真珠湾攻撃から所沢市「芙蓉会 富士見産婦人科病院事件」まで パート26

真珠湾攻撃から所沢市「芙蓉会 富士見産婦人科病院事件」まで パート26

目次
第37章 2等兵物語(鈴木/丸山/松前/マンスフィルード)

第37章 2等兵物語(鈴木/丸山/松前/マンスフィルード)
 はじめに思うのだが、「2013年8月5日16時頃、沖縄県宜野座村(ぎのざそん)の米国海兵隊キャンプ・ハンセン内の訓練場に、米軍嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)所属の救難ヘリコプターHH60 2機の内1機が墜落、炎上した事故で乗員4人の内1人が死亡した」事故で、日本側の報道は「米軍の飛行停止」を求める論調である。結果として、「墜落原因が判明するまで飛行停止」の様である。又、ジョン・V・ルース(John Victor Roos)在日本アメリカ合衆国特命全権大使までが、<「人道支援も在日米軍の任務です。今回事故を起こした部隊は(東日本大震災で)トモダチ作戦にも参加していて、捜索・救助の訓練を行っています」と、“アメリカ軍は人道支援のための訓練も行っている”と理解を求めた。>のである。人に軍人の肩書きが付くと、【人の命は鳥の羽より軽い】と云う日本的思想が如実に現れてくるのか?ヘリコプターの搭乗員の死亡は問題視されない。アメリカ軍用地内で訓練中に死亡したヘリコプターの搭乗員にも家族や友人は居た筈であるがね。搭乗員の階級は知らないが、2等兵なら“雀の羽”程度の扱いが何処の国の軍隊でも当然なのかもしれない。それにしても、日本の報道はまるで「鬼畜米英」時代的な表現で報道している。アメリカで弁護士資格を持つ、ルース大使の発言も死亡した米軍ヘリ搭乗員の家族への配慮はないのである。アメリカでは著名な弁護士“ジョン・V・ルース(John Victor Roos)”は、アメリカ軍及び軍属の死亡について、日本政府に弁明するのは何故かと云えば、大使の肩書きが邪魔なんでしょかね?アメリカ軍人や軍属が住居不法侵入や追剝ぎ強盗をすれば、弁護の余地はないが、これは弁護する。逆にアメリカ軍用地内で訓練飛行で死亡したら釈明会見するのが弁護士“ルース”の仕事なら如何にも「ルーズな弁護士」ではある。橋下徹大阪市長府税(=風情)なら、世界を相手にイギリス人・オランダ人・フランス人・朝鮮人・中国人の従軍慰安婦制度の正当性を公共メディアで堂々と法螺吹いて、尻だして自分の手で自分の尻を叩いている。同じ弁護士(例えば自公推薦の矢倉克夫ら)でも日本の国際派と、アメリカ国内向けの“ルース大使”とでは、司法・立法・行政の見方が違う。そこに<日本の「石が流れて(浮いて)、木の葉が沈む」世界>に着任した、米国の浦島太郎“ルース大使(弁護士)”は、日本政府の擁護者に成り下がり、麻生太郎副総理はアメリカのマッカーサー進駐軍司令(ラジオ番組でお笑い芸人が缶コーヒーのボスといって揶揄)とい図式に成っている。
さて、どうやら、アメリカの陸海空軍でも旧大日本帝国政府(大本営)と同じ思想【天皇(日本)の言うことは山よりも重く人の命は鳥の羽より軽い】と云うことが日米両国のコメントから証明されている。この【(天皇の言うことは山よりも重く)人の命は鳥の羽より軽い】と云う言葉は、榎本東州が(株)日本水工コンサルタント(当時本社は埼玉県蕨市塚越5-37-16)と云う三幸建設工業株式会社{田中清玄(極左の日本共産党幹部)→山本玄峰ー極右の国家主義者)/四元義隆(血盟団事件首謀者)}の人的系列に当たる会社に居た時に、下水道設計(加須市・松伏町・市川市・佐倉市・十和田湖流域・手賀沼流域下水道/公共下水道)の指導をしていた“吾田さん(満州国で都市計画に関係)”と云う人がいた。マアー会社の職員からは、榎本のお茶のみ友達と陰口されていた訳だが。この“吾田さん”が戦中の体験として口を酸っぱくして云っていた言葉【君ね、戦中はひどいね。人の命は鴻毛よりも軽し(人の命は鳥の羽より軽い)と云うのだから、人なんて認めない。実にひどい。】であったから記憶していた訳ですね。戦中の大日本帝国下の思想が、今でも日本社会の共通する普遍的な思想として生きてる。何故なら、2013年4月9日に埼玉県警所沢署の堀内・山浦司法警察職員が、通称“はばたき通り”で、榎本東州に対して実行した旧法下(大日本帝国憲法)の特高警察式の“オイ コラお前”式のうむを云わせぬ「路上追剝ぎ強盗」的な職務質問が、現在でも日常的に行われている事でも証左されている訳である。アメリカ人もイギリス人もインド人・・・等々も日本列島の空気に触れた刹那【天皇の言うことは山よりも重く人の命は鳥の羽より軽い】と云う思想のウィルスに空気感染するから、ルース大使は米国の法律家として、アメリカン人の生命より日本の天皇の命を大事に考えて仕舞う習性に成っている訳である。次の特命全権大使“キャロライン・ケネディ氏(55)”も空港に付いた刹那【天皇の言うことは山よりも重く人の命は鳥の羽より軽い】ウィルスに感染すること請合いである。防毒マスクを使用してもオウム真理教団のVX瓦斯かサリン瓦斯よりも分子構造の複雑な【天皇の言うことは山よりも重く人の命は鳥の羽より軽い】思想ウィルスは脳髄を侵食する作用が強い。しかし、キャロライン・ケネディ氏(55)大使は「山本富士子/藤圭子・宇多田ヒカル親子」から【天皇の言うことは山よりも重く人の命は鳥の羽より軽い】思想ウィルスを貰っているから、既に脳髄は侵食されている訳である。
【天皇の言うことは山よりも重く人の命は鳥の羽より軽い】と云う新聞記事として、次の様な記事がある。《毎日新聞 2013年8月4日 地方版/大阪ーー前文略・・吉岡虎夫(旧姓池上)さんは、「人の命は鳥の羽より軽いんだと軍隊にいる時には言い続けられました。全く・・・。バカな戦争をやったものですよ。せめて、もう少し世界情勢を見極める人が当時の日本にいたら。せめて、もう1週間でも、10日でも、1年でも、早く戦争を終らせてくれたなら。それだけで、どれほどの人、兄たちの命が助かったことかと思います」》と云うのだが、多くの日本人が、『第2次世界大戦(支那事変ー大東亜戦争ー太平洋戦争)』の政治歌舞伎に未だに幻惑されている言葉が『世界情勢を見極める人が当時の日本にいたら。せめて、もう1週間でも、10日でも、1年でも早く戦争を終らせてくれたなら。・・・』吉岡虎夫(旧姓池上)氏の体験から出た言葉なのだが、戦争への過程を見れば実は『世界情勢(内情)を良く知っていたから、日本は世界戦争を主導したのであるし、1年前にはポツダム宣言を受諾していた』のである。従って1944年に大規模に行われた「赤紙・白紙・青紙の“根こそぎ動員”」とは、<大日本帝国(現日本国)政府自身の自己権力機構維持の為に、国民の生命・財産・肉親との絆を踏みにじり、原子爆弾2発の地上起爆による人体実験使用を世界中にデモンストレーションすることで、1945年8月16日には世界中に核兵器製造販売網を確立した>と云う事実関係に目覚めていなのである。これを、裕仁天皇は「手品で騙されても、誰(=国民)も怒らないでしょ」と、国民に対して不遜な顔で嘯(うそぶ)いていた訳である。
ノーモア(・・はたくさんだ。/・・は二度と繰り返さない)広島・ノーモア長崎とは云うが、肝心の戦争の原因である天皇制度や靖国神社に関して、「ノーモア天皇制」と「ノーモア靖国神社」と云えないことが、日本の言論封鎖された精神状況、タブー(触れてはならない事項)と云う精神的に自分で自分を縛る「自縛された囚人的精神世界に安住」して仕舞っている訳である。別の言葉で云えば、日本人は未だに「天皇制と靖国神社を始めとする神道」を後生大事に抱えているのである。橋下徹大阪市長/日本維新の会共同代表は、弁護士なのに「ノーモア従軍慰安婦制度」とは云わない位に、日本では人権を踏むにじることが仕事だと、司法研修所で公費を注ぎ込んで教育して来た結果が、「従軍慰安婦制度は法的に見て現在でも適法である」と云う橋下徹弁護士(大阪市長)誕生と云う訳である。それが、大阪府知事から大阪市長に成り、日本の似非“議会制民主政治”から政党助成法に基づいて助成金までとる「日本維新の会」の共同代表になり、官邸に堺屋太一を住まわせて、大阪市と官邸を太いパイプで結ぶと云うのである。それなら、やはり首相官邸も司法研修所(法務省)も「従軍慰安婦制度は法的に見て現在でも適法である」と云う大日本帝国憲法制度が亡霊としてではなく実際に今現在でも機能してる証左である。なにも麻生太郎のワイマール憲法など持ち出さなくても「大日本帝国憲法は優れた憲法だから、正式に復活させたい」と云えばよい訳である。
だから、米国弁護士の“ルース大使”も世界の声を代弁して「ノーモア天皇制」と「ノーモア靖国神社」と云わない訳である。つまり、アメリカ合衆国政府は「大日本帝国憲法が現行法を駆逐している既成事実を容認している」からである。『民主主義は死んでいる』。戦後のほんの一時期だけ“民主主義”だったこともない。ラジオのお笑い芸人の弁によれば、麻生太郎副総理兼財務大臣なら“ルース大使”とは逆に「ノーモア天皇制」と「ノーモア靖国神社」と云う訳である。それが、ヒトラー/ワイマール憲法発言であり、ラジオで放送されていた「麻生太郎は缶コヒーのボスの顔に似ている」という「麻生太郎=マッカーサー進駐軍司令」と云うお笑い芸である。国民は笑えないが、発言してる芸人だけは笑えると云う不思議な芸道が繁殖し、落語家は政治家に媚びをうると云った日本の芸能界である。落語は芸道から落伍している事実をしらないのだから最早、危機感などない、堀田力弁護士事務所の女性秘書の云う様に“呑気な父さん”でいいじゃない。
さて、<第36章 “奥さん”に宜しく>で述べたし、再三書いている“暗愚な宰相”とか、“権力をもって権力者にならない人”とか顔のイメージで評価される「鈴木善幸元首相」とは<東京水産大学(宮古水産講習所から)卒業で、日本社会党員(戦後は自民党幹事長)、秋田連隊陸軍2等兵>>だったという履歴である。大平正芳死去を受けて「闇夜に千両箱(首相の座)を拾った」際に、《アメリカのウォルター・モンデール副大統領だったか?マイケル(マイク)・マンスフィルード在日本アメリカ合衆国特命全権大使だっか?忘れたが、アメリカ側が云った言葉は、『人間は権利を求める(目指す)ものだが、時に権力が人を選ぶ事がある』と云った筈である。》と書いた。この文節は、正確には《マンスフィルード駐在日米大使の言葉として、『権力に執着する政治家は多いが、鈴木総理の場合は権力の側が鈴木氏を求めた珍しいケース』と賞賛したー谷野作太郎氏(元中国大使)善幸の秘書。サイト<鈴木善幸元首相の七回忌 宇治敏彦>から。》である。この“マイケル(マイク)・マンスフィルード在日本アメリカ合衆国特命全権大使”の履歴は、1903年生れ、10代から陸海軍、鉱山などで波乱、多感な青年時代を過ごし、独学でモンタナ大学に入学。極東史を専攻、後に教授となる。1922年に海兵隊員として、第1次世界大戦直後のシベリア出兵の際に、日本に来ている。
此所まで、書いただけで読者諸氏にも疑問の輪が“ふつふつ”を頭をもたげてくる筈である。第1点は、鈴木善幸も「陸軍2等兵」だったと云うことである。それは、前にも書いた戦後の日本社会で大活躍した「哲学者の丸山眞男も、東海大学初代学長の松前重義」も【みんな2等兵】だった。と云う軍歴である。しかし、鈴木善幸の場合は、何故か?「秋田連隊に召集」されている。しかも、たった3ヵ月の兵役である。鈴木善幸の本籍地岩手県宮古市なら盛岡にある各連隊の何処かに召集され、其処から補充兵として派遣される筈だが、2等兵3ヵ月召集ね?「形だけの軍歴と戦争指導者では無かった」と云う戦後を見据えた大日本帝国政府の“配慮”がうかがえるものである。因みにマイク・マンスフィルード駐在日米大使は、14歳(年齢を15歳と偽って入隊)から、階級は「2等兵」で、連邦議会に入ってから「1等兵」に昇格したそうである。それなら、筋金入りの正真正銘の「2等兵」である。どうやら、この「2等兵」扱い問題を見ても、日本・南北朝鮮結合双生児国家とアメリカ合衆国や世界の軍隊における「兵役思想」には、天と地以上の開きが存在することが理解されよう。《日本国 総理大臣鈴木善幸/哲学者 丸山眞男/東海大学初代学長 松前重義》らの「2等兵」とは、戦後のアメリカ軍進駐政策を見据えた上での「兵役偽装としての2等兵」だった訳である。それは何を意味するかと云えば、既に「鈴木善幸・丸山眞男・松前重義」が召集された時点で、大日本帝国政府は、ポツダム宣言を受諾して、第2次世界大戦は終っていた。と云うことである。それは、「ニューギニア(南洋諸島)玉砕も沖縄玉砕戦も神風特攻も広島・長崎の地上起爆による原爆使用も、満州開拓団の棄民もシベリア抑留も青森大空襲も東京大空襲も大阪大空襲も無かった」と、断言できる訳である。それならば、何故?1944年の終戦を1年延ばした「1945年8月15日のお盆の日を終戦の日」と大日本帝国政府は、連合国軍と密約したのか?と云えば、日本製原子爆弾の弾体は完成したが、起爆装置部分の完成に1年の目処が必要だったからである。20世紀中に原子爆弾の完成は不可能と、世界中の物理学者が匙(さじ)を投げた原子爆弾を使用して人体実験宣伝広告したのだから、連合国軍側に対して、正に一発逆転の戦勝国(日本・ドイツ・バチカン市国同盟)となった訳である。更に日本人を、労働資源としてシベリア開発に送り込めば、明治期からの大日本水産会(品川弥二郎・堤清六)の念願だった、『シベリアは日本の固有領土』となるからである。だから、シベリア抑留者への賠償金をロシア政府が支払うのではなく、日本政府が支払う理由である。日露戦争で大日本帝国が戦勝領土とした“ポーランド領土”とシベリアの領土化ができれば、ロシア国は日本の手の中である。クレムリンは日本・南北朝鮮結合双生児国家機構の代理店でしかないと云うのが現在の状況である。1944年当時の“ソ連政府”は、資生堂の高級化粧品をフランス製だと思い込んで、日本とフランスの間では、終戦協定が結ばれたと、勝手に思い込んで日本共産党の提示した『日本人俘虜を、無償労働資源として提供する案件』を喜んで向い入れたのが、8月6日に突如としてソ連軍が、大満州帝国に雪崩れ込み、悪逆非道の限りを尽す、所謂「日ソ不可侵条約の破棄」となる訳である。それ以後、ソ連(ロシア)のクレムリンは、日本の釈迦白足袋族の操り人形である。プーチン大統領がヒトラー総統と同じ独裁者として君臨できるのは、日本の釈迦白足袋族(京都大学系の日本共産党)の操り人形だからである。それは、“ポーランド領土”が、「日本の固有的領土と云う既成事実」が動かないという事実関係が証左している。1944年に終戦だったものが、1年延ばされ更に5日延ばされて、大日本帝国と大満州帝国内では、1945年8月15日の“玉音放送”をもって終戦だと未だに云いはっている。日本外務省に至っては、米艦ミズーリ号での「降伏文書の調印式典日 9月2日」が終戦だと主張する始末である。一体どこまで「終戦」を延長したいのだろうか?NHKの玉音放送に立会った“近藤富枝”も証言しているし、旧陸軍の通信兵なども証言しているのは、大日本帝国政府は世界に向けて、短波放送を利用して【8月10日にポツダム宣言を受諾した】と放送している訳だから、大日本帝国政府は8月6日の広島と、9日の長崎における地上起爆による人体実験成功の翌日には、「敗戦」だと宣言できた訳である。それならば、東洋一だから世界一に該当するのだが、その東洋一の巨大兵器工場「大阪砲兵工廠(現大阪城公園)」に対して、【8月14日】にアメリカ戦略空軍はB29を大量に投入して空爆をする意味は何だったのか?である。逆に云えば、1944年末までに何故?「大阪砲兵工廠を機能不全」に至らしめるまで空爆をしなかったのか?と云う疑問である。非戦闘員だけが居住する都市を攻撃するよりも、軍事施設を攻撃すれば戦争の終結は早まるのだから、第1攻撃目標は「大阪砲兵工廠を再起不能」にするべき筈である。逆に短波放送で大日本帝国政府が「ポツダム宣言を受諾してから5日後に壊滅的な空爆を実行する」のは国際法上で考えなくても、違法となる。此のアメリカ軍の戦争の長期化思想は、朝鮮戦争でもインドシナでもベトナムでもアフガニスタンでも継承されているとしか考えられないのは何故?それでは【ポツダム宣言の受諾】とはどの様な状況を指すのだろうか?この8月14日の「大阪砲兵工廠(現大阪城公園)」に対する壊滅的空爆の下で、佐藤栄作元首相と野中広務元幹事長は、大阪市営地下鉄を運行させていたと云うのだが?それは、被災者の救護ではなく、非難手段の封鎖である。だから、首相や幹事長に出世できる訳である。何十億人殺せるかが、首相の器の判断基準である。赤の貴族 日本共産党の場合なら、人間を単なる「労働資源」扱いだから、奴隷か、戦災で死ぬかの選択しか日本・南北朝鮮結合双生児国家ではない訳である。そう云った訳で、8月6日広島、8月9日長崎での人類史上第1号の地上起爆による原子爆弾使用が終戦を早めたとか、米軍兵士50万人だったか?の命を救ったと云う理屈は無意味なのである。終戦になった本当の事情は、【1945年8月14日の「大阪砲兵工廠の壊滅」】となる。それは、ラヂオ体操の広場で聞かされた『雑音(ノイズ)ばかりで聞き取れない、NHKラヂオの中波による8月15日の玉音放送』と云う「大本営の劇場型犯罪」の政治歌舞伎である。
今回、ロシアへの入国(亡命)が8月1日に決定した、アメリカの中央情報局(CIA)元職員“エドワード・スノーデン容疑者”が、1年間の亡命が認められた。と云う報道は、1944年~1945年への流れに酷似していてる。そして、麻生太郎副首相の「ヒトラーとワイマール憲法」の発言を加味すると、何ならキナ臭い訳である。麻生太郎の云う「知らない間にヒトラー政権(ナチス)になっていた」と云うのは、1~2年前によくニュースで云われた「塩分控えめと表示しなくても、塩分を少なくして、知らない間に健康に成るのだから、あえて表示する必要はない」と云っていた事の蒸し返しである。つまり、「塩分控えめ(平和憲法)と(国際社会で)表示しなくても、塩分を少なし(軍事力を非公式に増強)して、(国民が)知らない間に健康(軍事大国=集団的自衛権)に成るのだから、あえて表示(国会で議論)する必要はない」と云う事である。其処に、今回、麻生太郎は独裁者(大政翼賛会の自公民共の安倍晋三/救世軍派の石破茂)を付加した訳である。エドワード・スノーデン容疑者のロシア「1年間の亡命期限」からすると、「2014年7月31日(木)」までが、日本の国際社会に対する最終回答期限となる。それが、日本が中国四川省で謀略した「核施設の核兵器全弾起爆」と同じになるのだろうから、今度は核ミサイルを発射する訳である。軽空母(ヘリ空母=はるな/ひゅうが/いずも)では世界の主要都市を同時攻撃できないから、種子島宇宙センターから衛星打上げ失敗とか適当ないい訳を用意して、アメリカ領土や台湾やロシアや中国に撃ち込む訳である。勿論、核弾頭を付けてである。それが、伴鉄牛老師が提唱で云っていた<お年玉(お落玉)作戦>である。日本の政府のことだから御丁寧に1都市に2発の核弾頭を落す筈である。だから、先の8月4日に<H2Bロケット打ち上げ成功 輸送船「こうのとり」(H2Bは、打ち上げを民間の三菱重工業に移して初めての打ち上げ成功)>と報道する訳である。この日本の宇宙開発技術が「国際宇宙ステーションに物資を運ぶ無人の輸送船」と云う目的だけではないのは当然である。北朝鮮のミサイル開発を云々する前に、日本の宇宙開発技術の真の目的こそ疑うべきである。この宇宙開発技術は即大陸間弾道ミサイルや、衛星軌道上からの“お年玉(核弾頭搭載ミサイル)”に転用できるものであり、日本政府には宇宙開発に対する内部監察機関は存在しない。仮に在ったとしても、骨抜き状態である。それは、原子力開発に関して、内部監察機関が機能していないのと同じ「形式だけ」だからである。日本の宇宙開発は戦争雇用を促進しても、平和には程遠いのに、ニュースは薔薇色な報道ばかりである。日本・南北朝鮮結合双生児国家機構なのだから、種子島宇宙センターの弾道ミサイル技術は北朝鮮にも移植されていると見るべきである。日本国民はテレビドラマ「水戸黄門」に洗脳されて、未だに「“お上”は悪を裁き、正義を守る」と浪花節/浪曲調に騙されている。政府とは疑って、疑って足る存在であることを、日本製原爆を地上起爆させておいて、アメリカ戦略空軍のB29が空中から投下したと国民を情報洗脳する手口は今も変らないと、肝に銘じるべきである。日本の宇宙開発こそ弾道ミサイル使用を目的としている訳である。日本製弾道ミサイルに、日本製核兵器を搭載して、世界中の主要都市に“お年玉”をプレゼントするのが、1年後の2014年1月である。これは、日本が戦中に考えて、実現できずに「アメリカのミサイル防衛システム」に反映されたと云う経緯からして、大日本帝国憲法を未だに抱いている日本だから、1944年の大日本帝国主義を復興させたいと云う念願からしても、あり得る訳である。それは、地下鉄で化学兵器“サリン瓦斯”を大量散布した日本なら十分に在ると思っていた方が正解である。日本=日蓮宗主義それは、オウム真理教団主義でもある。宇宙開発とか、iPS細胞で不老不死などとか云うバラ色を学校で教育しているのはその価値観は、戦前・戦中の「国の大義」と同じ歴史の繰り返しである。つまり、国の大義「天皇が世界唯一の神として世界を統治する」には、宇宙開発/iPS細胞の商業販売がある
第2点は、アメリカ合衆国連邦議会のキング(王)“マンスフィルード駐在日米大使”と云う人物を透して、アメリカ合衆国という精神的未熟(開拓者精神/南北戦争)さを抱えていながら、巨額な軍事費に押し潰されながらも軍事大国を誇示し続ける“ガリバー帝国主義とピーターパン症候群”国家の脆弱な国家機構が写し出されてくる訳である。その原因は「大統領制=側近型政治」である。日本の「天皇制」は、南北朝鮮国家が考え出した国家機構だから、曹洞宗 渡辺玄宗禅師の非嫡出子“長島茂雄”が「巨人軍(日本・南北朝鮮結合双生児国家機構)は永久に不滅です」となるから、2013年の今現在でも“不滅主義”だから「長島茂雄がニュースに成る」訳である。この日本の「天皇制」を国家形態に取り入れたのが、ドイツのアデナウアー政権である。それが「独裁者 ヒトラー政権の誕生」である。大日本帝国政府が、1944年にポツダム宣言を受諾しておきながら、国民に対しては、日蓮宗主義の「神風」と称して、深海(伏龍・回天)から大空(特別攻撃隊)まで、生体自爆攻撃を強要し、陸では爆弾三勇士で、戦車に爆弾ごと突撃し、沖縄でも南洋諸島でも突撃につぐ突撃である。最後は満州開拓団を盾にして、関東軍(支那派遣軍)の司令部は敵前逃亡し、残存兵はシベリア抑留され大日本水産会の堤清六の提唱する「シベリアは日本の固有的領土」の為に「シベリア開発に無償で労働資源を提供」した訳である。そう云った時間稼ぎのお陰で、20世紀には開発不可能とまで云われた「原子爆弾の開発と製造に成功」し、玉砕の島「硫黄島」で人類史上第1号の原子爆弾の地上起爆実験に成功したので、次なる人体実験使用として、広島(ウラン型第1号)と長崎(プルトニュム型第1号)で人体実験に使用する事が出来た訳である。その為、アメリカ・イギリス・オーストラリア・フランスは日本・南北朝鮮結合双生児国家機構から、原爆の製造特許を「天皇制度の護持=国体護持」と交換条件にして、割安で手に入れたのである。これが、核兵器拡散の原因である。「1945年8月6日広島」は、第2次世界大戦の勝者と敗者が逆転した日でもある。つまり、日本/ドイツ/イタリアの3国同盟軍が戦勝国で、アメリカ/イギリス/オーストラリアが敗戦国に転じたことが、戦後、日本とドイツの歴史上稀な驚異的な経済発展を遂げる原因に成る訳である。良く見かける敗戦後の日本の風景に「国会議事堂前のカマボコ兵舎と、銀座の街角を大八車に肥桶を乗せて歩く姿と、アメリカ軍のジープが疾走する風景」の写真がある。大八車に肥桶を乗せて歩く国の人間が、人類史上第1号の原子爆弾をどうやって製造し完成させ、使用できたのか?この落差は、大日本帝国政府の上流支配階級と庶民の経済・文化・戦争観と云う精神的な落差が、天と地以上に大きいことを意味している。単的に云えば、大日本帝国政府の上流支配階級の意識は「第2次世界大戦の戦勝国は日本」であり、庶民は「支配階級から教えられた敗戦国日本」と云った落差である。日本の上流階級の戦勝国意識を代表しているのが、吉田茂に繋がる「白州次郎」の進駐軍対応の態度が如実に語っているし、重光葵がミズーリー号に向う時、壊れた万年筆を持って行ったり、インドの外交官が調印文書のサインを意図的に間違えたふりをして、日本の署名を遅らせたりと、牛歩戦術を最後まで展開していたのは、日本が原爆製造と人体実験使用に成功した「実質的な戦勝国」だと大本営が主張しているからである。現に戦後の経済復興は、日本もドイツも戦勝国として十分な成果である。

*1882年(明治15)「軍人勅諭」が交付
「義は山嶽よりも重く、死は鴻毛よりも軽しと覚悟せよ」=つまり「天皇への忠節の義務は山よりも高く、人の生死は鳥の羽よりも軽いと覚悟せよ」と云う意味で、天皇のために命を捧げよ、と説きましたが、その一方、その覚悟を貫いて戦争で命を落した者は神として靖国神社に祀られことが制度化された。
つまり、靖国神社の宗教的意義とは、【天皇(西郷隆盛)のために命を捧げよ】と云うことが存在意義なのである。これって日本人の精神文化を腐らせているでしょ。公明党の矢野絢也流に云えば『池田大作のために身命を捨てて、池田大作(非嫡出子の出口鉄城)の悪事を守れ』と云うことでもある。明治天皇(睦仁)は前にも書いたが暗殺され、明治大帝の玉座にいたのは“西郷隆盛”である。それが、明治天皇の肖像画問題であるが、そう云って意味からしても「明治神宮」は撤去すべき神社である。従って神道は全て廃止である。

◆“マンスフィルード駐在日米大使”について。
*アイルランド系アメリカ人。新教徒ではなく、カトリック教徒で関口台町のカトリック大聖堂に在任中は夫婦できていた。生まれはニューヨーク州のアイルランド人街。山深いモンタナで育ち、
敗戦後の日本には、1945年12月下院議員時代の短期間の訪問。
マンスフィルード論137(22)~134(25)未来は太平洋にあり サイマル出版1992年4月刊から<手嶋前ワシントン特派員は、次のように録している。
「日本から総理以下の要人がキャピタル・ヒル(アメリカ連邦議会)を訪ねても、議会指導者はすぐには時間を割こうとしないことがあった。だがこんな時、日本の総理とともにマンスフィルードが議会にのり込んでくれれば、議会のうるさがたも、笑顔でドアを開くのだった。『あたかも日本の総理を迎えるのではなく、米議会の帝王の閲兵を受ける、といった場面がしばしばあった』と議会関係者は語っている」
帝王の閲兵、とはいい得て妙な評語である。アメリカ本国では、やはりエンペラーよりはキングとイメージされるのだろう。・・・
「菊クラブ(クリサンシマム)」の象徴的な存在
もっとも大使としてのあの人が、誰からも愛せられていたわけではない。アメリカ政府関係者の中においてすら、違和感やーときとして例外的にー反感をおぼえる向きがあった。かのFSX次期戦闘機の国産化をめぐり、はじめて問題提起を行ない、いわば火付け役となったケビン・カンーズに至っては「憎しみにも似た感情を抱いていた」と手嶋記者はいう。
ただ、誤解を避けるために一言しておかねばならぬのは、それが決して個人的な批判ではなく、むしろあの人を頂点とする「菊クラブ(クリサンシマム)」とその政策志向への批判だった点である。この「菊クラブ(クリサンシマム)」は主として国務省のキャリア外交官たちからなるややもすれば排他的な特殊な人脈の謂だが、カンーズは東京の大使館に身を置きながらアウトサイダーとしての扱いしか受けなかった。そしてマンスフィルード大使こそは、このクラブの象徴的な存在だったのである。・・・彼ら(=菊クラブ)にとっては、日米関係の維持そのものがいわば自己目的化しており、個々の問題や摩擦に対し、いってみれば「臭いものにふたをする」ような立場をとりがちだと、外部者の目には映じたようである。現に当時、商務省の高官として日米の政府間交渉に何回となく参加したプレルトウィッツは、駐日大使館での打ち合わせや背後説明にしばしば立ち合ったが、アメリカ代表団を前に大使から、・・・日米関係という「ボートをゆらさない」ことこそが至高の心くばり、というわけだ。>

マイク・マンスフィルード 米国の良心を守った政治家の生涯ー第5章 訪中体験 p107
*原注ーマンスフィルードもオルソップの好む人物ではなかった。30年ほど後、米国によるカンボジア空爆問題をめぐる評論で彼は、上院院内総務マンスフィルードを「ロシアの農民が言うところの『聖なる愚か者(ばかげた考えを心から信じる者)だ』と酷評した。
オルソップはシェンノートのためにスティルウエル将軍に反対する陰謀に深くかかわった男である。彼は、いとこに当たるフランクリン・D・ルーズベルト大統領の直接指示で中尉に任命され、マンスフィルードと初めて会った日に大尉に昇進した。・・・マンスフィルードに彼は語った。「ロシアは中国共産党の活動に非常な関心を抱いている。毛沢東はモスクワの熱狂的な信奉者である。またロシアは依然として満州獲得の下心を持っている」。マンスフィルードはワシントンで名をなす未来のコラムニストを途端に嫌いになり、「すれっからしで独断的でもあり、信用できない」と決めつけている。
p46
結果的には、マンスフィルードと仲間の海兵隊員たちはほとんど戦う必要がなかった。当時の新聞報道によると、彼らが天津に上陸する前日に呉佩孚将軍の軍が張作霖の軍を激しく攻撃した。銃撃戦の後、張軍は算を乱して敗走した。英国人が所有するペキン・アンド・テンシン・タイムズ紙は「完全に総崩れ」と伝え、この敗走に伴い天津を見舞う主たる危険は落伍兵らによる略奪であると報じた。しかし、海兵隊は違う話しを耳にしていた。マンスフィルードは、ある朝起きてみると両軍が消えていたと回想している。海兵隊が聞いた話では、夜の間に兵士らになにがしかのメキシコ銀貨が手渡され、両軍は本拠地に戻っていたという。
スタンダード石油、テキサス石油会社、ダラー木材会社、メソジスチ教会、それに天津電力会社など米国企業の出先機関を警護する任務も与えられた。
p91
「フラントヘッド湖を救ったことだ」ーロスアラモスへの送電計画があった。
代案は「ハングリー・ホース・ダム」建設
*マンスフィルードー1903年3月16日生~2001年2人の妹ケイト/ヘレンがいる。 ニューヨークで生まれた。ライト兄弟が動力飛行に成功し、宇宙探検した時代を生きた。
父:パトリック・マンスフィルードー6人兄弟の長男、1898年に親の農場から逃げ出した。建設労働者/ホテルのボーイ/ニューヨーク市水道局の保全員。建設現場が怪我をして、妻を無くしていたので、いちばん近い親族であるおじのリチャードに子供らを預けた。
母:ジョゼフイン・オブライエンー1910年11月24日27歳で腎炎で死亡。この時マンスフィルード7歳
はアイルランドからニューヨークのエリス島での移民登録を経て米国の土を踏む
マンスフィルードは、15歳に達していないのに年齢を偽って海軍に入隊し、軍服を着て成長した。10代が終るころには米合衆国の3軍(陸海海兵隊)すべてで兵役を経験。
1910年のモンタナ州グレートフォーズは人口1万4,000人弱、水道や電気は無く、照明は灯油ランプ
1912年おじのリチャードが死んだ。
ニューヨーク州の本物の上流階級であるオランダ系の家柄―ホテル・バンエンセラーで父親(41歳パトリック)は再婚して働いていた。
入隊目的で戸籍を改竄1900年2月18日見習い水兵。最下位の階級兵卒
1922年米海兵隊として天津へ
鈴木将軍の指揮下に置かれた
ボリシェビキ革命で逃げて来た白ロシア系の関係で売春による米軍の性病患者は平均の3倍。
張作霖/呉 メキシコ銀貨を渡され撤退していた。p46上
下院議員になって1等兵に特進。

アメリカの良心が「マイク・マンスフィルード」なのだろうか?土方(どかた)の親方なら分かるが「良心」とは何か?である。マイク・マンスフィルードが政治家を志し、東洋に関心をもったのは、父親が勤めていた【オランダ系の家柄―ホテル・バンエンセラー】と関係があってのことではないだろうか?『マイク・マンスフィルード 米国の良心を守った政治家の生涯』は良く取材された著作ではあるが、父親との会話が抜けていて分からないが、唐突に東洋文化に傾倒する理由は、どう考えても【オランダ系の家柄―ホテル・バンエンセラー】でも体験が関係している様に思われる。だから、マイク・マンスフィルード駐在日米大使が誕生する訳である。それは、オランダと日本の蜜月関係でもある。

▽麻生太郎副総理の発言要旨(2013年8月2日金曜日 読売新聞 朝刊4面)
7月29日の国家基本問題研究所の月例研究会
単なる護憲、護憲と叫んでいれば、平和が来るなんて思っていたら大間違いだ。改憲は単なる手段だ。目的は国家の安寧(あんねい)と繁栄と、我々の生命、財産の保全、国家の誇り。従って狂騒、狂乱の中で決めてほしくない。ヒトラーは民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って出てきた。いかにも軍事力で取ったように思われるが全然違う。ワイマール憲法という当時ヨーロッパで最も進んだ憲法下にあってヒトラーが出てきた。常に憲法が良くても、そういったことはあり得る。私どもは、憲法はきちんと改正すべきだとずっと言い続けているが、わーとした中でやってほしくはない。ワイマール憲法もいつの間にか変っていって、ナチス憲法に変っていた。誰もきづかないで変った。あの手口に学んだらどうかね。本当に、みんな、いい憲法と、みんな納得して、あの憲法が変わっているからね。僕は民主主義を否定するつもりも全くありませんし。しかし、重ねて言いますが、喧騒の中で決めないでほしい。それだけはぜひ、お願いしたい。
同日の朝日新聞
護憲と叫んでいれば平和が来ると思っているのは大間違いだし、改憲できても『世の中すべて円満』と、全然違う。改憲は単なる手段だ。目的は国家の安全と安寧と国土、我々の生命、財産の保全、国家の誇り。狂騒、狂乱のなかで決めてほしくない。
ヒトラーは民主主義によって、議会で多数を握って出てきた。ワイマール憲法という当時欧州で最も進んだ憲法下にヒトラーが出てきた。常に、憲法はよくてもそういうことはありうる。
今回の憲法の話も狂騒のなかでやってほしくない。靖国神社も静かに参拝すべきだ。お国のために命を投げ出してくれた人に敬意と感謝の念を払わない方がおかしい。いつから騒ぎになった。騒がれたら中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから静かにやろうや、と。憲法はある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わった。あの手口を学んだらどうかね。わーわー騒がないで。本当にみんないい憲法と、みんな納得してあの憲法かわっているからね。ぼくは民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、私どもは重ねていいますが、喧騒のなかで決めてほしくない。
⁂サンケイ新聞は「喧噪」と記載。

▽TBS系(JNN) 8月8日(木)17時29分配信
 4年間にわたり駐日アメリカ大使を務め、まもなく離任するジョン・ルース氏がインタビューに応じ、5日に起きた沖縄のヘリコプター墜落事故について、
 「現在、事故について徹底的な調査が行われています」(アメリカ・ルース駐日大使)5日、沖縄でアメリカ軍の救難ヘリコプターが訓練中に墜落した事故。ルース大使は、次のように述べて理解を求めました。(アメリカ・ルース駐日大使)
この事故を受けて、追加配備が延期されているオスプレイについては、北東アジア地域の平和と安全保障に必要だと強調しました。「アメリカ軍は(平和と安全保障のために)オスプレイの能力が不可欠だと考えています」(アメリカ・ルース駐日大使)一方、6日、広島の平和記念式典に出席したルース大使は、来春にも2度目の来日の可能性があるオバマ大統領が、被爆地を訪れたいと話していたことを明かしました。「オバマ大統領は私に対して、任期中に広島を訪れたいと話しました。私はアメリカ国民をはじめ、世界中の人たちが広島と長崎を訪れるべきだと考えています。原爆の犠牲者に敬意を表すだけでなく、核兵器廃絶という課題を前進させるためにも」(アメリカ・ルース駐日大使)ルース大使は、9日、長崎の式典にも出席する予定です。(08日16:34)

2013年8月9日(金)猛暑
68年目の「長崎原爆犠牲者平和祈年式典の日」 榎本東州 記

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