助けるクスリより、>人の命を奪う武器のほうが、高く売れるからだ。それに、武器を買ってくれる『お客>様』は、国民から税金を巻き上げてる『国』だから、お金は、いくらでもある。足り>なくなったら、増税すればいいだけの話だ。・・・中略・・・・・
>自分だけは絶対に安全な場所にいて、ボタンひとつで、海の向こうの罪も無い子供や>お年寄りを殺し続けて来た、アメリカの歴代大統領。それに荷担し続ける、日本の企>業。これだけ好き勝手にやって来て、仕返しされたからって大騒ぎするなっ!
<さるさる日記―きっこの日記―>が始まったのが“米国、ニューヨーク世界貿易センタービル同時多発テロ”の丁度一年前である。是は、偶然ではない。それは、2001年9月11日の書き込みに現れている。日本の「軍需産業」は民生品を隠れ蓑にして輸出されているという記述は、まあー成る程とは思うのだが、次の【これだけ好き勝手にやって来て、仕返しされたからって大騒ぎするなっ!】と云う意味である。アメリカ政府の庇護の下、日本政府は好き勝手やってきたのだから、仕返しされてもしかたない。という論議は何処から来るのだろうか?「9・11事件」当時、犯人は“イスラム過激派 アルカイダ”だと騒がれていた。だから、日本は自衛隊を今日現在でも、米軍の後方支援と称して、イラクの制空権を支配している訳だが、-きっこの日記―の論法では、9・11のテロの犯人は「日本」だと云っている事になる。確かに9・11テロは「日本の内閣情報調査室の謀略」だ。しかし、事件当時の2001年9月11日にその事を知っていたのは「内閣情報調査室と葉山・逗子のパパズカフェのメンバー」位である。ならばーきっこの日記―を書いているのは“日本政府のトップ”という事になる。《お年寄りを殺し続けて来た、アメリカの歴代大統領。それに荷担し続ける、日本の企>業。これだけ好き勝手にやって来て、仕返しされたからって大騒ぎするなっ!》米国9・11テロで仕返しをされたのは「日本企業」ではない。イラクの“サダムフセイン大統領”である。
―きっこの日記―では、2001年9月12日に米国から、仕返しされているのは「日本企業」だとはっきり記載されている。これは、9・11テロが本当は「日本の内閣情報調査室」が犯人だと解った、2007年末~2008年にかけてである。ならば、2001年当時何故―きっこの日記―は日本政府の「内閣情報調査室」が犯人で、「日本企業」が仕返しされている2008年に話を、2001年にかけたのかである。それは、やはりーきっこの日記―の管理人が、徳仁・雅子夫婦と“黒骨(出口充彦)”と云う事を証明している。
―きっこの日記―はこれで世界戦争に持ち込めると興奮しすぎて、つい本当の犯人(日本政府)の名前を書いてしまって訳だ。日本の企業ぐるみの犯行で在ると。
2008年 6月 8日 榎 本 東 州 記

禅 23

“黒骨(出口充彦)”が、オーストラリアで行う「佛教」を以下に掲示すると。
オーストラリア坐禅会 開催予告
日時 2008年(平成20年)7月18日から20日までの3日間
場所  Hwazan Buddhist Association
139 Clagiraba Road Clagiraba 4211 Gold Coast
(ゴールドコースト近郊の台湾・浄土宗寺院をお借りして開催)

何故、曹洞宗の東照寺が、禅宗のお寺で「座禅の指導」ができないのか?で在る。それは、ブラィアン・アンドルー・ヴィクトリア著「禅と戦争」の影響が大きいのだろう。そこで「浄土宗」を持ってきた訳だね。オーストラリアの宗教界に喧嘩を売りに行くのだかね。如何かしている。先にも書いた様に、出口充彦の高校は「法然上人」を信仰する教団系であるが、それよりも「親鸞会」と「浄土真宗東・西本願寺26世 大谷光見」との親族(大谷光見の妾に出口真希子がなるから)としての布教である。浄土宗や浄土真宗は積極的に世界に出て行って「布教」している。それは、戦中に満洲国や朝鮮総督府・台湾総督府に出て、布教していた手法である。だから、現在「仏像」全てが台湾の仏師によって制作されているのが、実情である。だから浄土真宗東・西本願寺の「牛久大仏」の“青銅の阿弥陀如来像に貼り付けられた、6000分割のパーツは台湾で作られた訳である。オーストラリアのゴールドコースト近郊の「台湾・浄土宗寺院」で禅の指導をする目的は、「戦争禅」である。何故なら、過去において、
オーストラリアでオウム真理教が「毒ガス サリン」の撒布実験をしていた事を、オーストラリア政府は忘れたのだろうか?そのオウム真理教の開山である
“黒骨(出口充彦)”自身が布教に行くのだから、やはり「サリン座禅」だろう。そうは思いませんか?オーストラリア国民の皆様。台湾政府は日本の「天皇・浄土真宗東西本願寺・神社本庁・神道国際学会」と云う釈迦族の戦争指導に賛成している訳だ。日本政府代表 石原慎太郎たちの画策している「中国と台湾」政府の切り離しと対立を、日本の「釈迦一族」は謀略している訳だ。
2008年 6月 8日 榎 本 東 州 記

禅 24

先に「日本製原爆完成の全文」を書いた順番は、元首相「田中角栄と大平正芳」が、日中国交正常化の条件として、日本製原爆製造の設計図を“毛沢東と周恩来”に無償提供した事から、書き起こした。次に、広島・長崎への大日本帝国皇帝 裕仁天皇一族が、自国民に使用した事を書き。次に、日本製原爆製造の為の、理化学研究所を中心とした科学者と軍人集団名を書いた。次にウラン濃縮の工場が、静岡縣の“大場”に在った、「森永食糧工業」で在る事を述べた。次に、ウラン鉱石の採掘現場が、「中国 佳木斯(チャムス)」で在る事を述べた。次が、鉱石運搬の方法について、「バイカル丸」が活躍した事を書いた。
さて、此処で残る問題は、“西郷隆盛が明治大帝”として世界の頭上に覆い被り、人類史上初の最強最終兵器「核兵器使用とその後の、世界人類を巻き込んでの核兵器製造競争」に至った原点である「明治天皇 睦仁暗殺」の問題である。東京都大田区久が原に“野村証券の社員寮(敷地面積4千坪弱)”が在ったが、明治期にこの土地を所有していたのは、「初代首相 伊藤博文」であり、絢爛豪華な料亭が建っていた。勿論、其処の女将は、伊藤博文の妾である。此処で「政治の駆け引き」が行われていた。これが、「夜の国会」即ち“料亭政治”の始まりである。日本初の「カーセックス」でも有名である。まあー「遊び人」でしかない。明治の英雄伝は全員「遊び人」でしかない。それが、明治期こそ日本開明期だとしたのは、「竹越与三郎と徳富蘇峰と菊池寛」らの歴史偽装の大家である。それでは、「明治天皇 睦仁暗殺」の問題で、一番怪しい人物として疑われるのが「伊藤博文」だが、それは違う。
犯人は【白骨 小和田雅子】である。時代が違いすぎている訳であるがね?
何故【白骨 小和田雅子】と成るかといえば、その家系から考え無くてはいけない。【白骨 小和田雅子】の母は「江頭優美子」であり、その母は「山屋寿々子(父は山屋他人)」という系図だけは、間違い無い様である。
山屋他人の系図は、現岩手県花巻市の歴史から始まる訳である。江戸時代末期に南部藩 花巻城主「家老 山屋家」に大ヶ生勝治(おおがにゅうかつとし)
が養子として入って、そこで生まれたのが、【白骨 小和田雅子】の曽祖父「山屋他人」である。
新渡戸稲造については、同じく南部藩主から招かれて、花巻城主に仕えたのが、
1598年(慶長3年)33代春治(ときはる)からとされている様である。以来、
220年間(徳川幕府時代)花巻城主に使え、幕末期の花巻城存続問題や越後流兵
法の指導をした維民(これたみ=稲造の曽祖父)、三本木原(青森県十和田市)
の新田開発と街づくりで知られる傳(つとう=祖父)・十次郎へと繋がる。新
渡戸稲造の出生は「盛岡市鷹匠小路に十次郎、せきの三男として生まれ」とさ
れている。これらの点を考慮しつつ、盛岡南部藩主と新渡戸稲造等の足跡を時
系列に年表にまとめて、次に「明治9年の明治天皇 東北巡幸」記を再現し、
「明治 睦仁天皇暗殺」の犯人が【白骨 小和田雅子】である事が、理解でき
れば“猫塚”に埋葬された「睦仁天皇の首」を掘り出せる訳である。
それが「酒鬼薔薇聖斗=徳仁皇太子」が、神戸市須磨区で“土師淳君(実際は
坂本堤弁護士の長男 龍彦君)”を殺害して、首を校門に晒した動機である。
それは、正田美智子の胤である“原田祖岳の胎教読本(無差別セックス)”の
結果である。そして、その事が、広島・長崎・第五福竜丸・四川省での核兵器
使用であり、2001年9月11日米国同時多発テロ等の動機でもある。
さて、果たして“宮司 薗田稔や新渡戸素”が声高に世界で宣伝している
「神道は、国家神道ではない」という羊頭狗肉が通用するか?世界の人々を詐
欺してきた手口が、今後もまかり通れば、日本製原子爆弾の第5、第6・・・
の使用が在ると云う事になる。モスクワもロンドンもカイロ・バルセロナ・ワ
シントン・北京・ニューデリー・何処でも何時でも、日本政府は「核兵器を起
爆」させる準備をしている。広島・長崎では、原子爆弾の前に「神棚」を設置
し、帝國陸海軍参謀と科学者を前にして、自分が製造した最強最終兵器を宮司
自身が御幣(ごへい)を払い、“どうか、日本製原子爆弾が計画通り起爆し、
大量の人々が、嘆き苦しみ死にますように”と「盛岡八幡宮、鎌倉八幡宮、鶴
岡八幡宮、気多大社、寒川神社、秩父神社、小野八幡神社等々」の神々にお神酒を捧げ、1945年8月6日・9日に人体実験として、日本国民に対して、日本製原子爆弾を起爆させた。それは、中国四川省についても同様である。明仁・美智子夫婦を始めとする「皇室・皇族・旧家族・現政治家」達は、此処まで書かれただけで、既にその意味する所が理解出来ている筈である。しかし、「聞こえ無い・喋ら無い・見ない」の態度を崩さないわけである。だから、次に日本政府が、国民に戦争義務を強要してくるのは、手口は南部靖之が創業者の人材派遣会社「株式会社 パソナ」に、近い将来「日本国民全員」が派遣社員登録を、日本政府から強要され、無償で強制労働させられ、その後は、自衛隊員の名簿に登録され準戦時体制下での「厚生労働省の召集課」から、労働者派遣としての自衛隊勤務を所沢市役所が発行した“指導指示書(赤紙)”として、全国の自治体と警察が協力して、手渡しに来る時代が、其処まで来ている訳である。さて、「睦仁天皇暗殺」を年表から読み解く事にする。

年表(概略)から見た、盛岡南部藩主を中心とした“新渡戸稲造と宮澤賢治”等。
佐藤昌介 安政3年(1856年)南部藩士の長男として“花巻”に生れる。
{稲造の引き立て役}
新渡戸稲造1歳 文久2年(1862年)盛岡藩(現在の岩手県盛岡市)の奥御勘定奉行の三男として生まれる。 幼名 稲之助。
*この年「オットー・フォン・ビスマルク」がプロイセン王国の宰相に就任する。
新渡戸稲造6歳 慶応3年(1867年)父 十次郎逝去。
新渡戸稲造10歳 明治4年(1871年)叔父 太田時敏の養子となり、太田姓と成る。名を稲造と改める。上京して「築地外人英語学校」入学。
*この年「オットー・フォン・ビスマルク」はドイツ帝国初代宰相を兼務する。
社会の出来事  明治4年11月12日(1871年12月23日)留守政府(るすせいふ)明治政府首脳部で組織された岩倉使節団が欧米歴訪中にその留守を守る為に、組織された体制。
新渡戸稲造11歳 明治5年(1872年)湯島天神下の共慣義塾に学ぶ。
社会の出来事  明治6年(1873年)6月~10征韓論の破裂
社会の出来事  明治6年(1873年)9月13日留守政府、岩倉使節帰国。
社会の出来事  明治7年(1874年)佐賀の乱、征台の役、北京談判。
新渡戸稲造14歳 明治8年(1875年) 東京外国語学校英語科(のちの東京英語学校、大学予備門)に入学。
社会の出来事   同年   1月―明治政府は、この年にキリスト教の布教を認める。
同年   9月20日 江華島事件
新渡戸稲造15歳 明治9年(1876年)睦仁天皇が6月から7月にかけて、東北・北海道方面“巡幸”の折り、 6月12日 三本木の新渡戸家に天皇が立ち寄った。この時、天皇からの“御下賜金”で、新渡戸稲造は「立派な英文の聖書」を購入した。
新渡戸稲造16歳 明治10年(1877年)7月 大学予備門退校。
9月 開拓使札幌農学校に第二期生として入学。
10月 クラーク氏の遺せし「イエスを信ずる者の契約」に署名。
社会の出来事  明治10年(1877年)西南戦争
新渡戸稲造17歳 明治11年(1878年)6月 M・C・ハリス氏により受洗。
新渡戸稲造18歳  明治12年(1879年)8月 「父の光をみたり」と見神の体験あり。
11月  教会に入会す。
新渡戸稲造19歳  明治13年(1880年)日本語訳の“新約聖書”が発行される。
眼病により神経衰弱となる。(少年期の火薬実験が原因)
7月 母せき逝去。
新渡戸稲造 明治15年(1882年) 農商務省御用掛となる。11月、札幌農学校予科教授。
南部利祥  明治15年(1882年)1月25日「なんぶ としなが」生まれる。
南部利淳  明治17年(1884年)6月25日「なんぶ としあつ」生まれる。
新渡戸稲造 明治17年(1884年) 渡米して米ジョンズ・ホプキンス大学に入学。
石川啄木  明治19年(1886年)2月20日「本名 石川一」生まれる。
新渡戸稲造 明治20年(1887年) 独ボン大学で農政、農業経済学を研究。
明治21年(1888年) 日本語訳の“旧約聖書”が刊行される。
新渡戸稲造 明治22年(1889年) ジョンズ・ホプキンス大学より名誉文学士号授与。
南部利祥  明治23年(1890年)学習院初等科三年生のとき、皇太子(大正天皇)の学友に選抜される。
*この年「オットー・フォン・ビスマルク」引退する。
新渡戸稲造 明治24年(1891年) 米国人メリー・エルキントン(1857-1938、日本名:萬里)と結婚。帰国し、札幌農学校教授となる。
新渡戸稲造 明治27年(1894年) 札幌に遠友夜学校を設立。
宮沢賢治  戸籍の届出は1896年8月1日付けでなされた
{宮澤政次郎(1874年 – 1957年)とイチ(1877年 – 1963年)}
新渡戸稲造 明治30年(1897年) 札幌農学校を退官し、群馬県で静養中『農業
本論』を出版。
新渡戸稲造 明治33年(1900年) 英文『武士道』(BUSHIDO: The Soul of Japan)初版出版。
ヨーロッパ視察。パリ万国博覧会の審査員を務める。
新渡戸稲造 明治34年(1901年) 台湾総督府民政部殖産局長就任。
南部利祥  明治35年(1902年)11月陸軍士官学校(14期)を卒業。
新渡戸稲造 明治36年(1903年)京都帝国大学法科大学教授を兼ねる。
宮沢賢治     同上    花巻川口尋常高等小学校に入学。
南部利祥     同上    6月に陸軍騎兵少尉に任じられる。同年10月9日、
父、利恭の死去により南部家第42代当主。
南部利祥  明治37年(1904年)日露戦争が勃発し利祥は満州に従軍。
南部利祥  明治38年(1905年)2月に中尉に進級し、近衛騎兵第一中隊第三小隊の小隊長。3月4日に戦死。享年23。
新渡戸稲造 明治39年(1906年) 第一高等学校長に就任。東京帝国大学農学部
教授兼任。
南部利英  明治40年(1907年)9月「なんぶ としひで」生まれる。
宮沢賢治  明治42年(1909年)旧制盛岡中学(現盛岡第一高等学校)に入学、寄宿舎「自彊(じきょう)寮」に入寮。鉱物採集に熱中。「HELP」のあだ名がつく。
石川啄木  明治45年(1912年)4月13日 死去。
宮沢賢治  大正2年(1913年)寄宿舎の新舎監排訴の動きにより退寮となり、
盛岡の寺院に下宿する。
宮沢賢治  大正4年(1915年)盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)に首席
で入学。
新渡戸稲造 大正2年(1916年)東京貿易殖民学校長に就任。
新渡戸稲造 大正6年(1917年) 拓殖大学学監に就任
宮沢賢治  大正6年(1917年)小菅健吉、保阪嘉内、河本義行と同人誌『アザリア』を創刊。短歌・小文などを発表する。
新渡戸稲造 大正7年(1918年) 東京女子大学学長に就任。
宮沢賢治  大正7年(1918年)3月、得業論文『腐植質中ノ無機成分ノ植物ニ対スル価値』を提出し卒業。4月、研究生となる。徴兵検査の結果、第ニ乙種で兵役免除となる。
宮沢賢治  大正8年(1919年)前年末に日本女子大学校生の妹トシが病気となり母とともに東京で看病する。
新渡戸稲造 大正9年(1920年) 国際連盟事務次長に就任。~大正15年(1926年)まで。
宮沢賢治  大正9年(1920年)研究生を卒業。関教授からの助教授推薦の話を辞退。10月国柱会に入信。
新渡戸稲造 大正10年(1921年) チェコのプラハで開催された世界エスペラント大会に参加。
宮沢賢治  大正10年(1921年)1月23日家族に無断で上京し鶯谷の国柱会館を訪問。本郷菊坂町に下宿する。学生向けの謄写版制作の職に就きながら、盛んに童話の創作をおこなう。また、国柱会の街頭布教にも参加。夏にトシ発病のため岩手に帰る。
11月、稗貫農学校(のちに花巻農学校、現花巻農業高等学校)教師となる。
宮沢賢治  大正11年(1922年)11月に妹「トシ」病死。
宮沢賢治  大正13年(1924年)4月、心象スケッチ『春と修羅』を自費出版。
大正14年(1925年)7月から草野心平と書簡を通じた親交を開始。草野編集の文芸誌『銅鑼』に詩を発表。
新渡戸稲造 大正15年(1926年) 国際連盟事務次長を退任。貴族院議員に。
宮沢賢治  大正15年(1926年)3月末で農学校を退職。羅須地人協会を設立し、
農民芸術を説いた。12月に上京し、タイピングやエスペラント、オルガンやセロを習う。このとき、フンランド公使ラムステットの講演に参加し、ラムステットと会話を交わした。またヒューマニストとして労働農民党の岩手県での有力献金者であった。以降農業指導に奔走。
宮沢賢治  昭和3年(1928年)6月 農業指導のため伊豆大島の伊藤七雄を訪問
新渡戸稲造 昭和4年(1929年) 太平洋調査会理事長に就任。拓殖大学名誉教授に就任。
南部利淳  昭和5年(1930年)1月1日死去。(南部家第43代当主。15代盛岡藩主南部利恭の次男。兄は第42代当主南部利祥。爵位は伯爵)
宮沢賢治  昭和6年(1931年)病気から回復の兆しを見せ、東山町(現在の一関市)の東北砕石工場技師となり石灰肥料の宣伝販売を担当。
新渡戸稲造 昭和8年(1933年)カナダ・バンフにて開催の第5回太平洋会議に出席。
ビクトリア市にて客死(10月15日―日本時間16日)。
宮沢賢治  昭和8年(1933年)9月21日に急性肺炎で死去した。享年37。戒名は真金院三不日賢善男子。なおこの戒名は、国柱会から授与された。
新渡戸満里 昭和13年(1938年)9月(メリー夫人)心臓病により軽井沢にて逝去。新渡戸夫婦の墓所は、多摩霊園に在り。
宮澤政次郎  昭和32年(1957年)死去。
宮澤 イチ   昭和38年(1963年)死去。
南部利昭   昭和10年(1935年)9月16日「なんぶ としあき」生まれる。{南部家の第45代当主。第9代靖国神社宮司。学歴は昭和33年(1958年)、学習院大学政経学部経済学科卒業。学位は経済学士(学習院大学)。南部家第44代当主・南部利英の三男だが、1980年1月に長兄・利久、同年12月に父・利英が相次いで亡くなり、次兄が他家の養子になっていたことから、南部家第45代当主となる。旧盛岡藩・南部家は戊辰戦争では旧幕府方に属したが、日露戦争で南部の大叔父にあたる南部利祥が功を遂げ、靖国神社に合祀されたことから、つながりを持つ。また南部家は、代々神道の信徒でもある。後陽成天皇(ごようぜいてんのう)の皇裔。

南部利英    昭和55年(1980年)12月15日死去。南部家第44代当主。現在の南部家当主で靖国神社宮司南部利昭の父。爵位は伯爵。貴族院議員。

次に、“天皇制度”最後に於ける「明治9年 睦仁天皇 東北巡幸」記。とは?
サイト<豪華な供奉顔ぶれ「救農」の馬>を参考とした。

明治5年に、日本の歴史上にない天皇のご巡幸が近畿、山陽、西海地方に行われた。その後、明治6年には「東北巡幸」が行われた。その時の供奉者は当時の政府のベスト・メンバーであり、その人数も総勢百四十八名であった。そのうち主なる人の名をあげると。
二品——-北白川宮能久親王
左大臣——有栖川宮熾仁親王
右大臣——岩倉具視
内閣顧問—-木戸孝允
内務卿——大久保利通
参議——–大隈重信
司法卿——大木喬任
大史——–土方久元(のち宮内大臣)
宮内卿——徳大寺実則(西園寺公実兄)
侍従長——束久世通禧(のち枢密院副議長)
宮内少輔—-杉孫七郎(のち枢密顧問官)
宮内大亟—-香川敬三(のち皇后太夫)
侍従番長—-米田虎雄(明治天皇の乗馬のお相手)
同——–高崎正風(のち御歌所頭)

明治天皇は明治9年6月2日、東京を出発。
6日、日光を見物。
13日、白河駅に到着。天皇、開墾に御下賜金
14日、須賀川に一泊。
15日、同地の産馬会社に臨幸。
16日、安積開墾地の中心である開成山に着かれた。
開墾事務所である開成館に臨幸。
{同九年九月、伊藤博文がみずから伊勢大神宮の御分身である御霊代を
ひっかついで来て、開成大神宮の遷鎮式をやっている。}
17日、二本松に至り同地の製糸会社を見学。これは小野組の経営で、
その内の一人、山田修は旧二本松藩吏で、商業取締という役をしていた。{山田修は、翌10年米国まで行き各地の生糸実情を調査し、ニューヨークに支店を置いている。}
19日、福島に到着。
21日、半田銀山を見る。
22日、宮城県に入った。
23日、岩沼の竹駒寺に着いた。
24日、河原町だ、陸軍少将大山巌(のちの元帥公爵)から、一個連隊を率いて出迎えられた。
25日、宮城県令宮城時亮を招き県政について聞く。
26日、梅林亭より宮城野原へ行き、鎮台兵の調練を観閲。その後上等裁判所、
県庁、師範学校、英語学校(のち宮城英語学校)などを視察。旧仙台藩の居城青葉城に登った。
{24、25、26の三日間、映山紅岡の梅林亭(梅原林蔵宅)に着き、ここに宿泊す。}
27日、松島へ臨幸になった。仙台鎮台兵が歓迎。瑞巌寺に着き、午後観瀾亭へ寄った。
28日、乗馬で、富山へ登り、金華山、桂島、寒風沢などを展望された。
30日、吉岡、遠藤鉄之助宅
7月1日、古川、宮城県支庁
2日、築館、鈴木吉左衛門宅に泊られている。
3日、一行は雨中岩手県に入り磐井郡真柴村的場の御野立所に着く。
(夜は磐井の酒造家金森多吉宅に泊り、岩手県令島惟精と一関旧藩主田村崇顕が磐井に出迎る。)
4日、天皇は朝早く出発して平泉に至り義経の館趾を拝観。中尊寺では能楽を観劇。
5日、午前七時に雨の中を行在所を出て金ケ崎小学校に休憩。
6日、花巻を出発、盛岡に向われた。盛岡の行在所は菊池金吾宅であった。
7日、天皇は朝から県庁、裁判所に臨幸し、島県令および岡部判事の報告をきかれた。ご巡幸は、至るところ戊辰の役の勤王家に恩命を垂れている。つまり皇室中心主義の大宣伝をやった訳である。
8日、盛岡発、千本松御野立所、渋民村、駒井太兵衛方で中食(今日でも玉座はそのままとして家人も出入しないという)巻堀村、雪浦の松の御野立所に着いた。
9日、沼宮内から北雨山の間、約八キロの坂を越え、小繁村の長楽寺でご中食、次いで、ご巡幸中第一の険路である赤羽根坂荒戸花坂を越えて、小鳥谷村で休息。
10日、一戸を出発されて、浪打峠、福岡駅、村井治兵衛方、金田一村、岩崎孫七方にそれぞれ休憩され、天下の奇観といわれる南部随一の急坂の絶頂「駕籠立場」で中食。岩手の旅を終えて、青森県の三戸駅に向う。
(本州の最北端、青森県へ板こしで入って三戸の松尾定次郎宅に着た。
11日、三戸を立ち。途中「唐馬の墓」というのがある。これは、昔ペルシャ国より良馬を贈って来たのを幕府が、このあたりに種馬として寄こした。その名馬の墓である。五戸の宿泊。
12日、七戸への途中、三本木駅に立寄り、開拓者新渡戸伝の別邸に休憩されている。このあたりは二十年前までは荘々たる荒野であったのを、安政二年ごろから新渡戸が同志百余人と山をうがって八四七ニメートルの水路をつくり、十和田山より流れる六戸川の水をひき耕地となし、経営十年で三百五十軒の人家を建て、官道の一駅として発展したものである。新渡戸は旧南部藩士である。天皇は祭祀料五十円を賜い、翁の偉功を褒賞した。

13日、七戸から野辺地に行かれる途中、おもしろいことがあった。尾山村の入口に千曳というところがある。ここは奥州名所の一つで「壺の碑」が埋まってあるところという伝説がある。天皇が坪村の漆戸半兵衛方に休憩されている間、木戸公が先導となって、この「壷の碑」を掘り出して天覧に供そうという茶目っ気をおこした。六、七名の大官たち、止せばいいのに草を分け谷をのぼって千曳神社へ行き、数ケ所掘ってみたが何にも出て来ない。案内人にきくと、もっと東に石碑の村というのがあるが、そこではないかといわれ、そこまで行くわけにも行かず、一同残念そうに引揚げた。
近藤芳樹翁が負け惜しみに
<うずもれてどこにあるか得そ知らぬ尋ねまほしき壷のいしぶみ>という歌をつくった。
こんな悪戯をやってるうちに、神社の鳥居のところへ来てみると、待たせておいた人力車が一台もない。一同青くなって大声で車夫を探したがおからない。もし尾山村の民家に入っているのではないかと尋ねるが、青森弁で何をいってるのかわからない。仕方がなく暑いなかを幾つも坂を越えて、天皇の一行に追いつこうとしたが、肥満している岸田吟香(随行の新聞記者)はひとりとり残されてしまった。石坂というお野立所まで来ると、向うから人力車がやって来た。一同かんかんに怒って「どこへ行ったか」ときくと「野辺地まで行った」という「この空脱者(うっかりもの)め」と怒ってみたが、事情をきくと、千曳神社の前で待っていたところへ、役人が来て「いま天皇がお通りになるから、早くどこかへ行け」と追い立てられたというわけであった。供奉の元勲たちも、たまには、こういう失敗談を残している。

14日、明治天皇のご一行は野辺地を出発、海岸を西に進み口広村の畑中徳兵衛方で少憩清水川、浜子村を通って小湊に到着、竹内与右衛門邸で中食、藤沢村をこえて山口、中野をすぎ土屋村に着かれた。この村では「東の岡」に珍しくテントを張って御野立所とした。ついで浅虫をへて久栗坂に至り、野内村の蠣崎申松邸で休憩され、それからいよいよ終着駅の青森へ向われた。
15日、弘前の東奥義塾の英語学校に行幸され、学習の状態を見学。
東北ご巡幸はようやく終って、天皇は明治丸ご乗船、函館に寄られて海路東京へお帰りになった。
このご巡幸は明治政府の東北に対する関心を深めたものだが、逆にいえば、明治政府は最初大阪を首府とすることに、ほとんど決定していたのを、にわかに東京へ遷都した。それは必然的に東北への政治的重心を強めたので、例えば東京が第一師団で、仙台を第二師団とし、高等学校も仙台を第二高等学校にした。

以上の年表から、導き出される結論は【明治 睦仁天皇を、青森県の三本木で惨殺したのは、新渡戸稲造である】そして、遺骸は野辺地地区に一時隠され、その後【盛岡市 盛岡八幡宮にある山屋他人が、5メートルの石に書いた“盛岡八幡宮”の石碑の下(若しくは、本殿の天井裏)に眠っている。】これが、日本史上続いた「天皇制 最後の天皇 睦仁」の死である。日本史最後の天皇を殺害した「新渡戸一族が出世」し、今や新渡戸稲造に殺害を指示した「山屋他人・南部藩主一族」の血筋である“敬宮 愛子内親王(原敬の血筋の福田康夫首相の孫)”が、女帝に成る訳である。先に書いた「正田美智子妃」が、花巻市の「高橋医院・新渡戸医院」で生まれたのは、将来、明仁天皇の后と決まらせる為の「南部家家臣」の謀略である。だから、明仁・美智子夫婦の皇位の正当性と戦争遂行の正当性を叫び、神職集団である「神社本庁と神道国際学会と、インターネット:ニコニコ動画・チャンネル桜」は、世界に向けて、日本がこれから始める「戦争の正当性」を宣伝している訳である。明治9年に睦仁天皇を暗殺した“南部一族”が、天皇制を終焉させ、爾来自分達が天皇制の土台を支え、21世紀の今日まできて、自分達の子孫を“玉座”に座らせ、再び「睦仁天皇暗殺の事実を闇に葬る為に、戦争遂行の謀略を画策しだした」訳である。だから、如何しても徳仁皇太子の后は、睦仁天皇を暗殺した“南部一族”の血筋である【白骨 小和田雅子】でなくてはいけなかった訳である。南部藩 新渡戸稲造と関係の在った“美智子皇后”は、山屋貞(他人の妻)の血筋である【白骨 小和田雅子】を后とした訳である。そこに、寺崎英成の子孫である【黒骨 出口充彦(鉄城)】を結びつけたのも、これまた美智子皇后である。寺崎英成は西郷隆盛の子孫である。そう、睦仁天皇暗殺を指示し明治大帝を名乗った“英雄”である。上野の森から未だに国民を監視している銅像の主である。
此処、所沢市と三芳町に在る【開基】が柳沢出羽守吉保の「神仏混合の多聞院と臨済宗の多福寺」の収入源を見ると、現代ではさほど遜色はないが、昔は「多聞院」では“葬式”が出来なかったので、神仏混合の多聞院の檀家は、葬式の際には「臨済宗の多福寺」に頼むしかなかった。それでは、檀家さんがお布施の支払いに困る(葬式は多福寺で、墓参りは多聞院となる)ので「多聞院と多福寺」の住職二人が、葬義を執り行うようになった訳である。
先にも書いたが、開基は江戸時代の“柳沢出羽守吉保”である。この地方には、今でも、徳川家康に就いて尾張(愛知県)方面から、開拓民として入植した人の子孫がいる。そんな関係を見ると当時“柳沢出羽守吉保”は「神仏混合の多聞院と臨済宗の多福寺」を建立して、地元の役所として機能させていた事が伺える。「神仏混合の多聞院(身代わり虎・所沢市観光協会の牡丹栽培)」は、徳川家の加持祈祷寺で、隣に神社が在るという江戸時代の典型的な、神仏混合様式である。「臨済宗の多福寺」は、新座市の「平林寺(江戸時代に岩槻城下町から移築された)」の末寺であるから、江戸時代から“葬儀”はしていたはずである。その際には、神職(宮司)である「多聞院」が先を歩き、僧である「多福寺」がその後を歩いて、棺桶を担いだ事になる。寺が「現在の市役所」の機能をしていた訳だから、それなりに「公務員」として幕府から寺領を貰って良い生活をしていた事になるが、「神仏混合の多聞院」が加持祈祷だけをしていたとは、考えられない。江戸時代の「神仏混合寺制度」には、もう一つ「政治の指南役」という仕事をしていた筈である。それは、全国から諸藩の大名の動静や徳川幕府の政策を逸早く「情報収集」するといった機能もあって訳である。だから「藩の指南役」が出来たわけである。即ち、「神仏混合寺制度とは、藩の指南役制度と直結していた」となる。現在ではこれらの機能は「内閣情報調査室」が、国費で給料を貰いながら、世界中で謀略活動(破壊活動)をしている訳である。日本人の「謀略好き」は、江戸時代260年間の習い性だから、性格から抜けない訳である。それは、新渡戸稲造の著書「武士道」からも伺い知る事ができる。全国の諸藩は徳川幕府からの「お家断絶・取り潰し」に260年間戦々恐々として、「御家大事(大名家の生活安定だけしか考えない)」主義で来たから、大東亜戦争でも江戸時代の武家気質の「御家大事」で満洲帝国でも、朝鮮・台湾・東南アジアで近代兵器を使いながら、裸に褌一つで刀を振り回していたと云う図式なのである。だから、世界初の原子爆弾は研究開発し、製造完成と使用までしている。南部藩校 作人館「田中館愛橘」である。匪賊を作るなら、日本人が打ってつけだね。うえの命令には「善悪は問題としないで、大量無差別殺戮をする」これで、世界覇権して行く訳だね。秋葉原の大量無差別殺戮も南部藩主「南部利昭」の思想である。だから、大量無差別殺戮が悪いとは云わない<―御家大事―会社大事―善悪の判断はなし>日本人は禽獣以下だね。特に現在でも「南部藩主」は畜生だ。今でも戦国時代の感覚で、「皇室」の指南役をしている。その名前は靖国神社宮司「南部利昭(一般的には、考えられない血筋としての後陽成天皇の皇裔と云う血統書)」である。血統が良いヤツ程「戦争志向が強い」というのが、日本の血統書であるから、逆に云うと分かりやすいね。位階勲等が高くなれば成るほど、「戦争志向・世界覇権志向」が強い訳だ。それを「神官と南部」が証明している。民主党 小沢一郎は山屋他人とも繋がる訳だ。
さて、話を戻して<明治 睦仁天皇暗殺>の経緯である。徳川幕府体制から、薩摩藩・長州藩・土佐藩連合の統幕派が暴れ周り、日本中を「恐怖と飢餓」に陥れておいて、その後の「政治能力の欠落」から、徳川幕府時代の役人を採用しないと、国内の混乱は混迷を極めて行く。政治・経済・治安の安定も出来ない状況が続く中、倒幕した連中は「外国観光」に行ってしまう。結局の所、徳川幕府時代の制度の看板を外して、フランスの警察制度を採用したり、イギリスの阿片貿易を模倣したりしかしていない。此処で、制度上「戦争体制」を確立させたのが「ドイツの政治制度=ビスマルク制(英雄一人を立てて、革命後には、全員が貴族生活を満喫する)」と言う快楽至上主義を取り入れた事である。これでは、国家財政の破綻は時間の問題である。だから、隣国に喧嘩を売って、派兵したがる事になる。そこで「維新の英雄」に誰が成るかである。
またしても、此処から内紛が始まる「征韓論」の登場である。国内の混乱を無視して優雅に存在する「天皇と皇族・貴族」其処に不満を持つ、貧乏貴族“近衛、一条、九条、西園寺、岩倉具視”達が考えたのは、自分が「玉座」に君臨する事である。其処で出てきたのが<明治 睦仁天皇暗殺>計画である。
倒幕派と徳川幕府参謀の意見は、ここで一致した。即ち「天皇」は要らない。東北巡幸が、東北地方農民から要請されたと言う「建白書」を、上奏して「東北巡幸」計画と暗殺計画が実行された。暗殺地は「旧南部領、日本中央の石碑」である。暗殺実行部隊の指揮官は「南部利恭」で、犯行部隊は「山屋他人の伯父 野辺地尚義と新渡戸一族」である。犯行日は「明治9年7月12日」。犯行現場は「七戸への途中、三本木駅に立寄り、開拓者新渡戸伝の別邸」。睦仁天皇の前で、同席して食事をしたのは、新渡戸稲造である。子供である「稲造」に気を許した所で「睦仁天皇を毒殺」した訳である。上司の命令に従順なのが「武士道」だからである。後世の為の記録として、新渡戸稲造は東京の学校にいたと、記録しておいた訳である。そのご褒美が「新渡戸稲造の聖書」である。血に塗られた“聖書”と云う訳である。その後、7月13日の「野辺地まで行った、悪戯」とは、睦仁天皇の遺骸の処理である。14日以降は「睦仁天皇の影武者」が演じた訳である。遺骸は「肥満している岸田吟香(随行の新聞記者)」と南部藩の家臣の手で「盛岡八幡宮」に運ばれて埋められ、その上に“巨岩”を乗せて山屋他人が“盛岡八幡宮”と大書して墓石とした。それから、旧南部藩関係者の怒涛の出世競争が始める訳である。それも「アメリカ留学とキリスト教受礼」を盾にして、明治政府と対立しながら、世界覇権では一致して行く訳である。米英両国政府の干渉と圧力を利用しながら「旧南部藩」は、明治政府の要職を歴任して、大東亜戦争を原田祖岳と共に、突き進む訳である。その代表が「東条英機」である。その「東条英機」は“盛岡八幡宮の宮司の娘と、島地黙雷の胤”である。神道とはその名前の如く「戦争の神が行く道」と云う意味である。それが、今日も続いている。その証拠は「南部利昭、南部靖之・・・」が靖国神社宮司だったり、戦争要員募集機関「株式会社 パソナ」と云う訳である。明仁・美智子夫婦(天皇?)は、「外交官 小和田恒、小和田雅子一族」
を徳仁皇太子と関係を結んだかと云えば、「旧南部藩一族(代表:小沢一郎)」の力を利用して、皇室擁護と世界覇権の道を驀進する為である。だから、美智子妃は「新渡戸稲造を五千円札の肖像」にしたし、南部利昭を靖国神社宮司に
人事として配置してきた訳である。「明治 睦仁天皇を暗殺」した組織である「旧南部藩一族」と供に、天皇制を堅持すべく乱行悪行のし放題である。徳仁皇太子が“酒鬼薔薇聖斗”と自認して行なった「首落とし」事件は、睦仁天皇の事だと自白しているのに、母 美智子妃は無視している。すでに“人間を終わらせている”それでも、全国・世界に出歩いてテロ活動に勤しんでいる訳だね。悪党人生だから馬力がある。国民や世界の声は聞かない分けだ。
2008年6月14日 榎 本 東 州 記

追記:*奈良女子大文学部史学科卒で、東京大学大学院人文社会系研究科修士課程、同博士課程を修了し、川越美穂(女)が、明治天皇の巡幸を研究している関係で、資料は表にはでない。が美智子妃は「天皇制」の内幕を知っている分けだから、美智子妃に聞くのが一番だ。
*鎌倉八幡宮宮司、鶴岡八幡宮宮司、気多大社宮司、寒川神社宮司
を歴任している>山屋夫人貞子さんの父、丹羽与三郎房忠

禅 25

次のニュース「皇太子 ブラジル訪問」が、何を意味するか?もうお分かりですね。そう神道国際学会(表看板として、神道とキリスト教を融合させたもの)の広告塔である「新渡戸素と新渡戸涼恵(チャンネル桜―国家神道(皇民化思想―世界人類は天皇の赤子であるという、歪んだ思想)」の関係で行く訳である。何がブラジル移民だか?
皇太子さまは11日午後、日本人の移住100周年を迎えるブラジルを16日から 訪問するのを前に、東京・元赤坂の東宮御所で記者会見し、「移住された方 やそのご子孫とお会いし、これまでの皆さんのご苦労に思いをいたすとともに、 ブラジル国内において活躍されている様子も拝見したい」と述べられた。今回同行されない療養中の雅子さまの今後の外国訪問については「ケース・バイ・ケースでお医者さまと相談しつつ、判断することになろうかと思います」 と話された。

地震が在っても関係なく、日本中を移動して歩く、明仁・美智子夫婦が秋田県の「小阪鉱山(満洲中央銀行の武田英克の父親が開発し、南部も関係していた」」で金鉱脈探しですか?それ程に金蔓を探している訳だ。
2008/06/14-11:58 両陛下、秋田県入り
天皇、皇后両陛下は14日午前、第59回全国植樹祭出席などのため、空路秋田県入りされた。同日、東北地方で起きた地震のため、県知事らは急きょ空港での出迎えを取りやめた。両陛下も、県側から地震概要について説明を受けた。大館市の福祉施設を訪問した後、15日午前に北秋田市で開かれる植樹祭に出席。16日には小坂町の小坂鉱山を視察して、帰京する。
2008年6月15日 榎 本 東 州 記

次に、資料を掲載する。
1、「禅と戦争」ブラィアン・アンドルー・ヴィクトリア
2、曹洞宗「人権・平和・環境」
3、写真「バイカル丸から極星丸」への艤装工事現場

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